日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

小沢一郎氏がどうしても身につけられなかった今様「リーダーの資質」

2012-12-20 | 経営
今回の選挙における民主党の大敗を見て、タラレバ論ではありますが、思わず「もしあの時小沢一郎氏が首相になっていたらどうなっていただろうか」と考えてしまいました。

「あの時」とは、今から2年ちょっと前、民主党の代表選を菅直人氏と小沢一郎氏が争った「あの時」。少なくとも小沢氏は常にマニフェスト遵守が基本姿勢でありましたし、最後までそれを貫き離党をまでしたのですから、マニフェストに沿った政権運営は何を導き出しただろうか、3.11後の管理運営に関しても国民から総スカンを食らった菅氏のような運営には至らずどう舵取りをしただろうか、と今更ながらですが興味はあるところです。

いやそんなことよりも、もし「あの時」小沢氏が総理になっていたなら、小沢氏の政治家としての人生や国民からの評価はずいぶんと違ったものになっていたかもしれないとは思えないでしょうか。

小沢氏はつくづく損な性分であるなと思います。氏が「多くは言わぬ、黙ってオレに着いて来い」的な昭和型の古いタイプのリーダーであるということが、良くも悪くも本音が見えにくく「見える化」などとはおよそ縁遠い印象を生み、このことが評判のいい時はともかく、悪い状況に陥ると際限なく悪い印象に導かれかねないリスクを負っていたのだと思うのです。

一部で言われる、言われなきメディアの“小沢叩き”というものも、長年の「見える化」不足の氏のあらゆる言動が生んだ誤解に誤解を重ねた結果であったのかもしれません。そしてなお、叩かれても叩かれても口を閉ざし続けた氏の対応が、メディアの思うツボ的一層の“ヒール(悪者)”イメージづくりに寄与してしまったのではないかとも思えるのです。

もし小沢一郎氏が総理になる最後で最大のチャンスであった「あの時」、総理になっていたなら、立場上いやがうえにも自己の「見える化」は進めざるを得なかったであろうわけで、一国の首相に対しメディアの勝手な“ヒール”イメージづくりは思うようには進まなかったのではないかなと。菅氏が首相としてメチャクチャにしてしまった政権運営がどうなったのかと言うこと以上に、「見える化」された小沢氏に対する国民の印象も随分と違ったものになっていたかもしれないということ、個人的にはそちらへの関心の方が尽きないところです。

「国民の生活が第一」でも代表にこそ就任したものの、相も変らぬメディアの“ヒール”扱いに氏の「見える化」不足状態も変わることのない状況のままでした。さらに、合流した「日本未来の党」に至っては、メディアのイメージ攻撃を恐れた嘉田代表から裏方専念を強要されダンマリを強いられたことが、一層の“黒幕的悪(わる)”の イメージ化に結びついてしまい、これが“脱原発”への支持を欠く中で「未来」惨敗の大きな一因になったのではないかとすら思えるところです。

結論ですが、私が言いたいことは、小沢擁護でも小沢批判でもありません。学ぶべきは、リーダーにおける「見える化」の大切さ、特に評判下降気味の時の「見える化」不足は誤解が誤解を生むマイナスのスパイラルに陥りかねず、それはリーダーの命取りにもなりかねないということ。私はリーダー自身の「見える化」のことを能動的意味合いを込めて「見せる力」と呼んでいますが、今の時代のリーダーにはこの「見せる力」が絶対に必要であると思うのです。

昭和の時代は「多くは言わぬ、黙ってオレに着いて来い」が、リーダーとしてのカリスマ性や威厳を保つ上でからも良しとされた時代でありました。今は違います。リーダーにもカリスマ性や威厳よりも欧米的なロジカルさが求められる時代になり、何事においても「見えること」「明確であること」が重要になっているのです。言ってみるなら、リーダーにとっては「沈黙は金」ではなく、「沈黙は悪」の時代です。経営者や管理者の皆さん、今回の選挙からそんなことを学びとられてみてはいかがでしょうか。

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