退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「翻訳を通じた豊かさと宇宙の日常茶飯事あるいは車のない生活」について

2017-10-18 01:58:02 | Weblog
雨のち晴れ。おだやか。

池央耿「翻訳万華鏡」を読む。

著者の名前を意識したのはたぶんフリーマントルの作品からだけれど
「鷗外好きの教養人」だというのは初めて知った次第。

薄田泣菫「茶話」から落語「蒟蒻問答」。
あるいは孟浩然「春暁」から井伏鱒二の「厄除け詩集」へ。

ビートルズやチャーリー・パーカーもあり
SF畑ではアシモフ、ホーガン、ニーヴン、バーネル、ゼラズニーら。

冒険小説ではハモンド・イネス、ジャック・ヒギンズ、ジョン・ボールなど。
この幅広さはいかにもタイトル「万華鏡」にふさわしく。

もちろん一部を挙げただけなのでよろしく。
こんな「素敵な大人」だとは露知らず。

久方ぶりに「思わぬ拾い物」をした気分。
この種の「豊かさ」は忘れられて久しいので是非。

当然の事ながらまだまだ「知らない世界」はたくさんある。
寿命の限り「退屈しのぎ」を続けられるのはうれしいこと。

さて。

中性子星の合体による重力波と光が観測されたというニュースが流れる。

どうやら「重元素の起源の解明」につながるらしい。
鉄より重い金やプラチナが生まれた謎が解けるかもと。

おそらくこの種の出来事は宇宙では「日常茶飯事」のはず。
「世界」はそこまで広いのだから細かいことにはクヨクヨしないでいたいもの。

その一方。

わが国のメディアではある事故を元に「危険運転をする車の多さ」が伝えられたり。
そういえば「車」が「テロの道具」になって久しい。

「車を必要としない生活」を確保するためにはどうしたらいいのか。
そろそろ真剣に考えた方がいいのではないか。

基本は「町づくり」だったりするのを忘れずに。
「高齢者の多い田舎」で必要なのはわかるものの「郊外」はもっとどうにかなるだろう。

歩いて行ける範囲に必要な店があればOK。
いたずらに広い道路があるのは「車を優先させるから」に過ぎず。

「こじんまりとしたそこそこ楽しい暮らし」があれば
人はもっとのんびり出来る。

さらには「仕事しかない暮らし」についても同様。
この点については男子諸君の「人生の過ごし方」の見直しが大いに求められるのだと言っておく。
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「教科書のつまらなさと『素敵な人』」について

2017-10-17 02:21:02 | Weblog
雨。一日中降って深夜に止む。

慶應義塾大学教養研究センター編著「生命を見る・観る・診る」を読む。

十年前に出た本書は今読んでもわかりやすい「科学の紹介」。
錯視」を扱った章ではさらに楽しめる仕組み。

学校で教わる「理科」のつまらなさをあらためて思った次第。
最新でなくとも「研究の楽しさ」を伝える内容がないとどうにも。

もちろんそのためには教師と教科書のレベルを上げる必要があり。
さまざまな映像をもっと活用すべきなのは確か。

「世界の不思議」とそれらをめぐる楽しさをもっと。
いくらでも工夫の余地はありそうなのだけれど。

まずは教科書をもっと分厚くして中学・高校それぞれ3年間ずっと使えるのものにしたい。
そこに好奇心をそそる研究内容の紹介を増やして。

科学者のエピソードや「論文捏造」などについても同様に。
「人としての生臭さ」を教えることも出来るのだから。

「自由学芸=リベラル・アーツ」がそもそも
「文法学・修辞学・論理学・算術・幾何・天文学・音楽」だったことを思い出したいもの。

現代の分類で言えば「国語・数学・理科・音楽」になるのか。
もっとも「理科」は「生物・化学・物理・地学」をさらにあれこれと。

「学ぶことの面白さ」をどこかで伝えなければ「つまらない暗記」に終わるのみ。
その上で「あとはご自由に」という「余裕」がないのは貧しいだろう。

「英語・社会・音楽・美術・保健・体育」についてももちろんのこと。
おそらく一番重要なのは教師の「情熱」。

それはやたらに「暑苦しい『情熱』」ではなく
教師自身が「いかにも素敵な人」であることが重要かも。

残念ながら現在「教師志望」の学生には悉くと言いたくなるほど「魅力がない」。
もっともたまたま「人材の貧しい地域」を知っているだけかもしれないとはいえ。

まあどこの「世界」でも「ピンからキリまで」あるのだからそれも「贅沢」か。
少なくとも「ダメな人」に教えてもらいたくはないもの。

ところで「素敵な人」ってなに?

常に好奇心旺盛で「世界の不思議さ」に興味がある人だと言っておく。
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「現実を直視できない者たち」について

2017-10-16 01:51:42 | Weblog
雨。夕方に止むものの深夜に再び。

上野千鶴子・信田さよ子・北原みのり「毒婦たち」をおそらく再読。

副題に「東電OLと木島佳苗のあいだ」。
「まっとうに評価されない者」と「評価される手段を知ってしまった者」について。

いやはやここまで「事実」を知らされるとたいていの男子は凹むはず。
要はそのくらい「見ている『現実』」が違う模様。

「性的存在」でないと「女子」ではない一方それが「商品」になるということ。
「そこしかないのかい」という男子に対する失望を思えば。

木島佳苗は「ケアに対する報酬」を受け取っていたのだというのにふむふむ。
相手を殺すかどうかは別にして「女子の本音」としては案外「普通」だったり。

かくも弱く鈍感な男子たちよ。
「妄想」から解き放たれる時は来るのだろうか。

覚えておきたいのは「声も上げられない貧困」。
それが「貧しさ」だとも気付かぬままに生きる「酷さ」。

かつて自分の「商品価値」を知って「援交」をした女子はすでに40代前後か。
是非とも「感想」を聞いてみたいものだと思うのみ。

マル激を観る。

今回は「日銀が密かにリスクを増大させている現実」を説明する回。
河村小百合によるとすでに「手遅れ」だと。

結局のところ「暗黙のルールを無視した人事」が「地獄への道」らしい。
「イエスマン」ばかり周囲に集めればそこで「盛り上がる」だけだと。

学者が実務を知らないままに突っ走る愚も。
「リフレ派」に騙されて「止めようもない円安」になるというのが「崩壊のシナリオ」。

「短期的な損得」でしかものを見ないわれわれの「宿痾」。
「正しさ」よりも「身近な損得でしか動けない『貧しさ』」がここでも。

「事実の複雑さ」をメディアでは紹介しにくいことも忘れずに。
これも「見たい現実しか見ない」ことの一因。

「お友だち」しか周囲に集めない安倍首相の在り様が
「意見を異にする者たち」を集めた上で判断を下す「まっとうな政治判断」を遠ざけ。

「リーダー」に「素質のない者を選ぶ」ことは「支える者たちの賢さ」があって成り立つもの。
どっちも「愚か」ではどうしようもなく。

「立憲民主党」の枝野はこの事実を知っているのだろうか。
少なくとも彼には「知る義務」がある。

それにつけても「現在さえあればいい」という者たちの「無責任さ」。
かつての「敗戦」をまた繰り返すのだとしたらいっそ「滅ぶ」くらいがマシだと言っておく。

自己利益のために動かない「ブレイン=頭脳」を集めてどうにかできないものだろうか。
「この指とまれ」という各地での動きをゆるやかに集結させる人物の登場や果たしていかに。
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「もったいない場所といいかげんな読書あるいは深夜の会話」について

2017-10-15 00:54:24 | Weblog
くもりのち晴れ。天気予報が大きくはずれる。

今宵も老舗バーへ。

相変わらず客はまばら。
ゴードンのジンのボトルのデザインが変わっての初ニューボトルを入れる。

今までとはちょいと異なる香りがしたような。
そのうち慣れるだろう。

マスターとあれこれ話す。
「今の店は名古屋では無理なので東京か大阪へ行ってください」と進言する。

残念ながら店にふさわしい客がいないので。
ただし店を任せられる存在の有無がキーポイントのよう。

「あなたやる?」と言われたものの「とても無理です」と答える。

金井美恵子「カストロの尻」を読む。

どうやらもう一度きちんと読み直す必要がありそう。
頭がまともに働かずウトウトしながら辛うじて読了しただけ。

著者は以前から「女子の世界ではお馴染みのもの」を
男子が全く理解しようとしないことを言っていて。

その鈍感ぶりの例として木島佳苗の裁判の傍聴記を採り上げ
北原みのりと佐野眞一の見ているものの「圧倒的な差」を指摘したり。

今回はかろうじてその程度を理解したのみ。
「小説そのものの味わい」を全くわかっていないこの在り様が「男子らしい」のだとしておく。

寄せては返す波のように重なる「物語」なのはわかったつもり。
ただ如何せん「肝心な部分」については微妙なまま。

さて。

深夜に友人と話す。

いい具合に酒が回っているようで楽しい雰囲気。
また飲もうと言って終わる。

スマホに当ててている耳がよくわからないところを押したみたいで
会話中にいろんな音がダブって聞こえたり。

なぜか「わたし失敗しないんです」とか。
その後には映画音楽など。

「機械」のありがたみとそうでない部分を体験したということか。
もうちょいと飲んで寝る。
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「残酷であることふたつ」について

2017-10-14 04:01:16 | Weblog
くもり。深夜になって本降りに。

池上英洋「残酷美術史 西洋世界の裏面を読み解く」を見て読む。

神話が残酷であるならそれらを創った人間が反映されているはず。
親子は殺し合うし兄弟姉妹も同様。

それを「西洋世界」に限定する必要もなく。
わが国では「戦国時代」を思い出せばいいか。

「環境」さえ整えばすぐ「本性」が出る。
おそらく時代を問わず。

異教徒となるとどんなに残酷に殺しても平気。
今で言えばミャンマーのロヒンギャの現状を思い出そう。

あるいは少し前のアブグレイブ刑務所など。
「中世」は決して「特別な時代」ではないということ。

そして残念ながら今後もそうであり続けるだろう。

リドリー・スコット「ブレードランナー」(’82)がTVでやっていたのでついつい観てしまう。

ブツ切りにはなっているもののやはり街の美しさが素敵。
光と影あるいはネオンの美しさが何とも素晴らしい。

レイチェル、ショーン・ヤングの「清楚」とプリス、ダリル・ハンナの「野生」の対照も。
バッテイのルトガー・ハウワーは彫刻のような美貌で。

彼が「フェアであること」にこだわるのを忘れずに。
「影法師」のようについて回るガフのエドワード・ジェイムズ・オルモスの雰囲気よ。

日本語と芸者と浄瑠璃も登場しているのは言わずもがな。
もちろんヴァンゲリスによる「クジラの鳴き声」のような音楽もいい感じ。

「4年という寿命」を定めた人間が
レプリカントによってその「意味」をあらためて問われる。

最新作「エイリアン コヴェナント」でもテーマは変わっていない模様。
スクリーンで何度も見たい傑作であることを再確認した次第。

もっと語りたくなる詳細については敢えて述べず。
本作を知らない向きは是非。
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「『危険』を楽しむことふたつ」について

2017-10-13 02:17:21 | Weblog
くもり。少しだけ晴れたり。

上野将司「危ない地形・地質の見極め方」を読む。

「地形と地質のプロ」が教えてくれる「危ない場所」について。
残念ながら素人ゆえ詳細までは理解できず。

「地すべり」のさまざまなパターンや落石の危険については少しだけ。
「物理と地学」が重なる「工学」にふむふむ。

いやはやこんな「世界」があったのねという感慨にしばし。
山地の多いわが国だからこその「プロフェッショナルぶり」になるほど。

わずかな水の浸透が大きな地すべりを起こすことや
「トップリング」と呼ばれる「崩落の仕組み」よ。

こうした「知」を無視して住宅開発をする「怖さ」を忘れずに。

ジェイムズ・アイザック「ジェイソンX 13日の金曜日」(’01)をついついGyaoで観る。

「アンドロイド・シリーズ」のレクサ・ドイグの「安さ」はむしろいい感じ。
同作品でベカ役のリサ・ライダーは「本物のアンドロイド」へ。

男優では「アバター」(’09)にも出た「軍曹」ピーター・メンサーの顔が素敵。
彼はガーナ生まれでさらにイギリスからカナダに移住したらしい。

「ジェイソンが不死身」なのは「基本」なのだとして
あとはどう殺されてどういうことになるのがポイント。

「アリ=ナノロボット」が傷ついた身体を復活させる描写がなかなか。
冒頭には「ドラキュラが住んでいそうな城のような内臓」が描かれていたり。

その他の女優陣はさらにチープだけれど
無名の俳優たちを使って大ヒットを飛ばした作品のシリーズには「ふさわしい」。

ただ肝心のジェイソンが「ターミネーター」になるのは微妙。
とはいえ「93分」という長さの好ましさと「笑い」もあって「盛りだくさん」。

デヴィッド・クローネンバーグも出ているのでよろしく。
飲みながら観るのは最適な作品かも。
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「情熱の謎と週刊誌あるいは『限られた意表をつく貧しさ』」について

2017-10-12 02:13:43 | Weblog
晴れ。暑さはどこまで。

「科学の曲がり角」読了。

本書を著す情熱はわからずじまい。
「ロックフェラー財団の方針変更」が「科学の進歩」に影響を与えたと。

そのことを指摘するだけならもっとシンプルでいいような。
「科学以外の事情」が科学そのものを変えることがあるのはわかるものの。

今回はタイトルと「みすず書房」に騙されたか。
ちなみにお値段は「8200円+税」だというのにも驚くのみ。

久方ぶりにドトールでない喫茶店へ。

「週刊文春」を2週分と「ビッグコミック・オリジナル」「週刊プレイボーイ」を読む。
ジョージ秋山の「流浪雲」が終わった雑誌がいちばん面白いのか。

「文春」の情報量は多いが魅力的だと感じられる内容が減ったかも。
林真理子のエッセイが案外抵抗なく読めることを確認する。

「週刊プレイボーイ」は「若者のフェロモン」を刺激する一方。
古賀茂明が立憲民主党に期待しているのにふむふむ。

「文春」にも「週プレ」にも書いている伊集院静の「昭和のオヤジぶり」。
橘玲の「無機質な指摘」も相変わらず。

そうえいば宮藤官九郎も両誌に。
彼には面白い脚本を書いてもらえばそれで十分。

ロドリゴ・コルテス「レッド・ライト」(’12)を観る。

なんじゃこりゃ。
「人は見たいものしか見ない」というのは確かだけれど。

シガニー・ウィーバーとロバート・デ・ニーロの雰囲気に騙されたような。
「意表をついたオチ」さえあればいいのではないことをあらためて。

敢えて言えば「人の愚かさ」を描いてはいる。
ただしこれじゃどうにも。

現在のわれわれは本作に登場する観客と変わりなく。
「確かなこと=信じていること」であるしかない「認識能力」よ。

その圧倒的な「貧しさ」を共有しつつ「優劣」を競い合う前に
「なぜそのような認識に至ったのか」を検証する「余裕」を持ちたいもの。

できるかな、できないんだろうなあ、イェイ。
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「勘違いと楽しい『こじらせぶり』」について

2017-10-11 02:01:44 | Weblog
晴れ。今日も上着なし。

フィン・オーセルー「科学の曲がり角」を半分くらい読む。

カール・ポパー言うところの「パラダイムの変化」を描いたものかと思いきや
見忘れた副題には「ニールス・ボーア研究所 ロックフェラー財団 核物理学の誕生」。

何でこんなに資料が残っているんだろうというのが不思議。
まあ「財団」についてはわかるとして。

ただし。

今のところそこまでの興味は抱かないまま。
とりあえず明日読了予定。

「久保みねヒャダこじらせナイトSP【今夜は最終回プレイ】」を観る。

朝ドラに出ている千葉雄大にこんなキャラがあることを初めて知る。
要は番組のいい視聴者ではなかったということか。

「こじらせること」の滑稽さというものをあらためて。
もっとも当人にとっては深刻だったりもするけれど。

面白い番組だったのに終わるのは残念。
ある種の好ましい「センス」を見せてもらっていたので。

WE ARE THE ひとり」などいかが。
番組では最新バージョンなど。

「自虐的なハイブラウ」という新しいジャンル。
結局は「涙々のフィナーレ」。

この番組を終わらせるという事実がおそらくは「フジテレビの停滞」を示していて。
数ある電波の中での復活を望むのみ。

少なくとも久方ぶりに「深夜番組の楽しさ」を思い出させてくれたことは確か。
「自由な空間」はここでも縮小していく模様。
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「『生真面目さ』ふたつと人工知能には『心がないこと』」について

2017-10-10 02:18:36 | Weblog
晴れ。上着なしで出かける。

北田暁大・解体研編著「社会にとって趣味とは何か」を読む。

地道に「普通の社会学をやろう」というのは結構。
残念ながらブルデューについては門外漢。

「文化社会学」という名の「調査」の「意味」をあらためてということらしい。
ただしそこに「可能性の中心」があるのかと言われると微妙。

「身綺麗」にするのはいいとして重要なのはそこから何が生まれるかだろう。
いささか「野蛮さ」に欠けるような。

こうした作業をするよりむしろ魅力的な著作をと思った次第。
もっともその「成果」がいつか出てくることには期待したいと思うけれど。

「心意気」は伝わったのであとは待つのみだと言っておく。
各地に広がる「無法」に対する「異議申し立て」だと思えばいいか。

さて。

人工知能の発達によって「風が吹けば桶屋がもうかる」が
あながち「ホラ」でもない可能性が浮かび上がるようになったのが面白いところ。

少なくとも人工知能はわれわれには思い付かない「結び付き」を提示し
囲碁や将棋の世界では「名人」を倒している。

29連勝で巷を賑わせた藤井聡太もどうやら「心持ち」に惑わされ。
その点で「心などない」人工知能はおそらく「勝る」はず。

深夜「目撃!にっぽん」の「大阪ミナミの伝説 “パッチギ”の男」を観る。

愛すべき男ではある一方でどこか弱い男。
「普通の暮らし」ができないからこそケンカに明け暮れたり。

いかにも「大阪」を感じさせる在日の人アンソ。
「シラフで生きてられるか」という点については大いに同感しつつ。

「痛み」を知るからこその「やさしさ」が人々を魅了するけれど
自らはその「限界」を越えられなかった模様。

「敗者」はこうして「伝説」になる。
なぜならたいていの人は「敗者」だから。

なるほど「ブルース」が流行る土地柄ではある。
その味わいを噛みしめたいもの。
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「イカサマの跋扈3つ」について

2017-10-09 01:51:33 | Weblog
晴れ。暑さが戻る。

鳥飼玖美子「危うし! 小学校英語」を読む。

「早期英語教育」が叫ばれ実行されることになって久しいけれど
その「無意味さ」を説く内容。

本書が11年前に出ていることを思うと何ともはや。
思っていた通りのことがあれこれ「証拠」として示されている。

「早期教育の無根拠」を支えるのは「親たちの英語コンプレックス」。
一流の同時通訳者たちが中学から英語を学んでいたことも知らず。

ここでも「ビジネス感覚」が持ち込まれ。
その種の「世界」と接しなくとも楽しく暮らすことは出来るのに。

そこそこに英語を話せることより「伝えたいこと」があるのかどうか。
そして何より母国語がある程度のレベルに達していないとどうにも。

わが国で行われていることの大抵は「バカげている」という事実よ。
ひょっとして水道水に何か混ぜられているのかと思うほど。

マル激では「立憲民主党」を設立した枝野を急遽呼んでのインタヴュー。

「希望の党」とやらの「あぶなさ」が「踏み絵」によってわかってしまった以上
「本当の希望」は今のところこのあたりにしかないはず。

NNNドキュメントが教えてくれたことに驚く。

「9人も死んでしまった・・・トモダチ作戦で頑張ってくれた若き米兵らが・・
原発事故の放射能で被曝し健康を害したとして・・400人超が裁判を起こしていることを

あなたは知っていますか?」という長いタイトルがすべてを表している。
もちろん知りませんでしたと言うよりなく。

彼ら彼女らが訴えているのは「東電」。
なぜなら軍務についていると軍や政府は訴えられないことになっているため。

空母ロナルド・レーガンの搭乗員は3・11の放射能拡散を知らぬまま被爆した模様。
放射能による健康被害を認められず苦しんでいる姿よ。

米政府の「インチキぶり」もかなりのものだけれど
「アンダー・コントロール(制御できている)」と言ったわが国の首相のデタラメも同様。

文字通り身体を張った彼ら彼女らの訴えが福島の被災者にプラスになることも。
あらためて原発事故の怖ろしさを思うのみ。

この「圧倒的な無残」について怒らないのはどうかしているだろう。

日産の検査のインチキぶりについても明らかになったことだし
そろそろ「正気」を取り戻す時期が来ているのではないかと思うことしきり。

「おだやかにまともに生きること」を確保しないとどうにも。
われわれが生きている「社会」は「すでに死んでいる」と思った方がマシ。
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