旅限無(りょげむ)

歴史・外交・政治・書評・日記・映画

3月になる前に 其の壱拾

2009-03-12 23:23:28 | チベットもの
■簡単にお浚いしておきますと、1917年の11月に大英帝国外務大臣だったアーサー・ジェームズ・バルフォアが、シオニズム運動のリーダーであるライオネル・ウォルター・ロスチャイルドに対して「ユダヤ人国家建設」を文書で支持したのが『バルフォア宣言』で、それ以前の1915年の10月段階で駐エジプト高等弁務官だったヘンリー・マクマホンが、メッカの太守フサイン・イブン・アリーと交わした「アラブ国家樹立」を認める公式文書が通称『マクマホン宣言』。時はオスマン・トルコ帝国が崩壊するという大きな歴史の節目でしたから、先ずはオスマン帝国崩壊を片付けたい一心だった大英帝国が二股膏薬の外交戦略を展開したという次第。

■念の入ったことに石油が出そうな地域は神経質に色鉛筆で奇怪な模様を描いたのに、石油が出そうもない場所は極めて適当に扱ったのが禍根となりました。それは中東問題の話ですが、中東に巨大な歴史の地雷を埋めたようなマクマホンさんは、その前にチベットでも大きな地雷を埋めてしまったのでした。

■世に言う「グレートゲーム」で帝政ロシアと本気でユーラシア大陸を南北に二分して支配しようとしていた大英帝国は、悪名高い「アヘン戦争」で痛めつけた清朝政府との間で、1890年と1893年にチベットに関係する条約を結んでいたのです。勿論、弱体化していたとは言え、当時のチベット政府はそれを認めるはずもなく断固として拒否!帝国主義時代の作法に従って、1903年に英国軍が侵攻を開始して1904年の8月にはラサ入城。正確には西暦8月3日(チベット暦6月22日)の事で、その主人公は大英帝国のヤングハズバンド大佐で、彼がやった事を分かり易く映像化したのが邦題は『チベットの紅い谷』というのだそうですが、『紅河谷』という映像だけは迫力のあるチャイナの映画です。悪いのはヤングハズバンド隊だけ!という描き方に難はありますが、雄大な風景を楽しみながら大英帝国が何をしたのかを知るには役立つと思います。

■ヤングハズバンド大佐の名前と「業績」はチベット人の間では今での生々しく語り伝えられている事を旅限無は実体験として知っておりますが、大英帝国よりももっと酷い事をした国があった事はもっと多くのチベット人が知っておりますぞ。さてさて、ヤングハズバンド大佐が率いる遠征軍は、チベット人が見た事もない物騒な品物を見せ付けてラサ市内に進駐したのですが、ダライラマ13世は脱出した後でした。臨時に任命されいていた摂政役が代表となって結ばれたのが大英帝国がチベットを保護下に置くとする『ラサ条約』。

■大英帝国は清朝と交渉する時にはチベットを無視し、反抗的な態度を見せたチベットと交渉した時には清朝を無視したというわけです。それでも外交の巧手と呼ばれる喰えない英国は、ラサ市内に駐在していた清朝の役人であるアンバン(駐蔵幇弁大臣)を上手に利用したものですから、いよいよ話はややこしくなりました。何せ『ラサ条約』によってチベットの内政と外交に関する権限は大英帝国に奪われ、チベット政府の名でその屈辱的な条約を認めたのですから、原理的にチベットは独立国だったことになります。それから10年後に辛亥革命が起こり、ややこしい関係だった清朝が倒れた!というのでチベットはお祭騒ぎに沸き立ったとか……。

3月になる前に 其の九

2009-03-12 23:22:43 | チベットもの
■諸事情が重なってブログ記事を少々お休みしている内に、とうとう3月になってしまいました。チベット暦の新年も過ぎ、やはり現地では緊張が極限に近づいているらしく、若い僧侶による悲しい焼身自殺(未遂?)という事件が起こったようです。あの北京五輪が終わってから、まだ半年だというのに、あの「平和の祭典」の意味を深く考えている余裕もないまま、チャイナは米国発の金融危機に襲われて、以前から燻っている数々の問題が深刻の度を増し、徐々に互いに共鳴し合って人々の行動が先鋭化するような現象が起き始めているようにも見えます。……などと書き連ねてから、また数日が経過しまして、怨念籠もる「3月10日」も過ぎてしまいました……。気を取り直して続きを書きましょう。

■あまり裕福でもない国が無理して五輪大会を主催すると、大会後には恐ろしい反動不況が起こるもので、日本でも赤字国債の発行に踏み切ったのは東京五輪の後に起こった内需の急速な収縮に対応するためでありました。似たような経済現象が起こるに違いないと心配されていたチャイナは、五輪景気を上海万博までは引っ張れると考えていた節があります。世間のエコノミスト諸氏の中にも、「上海万博までは大丈夫」という楽観論が大勢を占めていた時期もありましたなあ。でも、北京五輪の準備で地方から集まった労働力を、上海万博向けに移転することなど最初から無理な話で、米国の消費バブルが破裂した途端に極端な輸出偏重経済が音を立てて崩壊。

■倒産と夜逃げがあちこちで起こり、仕送りを続けた故郷の農村に帰る旅費さえ持っていない出稼ぎ農民は、給料を貰えず路頭に迷っているとか……。少人数なら「押し込み強盗」として公安警察が取り締まれるでしょうが、数千人規模の「打ち壊し」暴動が発生したら武装警察でも対応出来ず、人民解放軍のお出ましという事になるのでしょうなあ。「民主化」だの「人権尊重」だの、そんな贅沢?な要求をしているわけではない行き場を失った人々の大群が、未払いの給与を要求し、故郷へ帰る旅費を求め、さらには明日とは言わず今日の食事を求めて起こす暴動は、そう簡単には鎮圧など出来ないでしょう。米国務省が2月25日に発表した世界各国の人権状況を分析した2008年版の『年次報告書』で名指しされてた北京政府が即剤に反論したのは、米国の非難や要求に従ったら共産党の一党独裁体制が一夜にして崩壊するからです。

■ここで再びチベット問題に話を戻します。今の北京政府がチベット問題は「主権と領土」の問題だ!と言い張る根拠が、『平和五原則』の第一項と、『平和十原則』の第二項だとするなら、他の項目はその後どうなったんだ?と問いたくなります。そもそも、『平和五原則』というのは中華人民共和国が中華民国から引き継いだインドとの国境問題を有利に解決しようと、当時のネルー首相を外交の罠に嵌める結果になった交渉の副産物でした。

■話がどんどん歴史を遡って行って恐縮なのですが、今のチベット亡命政府と北京政府との交渉が、常に肝腎なところになると決裂してしまう原因は長い長い歴史の中に隠されているので、どうしても話は迂遠になってしまいます。とは言っても、唐の時代、ソンツェンガンポ王の吐蕃時代(7世紀)にまで遡る必要はありません。せいぜい、大英帝国と帝政ロシアとがユーラシア大陸を南北に二分しようなどという大それた「グレート・ゲーム」に夢中になっていた20世紀初頭まで話は遡ります。

■大英帝国が世界中に残した二枚舌外交と出鱈目な国境線などの「外交遺産」は、今でも紛争のタネになっております。イスラエルとパレスチナが血で血を洗う抗争を続ける中東問題は最も有名な世界の悩みのタネでありますが、この件に関して多少でも興味を持っている人には忘れられないのが、バルフォアとマクマホンという二人の英国(紳士?)人の名前でありましょう。

漢字という財産 其の伍

2009-03-12 19:19:16 | 日本語
協会本部はこの日、約20人の報道陣に「誠意を持って対応していく」など3行のコメントを書いた紙1枚を配布。女性広報担当者が「このコメントがすべて。今後お伝えすることがあればホームページで」と話した。今後の対応などについて、大久保昇理事長(73)ら協会トップによる説明を求められても「理事長と副理事長はこのビルにはいない」「理事長と連絡を取れる上司は出張中」「私には分からない」と繰り返すだけだった。

■漢検1級レベルの見事な文章を発表するかと思いきや、たった3行のコメントだけ!?しかも「誠意」という熟語を分解してみると、「誠」小学校6年生、「意」は小学校3年生の学習漢字ですから、前者は漢検5級で後者は8級のレベルということになります。6000字を自由自在に使いこなして故事成語も各種熟語にも精通している1級レベルの文書を発表する義務があるのではないでしょうか?集まった20人の報道陣が思わず赤面するようなインパクトが欲しかったですなあ。

■蒼褪めているのは文科省のお墨付きを信じ切って漢検資格を生徒や受験生に強要して結局は銭ゲバ・大久保一族の手先になってしまった日本中の学校の先生方は大変です。


09年度、漢検取得を評価基準の一つにしている大学や短大は全国で490校。京都の立命館大などは「特に見直しなどは検討していない」としているが、ユニーク選抜で点数加算している大阪市立大経済学部は「受験にかかわる問題なので」と回答を避けた。

■恐怖の「全入時代」に突入している日本の大学は、少しでもマトモな生徒を獲得しようと、最低限度の読み書き能力を調べる尺度になるとて、直ぐに跳び付いたのでしょうが……。漢検制度(商売)自体の怪しさは読み解けなかった模様です。


2級以上に合格すると国語の2単位として認定する千葉県の公立高の教頭は「今のところ見直す予定はないが、漢検の社会的信用や価値が下がってくればどうなるか分からない」。漢検に合格すれば推薦入試に出願できる栃木県のある高校の入試担当者は「検定そのものに不正があったわけじゃないし、今までの実績もあるので」と困惑。同様の北海道の私立高の担当者も「事態の推移を見て判断するしかない」とする。

■この栃木県の高校教師には、最新号の『文藝春秋』4月号212頁に掲載されている高島俊男さんの『ああ、漢字検定のアホらしさ』を熟読することを強くお薦めしておきましょう。流石は高島俊男さん!……「漢字検定とはどういうものか。ちょっとのぞいてみた」と、トボケて見せてから「アヤシゲな」団体が作り続けた「アヤシゲな」問題を次々と俎上に載せて腕の良い板前さんの如く、或いは快刀乱麻を断つ如く、これでもか!と「アホらしさ」を山盛りで実証して下さっておりますぞ。『文藝春秋』の記事を読んで声を出して笑ってしまったのは初めての経験かも?


受検者の側は、子供3人が漢検を取得している大津市の主婦(52)は「勉強の励みになり、キャリアにもなると思って勧めていた。一体受検料を何に使っていたのか。いかがわしい感じがする」とまゆをひそめた。準2級を取得している同志社大社会学部3年の男子学生(21)は「特に資格を持っていないので、就職活動のエントリーシートには仕方なく『漢字検定』と書いている。それほどもうかる事業とは思いもしなかった。完全に営利企業ですね」と驚いていた。

■何の役に立つのか分からない、否、何の役にも立たないことが文化的な価値なのだ!と自分に言い聞かせて学齢を過ぎても漢字検定の級を一つでも上げようと頑張っていた人も多いかも知れませんが、多少のボッタクリはあったにしても、合格の「紙切れ」一枚で天にも昇る達成感や充実感が得られたのなら諦めもつきそうです。しかし!英検を手本にして際限もなく「教則本」だの「過去問」だのを買わされ続けた人は怒り心頭に発してしまいますなあ。

漢字という財産 其の四

2009-03-12 19:18:35 | 日本語
其の参を書いたのが昨年の10月17日ですから、ちょっと間を空け過ぎてしまいました。1000年以上もの歴史を積み上げて来た漢字文化の話ですから、そんなに急ぐこともなかろう、などと思っていた時には、まさか「漢字能力検定」を巡るおぞましい疑惑が湧きあがるなどとは想像もしておりませんでした。あまり楽しい話でもないし、漢字文化に対する理解が深まるような話でもないのですが、今の日本で漢字がどんな扱いを受けているのかを知る手掛かりくらいにはなるでしょうし、「漢字という財産」を食い物にした寂しい欲張り爺さんが出現したという恥ずかしい現実を再確認するのも、何がしかの意義があるかも知れません。

■大久保某という欲ボケ老人が、漢字文化を商売道具にしようと考えて文科省という呑気な役所からお墨付きを貰って財団法人格まで手に入れて、怪しげな商売を「公益事業」に仕立て上げたのだそうですが……


文部科学省から(3月)10日、抜本的な運営見直しを求められた日本漢字能力検定協会。京都市下京区にある協会本部は、詰めかけた報道陣にコメントを紙で配布しただけ。受検者270万人の「マンモス検定」は今後、どうなるのか。検定を活用している学校や漢検取得者の間に、戸惑いや怒りが広がった。

■多くの日本人が弱点とする「資格」コンプレックスに付け込む悪質な詐欺商売が何度も問題になりましたが、一つの言語の表記文字を個人的な商売道具にしてしまったのですから、並大抵の商魂ではなさそうです。「鰯の頭も信心から」というレベルで始まる新興宗教も多いようですが、信仰に近い神経症的な英語コンプレックスも今の日本では良い商売のネタになっておりましたなあ。しかし、何処まで行っても外国語商売には集客力に限界があるらしく、「駅前留学」なる奇妙な宣伝文句で荒稼ぎしていた英会話学校が倒産したのは昨年の事だったはず。

■おそらくは漢字検定協会が手本としたと思われる英語検定の方は、さすがに長い歴史があるだけに受験者数の累計は7500万人にも及んでいるそうです。しかし、グローバル(アメリカ)化の時代になると「TOEIC」という強力なライバルが出現しあて大ブームを起こし、地味ながら「国連英語」という資格もちょっと人気になったようで、1999年度に約350万人もいた英検の年間受験者は、あれよあれよと思う間に250万人程度に減ったとか……。もともと中学生をターゲットにしていた英検ですから、大学受験とリンクさせて高校生を巻き込んでも、その以上の年齢層にはそっぽを向かれていたようなものですから、少子高齢化の波に飲み込まれたとも言えそうです。

■高校受験や大学受験でポイント換算して貰える!と宣伝している一方で、あまりにも手を広げてしまったばかりに「問題漏洩」事件が何度も起こり、真面目に試験に取り組んでいた若者の不信感を増してしまったのも受験者減少の一因かも知れませんなあ。