退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「変化のために女性が重要であることあるいは『現場』できちんとした仕事をすることの困難さ」について

2019-01-29 02:48:06 | Weblog
くもりのち晴れ。小雨もパラつく。

秋山調子「女は『政治』に向かないの?」を読む。

著者は「朝日新聞政治担当編集委員」。
採り上げられている政治家たちの数が「七人」なのに注目。

野田聖子、小池百合子、山尾志桜里、辻本清美、中田智子、高井美穂、嘉田由紀子。
「男目線」ではない描かれ方にふむふむ。

「クオータ制」はもっと各分野に採り入れられるべきだろう。
この「当然」を阻むものには敏感でありたいもの。

ただでさえ「生産性が低い」のが「従来の働き方」。
ならば「メンバー交代」もしくは「変化」が必要。

何かというと「長時間ダラダラ作業する」のがなぜかわが国の「スタンダード」。
おそらくはマルチタスク能力のない「男のせい」だと思われる。

「充実した生活あっての仕事」でないとどうにも。
その「本来」を取り戻すためには女性の存在が大切。

「大して能のないオヤジたち」には退場していただこう。
「適材適所の意味」をあらためて。

身近な若者たちを見ていても男子より女子の方が好ましいことが多く。
「確実に仕事をこなせる」のは後者だもの。

さて。

「オヤジ」とは何か。
曰く女性に関して必ず「性」を絡める存在。

というよりその種の「価値」でしか相手を見ないと言ってもいいほど。
年齢とは無関係だったりもするのでご注意を。

もちろんそれが「楽しい関係」なら大いに結構。
おそらくそうでない場合が多いことが予想されるので。

それとは別に。

虐待による子どもの死と児童相談所の対応について。

アザが出来るほどの虐待をしていた父親が「大丈夫」だと判断されるのはなぜか。
「家族の絆」などという「妄想」が大いに働いている予感など。

あるいは人員不足ゆえの結果か。
もしくはこの種の出来事に関する知識不足のせいか。

「現場」がどうなっているのかの情報が少なすぎて判断に困る。
そこを伝えないマスコミには歯がゆいのみ。

あらゆる場所で「きちんとした仕事をすること」の困難が。
何度でもなぜなのかを考えよう。
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