旅限無(りょげむ)

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チベット問題の3月 其の壱

2009-03-23 15:46:06 | チベットもの
■無気味に静かな新年を沈黙のうちに過ごしたチベット地域ですが、やっぱり、北京政府の思惑通りの解放感謝記念日を祝う気分にはなっていないようです。少数民族に対する手厚い?援助によって経済発展していることになっているモデル地区としてのラサ周辺、そして解放(侵略)戦争以来の怨念が貯まりに溜まっているカム地方では、北京五輪と四川省パンダ震災以後の警戒体制が秘かに強化されていたのでしたが、チベット鉄道の始発駅のある青海省は報道メディアにとっても北京政府にとっても、ちょっとした盲点となっていたような気がします。

■一口に「チベット」と言ってしまいますと、何となくラサを中心としたチベット自治区だけを指しているような錯覚を持ってしまうのは、北京政府のチベット政策が大成功を収めた結果で、日本の新聞やテレビで紹介される地図やジオラマでも、律儀に北京政府が強引に設定した境界線が書き込まれていますから、チベット問題が火を噴いたとの報道で「青海省」やら「甘粛省」やらの地名を目にすると混乱してしまう人も多いのではないでしょうか?

■唐の時代に青海省全土と四川省東部と甘粛省西部は、正式な外交条約によって古代チベット帝国の領土となってから、シルクロードの貿易権益を巡って熾烈な争奪戦が繰り広げられ、文字通りの取ったり取られたりの戦乱が続いたのであります。それが20世紀になってからは、チベット人・モンゴル人・回族が混在していた地域に最も新しい闖入者?の漢族の人口が増え続け、毛沢東時代からは急カーブを描いて人口比率を高めて現在に到っております。


……中国青海省の果洛チベット族自治州で9日未明、警察と地元住民の間で衝突が発生し、自家製爆弾により、警察車両と消防車の屋根やライトが破壊された。死傷者は伝えられていない。8日午後、警察が検問所で、伐採した木材を運搬する地元住民のトラックを停止させ調べようとしていさかいが起き、抗議の住民数十人が深夜まで、近くの警察署を取り囲む騒ぎとなった。同自治州でも昨年3月、チベット自治区ラサの暴動の影響で、チベット僧らによるデモ行進が起きた。
2009年3月9日 読売新聞

■少し古いニュースですが、「青海省」だけでもその位置が判然としていない人にとって「果洛」などいう読み方も分からない地名が紛れ込んだ報道ならば、簡単に読み飛ばしてしまうでしょうなあ。しかし、大昔から長安(西安)とラサを結んでいた最も重要な道が通っていた場所だったという説明が付け加えられていれば、只事ではないと感じられるでありましょう。

■チベット文化に興味を持っている向きには、『ケサル王伝奇』という世界最長の未完のファンタジー物語の舞台となった場所だと言った方が、その場所の重要性がお分かりになるかも知れませんなあ。または、NHKがうっかり?チャイナと共同で制作した『大黄河』というドキュメンタリーを御覧になった人にとっては、黄河源流を探索した番組を思い出すかも知れません。但し、あの番組の中で感動的に建立された「黄河源流」の石碑は残念な事に有名無実化されて、後にチャイナ独自に発見した本物?の源流とされる地点に日本とは何の関係も無い立派な石碑が立っているとか……。どちらも「果洛チベット族自治州」の中でのお話です。

■「果洛州」というのは青海省の中でも最も広い州で、場所は同省の東南、四川省と甘粛省の両方と境を接しています。3月9日の爆弾騒ぎが発生したのは四川省に近い山岳地帯の「果洛州班(王偏に馬)県」のようです。


……青海省果洛チベット族自治州班瑪県で9日未明、数十人の住民が地元警察を襲い、手製爆弾でパトカーと消防車を爆発させた。現場近くではチベット族による騒乱が相次いでおり、10日にチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世がインドに亡命するきっかけとなった騒乱から50周年を迎えることから、地元当局は厳戒態勢を敷いている。現場は四川省との境界近くの山岳地帯にある地元警察の検問所。警察当局が8日午後、地元住民のトラックを停止させ、荷物と免許証を検査していたが口論となった。近くの数十人の住民が集まり深夜まで続いた。……四川大地震の被災地復興のために、地元のチベット族が「聖地」とあがめている山で大量の木が伐採されていることへの反発が口論の引き金になったという。自治州では昨年3月にチベット族による騒乱があり、4月には地元警察幹部が「チベット独立派」の銃撃に遭い死亡している。
2009年3月9日 朝日新聞

■朝日新聞の情報の方が事件の背景を詳しく教えてくれています。チベットには山岳信仰が根強く残っており、仏教の陰に隠れてしまっていても人々の信仰は微妙な混淆状態が続いているのです。日本でも江戸時代までは行政上の資源保護を目的とする「お留め山」や、地元のアニミズム信仰に根差した伐採禁止の「聖なる山」が日本中にありましたが、チベットは今でも強烈な山岳信仰が生き残っているのであります。無神論を掲げて乱入して来た共産党軍は、寺院の仏像や法具などを掠奪破壊すると同時に、膨大な森林資源を根こそぎにして持ち去ったのは有名な話です。人的被害も甚大だったのに正確な記録が残っていないくらいですから、動植物が受けた被害の実態など誰も知りません。

■山奥で起こった地元住民と警察との諍(いさか)いは、あっと言う間に情報統制の網の目をくぐって口コミで広がりますから、青海省内の別の場所で、もっと大きな騒動が起こるのではないか?と危惧しておりましたら、最も起こって欲しくない場所で火を噴いてしまったようです。


新華社によると、中国の青海省チベット自治区で暴動が起き、数百人が警察署などを襲撃した。それを受け、中国当局は22日、僧侶ら約100人の身柄を拘束した。チベット独立運動に関与した疑いで拘束された男性が行方不明になった問題が一因となったもようで、新華社は、人々が「うわさにだまされている」と伝えた。また21日には「警官と政府職員が(集団)攻撃を受け、複数の政府職員が軽傷を負った」と伝えたが、現地は平穏に戻っていると付け加えた。

■これはロイター電ですが、新華社発表の丸写し情報ですから、さっぱり要領がつかめません。何が起ころうとも直ぐに「平穏」無事になってしまうのがチャイナ情報の悪い癖なのですが、「身柄拘束」された僧侶の数が本当に100人以上だとしたら、これは相当に大きな規模の暴動であったはずですし、その後の影響もただならなぬ物になりそうな予感がしますぞ。決して簡単に「平穏」状態になど戻れないはずなのですが……。


インド北部のダラムサラにあるチベット亡命政府のウェブサイトは、チベット人僧侶の自殺をめぐり、約4000人が中国警察と衝突したと伝えた。新華社の報道によれば、6人が拘束され、89人が「降伏」。大半が行方不明となった僧侶が属していた寺院の僧侶だったという。2009年3月23日 ロイター

■どうやら、この暴動騒ぎは時期と言い場所と言い、ただでは済まない広がりと深刻さが予想されます。杞憂で終わればよいのですが……。

米国の腐臭 其の壱

2009-03-23 08:39:49 | 外交・情勢(アメリカ)
■米国のオバマ大統領が支持率を下げているそうです。就任当初から根拠のない期待感が過熱しているとの懸念がありましたから、誰がどんな理由で選んだかさっぱり分からない日本の総理大臣の支持率低下とは事情がまったく違うのでしょうが、前政権が全世界に見せ付けた米国の暗部とダメさ加減はまだまだ長い尾を引いておりますから、その後始末を一身に負う新大統領の苦労は始まったばかりであります。
 
■今月上旬にNHKが放送した『未来への提言』というインタヴュー番組にエマニュエル・トッド氏が登場しまして、現代世界の諸問題に関して実にてきぱきと的確なコメントをしておりましたなあ。無駄な話は一切なし。日本にとっての最大の問題は「人口問題」なのだと痛い指摘をしたトッド氏は、米国が抱える最大の問題は「教育問題」だということになるのだそうです。日本の人口問題は右肩上がりの高度成長期が忘れられない自由民主党という生きた化石みたいな政党と徒党を組んだ官僚が、好き勝手に統計数値を曲解して「明るい未来」を偽造し続けた結果の世界第一位の早さで進む少子高齢化現象。ソ連崩壊を人口調査のデータだけから予想して的中させたトッド氏から見れば、この先の日本が経験する恐ろしい苦難が分かるのでしょう。

■ずっと前からさまざまな兆候があったのに、「日本は何をしていたのでしょう?」と冷笑的に政府が大失敗した過去を思い出せながら、近い将来に関しては「移民に関する無知と臆病さ」を指摘しておりました。今のオバマ政権が前のアホ政権の負債を背負って苦闘しているように、日本でも万が一にも政権交代などが起こったら、半世紀以上にも亘って自民党が積み上げた負の遺産を継承しなければなりません。中でも田中角栄さんが猛烈な勢いで作り上げた政治システムを「ぶっ壊す」のは大仕事でありましょう。

■さてさて、トッド氏が指摘した米国が抱える最大の問題の方ですが、彼が言うには「優秀な人材が弁護士業か金融業に集中する」今の米国を作り上げたのは独特な教育システムに原因があることになります。技術分野や製造業には人材が集まらず、文化芸術分野も金儲け主義に走って空洞化している米国が変わるためには、教育システムを根本的に改善しなければならないそうで、それには100年くらいのスパンで取り組む必要がありそうだとか……。バブル後の日本が経験した「失われた10年」に対する再評価が始まっているそうですが、トッド氏の予感が当っているのなら米国は「失われた100年」を過ごさねばならないかも?

■ここから、世にも恥ずかしい米国発のボーナス騒動のお話です。


米政府の救済を受けた保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)が幹部へ高額な賞与を支払った問題に怒ったコネティカット州の小政党では、同州内のAIG幹部の邸宅を回るバスツアーを計画している。コネティカット・ワーキング・ファミリーズ党は、ウェブサイトで「われわれ全員がAIGに怒っている」とメッセージを掲載。その上で「裕福で恥ずべき人々のライフスタイル」と名付けられたバスツアーへの参加を呼びかけている。同ツアーは21日に催行予定で、集合場所はコネティカット州ウィルトンの同党本部となっている。……賞与を受け取った従業員の間からは身の危険を案じる声も出ており、一部の幹部は殺害をほのめかす脅迫状を受け取ったという。同党の広報担当者は、バスツアーでどの幹部宅を訪ねるかについては言及していない。同ツアーの催行予定人数は約50人。……
2009年3月22日 ロイター

■ツアー参加者の持ち物は、水筒・弁当に御菓子は300円以内で……という小学校の遠足みたいな事にはならないにしても、お国柄で自動小銃や散弾銃、巨大なサバイバル・ナイフや手榴弾などは「持って来てはいけない物」に指定されそうですなあ。それにしましても、怒りの表わし方が直截な上に幼稚です。ツアーに参加するくらいに熱心に怒っている人なら、豪勢な邸宅を前にしたら投石や唾棄ぐらいはするでしょうし、ネット社会ですからグーグル地図とデジタル写真を組み合わせて詳しい場所を世界中に発信する人も出て来そうです。標的にされる方とは生きた心地もしないでしょうなあ。まさかGPSを利用して手製の無人爆撃機を飛ばすようなマニアまでは出て来ないとは思いますが……。


(CNN)米政府の資金注入を受け公的管理下にある保険大手AIGの一部幹部社員が高額ボーナスを得ていた問題で、全米の20州の司法当局が調査を開始したことが20日判明した。コネティカット州ではAIGのリディ最高経営責任者(CEO)と役員11人に召喚状を送る方針。召喚状は州の消費者保護関連法案に基づく。ボーナスを得た社員リスト、関連契約書類の提出や注入された税金がボーナスに使われたのかの事実確認などを求めている。同州の司法当局者は、税金を使って再建されている企業の従業員はボーナスの詳細を示す法的、倫理的義務があると主張している。同州にはAIGの従業員多数が居住しているという。

■なるほど、前のニュースがコネチカット州発だったのは「従業員多数」が住んでいるからなのですなあ。でも、高額所得者も多いはずですから住民税やら地元の諸団体に対する寄付行為など、感謝されてもよい事もしていたのではないでしょうか?まさか所得を丸ごとカリブ海のペーパーカンパニーに避難させ、あれこれ帳簿をいじくって借金塗れにして税金逃れを画策していたわけでもありますまいに?!


……ニューヨーク州司法当局が調査を始め、ボーナスを獲得した社員リストも入手している。ニュージャージー州のミルグラム司法長官は金融危機の引き金をひいたAIGの社員がボーナスを得ていたのかを調べたいと指摘した。ボーナスの受領者の一覧などをAIGに要求、5日以内の回答を求めた。この要請に多くの他州の司法当局も加わったという。……
2009年3月21日 CNN.co.jp

■もはや完全な「犯罪者」扱いであります。日本でもインサイダー取引で逮捕された村上某氏が「金儲けは悪いことなのか?」と開き直って虚しい暴言を吐いて見せたことがありましたが、今の米国で同じ事を公言するのは文字通り命懸けなのでしょうなあ。しかし、巨額なボーナスを受け取った!と憎悪の的になっている人達が行った本当の悪事は高額な所得を得たことではなくて世界の金融システムを崩壊させたことのはずなのですが……。米国人の怒りは単純過ぎませんかな?