日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

売れ筋ビジネス書<ブックレビュー>2・13号

2009-02-13 | ブックレビュー
昨日に引き続き最近の売れ筋ビジネス書の<ブック・レビュー>です。

★「テキトー税理士が会社を潰す/山下明宏(幻冬舎:1429円)」

仕事柄、普段から世間一般に問題のある“手抜き”税理士は多いと思っていただけに、このタイトルとそれを現役の税理士が書いたという内容に期待しました。

結論から言うと、税理士界に一石を投じるような良いことを言っているな、と思わせる半面、ポイントとなる話が繰り返し登場し中身はさほど深くないこと(簡潔にまとめれば、半分の100ページ程度で収まる内容です)、自身の税理士事務所のPR色が濃く出ていて最後まで読むとそこがやや“鼻につく”こと等、難点も多少あります。

著者の主張としては、「税務監査証明書」の存在を広く知らしめ本来の責任感ある税理士の仕事振りを強調している点や、経営者の「理念」こそが企業経営にとって最重要ポイントであり、会社経営はそれを軸にきっちり推し進めていくべきであるという部分には大変好感が持てました。また、著者が考える本来あるべき税理士の姿が明快に描かれているので、実際現在付き合いのある税理士をそれとの比較評価が簡単にできる点は、中小企業経営者の方々にはありがたいのではないでしょうか。

余談ですが、私自身常々クライアントに「コンサルタントと言えども税務は税理士でない者が指導することは法律で禁じられおり、その意味で税務を含めた総合的な税財務コンサルは税理士の専業領域です。税務対策抜きの中小企業財務コンサルは中途半端なものになるので、私は財務に関して(当然税務は除く)はあくまでアドバイス・レベルに留め、フィーをいただく仕事としてはお受けしません」とお話しております。

その意味で、本書に税理士の本来あるべき仕事の様を明確に書いていただいていることは、税理士と経営コンサルタントの担当領域の違いが読者である中小企業経営者の方々に、分かりやすくご理解いただけるであろうと思われ、その点とても喜ばしく読ませていただきました。(個人的には、お互いの力量が良く分かった税理士と中小企業コンサルタントが、協力しつつそれぞれの担当領域での企業の改善にあたるのが理想形であると思っております)

以上を踏まえ本書は、10点満点で7点。
税理士本来の役割をご存知でない中小企業経営者(特に新米経営者)の方々には、ぜひともお読みいただきたい1冊です。内容は軽いので2時間で十分読めます。

売れ筋ビジネス書<ブックレビュー>2・12号

2009-02-12 | ブックレビュー
最近話題の売れ筋ビジネス書のブックレビューです。

★「レバレッジ・マネジメント/本田直之(東洋経済:1600円)」
★「面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則/本田直之(大和書房:1000円)」

おなじみ「レバレッジ・シリーズ」の最新刊。今回は、「レバレッジ・マメジメント」と称して経営者向けに、その姿勢、考え方、戦略等について「レバレッジ」を利かせる行動のあり方を説いてます。私自身、本田氏のレバレッジ・シリーズは大半を読んでいますが、今回の切り口である「マネジメント」は言ってみればビジネスにおけるあらゆる要素を総括する存在であり、その意味では本書が今までのシリーズの総集編的なつくりになっているという印象が色濃く出ています。

初めて氏の著作を読んだ時のような新鮮さはありませんが、各著作のエッセンスが程よくブレンドされて、シリーズを読んでいる人には復習兼総仕上げ的存在になるでしょうし、初めてこのシリーズを読む人には比較的詳しいレバレッジ・カタログ的な存在になりうるものと思います。対象は中小企業経営者および管理者と起業希望者。レバレッジ・シリーズを初めて読む人には、経営全般にわたって言及されているだけに、けっこう“目から鱗(うろこ)”的な衝撃があるかもしれません。かなり好調な売れ行きのようで、発売以来アマゾンのビジネス書分野で上位を続けています。

もともと「レバレッジ(=梃子(テコ)の原理)」的発想をビジネスに持ち込む考え方は、私自身の起業時のスタンスにも共通するものがあり、氏の考え方は個人的に共感するところ大いにありであります。ビジネス・パーソンとして部分的にであれ私の目標になりうる人物であると再確認できた、非常に本田氏らしい著作でありました。

10点満点で9点。読む価値大いにありです。
マイナス1点は、他の著作を読んでいる人にとっては目新しさに欠ける点です。

一方、同時期に発売されやはり今売れている氏の著作「面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則」は、どちらかというと若手ビジネスマン向け。氏の考え方のエッセンスには触れられているものの、55の項目立てという箇条書き方式にしたことで、氏の論点を支える「レバレッジ思考」の重要なポイントがボケてしまい、ありがちな「行動啓発本」的になってしまったのが残念。むしろ、値段相応の仕上がりにおさめたという意味で、なるほど一流コンサルタントらしい仕事と言うべきなのかもしれません。

こちらは6点。サラッと読めます。多くを期待せず通勤電車向けにどうぞって感じです。

明日も引き続き<ブック・レビュー>やります。

〈70年代の100枚〉№62 ~ 70年代をリードした“ディスコ・クィーン”

2009-02-11 | 洋楽
本日は祝日のユルネタで。

ドナ・サマーは、70年代ディスコ・ブームの仕掛け人イタリア人プロデューサーのジョルジオ・モローダー氏に見出され、70年代後半から80年代前半にかけて全米チャートを席巻した時代を象徴する“ディスコ・クィーン”でした。

№62    「オン・ザ・レイディオ~ドナ・サマー・グレイテスト・ヒッツ VOl.1&2」

彼女の最初のブレイクは75年の「愛の誘惑」。ダンス、ディスコと言うよりは、ため息を聞かせるセクシー路線でのキワモノ的ヒットでした。その後、折からのディスコ・ブームにも乗って断続的にヒット・シングルをリリースしながら、78年「マッカーサー・パーク」の全米№1ヒット(3週連続)を契機に大ブレイクします。続く「ホット・スタッフ」も3週連続1位「バッド・ガールズ」に至っては5週連続での1位を獲得し、当時の最高の栄誉である“ディスコ・クィーン”の名を欲しいままにしたのでした。

このアルバムは、「ホット・スタッフ」「バッド・ガールズ」の大ヒットを受け人気絶頂の79年にリリースされた、新曲を含む2枚組のベスト盤です。このアルバムからも、タイトル・ナンバーの「オン・ザ・レイディオ」とバーブラ・ストライザンドとのデュエット・ナンバー「ノーモア・ティアーズ」が当然の如く№1(それぞれ5週連続と1週)に輝いています。アルバムももちろん№1を記録しました。(ちなみにこのアルバム、リズムが途切れることなく全曲がつながっているのも特徴で、当時パーティ等で重宝されました)

当時のディスコ・ブームの中でドナ・サマーは、ビージーズ路線と“双璧”と言える存在で、まさしく一世を風靡したアーティストであると言っていいと思います。彼女の曲の特徴は、何をおいてもジョルジオ・モローダーによるシンセ・サウンドを基調としたディスコ・ビートです。この流れは80年代のユーロ・ビート系へと確実につながるものであり、その意味でも洋楽の歴史において果たした役割は決して小さくないと思うのです。

それともうひとつ特筆すべきは、黒人の彼女が黒人・白人問わない人気を得たことです。その理由は、白人モローダー氏のプロデュースの下、ディスコ・ブームのもう一方の牽引者であるビージーズに学んだとも思える白人ロック的要素を、“隠し味”として実に上手に取り入れていたことがあると思います。それは、特に人気をピークに持ち上げたアルバム「バッド・ガールズ」リリース前後に顕著です。

例えば大ヒットシングル「ホット・スタッフ」と「バッド・ガールズ」では、ディスコ・ミュージック特有の単調なリズム・パターンに、白人ロック的なメロディとギター・カッティングを折まぜ、単なるブラコンとは一線を隔する雰囲気を作り出しています。このアルバムでも、リトル・フィートのビル・ペイン(P)やエアプレイのジェイ・グレイドン(G)など、腕ききの白人ミュージシャンがバックを務めています。まさに白人のモローダー氏なればなしえた戦略であったのです。それと同時に、彼女が黒人レーベルの「モータウン」所属ではなく、白人アーティストも含め70年代のスターを多数排出した「カサブランカ」レーベルの所属であったこともまた、戦略を陰で支えた理由のひとつと思われます。

80年代後半以降彼女は、ディスコ・ブームの下火化やねつ造された発言疑惑問題等の影響で大衆的人気は急降下します。しかしながら、ダンス・ミュージック界での人気は根強く、08年に17年ぶりのオリジナル・アルバムをリリースし、シングル3曲が連続でビルボードのダンス・チャートで1位になるなど見事に復活。還暦を迎えた今、往年の“ディスコ・クィーン”の面目躍如たる活躍ぶりで再ブームの兆しを見せています。

統合発表も旧体質のままの「雪印」に明日はあるか?

2009-02-10 | その他あれこれ
先日、雪印乳業と日本ミルクコミュニティ(雪印市乳部門切り離しで誕生)の統合が発表されました。新聞各紙のトーンはあまり好意的でない書き方ばかり。何があるのだろうかと気にして見てましたら、真相と思しき記事が日経MJに掲載されておりました。

問題の記事は、現場記者のコラムと言う形で掲載されていました。その記事によれば、統合の発表に際して両者社長がそろって会見をした会場で、一時騒然となる事態があったとか。騒ぎの原因は会見での質疑がわずか20分程度で打ち切りとなり、会場を立ち去る両社社長に対して引き続き質問が浴びせられるも、二人は社員にガードされながら無言で会場を後にした、というもの。

うーん、なんででしょうね。一応の会社サイドの言い訳は、「取引先への報告等のため時間がとれなかった」と言うのですが、これは明らかな対応の間違いであると言わねばなりません。新聞記者は、その先に読者、すなわち消費者を抱えているのです。新聞記者たちの言葉を借りるなら、「取材記者は読者、消費者の代表」ということになるのです。すなわち、取引先へのあいさつ回りも、ビジネス上は大変大切であることは十分分かるのですが、「取引先と消費者どちらをより大切に考えていますか」という質問に、迷うことなく「取引先です」と答えてしまったことに相当するのです。

雪印と言えば、00年の関西での「乳製品集団食中毒事件」と02年の「牛肉産地偽装事件」という相次ぐ不祥事でグループ企業の雪印食品が廃業に追い込まれると言う大きな汚点を過去に残しています。そして、トップのマスコミ対応はと言えば、00年の事件の時に原因追究の手を緩めることのないマスコミに対して、当時のトップが「私は寝ていないんんだ」ととんでもない一言を発すると言う前代未聞の出来事も記憶に蘇る、“危機管理広報オンチ”企業だったのです。

そして今回の件、会見での質問も、もっぱら上記2事件で傷ついたブランド回復に関するものに集中していたと言います。その中での、質問打ち切り&会見切上げとダンマリ会場退出。過去2回の大不祥事対応の教訓は、まったく活かされていないと言わざるを得ないのです。どうして取引先回りを優先したのか、どうして質問打ち切りなのか、どうしてダンマリなのか、過去の失態が単なるトラウマになっただけ、という印象でしかありません。トップ自身も、広報担当も、なぜこんな愚かな対応をしたのか、その原因は未だ改まらない「古い企業体質」と言わざるを得ないと思います。

ある意味、統合会見は何の後ろめたさもなくマスコミが良い意味で注目する、これほどイメージ回復に絶好の機会はなかったハズなのです。記者が満足するまでいろいろな質問に答えてあげればそれで良かったのです。それができずに、結局各紙(ネットNEWSも)とも、「再生に向け課題山積」といったトーンの実に歯切れの悪い取り上げばかりになってしまいました。記者も人の子、客観的事実を伝えるのが使命とはいえ、やはり気分の良し悪しは当然書く原稿に大きな影響が出てしまうものなのです。

今回の対応、私が元いた銀行業界では、金融危機以前にはごくごく当たり前におこなわれていた対応ですが、今ではお堅く古臭いその業界でもまずお目にかかれない大失態です。「アツモノに懲りてなますを吹く」という諺はありますが、それではすまされない、大不祥事2回を経てなお旧態然とした“化石”のような体質をはからずも表にした形です。外部の有識者や専門コンサルタントらの意見を求める等により、体質改善に最優先で取り組まない限り雪印の真の「再生」はあり得ないと感じた次第です。

〈70年代の100枚〉№61~元祖ロック・クィーンの死と未完の最高傑作

2009-02-08 | 洋楽
70年10月、ひとりの女性ロック・シンガーが人気の頂点で孤独な死をとげました。ジャニス・ジョプリン。死因はヘロインの摂取過多。時代を象徴するかのような死でした。

№61     「パール/ジャニス・ジョプリン」

彼女が突然この世を去ったとき、まさに制作中だったアルバムが彼女のニックネームをタイトルに配したこのアルバム「パール」です。彼女が死する直前もレコーディングが続いていたこの作品、スタッフによる残されたマテリアルを使っての必死の編集作業の甲斐あって、年が改まった71年1月にようやくリリースにこぎつけたのでした。

それまでの彼女はと言えば、特徴であるハスキーボイスでのシャウト系のパワーボーカルの使い方には、あちらに行ったりこちらに来たりと混迷を続けてきた印象だったのですが、腕ききプロデューサーの下新たなバンドを得たこのアルバムでは、過去にないほど幅広く彼女の可能性を感じさてくれる内容になっています。

アルバムは、彼女らしいシャウト系のカッコいい自作A1「ジャニスの祈り(ムーヴ・オーバー)」で幕をあけます(この曲、後のスレイドのカバーもイカしてました)。ボビー・ウォーマック作のB4「トラスト・ミー」のようなソウルフルなナンバーでは、彼女の愛したR&Bへの想いがいつにも増して強く打ち出されています。またA4「ハーフ・ムーン」は、後にオーリアンズ(「ダンス・ウイズ・ミー」でお馴染み)を結成するジョン・ホールの作で、軽快さと黒っぽさが入り混じった独自の雰囲気が実にジャニスにマッチ。彼のような東海岸人脈とのつながりは今後の彼女の新たな活躍を予感させる部分でもあり、本作が遺作であることの無念さを伝えるのに十分すぎもするのです。

「パール」はリリース後アルバム・チャートをグングン上昇し、№1に上りつめると実に9週間にもわたってその座をキープしたのでした。そしてアルバムからのシングルでクリス・クリストファスン作のB2「ミー・アンド・ボビー・マギー」は、彼女のイメージとは少し違うカントリー・テイストのナンバーでしたが、こちらも全米№1を獲得。彼女の人生を歌ったかのようなこの曲の一節、「思い出のたった1日のために未来のすべてを売り払ってもいいわ」とともに、全米中はジャニスへの追悼の想いにあふれたのでした。

アルバムには死の前日に演奏だけがレコーディングされ、翌日の彼女のボーカル吹き込みを待っていた未完のA5「生きながらブルースに葬られ」も収録され、彼女のあまりに突然だった死を象徴する痛々しい演出も施されています。ジャニスの死とその遺作「パール」が今に伝える、70年代初頭の音楽カルチャーにおける悲劇は、60年代音楽シーンからの延長路線を確実に断ち切る大きな出来事であったと思います。

経営のトリセツ52~“突発対応”をモラール・アップに活かす!

2009-02-06 | 経営
経営者・管理者が、突発事象対処的なイレギュラーな仕事の担当決めの際、部下をいかに使い分けるのが効果的か、というお話です。

社内あるいは部署内で突発事件や経営環境の激変等で何か解決すべき問題が発生した時のことを思い浮かべてください。当該テーマに直結する業務の部署・スタッフが明確な場合は当然業務分掌に従った対応策を検討し、当該部署責任者や担当スタッフに対処を指示してあとは進捗を見守るということになるでしょう。では、明確な責任部署や担当部署、あるいは担当者が決められないケース、問題が複数部門にまたがるようなケースではどうしたらよいのでしょう。

こんな場合、大抵はまず関係者ミーティングがもたれ、その召集者たる経営者や管理者は、集められた中で一番優秀と思しき最も信頼感のある部下を責任者に指名して、あとは下にスタッフをつけるか彼に指名させるかで、問題の解決をはかろうとするのではないでしょうか(大企業の場合は、細かい分掌が明確化されておりまたスタッフの平均レベルが高いケースもあり、状況はかなり異なると思います)。問題深刻であればあるほど、重要性が高ければ高いほど、その傾向は強いように思います。

確かに一番優秀と思しき信頼の厚い部下に仕事を任せれば、最もよい対応策の策定や安心感の高い着地点を見つける確率はかなり高いでしょう。個別事案の短期的な結果だけを求めるだけなら、そのやり方で構わないかもしれません。あるいは官僚の世界のように、キャリア、ノンキャリアの明確な区分けがあり、特定のエリートだけを分別教育していくのなら話は別でしょう。しかしながら中小企業は限られた経営資源の下、未来永劫の発展を目指して前進を続けていくのであり、短期的な成果や部分的成果よりもむしろ長期的展望に立ちそのすそ野が広がるような成果を求めなくては、継続的発展は望めないのです。

企業にとって長期的展望に立った成果の最たるもの、それは人材育成でしょう。人材の育成は決して短期的に結果が出ない、でも永続的発展を考えるときに最も重要な経営命題でもあります。対処すべき突発事象が発生したときこそ、この人材育成のまたとないチャンスなのです。そのチャンスに、一番優秀な傍から見ても信頼されていると思われるスタッフに仕事を任せたのでは、指名の当人は「面倒くさいけど、俺しかいないんじゃ仕方ない」ぐらいに思うでしょうし、周囲は「ヤツが一番できるんだから、それでいいじゃん」と感じサラッと流すでしょう。すなわち、せっかくの機会を何の啓発剤にも転化できず、№1スタッフと他のスタッフ力の差は開くばかりなのです。

そこで長期的な観点で組織力を高めるために、対処すべき突発事象が発生したときには、プロジェクト・リーダーなど中心的役割を担う立場を、候補となるスタッフ中で2番目に優秀と思われる者、1番手の陰に隠れた2番手を敢えて指名して対応策を検討させることをおすすめします。そうこの“2番手指名作戦”こそ、突発事象対応を利用した「職場モラール・アップ→レベルアップ策」なのです。

指名を受けた者は「ヤツを差し置いて俺?」と意外に感じるかもしれませんが、決して悪い気はしていないはずです。「この手の仕事は君が一番だと思っているから、よろしく頼むぞ」ぐらい、そっと耳打ちでもすればもう完璧です。一方1番手には、「君は今回ひとつ上のポジショニングでの仕事に慣れる意味で、君にしか頼めない高所から大局的にみた側面フォローを頼むよ」と耳打ちすればOKです。

これで、2番手も1番手もやる気アップ間違いなし!このような「期待の言葉をかけられた者はかけられない場合よりも、断然成果が上がる」という人の心理は、「ピグマリオン効果」として広く知られています。「期待感」を伝える意外性のある指名も重要ですが、単に指名するだけでなくその際の小さな声かけが大きなポイントでもあります。また、問題の重要性が大きければ大きい程、その効果も大きくなるのです。

このように突破事象対処法の活用によって、2番手のモチベーションを上げつつ、1番手のプライドもしっかりフォローすることで、複数スタッフのレベルアップによる組織活性化作用での全体水準の向上が期待できるのです。もちろんやってみた結果、仮に2番手の対処結果が1番手が担当した場合の期待値を下回ったとしても、比較論的な評価に立った文句を口にするのは絶対にタブーです。目的はあくまで長期的展望に立った人材育成、組織の全体のレベルアップにあるということをお忘れなきように。

ルーチンの仕事の中で、伸び悩みスタッフの成長を動機付けするのは至難の業です。ルーチンではなかなか成果が出にく「ピグマリオン効果」も、突発事象のようなイレギュラー対応では意外なほど効果を発揮するものです。突発事象対処は使い方ひとつで、伸び悩みスタッフのモラール・アップと育成の場として活用できると言うことは、経営者や管理者の記憶に留めておいてよい方策であると思います。

非ロジカルな政治家をゆさぶる人事院谷総裁の戦法

2009-02-04 | その他あれこれ
話題の谷公士人事院総裁が、テレビに出て話をしておりました。今回の件での彼の論理を初めて直接聞くことができましたので、とりあえず私なりに分析をしてみます。

彼の論理は簡単に言うと次の通りです。

公務員改革の必要性は認める。ただ公務員は民間と違う部分が多々あり(団体交渉権やスト権が認められていない等)、人事院はそれを中立的に守る立場にある。その役割を一気に奪うことは公務員の法で守られるべき権利を擁護する点から賛成できない。今の議論はその点を無視して、いきなりのやり方であり順序が違う……。

私の感想は、やはり思った通りと言うか、自分たちの既得権を守るために現状論点となっていないモノを法の傘(あらゆる法の議論の前に、憲法下の問題が優先議論されるべきという論理)の下に持ち出して、ポイントとなる論点のすり替えを行っている、という感じです。大体において、今論じられている公務員改革は、上級国家公務員の天下りの問題を中心とした無駄の削減を論点としているのであり、その点をいじられたくがないために、下級国家公務員まで含めた法の下の「権利」を持ち出し、さも自身は中立的判断に立ち今の議論は恐ろしく誤っているかのような言動をしているのです。

また発言の中で、「国会が決めれば従うのが我々の立場であり、それまでは異論を唱え続けるが国会で決定すれば従うのみ」という、いかにもの“お役所的発想”でモノを言っていたのも、私をはじめ一般国民の「改革」に対する考え方と大きな乖離を感じさせる部分で、実に印象的でありました。

そもそも「改革」とは何でしょう?
既存の枠組みや制度に老朽化等によるひずみが出て問題視された時に、「改革」はおこなわれるのだと思います。これは国家だろうと民間だろうと同じことです。では「改革」をすすめるにあたって何が大切か、これは「経営のトリセツ」でも申し上げていますが、まず第一に「目的」の共有化です。すなわち、関係者は常に大きな「目的」に対する共通認識を持った上で議論をしなくては、「改革」は思わぬ方向に迷い込んでしまうのです。そして「改革」をすすめていくにあたっては、「目的」に向かうための「課題」の中で、何が「幹」で何が「枝葉」かをキッチリと分けて考えなくてはいけないのです。

この点で考えると、国民的利益追求の下議論されている「公務員制度改革」の「目的」に照らした時、谷総裁が言っている反対意見の論点は仮に憲法に係る問題であろうとも現時点では「枝葉」であるということなのです。もちろん、彼が言っていることそのものは間違っている内容ではないと思いますし、それを否定する必要もありません。彼の巧みな点は、彼自身が一番そのことを知っていながら、意図的に今「枝葉」の問題を大きく際立たせることで、本筋である「幹」の問題が先に進むことをさまたげようとしている点です。難しそうな「課題」を投げて「幹」か「枝葉」か分かりにくい状況をつくり停滞させる、頭の悪い相手に対する常套手段ではあるのですが…。

「枝葉」の話は「幹」の議論が固まりつつ進む中ですればいい話で、改革推進本部は「公務員の労働基準法的労働権保護の問題は、議論が進む中で別途手当を検討する」と謳うことで前に進めていけばいいと思うのです。ところが今、政治家もマスメディアの報道姿勢も谷総裁の「これはおかしい」「これはどうなる?」「それは法的に整合性がとれない」と言った横ヤリに、完全に翻弄されています。

「改革」は明確な「目的」の下、まずあらゆる既存の枠組みを飛び越えて考えるからこそ「改革」できるのであって、それに縛られるような正論であるかの如き“目くらまし”に影響をされていたのでは「改革」たり得ないのです。この考え方こそまさに「ゼロベース思考」なのですが、彼ら高級官僚は当然そんなことも百も承知の上、分かっていながらも決して口にはしないのです。

官僚も「改革」に際しては、谷総裁が言うような「国会で決定すれば従うのみ」でなく「枝葉」については法案可決後もそれぞれの立場で意見し、よりよい中身にしていけばいい訳です。当然そのつもりでいながらも、あえて今いろいろなことを法的な根拠をにじませつつ意見して、議論を混乱させているのでしょう。“頭のいい”エリート官僚たちですから、ロジカルじゃない連中を手玉に取ることなどお手のもの…、ですよね。

こうして考えると、政治家も国民もエリート官僚に完全になめられている訳です。情けないのは政治家です。もっとロジカルに官僚に対してモノを言い、「改革」の「目的」を見失わない「改革」の進行を断行して欲しいと思います。もうひとつ、谷総裁を“渡りの帝王”だなんだと感情論的に世論を煽るマスメディアも問題です。感情論に陥れば陥るほどロジカルではなくなる訳で、それは彼の思うつぼでもあります。その辺をお分かりでないメディアは、余計なことを一切言わず事実だけを報道すべきと思います。

谷総裁のテレビでの発言を聞き、コンサル的に感じたことを書きなぐってみました。

節分に“アホウ巻”?福はウチ、谷はソト!

2009-02-03 | その他あれこれ
今日2月3日は節分。節分に豆まきは小さい頃から当たり前の行事でしたが、「節分に恵方巻」っていつの間に定着したのでしょう?もともと関西の風習なのでしょうか?私が知ったのはここ数年。関東の震源地はセブンイレブンのような気がしているのですが…。バレンタイン・デーをいつのまにか、クリスマス並み国民的行事に仕立て上げたのは、お菓子メーカーの策略でしたが、恵方巻きを東日本にも定着させたのは、セブン等のコンビニ商法とここぞと便乗した“中食”産業に他ならないと見ています。

「バレンタイン・デーにチョコで愛の告白を」なら、まだ夢があって可愛げのある売り方だと思いますが、「恵方に向かって一気にかぶりつくと福を呼ぶ」って感心しませんね。食べ物に日本人好みの縁起を組み合わせるとは、神仏に無礼であると言いますか、あまりにも商魂たくましすぎて…。しかも一気食い?私はハッキリ言って嫌悪感しか感じません。そんなわけで全く食べる気なし。恐らく一生食べることはないでしょう。

話し変わって公務員制度改革。件の人事院谷総裁、30日の首相主催の改革推進本部の会合をボイコットし、これに怒った甘利行革担当大臣のコメントに対して、昨日カメラ・オミットというどこまでも偉そうな会見を開いて、「ボイコットなどしてない」と言い放ったと聞きます。見ているだけでムカムカくることこの上なし。人事院総裁は各党同意で人事官になり、さらに互選で総裁に選ばれている関係上、クビを切るには国会の訴追と弾劾裁判が必要になるという最高裁裁判官並みに厄介な手続きなのです。それを盾にやりたい放題の傍若無人ぶり。官僚の厚顔無恥ここに極まれり、です。

そんな中で、人事院の同意が得られないまま工程表が推進本部で決定の運びとなりました。しかしながら忘れてならないのは、「決定」とは言えあくまで推進本部での決定に過ぎず、この後法案提出して国会での決議を得なければ何の効力ももたない点です。この事実に関しても、実に腹立たしい官僚の発言が日経新聞に出ていました。「法案は与野党対立と衆議院解散でどうせ廃案」という冷ややかなものです。何とも憎たらしい…。自分たちのご都合で調子よく法律を解釈し既得権にしがみつこうという谷総裁以下高級官僚の堂々たる役人根性は、不景気脱出に向け財政再建も視野に本気の公務員改革を求めている国民をバカにしているの一言です。

マスメディアは、今の世論の盛り上がりを国会解散が例え法案通過前にあったとしても、解散後総選挙後もなお決して国民に忘れさせてはいけません。そして与野党は共に、公務員改革に関する具体的施策を、総選挙の際には必ずマニフェストに盛り込むべきであります。さらに、麻生政権のあとを、与党であれ野党であれ引き継いだ政権は、この許されべからざる厚顔無恥な官僚の振る舞いを絶対に忘れず、本日決定の行程表内容は一歩たりとも譲ることなく、改革を推し進めなくていけないと思います。

はじめの話に戻れば、今日節分の日に谷総裁はじめ厚顔無恥官僚はまとめて“アホウ巻き”にでもして、今年の恵方の真逆方向「西南西」にでもひと息に捨て去ってやりたい気分です。官僚“アホウ巻き”は恵方巻以上の嫌悪感!当然、私は食べません。“福はウチ、谷はソト!”

“大甘”協会と“管理失格”親方の相撲界は、一日も早い門戸開放を

2009-02-02 | ニュース雑感
角界にまた激震です。どうにもならないアホがまたいました。

尾車部屋の元幕内力士(現十両)若麒麟が、大麻不法所持で現行犯逮捕されたという事件。これは前回のロシア人力士3人が相次いで逮捕された事件よりも数段罪が重いです。理由は3つ。昔から大麻が禁止されている日本に生まれ育った生粋の日本人であること、前回のロシア3力士の逮捕であれだけ大騒動になった後の同様の事件であること、そして「関取」という相撲界を体現する地位にあり本来若手力士の模範となるような行動をとるべき力士であったこと、です。この点は、協会もマスメディアもこの問題を扱う時に、決して判断を誤ってはいけない部分なのです。

ところが、本日相撲協会が若麒麟に対して下した処分は「解雇」。最も重たい処分である「除名」を選択せず、退職金が支給される「解雇」に留めたのです。しかも理事会満場一致とのこと。本当に協会はどこまでわかっていないのか、アホの集まりです。先のロシア人3力士が「解雇」処分だったからそれに合わせた形でなのでしょうか。

先も述べたように、前の3人とは犯罪を犯した状況、おかれた立場と責任が全然違います。武蔵川理事長(元横綱三重の海)は、「まだ若いのにかわいそうだ」などと同情的な意見を述べているとか。本当にアホの親玉です。同情の余地など全くない反社会的行為です。毅然とした姿勢で厳正な処分に臨まなければ、再発防止などできるわけがありません。組織管理の基本からしてなっていないのです。何でも、この甘い処分で若麒麟は500万円以上の退職金がもらえるそうです。信じられません。

それと、私がこの「解雇」処分と同じぐらい問題視したいのが、管理責任者たる尾車親方(元大関琴風=写真)の処分です。前の事件の時にも、親方の管理責任追及の甘さに関する問題について言及しましたが、今回はさらに前回の事件を受けての不祥事ですから、明らかに管理者失格です。しかも部屋を代表する「関取」に対して、大事件後の犯罪行為再発防止という基本中の基本すら指導できなかったわけで、一般社会の常識で判断すれば間違いなく「親方職クビ」でしょう。それが、「平年寄りへ降格」で済むそうです。アホ理事会の対応には、ますますあきれかえってしまいます。

今回も申し上げますが、とにかく相撲取りの常識の欠如はいかんともしがたいです。しかもただ相撲が強かっただけで、指導者たる「親方」になれてしまう。何の管理者教育も受けることなく、タニマチ連中にちやほやされて、アホのままアホな指導者になってしまうのです。今回の尾車の会見もひどかった。「怒りがおさまらない」「ぶん殴ってやりたい」って、それ会見であなたが言う話ですか?社員が不祥事を起こして会見に臨んだ社長が、「ぶん殴ってやりたい」って言いますか?自分の管理責任を棚に上げてそんなこと言ったら、世間はどう思いますか?単なるアホでしょ?相撲は大関どまりの元琴風でしたが、アホさ加減はここまでくると立派な“横綱級”ですね。

あらためて今一度申し上げます。日本相撲協会は、アホな関取OBたちだけで組織内を固めているいわば指揮者不在のアホ楽団です。一日も早く門戸を開いて、世間一般から良識ある知識人をその運営の核に加えなくては、何度でも同じような非常識な事態は繰り返されるでしょう。同時にただ過去に相撲が強かったというだけで、犯罪行為禁止指導すらできずに指導者の座にいる「アホ親方」連中には、一日も早いマネジメント教育を基礎から施すべきであると声を大にして申しあげます。

〈70年代の100枚〉№60~時代の頂点を極めたカントリー・シンガー

2009-02-01 | 洋楽
実にダサいジャケットです。カントリーですからね。でもこれ日本でも売れたんですよ。

№60    「バック・ホーム・アゲイン/ジョン・デンバー」

カントリーは日本で言えば演歌でしょうか?アメリカではいつの時代も、カントリーのヒットは必ず生まれるものです。カントリー・チャートなるヒット・チャートも存在する訳で、やはり国民的音楽なのでしょう。根強いカントリー人気のアメリカですが、いわゆる総合チャートで上位をにぎわすに至ったこの世界の人は意外に少なく、「70年代ポップを代表する」と言うレベルになるとかなり絞られます。ジョン・デンバーは、そんな数少ない「カントリー界を超えて70年代ポピュラー音楽を代表するアーティスト」です。

彼は自身が愛したコロラドの町デンバーを自らの名前に拝借し、その透明感あふれる歌声が美しい風景に恵まれたコロラドの大自然をイメージさせる歌詞と相まって、都会派とは一線を隔した素朴なキャラクターとして人気を集めました。デビュー・ヒットは多くの人にカバーされ超有名な「故郷に帰りたい」(71年全米2位)、その後も「ロッキー・マウンテン・ハイ」(全米9位)がヒット、74年には「太陽を背に受けて」とアルバム「グレイテスト・ヒッツ」でシングル・アルバム共に初の全米№1を獲得します。ちなみに、「ロッキー・マウンテン・ハイ」はコロラド州の州歌に制定されているそうです。

「太陽を背に受けて」は日本でもビッグ・ジョン・ジーンズのCMに使われてスマッシュ・ヒット。カントリーと言うジャンルを超えた人気を集め、満を持してリリースされたアルバムがこの74年の「バック・ホーム・アゲイン」だったのです。アルバムで聞くと確かにカントリー臭い部分も多いのですが、頂点を極めた勢いを感じさせる楽曲の水準の高さは素晴らしいの一言です。このアルバムからは、B1「緑の風のアニー」が全米№1ヒットを記録。タイトル・ナンバーのA1「バック・ホーム・アゲイン」(個人的フェイバリットです)が最高位5位、B5「スウィート・サレンダー」が同13位を記録するなどヒット曲を連発、アルバムも当然のごとく№1を獲得して、押しも押されもせぬ全米を代表する超一流アーティストの仲間入りを果たしたのです。

「緑の風のアニー」は日本でも大ヒットしました。当時の妻アニー(ジャケット写真左)に捧げたラブソングで、比較的カントリー臭のしないことろが受けたのでしょうか。「アニー」と言う言葉は一切登場させずに、妻をいろいろなものに例えながら愛を伝えるという、実におしゃれでハイセンスなラブソングです。一時期日本でもちょっと気の利いた結婚式のゲストは、ギターの弾き語りでこの曲が歌ったりしたものです。ただ日本で彼の人気はここをピークに長続きはせず、背景にある強いカントリー色が明らかになるにつれて、次第に下火になっていきました。それでも、過去から今に至るまで、日本で最も成功したカントリー・ミュージシャンであることに、異論の余地はないでしょう。

ジョン・デンバーは97年、自ら操縦していた飛行機がガス欠という信じられない理由で墜落し、53歳の若さで亡くなってしまいました。さらに悲しかったことは、彼の死後、妻と元妻(アニー)との間で遺産分割を巡って法廷に持ち込まれる騒ぎが勃発したことでした。過去に歌われた「緑の風のアニー」の爽やかなイメージは汚されてしまい、亡きジョンもあちらの世界から悲しい想いで眺めていたのではないでしょうか。