陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

251.山口多聞海軍中将(11) 南雲中将は山口少将のほうを向き、目を剥いた

2011年01月14日 | 山口多聞海軍中将
 「飛龍」の整備分隊制動機発着機係の石橋武男一等整備兵曹は、艦爆分隊長・小林道雄大尉(海兵六三)の航空日誌をガリ版で印刷し、搭乗員達に配る仕事をしていた。

 ある厚い日の夕暮れ、彼は、白の第二種軍装を着た山口司令官が艦橋近くの飛行甲板に立っているのを見かけ、思いついたことをやってみようと、山口司令官の後ろに近づいた。

 「当直将校!」と石橋一等整備兵曹は山口司令官に声をかけた。すると山口司令官は後ろを振り返り、「当直将校じゃないよ」と、おっとり答えた。

 「あ、失礼しました」と先刻承知の石橋一等整備兵曹はそう詫びたが、頭の中では「うまくいった」と思い、同時に嬉しくなった。彼は一度でいいから山口司令官と言葉を交わしたかったのである。

 石橋一等整備兵曹は、このことを他人に話すのがもったいなくて、昭和五十九年まで四十三年間しまっておいたが、飛龍会編の「空母飛龍の追憶」(非売品)にやっと発表した。彼はそこに「山口司令官(海空軍の至宝、真の実力者)」と記している。

 「山口多聞」(松田十刻・学研M文庫)によると、昭和十六年四月上旬、連合艦隊旗艦「長門」の長官公室に第一航空艦隊の首脳が集まった。

 司令長官・山本五十六大将(海兵三二・海大一四)がハワイ作戦の概要を述べると、機動部隊「第一航空艦隊」司令長官の南雲忠一中将(海兵三六・海大一八)は航空甲参謀・源田実中佐(海兵五二・海大三五恩賜)に、成功の見込みについて問いただした。

 一通り説明を受けた南雲中将は、山本大将に向かって「本職は、この作戦には投機的な要素が多すぎると思う」と発言した。

 山口多聞少将(海兵四〇次席・海大二四恩賜)は心の中で舌打ちした。「南雲長官!」。自分でも驚くほど強い調子になっていた。南雲中将は山口少将のほうを向き、目を剥いた。そして「なんだね」と答えた。

 山口少将は「それでは長官はどのようにお考えですか?」と質した。すると南雲中将は「そりゃあ、南方作戦一本槍だ」と断言した。そしてその理由について次の様に長々と説明した。

 「ハワイと南方に空母、飛行機を二分すれば、どちらも兵力不足になる恐れがある。ハワイは投機的な支作戦にすぎない。成功したとしても南方作戦が安心してやれる程度である。攻略を企画するものではないので、台風一過のような感じであり、以後の戦局への戦果拡充が伴わない」

 「万一失敗すれば全作戦が台無しになり、わが艦隊勢力も半分を失う心配がある。得るところよりも失うところのほうが多いと思われる」

 「開戦の作戦指導としては危なっかしい。それよりも南方に全力を傾注し、早急に作戦目的を達し、アメリカ太平洋艦隊の撃滅を策する方が手堅い。我が海軍の全勢力をあげて南方作戦に当たるならば、太平洋艦隊の多少の牽制などは問題にはならない」

 「以上のような理由で、本職はハワイ作戦に反対である」

 山口少将は「本職はハワイ作戦に全面的に賛成であります」と力強く発言すると、まわりから南雲中将と山口少将の表情を交互にうかがうような視線を感じた。

 山口少将は胸に秘めた感情が沸々とたぎり、顔がほてってきた。山口少将は次の様に論じた。

 「南雲長官の言われる通り、ハワイ作戦には投機的な性格はありますが、アメリカ海軍の闘志はきわめて旺盛であり、南方作戦に踏み切った場合、太平洋艦隊は英、蘭、豪の艦隊と糾合し、南方へ反撃してくるのは必須であります」

 「そうなれば上陸作戦に成功したとしても、わが軍は補給路を撹乱され、作戦は収拾のつかないものになることでしょう。さらには連合艦隊のいない隙に乗じて本土、しかも帝都を脅かすような事態が起こるかも知れません」

 「ゆえにハワイへの一撃は作戦上、第一になくてはならないものと考えます。われわれの主敵はアメリカ海軍であります。むしろ空母勢力すべてをハワイに向けるのが妥当であります」

 「私の見るところでは、南方は無防備にひとしく、海軍の全勢力を注ぎ込むほどのことはないと思われます」

 南雲中将は苦々しい顔つきをしていた。二人に触発されたように、次々に賛成、反対の意見が出席者から噴出した。

 目をつむって両者の言い分を聞いていた山本司令長官は、座が静まると目を開けた。そして大きな口が開いた。

 「両者の見解はよくわかった。本職の見解はあくまで真珠湾を叩くことである」。その場にいた全員が粛然となった。