退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「『漢詩の経済』再びあるいはわが国における科学もしくはSFに基づくドラマの不在」について

2019-11-23 01:59:11 | Weblog
雨。夜になって止む。

竹内実・吉田富夫「志のうた 中華愛誦詩選」を読む。

副題に「伯夷・叔斉から毛沢東まで」。
既読のものとそうでないものを共に味わう。

荊軻「渡易水歌」。
「風蕭々として易水寒し 壮士ひとたび去って復た還らず」の後半を。

本書では「ますらお ひとたび去りゆかば ああ もはや還らず」と。
「兮」の字を「ああ」と敢えて訳してあるのがミソか。

女性革命家秋瑾「絶命詞」の「秋風秋雨人を愁殺す」。
こちらは変えようがなくそのまま。

「志のうた」ゆえか激しいものも少々。
そうでないものもあれこれあるのだけれど。

繰り返すが本書の試みは漢字による「表現の経済」の中身を教えてくれる。
例えば「嬌小」を「あいくるしかあいらし」とするが如し。

こういうものに接していると
とりわけアメリカの出版物の「冗長さ」に嫌気がさす次第。

そこに内容があればいいのだがそうでないことも多く。
いたずらな「厚味」はむしろ「空疎」に感じるのだが如何。

「フリンジ シーズン1」の第17話18話を観る。

前者は主人公オリビアの過去を明らかにする内容で
後者は謎のテロ組織によって妻を「怪物」にさせられた博士の愛情を描く内容。

なぜかわが国のドラマにはこの種のものがない。
ちょいと昔には「怪奇大作戦」いう作品もあったがこちらは「怪奇の味」が強く。

TVのシナリオライターにSFものや科学の知識がないせいか。
ならばよそから引っ張ってくればいいだけの話だと思うのだが。

この「空白」が「金鉱」であることを認識したいもの。
きちんとしたものを作れば確実に人気番組になるはずなのに。

去年の暮れに「サイレント・ヴォイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻」という
栗山千明主演のドラマがテレビ東京であったけれど。

ネタが「行動心理学の初歩」の一点しかない「貧しさ」で。
ティム・ロス主演の「ライ・トゥ・ミー 嘘は真実を語る」とは大違い。

「科学もしくはSFネタのドラマ」を作って頂きたい。
そういえば珍しく数学の解説書が「ことしの本大賞」に選ばれたことだし。
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