ヌマンタの書斎

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ビブリア古書堂の事件手帖 三上 延

2024-02-06 09:43:42 | 

私にとってライトノベルを再評価する契機になったのが表題の書。

それだけにTVでの実写化の改悪には本気で腹立たしいと思った。その改悪の実行犯が「セクシー田中さん」でも原作を捻じ曲げた原作クラッシャーとして名高い脚本家であった。

しかし、よくよく考えてみれば、本当に改悪者はTV局である。脚本家はその手先であるに過ぎない。その構図がよく分かるのが、表題の書の実写化であったと思う。

まず主人公のイメージがまるで違う。これは俳優の演技力云々の話ではない。原作の雰囲気を完全に覆すものであった。人付き合いが苦手で、万事控えめなヒロインと武骨で不器用ながら真摯な主人公の組み合わせであるからこそ、古書をめぐる四方屋話が成り立っていた原作が台無しの実写化であった。

原作のファンからは悪評が大量に噴出したのも当然だと思う。

ところがTV局サイドからすると別の見方になる。さして有名ではない小説家、それもライトノベルの作品の実写化なのだから、リスクが高い。そこへ広告代理店からスポンサーと主演女優込みでの提案があれば、そちらのほうが遥かにリスクが少ないと判断したのだと思う。

だから原作の雰囲気なんてどうでもよい。要は視聴率を取れれば良いのだから、ある程度知名度がある女優と、それとセットのスポンサーを優先するのは当然の経営判断である。当然に脚本家はTV局サイドの意向を受けて、自分の判断で原作を変えてしまう。小説家の意向なんて聞く価値なし。聞くに値するのは、TV局のプロデューサーの意見だけだ。

本来ならば作家を守るべき出版社は、実写化されれば本の売れ行きも上がるのだから、無理にTV局と争うのは避けたい。だから小説家には我慢を強いる。かくして小説家はやる気をなくし、続編の実写化には応じない。

これが純文学の作家様だと出版社も対応はだいぶ違うのだが、ライトノベルの作家なんて替わりはいくらでも居ると甘く見る。ましてや漫画の実写化ともなると、出版社の経営陣は露骨に見下している。実際には漫画の売れ行きが出版社の経営を左右するほどなのだが、高学歴の出版社経営者はろくに漫画なんて読まないからまともに評価しない。

これが契約社会で権利意識の高い欧米だと、作家サイドに腕利きのエージェントが付き、弁護士が活躍して決して作家をないがしろにしたりはしない。しかし、日本では著作権の扱いは、未だ定着しているとは言い難い。むしろ曖昧にして、口約束で済ませる気楽さに安住することのほうが多い。

先月の漫画家の自殺を受けて騒動になっているが、TV局サイドは問題を矮小化しようと必死であり、問題の根幹に踏み込もうとはしない。

嫌な予想になるが、大手のマスコミは争わず、曖昧模糊なままに事件が記憶から消え去るのを望んでいると思われる。

だからこそ私は思う。TV局が次第に業務を縮小し、インターネットというメディアに取って代わられてからでないと、今後の原作の改悪、改ざんは続くでしょうね。あるいは米国系のファンドが漫画などの原作に経済価値を認めて、原作者に強い権利を認める仲介者として入ってくれば変わるかもしれません。

またも外圧頼りかよ・・・情けないね。

コメント
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