アンティマキのいいかげん田舎暮らし

アンティマキは、愛知県北東部の山里にある、草木染めと焼き菓子の工房です。スローライフの忙しい日々を綴ります。

石窯で遊ぶ会の報告

2018-09-01 10:50:15 | 稲武のモノ・コト・ヒト・バ
    稲武の大きな石窯で遊ぶ会が、先日夏休みの終わりに、豊田市街地の親子グループの主催で開かれました。わたしとキヨミさんは、そのお手伝い。9組のご家族、総勢22人がお越しくださいました。

    残暑の厳しい快晴の日。久しぶりに炊いた石窯は、さすが熱くなるのが早くて1時間半ほどで適温~400度くらいになりました。

    お子さんは、2歳くらいから中学生まで。女の子たちと低年齢の男のたちは、パンの成型、ピザ生地伸ばしはもちろん、野菜切りから洗物まで、率先してやってくれました。その意気込みにびっくり。洗い物を始めたお母さん(本人のお母さんではないかもしれない)を見つけるや否や、「あ! 私もやる!」と走り寄って並んで洗い始める子もいました。

    この日のピザは、ごくシンプル。オーストラリア産有機強力粉と薄力粉、国産の有機全粒紛で仕込んだ生地に、オリーブオイル、トマト、ナスの薄切り、ニンニク、バジルを散らし、モツアレラとピザ用の溶けるチーズをのせたものです。

    このピザ、かなりおいしかった! 生地も、これまでの中力粉より、さらに柔らかく食べやすい気がしました。いつもはふちを残す子供が、ふちも完食したとおかあさん。

    スープは夏野菜のガスパッチョ。稲武・名倉産のトマト、キュウリ、ピーマンなどをフードプロセッサーにかけて、オリーブオイル、梅酢、塩、バルサミコ酢で味付けしました。こちら、大人には好評でしたが、子供にはイマイチ。来年は桃とかなし、はちみつなどなにか甘いものをいれてみよう。

    ピザとスープの昼食の間、1本の生地量750gのカンパーニュを二次発酵させます。

    いつもは、芝地にイスとテーブルを出して食事していただくのですが、稲武と言えど、かなり暑かったこの日は、日陰で食事&歓談。

    男の子たちの何人かは、窯の面倒を見るキヨミさんの手伝いを果たしてくれました。

    最後の焼き菓子は、まるごと甘夏ジャムとチョコレートのスコーン。一人1本のカンパーニュとスコーンがお土産です。

    暑かったのですが、時折吹く風は秋らしいさわやかさ。日なたでは遊べませんでしたが、子供たちは木陰で棒切れや石ころで思い思いに遊んでいました。参加者たちは、異口同音に「子供たちがこんなに好きなように遊べる場所はなかなかない。市街地だと禁止事項が多くて、施設の職員に叱られるのではと、親も神経を使うので、なかなかただただ遊ばせておく、ということができない」「遊びに飽きたら、寄ってきて調理を手伝う。また飽きたら遊びに戻る。子供たちが自由にやっているのを見て、うれしかった」との感想を伝えてくださいました。

    文字通りの「石窯で<遊ぶ>会」になり、私たちも満足の一日でした。ただし、この日のカンパーニュ(写真を著り忘れました)は、温度が高すぎたせいもあって、過発酵のため、最後の焼成で思い通りには含まらなかったことが心残りです。

    さて、今月の30日に、私たちの主催する稲武の石窯で遊ぶ会を開催します。要項は以下の通りです。
*日時 9月30日 10時から3時ころまで
*場所 豊田市稲武地区夏焼町 ハウスポニー
*参加費 4000円
  カンパーニュ1本、ピザ1人分、焼き菓子、野菜スープ1人分
  〇1家族の場合、ピザとスープ1人分を1000円でサービスいたします。
*申し込み・問い合わせ アンティマキ

     秋の稲武も美しく、すがすがしい空気に満ちています。ぜひご一緒に遊びましょう。





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8月のどんぐり工房草木染め講習会おわりました。

2018-08-27 19:42:52 | 草木染め
  きのうは夏休み最後の日曜日。暑さがぶり返したような上天気の一日でしたが、時折吹く風は秋らしいさわやかさでした。大きなオニヤンマ(だとおもいます)が工房の中に飛んできてびっくり。あんな大きなトンボ、たぶん始めてみたと思います。

   さて、今月の染めはインド藍。藍の粉を湯で溶いておき、ソーダ灰のはいった水に入れます。それから還元剤のハイドロサルファイトを少しずつ投入。液の中が緑色っぽくなったら準備完了です。

季節がいいと、表面にキラキラができるのが早い気がします。

   白いTシャツを着てこられた参加者。藍の液が飛んでしみができました。そういうことなら、とその辺にあった木切れをスタンプ代わりにして模様付け。なかなかかわいいシャツが即席で出来上がりました。

   初めのころ液に入れた布ほど紺色に近い色に。いつもの草木染め同様、布の素材や織り方によっても、色合いが異なってきます。

   常連の参加者が持ってきてくださったキハダ。はいで間がないものだそうです。チップではなくて、こんな立派な状態の皮は初めてみました。名前の通り、「黄肌」です。

   黄緑色になったのは、キハダと藍をかけた布。キハダだけでかなりはっきりした黄色になったので、藍を入れたらあざやかな青緑か緑になるだろうと思ったら、さほどではありませでした。ちょっとがっかり。

   水玉の模様は洗濯ばさみで作ったもの。美しいスカーフが仕上がりました。

   さて、どんぐり工房の染め講習会、来月は17日(月曜日・祝日)、10月は14日(日曜日)、11月は25日(日曜日)に開きます。しばらく変則的な開催となりますが、秋の染めを楽しみにぜひ、お越しください。お問い合わせ、お申し込みはどんぐり工房のHPをごらんください。
   
 
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稲武の川で川遊び

2018-08-23 17:23:23 | 稲武のモノ・コト・ヒト・バ
   夏休みの終わりに近づいた先日、親子サークル・稲武地球子屋(てらこや)主宰のプレーパーク・川版に参加しました。普段のプレーパークは、どんぐりの里の向かいの山道をすこしあがったところにある森の広場で開かれていますが、暑い夏は、川遊びに変更。今回は中学校近くに流れる黒田川?が会場です。

   旧道沿いの商店街からちょっと外れた、知人宅の裏庭を抜けると、こんなのどかな風景が広がっていました! こちらの家にはたびたびお邪魔したことがあるのに、裏にこんないい場所があるとは知らなかった!

   初めて入る川はちょっと怖い。ずっと前、まだ稲武の住人になる前なのですが、地元の人に教わった沢に姪たちを連れて遊びに行きました。大きな石の上を流れるきれいな水には小さな魚も虫もいて、楽しく遊べたのですが、だいぶたってから濡れた石の上ですべり、転倒。どこも打ちはしなかったのですが、メガネの片方が割れてしまいました。帰りは、割れたメガネをかけたままおっかなびっくりの運転。以来、川の濡れた石の上を歩くのは、ことのほか怖くなりました。

   この川の川底はほとんど石。みんなのいるところまで歩くのも、たいへんでした。でもなんとか、カヌーに興じている子供たちに合流。この日の私の目標は、魚を一匹でもつかまえること。持っていった虫かごで川の中をのぞき、魚影を探しました。   

   知人の5歳になる男の子が、この日たまたま訪れた絵本作家の阿部夏丸さんに教わって魚を捕まえることができたので、そのやり方を私に教えようと、つききりで指導。その方法とは、葦の茂みを上流からがさがさと踏み、隠れている魚を追い出して下流の川底に置いたたもに追い込む、というものです。しかし、彼の努力はむなしく、わたしのたもには一匹もはいらずじまい。

    子供たちは次々にハヤ、ヨシノボリ、アカザなどを見つけて歓声をあげていました。魚影だけはたくさんみられたので、もうこれで良しとしよう、とおもっていたら、今度は友人が同じ方法を指導。彼女が思い切りがさがさと茂みを踏み、わたしはたもを手に下流で待機。すると、やっと入りました! ハヤです。

    同じことをまたやってみましたが、入るのは木の葉ばかり。あきらめました。

    実は7月末ごろ、同じく地球小屋のおかあさんたちがスタッフとして参加した稲武大野瀬の川での川遊びイベントに、紛れ込ませてもらいました。このイベントでは、阿部夏丸さんが講師となって、川遊びの醍醐味をあじわう、というもの。子供のころから川遊びを続けて、今や全国のほとんどの川!に入って遊んだとおっしゃる夏丸さんは、毎年この季節に地球小屋のイベントにご参加いただいています。私はこの日初めて彼の指導の下に、川遊び体験をさせてもらいました。

    この日は、冷たい川の水に入っただけで満足。箱メガネを貸してもらって、やっと数匹の魚を見つけました。捕るなんて、至難の業。狩猟本能むき出しの地球小屋の子供たちの姿がまぶしかった。

    それでも、一匹くらいはとってみたい。そう思って、川遊び再挑戦をはたしたというわけです。

    ある小さな男の子は、カヌーに乗って満面の笑みを私に向かって投げかけました。
    同じくらい小さな女の子と、滝のようになっている場所で向かい合ったとき、彼女と私の間で、いきなり水の掛け合いっこが始まりました。
    小学生の男の子は、岸辺でやすんでいた私のそばにやってきて、「魚はとれた?」とききました。私が「一匹だけとれた。あなたは?」と言うと、手に持っていた箱メガネを誇らしげに見せてくれました。中には大きなヨシノボリとハヤが何匹も。彼はそれぞれの魚を指さして、アブラハヤ、タカハヤ、〇〇ヨシノボリ・・などなどとおしえてくれました。
    もう少し高学年の男の子は、カヌーには乗らず、ひたすら魚とり。彼もわたしに箱メガネに入れた魚を見せてくれました。ハヤともヨシノボリとも違うその魚はアカザなのだそうです。

    田舎に住んでいた子供のころ、授業が始まっても男の子の大半が教室に戻ってこないことがありました。教室に残った数人の子の証言で、彼らは川に魚捕りに行ったらしいことが判明。担任の教師は苦笑いして、その場は事もなくおわったように記憶しています。あとで少しは叱られたのでしょうが、その場面は覚えていません。よくあることだったのかもしれません。教師も、授業より魚捕りのほうが魅力的とわかっていたのじゃないかしら。だからあえて怒らなかったのかもしれません。 

    プレーパークの合言葉は、「こころの根っこは遊びで育つ」。子供たちの生き生きした様子を見ていると、ほんとにこの言葉通りだな、と実感します。
    
     このところ、稲武は朝夕寒いくらいの風が吹いています。暑い夏でしたが、そろそろ秋の訪れを感じます。川遊びはそろそろおしまい。来年は、自分で追い込み、自分で捕る、ということをしてみたいとおもいます。
    

    
    

 
   
   

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守綱寺読み聞かせの会の夏休みお楽しみ会に出店します。

2018-08-23 10:36:10 | イベント出店情報とそのほかのお知らせ
   今月のまちかど朝市は、守綱寺読み聞かせの会の夏休みお楽しみ会にてひらきます。読み聞かせの会は、毎月第二・第四火曜日に本堂にて開かれているのですが、今月は先月に引き続き、お楽しみ会が催されます。

   以下、主催の渡辺陽子さんのメッセージです。

「来週の火曜日(8月28日)は、久しぶりの守綱寺絵本読み聞かせの会、「夏休みお楽しみ会」です。10時半~11時半 守綱寺本堂にて。守綱寺ファミリー合唱団&アンサンブルママうたの皆さんをゲストにお招きします。両方、「親子で楽しく歌う」をコンセプトにした合唱団です。ママ達の愛情溢れるステージをお楽しみ下さいね。歌の好きな方、親子で歌ってみたい方の参加希望者もお待ちしています。合唱団の先生による「ケロポンズ」のステージもあります。

また、7月のお楽しみ会では、がくちゃんへの投げ銭&本堂で行っていた子ども服等のフリマの売り上げを、がくちゃんを通じて豪雨被災地へ送らせて頂きましたが、合計して2万円ほどの金額になったそうです。参加して頂いた皆さま、ありがとうございました。バザーで残った子ども服は、岡山の倉敷市に住む友人の周囲で「2階まで水に浸かって、子ども服も全部泥を被ってしまった」と言う方がいらしゃると聞き、サイズの合うものはそちらに送って使って貰うことにしました。過去に子ども服を寄付して頂いた方など、こうした形で活用させて頂いています。ありがとうございましたm(_ _)m

今回も引き続き、豪雨被災地支援のフリマや、読み聞かせ会を卒業した子どもたちによるお店が本堂で出店予定です。ミニ「子ども商店街」?、何がお店にならんでいるのかな?どうぞのぞいて下さいね。

本堂の縁側では、いのはな農園さん&アンティマキさんによる「まちかど朝市」も開催予定です。」    
   お楽しみ会は10時半開催ですが、まちかど朝市は11時から12時までひらいています。

   お持ちする予定の品は、穀物クッキーほか、ビスケットやクラッカーいくつかと、無農薬のトウモロコシをたっぷり入れたコーンパンとまったくこねないでつくるシンプル大型パン、スコーンかケーキなど。


   まだまだ暑い夏は続くようですが、木立に囲まれたお寺の境内は気持ちいい風が吹いています。ぜひご参加ください。
   
    

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本「明治維新という幻想」

2018-08-19 15:07:45 | 映画とドラマと本と絵画
   洋泉社という出版社から出ているこの新書、一昨年出版されたものです。最近、この手の歴史を見直す本がいろいろ出ていて、そのひとつ。とても面白く読みました。

   本を開くと、表紙の裏にこんな対比が書かれています。

  「世の中の常識  幕末、国内では一揆や騒乱が頻発し、海外からは列強が開国を求めてやってくるなど、幕府はその対応に苦慮した。もはや幕藩体制は限界を超え、明治新政府の登場は必然であった」

  「本書の核心  平和で豊かな江戸文化・道徳を否定した明治新政府軍は、非道な方法で戊辰戦争を勝ち抜いた。開明的で希望あふれる「明治の世」を目指したという彼らの正体を、民衆が作った「風刺錦絵」や旧幕府軍側の視点を通して検証する」

   たとえば江戸城無血開城。西郷隆盛と勝海舟が談義の末、江戸の町が火の海にならずに済んだ、とわたしたちは学びました。しかし著者は「これは明らかにあやまりである」と明言します。新政府軍に、「町や民衆を守るという発想はなかった。この事実を前提としなければ、維新期実態は見えてこ」ず、江戸の町を救ったのは西郷ではなく、勝や篤姫など幕府側の人たちの功績だったと。

   西郷隆盛については、上野の銅像もよく知られている写真も彼の本当の姿ではない、とはよく知られている事柄です。本書では、当時の人々に人気のあった錦絵に描かれた西郷が、もっとも実物に近いのではないか、と主張しています。描かれた西郷は髭もじゃのこわもて。自らが形容する「無類の戦好き」を絵にしたような姿です。  
  
   私たちの知る、ひょうひょうとした穏やかそうな西郷の姿は、明治政府の作ったイメージ戦略によるものといいます。西郷は西南戦争で自刃。いったん朝敵になりはしたものの、民衆の、新政府に対する不満から、突如西郷人気がたかまったため、朝敵西郷として非難するのはやめ、急遽政府側の仲間として公認したというのです。その後できたのがあの銅像。軍服姿ではないところが巧妙。

   おどろいたのは、ペリー率いる黒船に対する幕府の対応についてのくだり。「江戸城内は上を下への大騒ぎになったという話は・・・否定できない事実と信じられているようである」が、実際は「幕府内では混乱は起こらなかった」というのです。ただ彼らが驚いたのは、ペリーの、武力を背景にした乱暴な態度。でも、それも混乱を生むようなものではなかったといいます。

   私たちが知る「上を下への大騒ぎ」的逸話は、ペリーの「日本遠征記」に書かれていたものが根拠になっているらしく、こちらの文書は明治政府が出版を制限せず放置したのだそうです。ペリーは自分の功績を誇大にアピールするため、幕府役人を中傷した内容になっていたというのです。

   一方、ずっと隠蔽されていたのが幕府側の文書「墨夷応接録」。ペリー一行と応対した際の議事録なのだそうですが、「ペリーがやむを得ず自国の要求を取り下げたことや、艦隊の軍人たちの不法行為を咎められ、うろたえる様子がなまなましく記録されている」とのことです。難解な書き下し文でかかれているにもかかわらず、かつて一度も現代語訳されたことがなく、いまに至っているのだそうです。一方のペリーの文書は何度も翻訳されている、というのに。

   明治維新後だいぶ長い間薩長藩閥政府の時代が続き、政権に都合の悪い文書の閲覧がしづらかったこともあるかもしれませんが、戦後になっても、この文書が歴史学者たちによって解読されなかったということにまたまたびっくり。怠慢としか言いようがありません。

    戊辰戦争や会津戦争についても、わたしたちはほとんど何も知らないことを知りました。最近のことですが、テレビで国会中継を見ていたら、ある件に関し野党議員が与党議員に質問をしている最中。質問の最後、彼は「以上、会津から長州にものもうしあげます」といった意味の言葉で締めくくりました。

    「会津から長州に」のことばからは、150年たっても消えない怨念といったものを感じ、一般人の知らないところで、明治維新前後の争いは続いているのかもしれないなと、なかば冗談のようにおもったことでした。でも、この本を読んで、あれは単なる冗談じゃないかもしれないな、と気づきました。

    ところで、本書は江戸時代を手放しで礼賛しているわけではありません。ただ、明治政府が「日本の歴史を「断罪」させたこと」に罪を問うています。興味深い事柄が満載の一冊でした。
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稲武の大きな石窯で遊ぶ会、この秋のご案内!

2018-08-17 08:40:43 | 稲武のモノ・コト・ヒト・バ
  全国的に異常な暑さが続きましたが、標高600mの私宅でも例外ではありませんでした。移住して15年目。この夏は初めて、ほぼ毎日のように食事時には扇風機をかけずにいられませんでした。でもお盆のころからの連日の雨で、一気に秋の気配が。今朝は久しぶりにさわやかな青空になっています。

   さて、稲武の大きな石窯で遊ぶ会・秋の会についてご案内します。7月に予定していた会は、台風接近のため中止。そのため、秋の会は例年より少し早めの9月に開きます。

   石窯のある場所は、城ケ山のふもと。木々に囲まれた気持ちのいい場所で、大きなカンパーニュや野趣たっぷりのピザを焼き、楽しい一日をすごしませんか? 

    開始は10時からですが、窯の火つけから見てみたい方は早めにいらして、ご一緒に窯の説明を聞きながらご参加いただけます。

    お相手するのは、わたしとキヨミさん。キヨミさんがおもに窯の面倒をみます。

    最初にしていただくのは、生地の重さが700g以上もあるカンパーニュの成型。まったくこねずに仕込んだ天然酵母パンを、細長い形に成型していただきます。

    続いてピザの成型。トッピングは、季節に応じて、山里の野草や山菜、ハーブ、キノコ類を主にします。

    ピザが焼けたら、かまどで煮た野菜たっぷりのスープと一緒に昼ご飯。

    ご飯がすんだ頃、カンパーニュの焼成に入ります。そして30分後に焼きあがり。

    パンを焼いている間に、スコーンの準備にはいります。中に入れる具材はおりおりでかわります。生のリンゴの時もあればナッツやドライフルーツなどいろいろ。こちらのスコーンとカンパーニュはお土産になります。

    卵も乳製品も使っていませんが、ほっくりおいしくできあがります。石窯で焼いたスコーンは格別です。

    さて、詳細は以下の通りです。

*日時 9月30日日曜日 10時から3時ころまで
      受け付けは9時半開始。窯の様子を最初から見たい方は、9時過ぎにいらしてください。
*場所 ハウスポニー 豊田市稲武地区夏焼町
*参加費 1組(ピザ・カンパーニュ・スープ・焼き菓子)4000円(レシピ付き)
      1組お申し込みいただいたご家族の場合、1名様につき、ピザとスープを1000円にて提供いたします。
*定員 10組 
*最少携行組数 5組
*申し込み・問い合わせ アンティマキの問い合わせ
◇なお、このイベントはイベント保険に加入していませんので、けがややけどに関しての対応は出来かねます。
     そのむね、ご了承ください。
◇前日以降のキャンセルは、全額申し受けますので、ご了承ください。

    紅葉はまだ先ですが、山里は、清涼な空気に満ちています。初秋の稲武へぜひお越しください!  

   
    




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NHKドキュメンタリー「ノモンハン」

2018-08-16 16:27:53 | 映画とドラマと本と絵画
   終戦記念日の昨夜、NHKのドキュメンタリー「ノモンハン」を見ました。ノモンハン事件は、ソ連と満州の国境で起きた衝突で、太平洋戦争の始まる2年前に起きました。重要な歴史事象として学校で習いはしましたが、細かいことは全く知らず。それで、見ました。

   この事件、ソ連・モンゴル軍と日本の関東軍が対峙したものですが、日本は大負け。対峙の様子を地図でみただけで、素人でも「これはたいへんだ」とわかる。戦線が長いのです。敵側は国境を侵略されているのだから、どんどん後方から戦車や物資を送り込んできます。でも、日本は、広い草原になにも築かないまま、戦線を拡大。さらに戦車も銃も旧式。生き残った101歳の将兵は、「戦車を見た時、もう駄目だと思った」といいました。日本の戦車より格段に大きい。さらに、食糧すら補給がとだえます。

   番組のかなめは、この事件(将兵は「ノモンハン戦争」と言っていました)を起こすに至った経緯があいまいで、責任の所在が不明だということ。最近見つかった(らしい)、当時の参謀本部や関東軍司令部の生き残りに、戦後インタビューした録音テープ。彼らは一様にある人物~辻政信~を名指しして、彼に責任があることをにおわせます。

   辻はノモンハン事件当時、関東軍の少佐。上層部とはいえ、軍部内での身分は高くはありません。しかし、強気の彼の主張に、彼の上司たちが引きずられた格好らしい。引きずられたことに対する反省もなく、半ば笑いながら当時のことをしゃべる参謀本部や関東軍の上官たちに、憤りをおぼえました。辻政信の名前は前から知っていましたが、すでにこの事件当時から強硬な態度をもって、作戦を指揮していたとは知らなかった。

   事件は数か月で終わります。そのおり、撤退命令が下る前に(この辺、ちょっと不明なのですが)撤退した部隊の上官(中佐クラスだったとおもう)が、敗戦の責任をとって自決させられます。ほかにも数人いたらしい。責任を現場になすりつけ、彼らに、なぜ負けるに至ったか、敗因をきちんと聴取して今後の作戦に生かそうということをせず、殺してしまった。

    太平洋戦争前に、すでに補給路なしの作戦は勝ち目が薄いとわかっていたのに、教訓を生かさずアメリカとの戦争に突入。無茶な戦争だったということのあかしを、またひとつ、知りました。

    ところで、辻政信は戦後も生き延びます。戦犯にならずにすんだのは、南方で終戦を知った直後、逃亡したから。サンフランシスコ条約締結直前に帰国したものの、逮捕されることなくすみました。その後、南方で潜伏していた時の経験を本にしてベストセラーに。そして政界入り。衆議院議員に当選します。のちに彼は視察?先のラオスで行方不明になったとのことです。

    日本では、戦中に軍部や政界の中心にいた権力者たちがそのまま戦後も中枢にいすわり、実権を握りつづけたケースは少なからずあったようですが、辻もその末端にいたのだなと知りました。暗澹たる気持ちが晴れないまま、しとしと降る雨を眺めています。 
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映画「ニュートン・ナイト」

2018-08-15 17:46:00 | 映画とドラマと本と絵画
    アメリカの南北戦争の折、南軍にいながら軍に敵対して反乱を起こした人たちがいた。そのリーダーがニュートン・ナイト。実話に基づくこの映画。地味ながらいい映画でした。

    貧しい白人である主人公は、戦場で甥に遭遇し目の前で死なせてしまう。彼の遺体を家族のもとに運ぶため、軍を脱走して村に戻ります。村で見たのは、南軍がやってきて洗いざらい「徴収」と称して略奪する姿。もともと黒人奴隷を持たない彼は、戦争に意味を見いだせず、軍隊に帰らずに脱走兵となります。

    彼を森の奥に住む脱走兵たちの住処に案内したのは、黒人との混血の女性レイチェル。黒人とも分け隔てなく接するニュートン・ナイトは、黒人白人の脱走兵双方の信頼を得ます。脱走兵狩りにやってきた南軍の軍隊をゲリラ戦で撃退。ついには、一つの町まで占領し、自由州として開放します。

     彼は、北軍あてに手紙を書き、南軍内部での反乱を支援するよう要請します。しかし、北軍は、彼らを素人の集団だとして支援を拒否。戦争は終わります。

     主人公役のオスカー俳優が熱演。KKK団が黒人を襲い吊るすシーンは、何度も映画で見ているのに、今のアメリカの政情と重ね合わせて、遠い昔の出来事とは思えませんでした。

     映画は、ニュートンの孫が裁判所で被告席に立たされたところからはじまります。はじめは、何のことかわかりませんでしたが、南北戦争から50年くらいたった当時、ニュートン一族がずっと住んでいたこの州(ジョージア州)では、白人と、黒人、および黒人のハーフとの結婚がみとめられておらず、ニュートンの孫はこの法律に違反した罪で、被告となっていたのです。彼は、白人女性と恋愛し、結婚するつもりだったところを、出自をいつわったかどで逮捕されたのです。

     彼の祖父・ニュートン・ナイトは、最初の妻とは離婚し、脱走したときに彼を救った混血のレイチェルと結婚。でも、最初の妻は行く当てがなく、結局一軒の家で同居となったため、孫の親の母親がどちらの妻か不明ということになり、裁判沙汰になったというわけです。奴隷解放宣言後だいぶたっていたとはいえ、公民権運動より40~50年前のできごとです。南部だったら、こういう差別的法律もまかり通っていても不思議でなかったのでしょう。

      ニュートン・ナイトたちによる南軍内部のこの反乱は、アメリカではこれまで歴史の表舞台にでていなかったのだとか。南部はもちろん北部にとっても、都合のよくない歴史的事実だったということなのでしょうか。
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漫画「ペスよ おをふれ」

2018-08-15 16:26:56 | 映画とドラマと本と絵画
   2007年に出た復刻版「ペスよ おをふれ」。少女漫画雑誌「なかよし」に、1957年から1958年まで連載されていた漫画です。

    同時期に、松島トモ子主演のラジオドラマもあったそう。ほんのかすかに記憶の底に、このタイトルと主人公&愛犬のスピッツ・ペスの姿があるような気がして、発刊時、購入しました。

    主人公ユリは普通のサラリーマンの家の娘。お姉さんは病気がちで、お金持ちではないけれど、親子4人仲良く暮らしています。そのユリが拾ったのが白い子犬。ペスと名付けられたその犬は、ユリとユリの家族のために大活躍します。

    当時の少女漫画は、異性愛も同性愛もふくめて恋愛ものはたぶん皆無で、ほとんどが母恋もの。この漫画の主人公ユリも、お母さんとお姉さんが不慮の事故で亡くなってから、お父さんが精神を病み、彼女は田舎のおじいさんの家に預けられ、悲しいことがあるたびに優しかった母や姉を思い出す、というシーンが描かれています。

    薄情な大家に追い出されそうになったり、悪者たちの策略でペスを殺されそうになったりする一方、やさしい担任教師や優れた医学博士に助けられたりと、波乱万丈の人生を歩む彼女。預けられた田舎のおじいさんが一命をとりとめ、やっと一息ついたところで、この復刻版は終わっています。

    続刊を心待ちにしていたのですが、いまに至るまで刊行されていないようです。巻末のみなもとたろうの解説によると、こののち、ユリとペスの放浪がはじまり、それがとても面白いのだそうですが、残念ながら読むことはできません。いままたちらちら読んでいたら、続きがよみたくて仕方なくなりました。

    ちなみに、当時スピッツは大流行。私の祖父の家もスピッツを飼っていました。名まえは忘れましたが。コリーが流行ったのはそのあと。アメリカドラマ「名犬ラッシー」が始まってからです。   


 

   
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本「文部科学省を解体せよ」

2018-08-15 15:09:06 | 映画とドラマと本と絵画
  半年ほど前に読んだ。高校の教師を経て、文部省に入ったもと官僚が書いています。実際に彼が体験した話がもとになっているし、モりカケ問題が浮上したころ出版されたものなので、説得力抜群。

  たとえば、毎年いくつも全国の小中学校に依頼されるアンケート調査。「やる気度調査」とか「いじめについての調査」とか、多くの調査が課されるのだそうですが、著者によれば、その調査報告書が現場でどんな風に役立ったかについては、まったくわからないのだとか。官僚たちが自分の名声のために何らかのアイデアをおもいつき、忙しい現場におろして無理をして調査させた挙句、報告書は校長室か職員室の片隅でほこりをかぶっている、といっています。行った仕事の成果を判定する仕組みがないのです。

   PISAという「国際的な学習到達度に関する調査」があるそうなのですが、始まったばかりの2000年には、日本は読解力が32か国中8位でした。文科省はこの時、国際ルールに従わずに試験したため、わりにいい成績だったのですが、その3年後はルールに従った途端14位に下落。「PISAショック」というのだそうです。
   
   「PISAショックは、いまでもゆとり教育を導入したせいで、日本の学力はガクッと落ちたという論拠に使われています。しかし、ゆとり教育を取り入れたのはその前年、平成14年度からです。たった一年でその弊害が出るなどということはかんがえられません」

    この国際的な学力調査のデータを「曲解して下がったと大騒ぎすることで」文科省は、全国学力テストの復活に成功。教育現場に不要の競争や混乱を招いたという理由で1964年に中止になった一斉学力テストが、またはじまったのです。当然ながら、ふたたび学校間、都道府県間の競争が始まり、教育機関らしからぬ不如意の事態があちこちでおきているのだそうです。

そのほか、二年後から始まる予定の小学校の英語教育やプログラミング教育についても言及。実際の現場で教師が指導できるような体制は、ほとんど整えていないとの指摘に驚きます。

    本書では、天下りに不正、官邸からの強い圧力にまで言及し、さらに、「教育現場で翻弄されている親と教師、子どもたちがどうやったらこの危機を生き残れるか」を提言しています。表やグラフ、具体的な問題文などをあげての解説はわかりやすい。最後の提言には一部疑問がないこともないけれど、文科省の在り方に憤りつつも興味深く読みました。
   


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