百姓有過、在予一人(尭曰第二十の1)
百姓に過ち有らば、予(ワレ)一人にあるらん
民に過ちがあるとき、(その責任は)私一人が負うものです。
周の武王が、王位に就く際言った、とされる。
この節は、孔子の言ではなく、古代の王が言った言葉を集めているようだ。
上のほかに次のようなモノが書かれている。
・尭:允執其中(允(マコトニ)その中を執(ト)れ)=政治は中庸が大切
・舜(夏王朝設立):尭と同じことを言った、と書いてある。
・湯(夏を滅ぼした殷の王):帝臣不蔽、簡在帝心(帝臣蔽(オオ)わず、簡(エラ)ぶこと帝心にあり)=人事に個人感情ははさまない
ちかごろしみじみ思うのだが、この国においてはいつも、責任の所在があいまいで、そのため責任者をあぶりだせない、というもどかしさがある。
それはそれでいいところもあるのだろう。が、権力から遠い人間ほど、抱く被疎外感は大きい。
百姓に過ち有らば、予(ワレ)一人にあるらん
民に過ちがあるとき、(その責任は)私一人が負うものです。
周の武王が、王位に就く際言った、とされる。
この節は、孔子の言ではなく、古代の王が言った言葉を集めているようだ。
上のほかに次のようなモノが書かれている。
・尭:允執其中(允(マコトニ)その中を執(ト)れ)=政治は中庸が大切
・舜(夏王朝設立):尭と同じことを言った、と書いてある。
・湯(夏を滅ぼした殷の王):帝臣不蔽、簡在帝心(帝臣蔽(オオ)わず、簡(エラ)ぶこと帝心にあり)=人事に個人感情ははさまない
ちかごろしみじみ思うのだが、この国においてはいつも、責任の所在があいまいで、そのため責任者をあぶりだせない、というもどかしさがある。
それはそれでいいところもあるのだろう。が、権力から遠い人間ほど、抱く被疎外感は大きい。