日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

趣味の延長にCSRは成立せず~青山ユニマット美術館閉館に思う

2009-02-19 | その他あれこれ
東京での仕事の合間を見つけて青山ユニマット美術館を訪ねてみました。コーヒーのユニマット社社長である高橋洋二氏が、会社所蔵の絵画の一般公開を通じた文化的貢献を目的として06年7月に開館し、シャガール等価値の高い貴重な作品群を常設展示する企業CSR型ミュージアムです。

青山通りの同社グループの建物が集まる一角から脇へ入った立地は、佇まい的に申し分なく、落ち着いたデザインのこじまんりとした建物に上品なアート感覚の入口を配し、建物の2~4階が展示フロア、1階にはカフェ(コーヒーのユニマットですから、これは得意分野ですね)とミュージアム・ショップを設けています。企業運営型のプロトタイプになりうる実によくできた美術館であるとの印象を受けました。

美術館のコンセプトは「シャガールとエコール・ド・パリ・コレクション」で、同館開館時に本邦初公開の目玉作品と言われた「ブルー・コンサート(写真)」はじめ多数のマルク・シャガールの作品(4階フロアと3階の半分はシャガール作品で占められています)、その他にもゴッホ、ピカソ、モネなどの貴重な作品群を所蔵し、価値の高い展示物をそろえた民間美術館として一定の評価を得てきたようです。

ところが聞いてビックリだったのが、このユニマット美術館、今年3月いっぱいで「閉館」するとのお話(つい先日1月29日にプレス発表されたそうです)。あまりにも突然の出来事のようで、ネット上でも多くの美術愛好家の方々から、「閉館」を惜しむ声が聞こえております。なにしろ、開館からわずか3年足らずでの「閉館」ですから、本当に異例中の異例の展開であると言えるのでしょう。

1月29日付けのニュース・リリースを見てみると、「閉館」の理由として「当美術館の発起人であり統括責任者の取締役副館長額賀雅敏が、病のため昨年12月に急逝いたしましたために、当美術館の企画運営に支障をきたし」たためと記されています。詳しくは存じ上げませんが、聞くところによれば故額賀氏は広尾でギャラリーを経営し、レストラン平松経営者と優れた洋画家の弟を持つ希代の画商であるとか。おそらく美術愛好家の高橋社長との交遊関係の中から培われた人脈として、コレクションの買い付けにはじまり当館オープンに尽力をされた方なのでしょう。

だがしかしです、いかに開館に尽力をされた重鎮の専門家で当館副館長であろうとも、その人が亡くなったことを理由にしての「閉館」は企業の文化貢献CSR活動としてどうなのでしょうか。同館のホームページには、開館に際してのコンセプトと主催企業発のCSRメッセージと受け取れるコメントとして、次のような記載があります。

= ユニマットグループ代表であり美術館館長である高橋洋二とユニマットグループの数社は、長年に渡り美術品蒐集を行ってまいりましたが、その過程においてバブル経済の破綻後における優れた貴重な美術品の国外流出という現象を目の当たりにしました。この傷ましい事態に少しでも歯止めをかけるべく微力ながら日本にそれらの優品を少しでも留める為に、特に西洋絵画の蒐集に力をいれてまいりました =

それがこのような属人的な理由での「閉館」とは、あまりにも無責任な「形だけのCSR活動であった」と言われても仕方のないやり方であると思います。そんなに安易な気持ちで芸術をもて遊ぶなよ、とちょっと言いたい気分にもさせられます。成功し資金力のある経営者が、趣味の一環として芸術作品を買いあさるのは個人の自由であります。しかし、それを企業の名のもとに「文化資産の保護」名目のCSR活動の一環で自社美術館を設けたのであるなら、このような安易な「閉館」は継続性を旨とする「企業の社会的責任」としていかがなものであるのか、と思わずにはおれないのです。

もちろん、「閉館」の表に出ない本当の理由として大不況時代到来のあおりによる経済的理由があることも想像させられます。もしそうであるならば、“死人”を閉館理由に押し立てるやり方はいかがなものかと思われますし、「閉館」でなくせめて景気回復までの間の「休館」にできなかったものか、とも思わずにはいられないところです。

あの作品たちは、いつまた多くの人の目に触れることが許されるのか…。はじめて足を運んだ青山ユニマット美術館が思いのほか素晴らしい施設であったがために、余計に残念・無念な気持ちにさせられました。企業の文化的CSR活動は、経営者の趣味の延長では絶対に成立し得ない、社会的責任を十分に認識し大きな覚悟をもった上でなければ手を染めるべきではない、そんなことを改めて感じさせられた次第です。