退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「視点」について

2013-02-25 02:28:38 | Weblog
晴れ。まだ冷える。

午前中に野暮用をこなして昼寝後図書館へ。
メドがついたので日曜の早起きもあと少し。

高橋源一郎「非常時の言葉 震災の後で」を読む。

久方ぶりに「インテリげんちゃん」のエッセイ。
著者が批評家・加藤典洋を好む理由が今ひとつわからない。

もっとも石牟礼道子「苦海浄土」やジャン・ジュネの「世界」を
再認識させてくれたことはありがたいのだけれど。

残念ながら彼の小説の「良き読者」ではない。
ただ「心に刺さらない言葉」が横行している事実の指摘は「良きこと」だと思う。

「他人もしくは自分の赤ん坊」を「考える土台」とすれば
あらゆることが違って見えるのは確かだろう。

とても読みやすい文章で書かれているのは「伝わること」に対する著者の思い。
ただもっと「自分」が全面に出てもいいと思うのだがそうならないのは「含羞」のせいか。

さて。

「大人」になりきれない「子ども」がするのは
いたずらに「大人ぶること」。

なぜなら彼もしくは彼女は自分が「大人」でないことを知っているから。

あまりに「明快」すぎてバカバカしくなるとはいえ
自分の「欠如」をカバーしようとするのは「人の常」。

ある意味で人はみな「セカイ系」なのだから
そうした「前提」を超えてつながることがあれば幸い。

「思いがけないこと」を体験しよう。

その時「世界」はあらたな顔を見せて
自分を縛っていた「秩序のはかなさ」を知ることになる。
コメント
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