読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『優雅なハリネズミ』

2014年07月13日 | 現代フランス小説
ミュリエル・バルベリ『優雅なハリネズミ』(早川書房、2008年)

グルネル通り七番地という、パリの高級住宅街にある金持ちたちが住むアパルトマンの管理人をしている中年女性ルネとそこに住む金持ちの一人の娘パルマの語りによる物語。

一般的に管理人というと、ガサツで、頑固で、ぶっきらぼうで、本なんか手に取ることもなく、無知で、というのがステレオタイプだが、このルネは、図書館にも出かけて本を借りてきたり、哲学書も読むし(カントがお気に入り)、絵画にも造詣が深いし、映画もこよなく愛する知的な女性だが、それをひた隠して、ステレオタイプ化したアパルトマン管理人を演じている。そしてこのアパルトマンに住む金持ちたちの、無礼で、ガサツで、人を馬鹿にした態度から身を固くして守っている。

ところがそこにオズ・カクロウという日本人の大人の男性が引っ越してきて、彼女の本当の姿を見抜く。彼女をお茶に誘い、一緒にお気に入りのDVDを見たり、食事に誘ったり、そして最後には自分の誕生日のディナーに誘う(これは愛情の告白と言ってもいいだろう)。しかし、そんな幸福の絶頂のなか、交通事故で死んでしまう。

最初は僅かな部数しか出版されなかったが、口コミで広がっていき、やがてベストセラーになったという。いったい何がそんなにフランス人の嗜好に合ったのだろうか?

それは主人公のルネを通して、哲学、映画、音楽、絵画、文学、日本文化などについて自由自在に語る、その書き方にあるのだろうとしか思えない。パリの地下鉄で分厚い哲学本をもちこみ、通勤時に読むなんて中年の女性がいるような社会だ。ありふれた出来事を、ありふれた文体であったままに書いてみたところで、そうした「知的」な女性たちの気を引くことはできないだろう。管理人ルネの語るカントやフッサール、小津安二郎の映画論、そして他方では「膀胱が小さい」なんて、ちょっと吹き出しそうなエピソードも組み込まれている。

そんな「知的」と「俗世的」な微妙な混交がこの作品のおもしろいところなのではないかと思った。


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