退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「教科書のつまらなさと『素敵な人』」について

2017-10-17 02:21:02 | Weblog
雨。一日中降って深夜に止む。

慶應義塾大学教養研究センター編著「生命を見る・観る・診る」を読む。

十年前に出た本書は今読んでもわかりやすい「科学の紹介」。
錯視」を扱った章ではさらに楽しめる仕組み。

学校で教わる「理科」のつまらなさをあらためて思った次第。
最新でなくとも「研究の楽しさ」を伝える内容がないとどうにも。

もちろんそのためには教師と教科書のレベルを上げる必要があり。
さまざまな映像をもっと活用すべきなのは確か。

「世界の不思議」とそれらをめぐる楽しさをもっと。
いくらでも工夫の余地はありそうなのだけれど。

まずは教科書をもっと分厚くして中学・高校それぞれ3年間ずっと使えるのものにしたい。
そこに好奇心をそそる研究内容の紹介を増やして。

科学者のエピソードや「論文捏造」などについても同様に。
「人としての生臭さ」を教えることも出来るのだから。

「自由学芸=リベラル・アーツ」がそもそも
「文法学・修辞学・論理学・算術・幾何・天文学・音楽」だったことを思い出したいもの。

現代の分類で言えば「国語・数学・理科・音楽」になるのか。
もっとも「理科」は「生物・化学・物理・地学」をさらにあれこれと。

「学ぶことの面白さ」をどこかで伝えなければ「つまらない暗記」に終わるのみ。
その上で「あとはご自由に」という「余裕」がないのは貧しいだろう。

「英語・社会・音楽・美術・保健・体育」についてももちろんのこと。
おそらく一番重要なのは教師の「情熱」。

それはやたらに「暑苦しい『情熱』」ではなく
教師自身が「いかにも素敵な人」であることが重要かも。

残念ながら現在「教師志望」の学生には悉くと言いたくなるほど「魅力がない」。
もっともたまたま「人材の貧しい地域」を知っているだけかもしれないとはいえ。

まあどこの「世界」でも「ピンからキリまで」あるのだからそれも「贅沢」か。
少なくとも「ダメな人」に教えてもらいたくはないもの。

ところで「素敵な人」ってなに?

常に好奇心旺盛で「世界の不思議さ」に興味がある人だと言っておく。
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