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富谷教会ホームページ・礼拝説教

富谷教会は宗教法人の教会です。教会は礼拝室と二つの茶室からなる和風の教会です。ゴルフ場に接する自然豊かな環境にあります。

「最初の弟子たちの信仰告白」 ヨハネによる福音書1章35~51節

2016-01-13 22:00:16 | 説教

    981-3302宮城県黒川郡富谷町三ノ関字坂ノ下120番地12 TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

               日本キリスト教 富 谷 教 会

                  週    報

年間標語 『日々聖霊を豊かに受けて神の栄光を表す人になろう。』

聖句「神は、わたしたしの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊を豊かに注いでくださいました。こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。」(テトスへの手紙3:6~7)

     降誕節第4主日     2016年1月17日     午後5時~5時50分

                        礼 拝 順 序

前 奏            奏楽 辺見トモ子姉 

讃美歌(21)  57(ガリラヤの風かおる丘で) 

交読詩篇  138(わたしは心を尽くして感謝し)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

聖 書  ヨハネによる福音書1章35~51節(新p.164)

説  教   「最初の弟子たちの信仰告白」    辺見宗邦牧師

祈 祷

讃美歌(21) 448(お招きに応えました)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷              

後 奏 

                  次週礼拝 1月24日(日)午後5時~5時50分

                    聖書 ヨハネによる福音書8章21~36節  

                    説教  「教えるキリスト」 

                    賛美歌(21)287 521 24 交読詩篇 1 

本日の聖書 ヨハネによる福音書1章35~51節

  35その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。36そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。37二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。38イエスは振り返り、彼らが従って来るのを見て、「何を求めているのか」と言われた。彼らが、「ラビ――『先生』という意味――どこに泊まっておられるのですか」と言うと、39イエスは、「来なさい。そうすれば分かる」と言われた。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。そしてその日は、イエスのもとに泊まった。午後四時ごろのことである。40ヨハネの言葉を聞いて、イエスに従った二人のうちの一人は、シモン・ペトロの兄弟アンデレであった。41彼は、まず自分の兄弟シモンに会って、「わたしたちはメシア――『油を注がれた者』という意味――に出会った」と言った。42そして、シモンをイエスのところに連れて行った。イエスは彼を見つめて、「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ――『岩』という意味――と呼ぶことにする」と言われた。

  43その翌日、イエスは、ガリラヤへ行こうとしたときに、フィリポに出会って、「わたしに従いなさい」と言われた。44フィリポは、アンデレとペトロの町、ベトサイダの出身であった。45フィリポはナタナエルに出会って言った。「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。それはナザレの人で、ヨセフの子イエスだ。」46するとナタナエルが、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったので、フィリポは、「来て、見なさい」と言った。47イエスは、ナタナエルが御自分の方へ来るのを見て、彼のことをこう言われた。「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。」48ナタナエルが、「どうしてわたしを知っておられるのですか」と言うと、イエスは答えて、「わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」と言われた。49ナタナエルは答えた。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」50イエスは答えて言われた。「いちじくの木の下にあなたがいるのを見たと言ったので、信じるのか。もっと偉大なことをあなたは見ることになる。」51更に言われた。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」

      本日の説教

   今日の聖書の箇所では、ヨハネの弟子がイエスに従い、イエスの弟子になるところから始まります。他の三つの福音書、マタイ、マルコ、ルカによる福音書では、イエスがヨハネから洗礼を受けられた後、荒れ野でイエスが悪魔の誘惑を受け、その後ガリラヤで伝道を始め、ガリラヤ湖のほとりで四人の漁師を最初の弟子にするストーリー(物語の筋)になっています。ヨハネによる福音書は独自の資料にもとづいて福音書(イエスの教え、その生涯と死、復活と昇天を記し、イエスが救い主であることを知らせる書)を書いているので、イエスの洗礼や荒れ野での誘惑の記事がありません。ヨハネによる福音書の著者は定かではありませんが、イエスの十二弟子の一人、愛弟子のヨハネの権威の下に発表された書であることは明らかです。

  それでは、今日の聖書の箇所、ヨハネによる福音書1章3節以下の弟子の召命の記事を読むことにします。

    先週の礼拝では、ヨハネによる福音書の1章29節から34節までの部分についてお話しいたしました。そこでは、洗礼者ヨハネが自分の方へ来られるのを見て、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ」とイエスを人々に証し、「この方こそ神の子である」と証ししました。

   その翌日、ヨハネは二人の弟子と一緒にいました。<その翌日>という言葉が29節にもありました。そしてここ35節と、次に43節でも繰り返して出てきます。これは、三日間続いて起こったことを表しています。

   ヨハネは、歩いているイエスを見つめて、「見よ、神の子羊だ」と言いました。ヨハネは前の日にも、イエスを見て人々に同じことを言っています。師ヨハネからその証言を聞いた二人の弟子は、師のヨハネから離れ、イエスに従いました。ヨハネもそれを良しとしました。

   イエスは振り返り、彼らが従ってくるのを見て、「何を求めているのか」と言われました。彼らが、「ラビ、どこに泊まっておられるのですか」と尋ねました。<ラビ>は「先生」という意味で、律法の教師たちに用いられる敬称ですが、弟子たちは特別な尊敬を込めて使っています。

   弟子たちが質問した<泊まる>のヘブライ語の原語は「留まる」という意味であり、神がイエスに留まり(14・10〉、イエスは神の愛の留まる(15・10)というように用いられているので、「今夜どこに宿泊するのですか」という 表面的な問いと同時に、「あなたは神とどういう関係にあるのですか」という重要な問いを含んでいると解されています。イエスは、」<来なさい。そうすれば分かる>と言われました。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見ました。そしてその日は、イエスのもとに泊まりました。午後四時ごろのことです。マタイ4・13は、イエスは「湖畔の町カファルナウムに住まわれた」と記しています。

    イエスに従った二人のうち一人はシモン・ペトロの兄弟アンデレでした。もう一人は名前が記されていません。この匿名の人物は福音書を書いたとされるイエスの愛弟子のヨハネではないかと推測されていますが確かではありません。

   アンデレは、まず自分の兄弟シモンに会って、<わたしたちはメシアに出会った>言い、シモンをイエスのところに連れて行きました。<メシア>とは「油を注がれた者」という意味を表す語ですが、油は聖霊を指しています。神に聖別された世を救う者のことです。

   イエスは彼を見つめて、<あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファと呼ぶことにする>と言われました。<ケファ>は「岩」という意味です。マタイ福音書では、シモンが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と信仰告白をしたとき、イエスから「あなたはペトロ。わたしはこの岩の上に教会を建てる」(マタイ16・18)と言われ、ペトロという名を与えられています。「岩」という意味のヘブライ語が「ケファ」で、それをギリシア語に訳した言葉が「ペトロ」です。

   その翌日、<イエスは、ガリラヤへ行こうとしたときにフィリポに出会って、『わたしに従いなさい』と>と言われました。ヨハネによる福音書では、<ガリラヤ>という地名は、エルサレム、ユダヤという地名と対立関係にあります。イエスはユダヤ人で、元来、エルサレム、エルサレムのあるユダヤに属し、そこが彼の故郷です。しかしそこはイエスにとってむしろ敵地です。ガリラヤはイエスにとって安全な地帯、イエス御自身の陣営と考えられるような書き方がなされています。

   フィリポは、アンデレとペトロの町、ベトサイダの町の出身でした。フィリポはナタナエルに出会って、<わたしたちはモセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。それは、ナザレの人で、ヨセフの子イエスだ>>と証言しました。これは旧約で証言されているメシアに出会ったという意味の表現です。すると、ナタナエルは<ナザレから何か良いものが出るだろうか>と、辺境の地ナザレを蔑視しました。フィリポは<来て見なさい>と、イエスによって用いられた言葉をそのまま口にして言いました。

     信仰を与えられるためには、イエスの所に行き、実際に自分で見る以外にないのです。イエスの所の留まることによってイエスが何者か分かるのです。ナタナエルの名は、この部分と、復活の主に出会った記事(21・2)以外に記されていません。ナタナエルの出身地はガリラヤのカナと記されています。マタイによる福音書の12弟子名簿には、ナタナエルの名はなく、「フィリポとバルトロマイ」が組になって記されているので、ナタナエルとバルトロマイは同一人物だろうと見做す説があります。

   イエスと弟子たちの出会いの際、イエスの洞察の方が深く、弟子たちがイエスの真相を見させられる前に、イエスはその人の真相を見抜いています。イエスは、ナタナエルが自分の方へ来るのを見て、彼のことをこう言われました。<見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。>

   ナタナエルを<まことのイスラエル人だ>とイエスが言われたのは、このあと、ナタナエルがイエスを<あなたはイスラエルの王です>と告白することに先んじて、それに呼応するような呼び方をしたのです。

    ナタナエルが、<どうしてわたしを知っておられるのですか>と言うと、イエスは答えて、<わたしはあなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た>と言われました。

    パレスチナ地方ではいちじくの木はかなり大木に成長します。その日陰でラビたちが弟子たちを教えました。<いちじくの木の下にいるのを見た>とは、ナタナエルが律法を熱心に学んでいる者であることをイエスは見抜いていたのです。

   ナタナエルはイエスに、<あなたは神の子、イスラエルの王です>と告白するに至りました。

   <神の子>は伝統的なメシア称号の一つです。ナザレのイエスが神と等しい者だと証言したのです。<イスラエルの王>という表現は、「ユダヤ人の王」と対比的に使われています。「ユダヤ人の王」はイエスの敵対者たちが好んで用いた言い方ですが、<イスラエルの王>はイスラエルを支配する王、ここでは神だと告白したのです。

   イエスを「あなたは神の子」ですと呼ぶ信仰告白は、1章1節から18節で明言されたように、<初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった>という意味で、子なる神イエス(言)は被造物ではなく、天地の創造以前から存在していた方であり、神であった方であるということが言われているのです。しかし他方において父なる神と子なる神イエスの関係は、神と対等であるような、もう一人の神であるという理解の仕方を避けるために、ヨハネ福音書では、この後、神の計画、神の意志に御子イエスが従い、完全に一致することにおいてのみ神とイエスが一つであり、神と等しい者であることが示されることになります。

   イエスはナタナエルに答えて、いちじくの木の下にあなたがいるのを見たと言ったので、信じるのか。もっと偉大なことをあなたは見ることになる>と言われました。更に言われました。<天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。>

  すべてを見透しておられるイエスの洞察力に驚嘆し、イエスを信じたナタナエルに、イエスは答えられました。<もっと偉大なことをあなたは見ることになる>というイエスの言葉は、「神と等しいイエスを見ることになる」ということです。そして言われました。<天が開け>るのは神によって開かれるのです。<神の天使たちが人の子の上に>の「人の子」とは受難によって救いを成就するキリスト」を表しています。

    <天使たちが昇り降り降りする>光景は、ヤコブの夢の故事に基づいたイメージ(心に思い浮かべる情景)が用いられています。天使たちがイエスの上に昇り下りするのを、あなただけではなく、あなたがたは見ることになる、とイエスは言われたのです。

   ヤコブの見た夢は、創世記28章10~13節に記されています。

   父をだまし、兄の長子の権利をうばった、ずる賢い弟ヤコブを兄エサウはいつか殺そうと心を決めます。それを知った母はヤコブに逃亡を勧めます。母の兄、ヤコブにとっては叔父ラバンの住むハラン(現トルコの南西部のハッラーン)へ行くため、故郷のベエル・シエバを出立しました。ハランはヤコブにとって見知らぬ異国の地です。シリア北方の国境を越えた、800キロもある遠い地へ、単身で出掛けたのです。ヤコブにとっては、将来故郷に戻れる希望はありません。また、叔父に温かく迎えられる保証もありません。ヤコブは、罪深い自分を意識し、孤独でした。

   「とある場所に来たとき、日が沈んだので、そこで一夜を過ごすことにしました。ヤコブはその場所にあった石を一つ取って枕にして、その場所に横たわりました。すると、彼は夢を見ました。先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていました。すると、神がヤコブの傍らに立って言われました。『わたしは、あなたたちの父祖アブラハムの神、イサクの神、主である』と。」(創世記28・10~13)

   里離れた誰もいない夜空の下で、石を枕にして寝るヤコブの姿は哀れです。このヤコブの姿は、人間関係における破れと挫折に苦しむ人間の姿です。この階段は地上から天に上っていく階段ではなく、神の住む天から地に下ろされた階段です。この階段は、天と地とをつなぐものです。神様の世界と人間の世界とをつなぐ架け橋がここにあることを、ヤコブはこの夢で体験しました。ヤコブはこの夢で、自分がいるこの場所が神様の御臨在される所であることを知らされたのです。そして神が、罪深い自分を赦し、守ってくださることを知ったのです。

   ヤコブが見たあの天と地を結ぶ階段(梯子)は主イエスを指し示しています。主イエスはこの地上にこられて救いのみ業を完成してくださいました。イエスは神から遣わされた方であり、神と等しい神の子なのです。

   神の子が地に宿られたことにより、地上のすべての場所が神のおられる場所となりました。神は地上のどこにでも偏在され、支配されておられるのです。私たちが神から最も遠く離れたところにいると思えるようなとき、希望を見いだせないで絶望しているときにも、私たちが弱く貧しく、自信を失っているときも、病の床にあって死の恐怖におびえているときも、主イエスは共にいてくださり、力を与え、望みを与え、祝福してくださるのです。すべての者の望む夢は、キリストがこの世の来られることによって、実現し、現実のものとなったのです。

 

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「世の罪を取り除く神の子羊」 ヨハネによる福音書1章29~34節

2016-01-10 00:48:02 | 説教

            イエスの洗礼の場所とされている伝統的な場所は、エリコの東約15キロのカシール・アル・ヤフド(Qasr al Yahud)です。                     ↓

                      

981-3302宮城県黒川郡富谷町三ノ関字坂ノ下120番地12 TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

      日本キリスト教 富 谷 教 会

                 週    報

 年間標語 『日々聖霊を豊かに受けて神の栄光を表す人になろう。』

 聖句「神は、わたしたしの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊を豊かに注いでくださいました。こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。」(テトスへの手紙3:6~7)

  降誕節第3主日     2016年1月10日(日) 午後5時~5時50分

           礼 拝 順 序

                                           司会 永井 慎一兄

 前 奏            奏楽 辺見トモ子姉 

 讃美歌(21) 368(新しい年を迎えて) 

 交読詩篇   86(主よ、わたしに耳を傾け)

 主の祈り   93-5、A

 使徒信条   93-4、A

 聖 書  ヨハネによる福音書1章29~34節(新p.164)

 説  教   「世の罪を取り除く神の子羊」    辺見宗邦牧師

 祈 祷

 讃美歌(21) 358(子羊をばほめたたえよ)

 献 金

 感謝祈祷              

 頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

 祝 祷              

 後 奏 

 

                                 次週礼拝 1月17日(日)午後5時~5時50分

                                       聖書 ヨハネによる福音書1章3

                                  説教  「イエスの最初の弟子たち」 

                                       賛美歌(21) 57 448 24 交読詩篇 138 

 本日の聖書 ヨハネによる福音書1章29~34節

     29その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。30『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。31わたしはこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」32そしてヨハネは証しした。「わたしは、“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。33わたしはこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、『“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』とわたしに言われた。34わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」

           本日の説教

    29節の<その翌日>とは、1章19~28節の出来事の翌日ということです。エルサレムのユダヤ教当局者たちが、祭司やレビ人たちをヨハネのもとへ遣わして、「あなたは、どなたですか」と質問させました。民衆がヨハネの洗礼をメシアの到来と結びついた活動と受け取ったことや、ヨハネをメシアと同一視する者がいたからです。

    ヨハネは、わたしはメシアでも、エリアでも、モーセのような預言者でもないと否定しました。ヨハネはイザヤ書40・3を用いて、自分を「主の道をまっすぐにする荒れ野の声」だと語り、ひたすらイエスを指し示す声になりきりました。

      

       大原美術館(倉敷)の前にあるロダンの彫刻 「洗礼者ヨハネ」像

   (右手の指は、「私の後から一人の人が来られる。この方のことである。」と言って、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ。」と説教しています。右手の指は、後ろから近づいてくるキリストを指し示していると思われます。)

     遣わされた人たちはファリサイ派に属していました。彼らは、メシア的存在でもないのに、なぜ洗礼を授けるのかと追及しました。ヨハネは答えました。

 「わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らな方がおられる。」

   <あなた方の知らない方>という言い方で、人間の経験や知識では、これまで考えられたことのない、旧約聖書にも現れたことのない、神と等しい方がおられるという意味です。その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない、とヨハネは答えました。

    <これは、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事>でした。マルタ、マリアの家のあったベタニアの村ではなく、ヨルダン川の上流地域のベタニアと考えらえます。

   その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言いました。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」とイエスを人々に紹介しました。

   出エジプトの時に、イスラエルの人たちは子羊の血を家の鴨井と入り口の二本の柱に塗って、神がエジプト人を撃つために巡ったとき、イスラエルの人々の家を過ぎ越し、救われました。(出エジプト記12・21~30)

   イエスの十字架の贖罪によって世と世に属する人々が救われることが<子羊>という語で宣言されています。

  「『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」

   1章15節でヨハネが言った言葉が繰り返して語られています。ヨハネはイエスより6か月早く生まれていますが、

  わたしよりも先におられた方だと言っているのは、イエスは世が創造される前から神と共にあった方だと、キリストの先在性を言い、<言>が人となって現れたのは、ナザレのイエスであることを暗示しています。

   「わたしはこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」

   <わたしはこの方を知らなかった>とは、ヨハネはこの時までイエスを知らなかったという表面的な意味と同時に、十字架と復活の後で聖霊が授けられるまでは、真にイエスを知る機会に恵まれなかったという意味がこめられています。

   ヨハネは、この方が顕現する前に先駆者として水で洗礼を授けにきた、と自分の使命を明らかにします。<この方がイスラエルに現れるために>、ヨハネは神からつかわされ、洗礼を授けるという使命と与えられ、バプテスマの活動でこの方を知り、この方を知らせる使命を与えられたのです。

   ヨハネは次のように証言します。「わたしは、“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。わたしはこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、『“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』とわたしに言われた。わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」

   イエスがヨハネから洗礼を受けたとき、イエスに霊が降った記事は、マルコによる福音書1章4~11節にあります。

   「洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。」

  ヨハネによる福音書には、イエスの洗礼については書かれていません。ただ、霊が降ってイエスの上にとどまったのを見たという事実だけが強調されています。これはイエスこそ世の初めからおられた<言>であり、聖霊によってバプテスマを授ける方であることを示す目印です。ヨハネはこの目印を見たので、イエスは神の子であることを証ししたのです。

   イエスに〝霊″が宿ることは、父なる神と子なるイエスとの交わり・一体であることが暗示されています。

   イエスが<聖霊によって洗礼を授ける>とは、イエスの十字架による贖罪と復活とを経て起こることになります。聖霊によるバプテスマとは、水によるバプテスマとどこが違うのでしょうか。

   ヨハネによる水のバプテスマは、「罪の赦しを得させるための悔い改めの洗礼」(マルコ1:4)です。けれども、それはあくまでも「悔い改め」の洗いであって、「神の霊による新生」の洗いではありません。ヨハネのバプテスマとイエスの名によるバプテスマの決定的違いはここにあります。イエス・キリストの名によるバプテスマにあずかった時、わたしたちはキリストと共に罪に対して死んで、復活のキリストに結ばれ、聖霊を与えられて、新しい命に生きる者とされます。聖霊とは、イエス・キリストに結ばれているキリスト者に内に住んでくださるキリストの霊です。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。聖霊のバプテスマとは、わたしたちを神の子とする霊を与えるパプテスマです。キリスト者にとって聖霊は、助け主となり、導き主となり、すべてのことを教えてくれる、最も大切な賜物です。

   洗礼のヨハネは、イエスを「神の子羊」と呼びました。「神の子羊」ということば、イザヤ53章7節では、黙って苦しみを忍耐する主の僕が、子羊になぞらえられています。使徒言行録8章32節では、その子羊こそイエスとだと語られています。

   「(わたしたちの罪をすべて主は彼に負わせられた。)苦役を課せられて、かがみ込み、彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる子羊のように、彼は口を開かなかった。捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか。わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり、命ある者の地から断たれたことを。」(イザヤ書53・7,8)

   ヨハネの見たイエスは、このイザヤ書の預言の成就としての「神の子羊」でした。しかし今や、子羊の血はイスラエルのためだけでなく、全世界のために流された血です。イエスは、「きずも、しみもない子羊」であり、私たちたはとは全く全違う、罪のない方でありながら、苦難と十字架を黙って忍耐し、犠牲の死によるあがないの力によって、世の罪を取り除くことの出来る神の子羊です。

   世は神によって創造されただけでなく、今も神のみ手によって支えられながら、神は世に隠され、世は神を知らす認めず崇めもしません。むしろ神から離れ、自分を神として、神と断絶しています。そのような世の罪、全人類の罪をイエスは背負って運び、十字架のあがないの力によって「罪を取り去り」、罪と悪の支配する歴史と世界に終止符を打ち、終末を来たらせる神の子羊です。

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教会の告別式での弔辞(故人を偲ぶことば)

2016-01-05 21:32:17 | 説教

      佐々木郁朗様を偲ぶことば(弔辞)    日本キリスト教団陸前古川教会にて

   元日の朝に届いた郁朗様の奥様、慶子(よしこ)様からの年賀状には、手書きで次のように書かれていました。

「お元気でいらっしゃいますか?郁朗は、ねむる時間が長くなり、食物ののみこむ力は少し弱くなっていますが、ゼリー状のものを口からいただいております。」そして奥様が詠んだ俳句が書かれていました。

「生かさるるページを如何に新暦(しんこよみ)」

新しい年のカレンダー見て、新年を迎えることが出来るのも神さまに生かされているからだと感謝し、与えられる日々をどのように過ごせばよいのか?神から与えられている命を、ご主人と共に十分に生ききりたいという願いが込められている句だと思います。

この短い句の中に、神様が生かしてくださる一日一日を感謝しながら、一日一生の思いで、日々ご主人に仕え、ご主人と共に生きておられる奥様の心情が吐露されています。二〇〇六年に全盲となり、寝たきりになったご主人を、自宅で六年間も介護し、民主病院にご主人が入院してからは、三年間も介護のためにご自宅から毎日病院に徒歩で通い続け、弱音を吐かず、いつも明るくご主人に接しておられた奥様の献身的な愛に、心をうたれます。慶子さんは、「私も主人にいっぱい尽くしてもらったから、その恩返しなのよ」と、淡々と言います

郁朗さんは、慶子さんの手厚い介護に、どんなに深く感謝したことでしょう。

また、関純一牧師の、度々の病床訪問をどんなにありがたく思ったことでしょう。

 正月三日の日の夕方、阿部孝子姉から、郁朗様が二日の日の未明に亡くなったという知らせがあり、一瞬耳を疑いました。まだ大丈夫だと思っていた矢先なのに。しかし、神様のなさることなのだと気持ちを切り替えると、自分で不思議に思うほど自然にこの訃報を受け入れることができました。

郁朗様や慶子様とのわたしのおつきあいは、陸前古川教会で始まりました。わたしが古川高校二年生の時です。郁朗様は私より三歳年上の先輩です。郁朗様は私が教会に来るようになったことを喜んでくれて、「宗ちゃん」といつもやさしく声をかけてくれました。古川教会には当時「聖友会」という青年たちの集まりがありましたが、聖友会のみなさんも私を温かく迎えてくださったことを思い出します。郁朗兄は、みんなに「大兄」と呼ばれて敬愛されていました。今でも郁朗様は「大兄」と呼ばれています。

 古川教会から巣立て、首都方面に散った「聖友会」のメンバーは、東京都小平市に住む高橋玲子さんのお宅を拠点とし、「憩い会」という交わりの会をつくりました。

「憩い会」は、数年毎に二、三泊の小旅行を実施しました。観光もかねていましたが、信仰を深める修養会のような、とても楽しい旅行でした。この旅行実施のリーダーを務めたのが郁朗さん・慶子さんご夫妻で、みんな大変お世話になりました。わたしも何度も参加し、寝起きを共にしながら、主にある兄弟姉妹としての交わりを深めることができました。リーダー格の郁朗さんの熱のこもった祈りを今でも思い出します。この旅行は郁朗さんが車椅子の生活をするようになっても続けられ、歩行が困難で参加できなくなるまで続きました。

郁朗さんも慶子さんも本当にすばらしいクリスチャンです。神を愛し、教会を愛し、私たちをも愛してくださいました。こんなにすばらしい信仰の先輩、兄や姉のような方との交流を与えてくださった神に感謝せずにはおられません。

郁朗様は、すべてを全能の神に委ね、神のもとに召されました。今は、不自由だったつらい闘病生活から解放され、新しい霊の体を与えられる復活を信じ、やすらかな眠りにつかれました。朽ちる体は、このご葬儀後、献体としてささげられると聞いています。郁朗さんは二十年も前に献体を決めたおられました。俳人であった郁朗さんの詠んだ句を、慶子さんは、七年前に「句集・虹」として編集発行しましたが、その中に、郁朗さんの平成九年の句として、「献体を約し四度目の花見るかな」とあります。

 郁朗様との別れは、永遠の別れではありません。神様の前で再会できる望みが与えられています。そのときは互いにイエス様に似た者とされ、神を賛美する天使のような者とされることでしょう。

 昨晩の前夜式の後、奥様のお話しがあり、最後に奥様は、「病院ではわたしたち二人はのんびり過ごしました、郁朗は神様からいただいた生命(いのち)を生ききりました」と話されました。

 私は家に帰ってから、大変な状況の中で、悩むことなくのんびり過ごせたのはなぜなのだろうかと考えました。

 使徒パウロが激しい痛さのため苦しみ、弱くなり、祈っていた時に、イエス様が現れ、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中で発揮されるのだ」と言われたことを思い出しました。パウロは弱さの中でキリストの力が宿り、強くされることを経験しました。

 郁朗さんは病気のため弱くなりました。寝たきり動けなくなり、目も全盲になりました。食べるのもゼリー状のものを口に入れてもらわなければ食べることが出来ません。体力は衰え、言葉も発することができません。こんなにも弱くなったご主人の弱さを、奥様は共に担いました。慶子さんには、「愛の神にわたしたちは支えられて生かされている。」という神への感謝がありました。「恐れることはない。私が共に居る。」「死ぬときも天国に導いて下さるイエスさまがおられる」という信頼がありました。お二人には、不平不満はありませんでした。

  この弱くなっているお二人を支えられたのは、イエス様も共にいてくださって、その重荷を担っておられたからだと思います。お二人は、弱さの中でイエスが与えてくださる十分な恵みを受けておられていたと思います。お二人は、「神与え、神取り給う。神はほむべきかな」という神のなさることへの全き信頼と感謝に満たされていたのです。

 大兄が皆さんに言いたかった最後の言葉は、「みなさん、ありがとう。神様のもとへお先いたします。お元気で。また、天国で会いましょう。神様、イエス様を賛美します。ハレルヤ。アーメン」という言葉だったと思います。

 今後も奥様やご遺族の皆さまと主イエスが共にいて、皆さまを支え、守って下さるように祈り、追悼のことばとさせていただきます。

  2016年1月5日                   辺見宗邦

         

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「世に遣わされた神の子イエス」 ヨハネによる福音書1章14~18節

2016-01-03 19:48:56 | 説教

981-3302宮城県黒川郡富谷町三ノ関字坂ノ下120番地12 TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

                          日本キリスト教 富 谷 教 会

                                    週    報

年間標語 『日々聖霊に豊かに受けて神の栄光を表す人になろう。』

聖句「神は、わたしたしの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊を豊かに注いでくださいました。こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。」(テトスへの手紙3:6~7)

 

                     降誕節第2主日 年始礼拝  2016年1月3日(日)  5時~5時50分 

         礼 拝 順 

                                          司会 永井慎一兄

前 奏            奏楽 辺見トモ子姉 

讃美歌(21) 368(新しい年を迎えて) 

交読詩篇  103(わたしの魂よ、主をたたえよ)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

聖 書  ヨハネによる福音書1章14~18節(新p.163)

説  教   「世に遣わされた神の子イエス」    辺見宗邦牧師

祈 祷

讃美歌(21)  55(人となりたる神のことば)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷              

後 奏 

 

                              次週礼拝 1月10日(日)午後5時~5時50分

                                 聖書 ヨハネによる福音書1章29~34節  

                                 説教  「イエスの洗礼」 

                                 賛美歌(21) 368 358 24 交読詩篇 36 

   本日の聖書 ヨハネによる福音書1章14~18節

 14言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

 15ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」16わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。

 17律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。

 18いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。

       本日の説教

 ヨハネによる福音書は、「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった(1節)」で始まり、「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた(14節)、それが「父のふところにいる独り子である神」、イエスであり、「この方が神を示されたのである(18節)」と続いていきます。

 <初めに言があった>とは、天地創造の時、神が「光」あれと言われ、神の言葉によって天地創造が始まったと聖書は語ります。神の<言>はあらゆる被造物が造られるより先にあり、創造以前に存在していたと主張しているのです。そして<言>は被造物ではないので、神に属する存在であり、神が語りかけた時に神と共にあり、神と本質的に等しいと言っているのです。<言>は、神と共にあった独り子である神イエスであり、この方が人となった世に来られたイエスです。

  新約聖書のコロサイの信徒への手紙1章15~16節には、次のように記されています。

 「御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた方です。天にあるものも地にあるもも、見えるものも見えないものも、王座も主権も、支配も権威も、万物は御子において造られたからです。つまり、万物は御子によって、御子のために造られました。」

  4節の「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった」とは、被造物を造ったのが<言>であるから、それは新しい存在を生まれさせる命です。<言>は単なるコミュニケ―ション(思や感情、思考を伝達すること)の手段であるばかりでなく、神の意志であり、働きかけであり、命なのです。この命なしには人間は立ち得ません。なぜなら人間は被造物の内でも「神の像に似せて」造られた人格的存在であり、神の呼びかけに応答し、神からの愛を受け、神を信じ、信頼することなしには存在することが出来ないものだからです。

  被造物が造られ前には、<地は混沌であって、闇が深淵の面にあり>(創世記1・2)と考えられていました。光が最初に造られたとき、それは暗黒の中で燦然と輝きました。つまり、<言>に命があり、それが光り輝いたのであれば、<言>が光として現れたと言ってもよいことになります。イエスは自らを<光>と呼んでいます(8・12)。しかし、暗黒は光と対立するものとして捉えられ、イエスを拒むこの世とその代表者たちを指す言葉となています。

  このように、創世記の天地創造との関係で1~5節が記されているのは、この福音書が第二の創造について記そうとしているからです。第一の創造の時に働いた<言>が、今度は肉となり地上において人間をその罪から救い出すために十字架にかかり、第二の創造、すわち救済の秩序をもたらしたということを言おうとしているのです。

  6節~8節は、この光としての<言>の働きについての証言者としてヨハネが紹介されています。この福音書では、「洗礼者」としてではなく、教会の証言者として描かれています。<彼は光ではなく、光について証しするあめに来た>と語られています。

  9節~13節では、イエスの到来と、イエスの同胞ユダヤ人による拒否と受難とが短く語られています。しかし、それにもかかわらず少数のイエスを信じる者が与えられますが、それは「言を受け入れる」ところに成立し、その名を信じた人々によります。この人々はイスラエルの血統や自我の宗教的願望によるのではなく、神によって可能であることが言われています。

  「信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉によって創造され、従って見えるものは、目に見えているものからできたのではないことが分かるのです」(ヘブライ11・2)、とあります。「信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです(ローマ10・17)。「あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。(エフェソ2・8)」「聖霊によらなければ、だえも『イエスは主である』とは言えないのです(ローマ12・3)。」

  今日の聖書の箇所、14節~18節は、5節からの続きで、<言>が人間の肉体となって世に現れたことが語られ、それがナザレ人イエスであることが語られます。

  14節、「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」

  <言は肉となった>とは、「言は世に来た」(9節)をさらに具体的に強調した表現です。<肉となった>とは、人間になったということです。<宿った>とは、「住んだ」という意味です。「天幕を張って住んだ」というということを表現しています。

  ユダヤ人にとって、神は人ではなく、高いところにいる見えない神であり、見える神はすべて偶像として厳しく排斥しました。この表現は伝統的宗教に生きるユダヤ人に向けられた大胆な宣言でした。

  この世に現れた<言>は、<父の独り子>であり、天地創造の時に<言>が神の傍らにおられたことから、神にのみ帰せられる栄光をも共有していたことが語られています。

  その栄光がイエスにおいて明らかにされるのは十字架に上げられる時であり、また死人のうちより上げられる時であり、また終末の時に明らかにされる栄光です。この独り子の内に神の不変の愛と神に属する究極的な真理が満ちています。神はモーセに現れたとき、「主、憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、幾世代にも及ぶ慈しみを守り、罪と背きと過ちを赦す」と宣言しています。その恵みとまこと(真理)が、父なる神の独り子イエスに充ち溢れているのです。

  15節、ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」と。

  16節、わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けました。

  17節、律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからです。

  18節、「いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。」

  天地の創造主なる神は、被造物を超越した、人間が見ことも触れることもできない存在の方です。その神か

  父なる神の創造に際して、キリストは仲保者として重要な役割を果たされ方です。創造者なる神は同時に救済者なる神でもあります。

  キリストはすべての人に命を与える方となり、人の光となられました。イエス・キリストの生涯、特に十字架の死は、人生の苦難に打ちひしがれ望みを失っている者に大きな力と望みとを与え、死の恐怖に陥って人々に喜びと平安とをもたらしました。ここにイエスの救済者としての働きが成し遂げられたのです。この救済の業をなさったイエス・キリストが初めに父なる神との創造の業に参加されたことは、この救済の業が創造の業と別のものでなく、」その継続また完成」であることを、ヨハネ福音書は伝えているのです。

  <めぐみとまことに満ちた、父のひとり子なる栄光>は、イスラエルの民が想像した黄金に輝くエルサレムではなく、自然的人間の目には、どうしても見い出せない栄光であり、それはひたすら父なる神のみ旨を行う苦難の僕イエスの中にある神の栄光でした。神の子としてのキリストの姿は、その僕の姿の中に包まれ、隠されていました。それを見るためには、人間の肉眼以上の眼が、信仰の眼が必要なのです。<わたしたちはその栄光を見た>とは、肉の眼で見たのではなく、信じて見たということです。

  <言>である神が、人間となられたということは、どのような意味が含まれているのでしょうか。

  わたしたち人間は、肉体を持つ存在であるという点で、もろもろの誘惑にさらされているばかりでなく、<肉>はまさに「罪」の宿る拠点でもあります。さらにまた肉体は、「死」という絶対に回避できない宿命を負わされています。<言>なる神が肉体となり給うたということは、人間を支配している「罪」と「死」の領域の真っただ中に、自ら身を投じたということであり、われわれと完全な連帯関係に入り給うた、ということに他なりません。神が独り子を与えるほど世を愛された神の愛、イエスにおいて顕された神の愛は、「世の罪を取り除く」(1・20)贖い主となり、独り子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るため」(3・16)でした。神の独り子が私共の身代わりになって死ぬほど、私共は神様に愛されているのです。ですから、この十字架にこそ神の独り子の栄光は現れているのであり、その栄光は恵みと真理とに満ちているのです。キリスト・イエスに現れた神の栄光は、私共を造り、支え、導くと共に、何よりも私共を一切の罪から救い出してくださる、神の恵みに満ちたものなのです。

 今年の年間標語は、「日々聖霊を豊かに受けて、神の栄光を表す人になろう。」です。

 聖句は、「神は、わたしたしの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊を豊かに注いでくださいました。こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義と  され、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。」(テトスへの手紙3:6~7)

  神の救いは、聖霊によってわたしたちを新たに生まれさせ、新たに造りかえることを通して実現したのです。キリスト教の説く福音の恵みは、聖霊の働きによって日々新たに造り変えていただき、神のみこころに適う人になることができることです。神を愛し、人を愛する人にしていただき、神の栄光を表す人になりましょう。

 

 

 

 

 

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「星に導かれた東方の学者たち」 マタイによる福音書2章1~12節

2015-12-27 15:30:33 | 説教

      ↑  ユダヤ人の離散

  ユダヤ人の離散(ディアスポラ)の始まりは、アッシリアによる北王国イスラエルの滅亡(前722年)、バビロニアによる南王国のユダの滅亡と住民の強制移住(前598~582年)にまでさかのぼります。後になると、多くのユダヤ人が東(バビロニア)、南(エジプト)、西(シリア、小アジア、ギリシア、ローマ)へと移住しました。イエスの時代、離散ユダヤ人の数は4~5百万で、パレスチナに住むユダヤ人の数は、わずか50万ほどでした。離散のユダヤ人の多くは、ユダヤ教への改宗者も含まれています。下線のついた地名は、使徒言行録2・9~11に登場。

    981-3302宮城県黒川郡富谷町三ノ関字坂ノ下120番地12 TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

    日本キリスト教 富 谷 教 会

      週    報

年間標語 『いつも喜び、絶えず祈り、どんなことにも感謝しましょう。』

聖句「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝をこめて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」(フィリピ4:6)

 降誕節第1主日 年末礼拝     2015年12月27日(日)   5時~5時50分 

         礼 拝 順 

前 奏            奏楽 辺見トモ子姉 

讃美歌(21) 262(聞け、天使の歌) 

交読詩篇   98(新しい歌を主に向かって歌え)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

聖 書  マタイによる福音書2章1~12節(新p.2)

説  教   「星に導かれた東方の学者たち」    辺見宗邦牧師

祈 祷

讃美歌(21) 258(まきびとひつじを)

聖餐式    72(まごころもて)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷              

後 奏 

                                                                     次週礼拝 1月3日(日)新年礼拝   午後5時~5時50分

                                                                            聖書 ヨハネによる福音書1章14~18節  

                                                                           説教  「世に遣わされた神の御子」 

                           賛美歌(21) 368 55 24 交読詩篇 103 

本日の聖書 マタイによる福音書2章1~12節

  1イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、2言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」 3これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。4王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。5彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。6『ユダの地、ベツレヘムよ、お前はユダの指導者たちの中で決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」7そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。8そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。9彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。10学者たちはその星を見て喜びにあふれた。11家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。12ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。

          

           レンブラントの「東方三博士の礼拝」エミルタージュ美術館

            本日の説教

  イエスはヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムで生まれました。ルカ福音書は、ローマ皇帝アウグストゥスの時代に、イエスはベツレヘムで生まれたと記しています。西暦は主イエスの生まれた年を元年として、西暦525年にローマの修道僧エクシグウスの算定を採用して決められたものですが、その後、誤差があることが判明しています。

  ヘロデ王の死んだのが紀元前4年とされているので、イエスの誕生は紀元前4年以前になります。ルカ3・23で、イエスの宣教開始は約30歳のとき、と言われています。これはティベリウス帝治世下第15年目の時であったと記されています(3・1)。これは紀元27~28年に当たります。すると、イエスの誕生は、およそ紀元前4~6年頃になります。イエスの宣教は3年間続きました。イエスの十字架の死は、33歳頃で、紀元30年~33年頃と推定されます。新約聖書学者の新井献はイエスの生涯を紀元前4年~紀元30年としています。

  現在キリスト教界で広くキリストの誕生を祝うクリスマスは、四世紀頃(313年キリスト教公認、392年国教化)から異教の冬至祭に対抗して制定された日であって、実際の誕生の日付とは関係がありません。

  イドマヤ(エドムのギリシャ語読み、ユダヤの南に隣接する国)出身のヘロデは、紀元前40年、父の代から続くローマへの忠誠を評価されて、ローマの元老院から「ユダヤの王」の称号を与えらえ、ポンペイウス将軍の率いるローマ軍によるエルサレム陥落により、ヘロデはついにローマ皇帝に従属することを約束して、紀元前37年から4年まで、「ユダヤの王」としてイドマヤを含むユダヤ全土を治めました。

  イエスの生まれたベツレヘムは、エルサレムの南約9キロメートル、標高約750メートルの小高い丘の上に位置しており、古代イスラエル統一王国を築いたダビデ王の誕生の地です。

  イエスが生まれた時、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来ました。<占星術の学者たち>とは、本来ペルシアのゾロアスター教の祭司です。ゾロアスター教は光(善)の象徴として純粋な「火」を尊び、信者は炎に向かって礼拝するため、拝火教とも呼ばれています。<占星術の学者たち>は天文学、薬学、占星術等の学者で、人の運命や世の動きについて神意を伝える人たちでした。彼らは闇の中に輝く不思議に光る星を見出したのです。彼らはその星が、世界の救い主となるユダヤ人の王の誕生の知らせだと悟ったのです。

  ユダヤ人の離散の始まりは、アッシリアによる北王国イスラエルの滅亡から始まり、バビロニアによる南王国のユダの滅亡によるバビロン捕囚と続きます。ユダヤ人はペルシアによりバビロン捕囚から解放された後も、帰国しないでペルシア地方(ペルシア帝国、現在のイラン)にも住みついていました。救い主が現れるのを待ち望んでいたユダヤ人やユダヤ教への改宗者から、ユダヤ人の王としてメシアが誕生するという預言を、この学者たちは聞いて知っていたものと思われます。メシア待望が、当時すでにユダヤ人だけのものではなく、ローマ帝国内の非ユダヤ教徒たちの心をかなり広く捕らえていたようで、「ユダヤ人の王」が礼拝すべき者として登場するであろうという期待がありました。

  不思議に光る星によって、ユダヤ人の王の誕生の神の示しを受けた<占星術の学者たち>は、星による神の不思議な導きによって、<東の方から>ユダヤの都エルサレムを目指してやってきたのです。<東の方>とは、おそらくペルシア(当時はパルティア王国)と思われます。彼らは千数百キロもある道をメシア(救世主)を求めてやってきたことになります。四か月もかかる旅でした。

  エルサレムに着いた彼らは、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」人々に尋ねました。

 ところがこれを聞いたヘロデ王は動揺しました。ヘロデは自分こそユダヤ人の王であると自認していました。自分の知らないところで、新しく王となるべき子が誕生したという噂(うわさ)を聞いて、不安に思ったのは当然です。ヘロデはユダヤ人とされていますが、純粋なユダヤ人ではなくエドム人とユダヤ人の間の子でした。当時イドマヤの地は、ユダヤに併合され、ユダヤの一部でした。

  ヘロデ王は、民に認められた王というよりは、ローマに認められた王でした。いつか誰かに王位を奪われないかと常に猜疑心の強い王でした。彼は王位を守るため、紀元前36年頃から7年頃にかけて、妻マリアムネ1世の弟アリストロブス3世を暗殺し、妻マリアムネ1世を処刑し、彼女の母であるアレクサンドラを処刑し、自分の二人の王子アリスロブス4世とアレクサンドロスまでを処刑したのです。

  一方、<エルサレムの人々>も同様に不安を抱いたとあります。神の民として選ばれながら、メシアを受け入れようとしない、心が頑なで、不信仰なユダヤ人を示しています。エルサレムの人々は、律法学者や祭司ら共に、キリストを十字架につけることを求めた民衆でした。

  王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただしました。すると彼らは、「ユダヤのベツレヘムです」と答えました。その理由として、旧約聖書のメシア預言、預言者ミカの言葉を伝えます。

「ユダの地、ベツレヘムよ、お前はユダの指導者たちの中で決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである。」(ミカ書5:1)

  <祭司長たち>は、大祭司の次に位する神殿の職務を手伝った高級祭司や神殿財務担当の祭司を指します。<律法学者たち>は、律法書(旧約聖書)の学問的研究に専念し、その解釈と教育に当たった職業的な学者です。ユダヤ教の首脳部であったこの二つのグループが、聖書を正しく解釈し、メシア誕生の場所まで知りながら、ベツレヘムに行こうとしませんでした。

  ヘロデは、占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめました。王として生まれた子が、生まれて何か月位になっているのかを知るためでした。後に、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、メシアとなる男の子の年齢を割り出し、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残さず殺したのです(2章16~17節)。

  ヘロデは、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と心にもないことを言って、学者たちをベツレヘムへ送り出しました。ヘロデがメシア誕生の場所を尋ねたのは、そこへ行ってメシアを拝むためではなく、メシアを殺すためだったのです。

  彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が現れ、先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まりました。学者たちは、御子誕生の証しの星を見て喜びにあふれました。学者たちが家に入ってみると、幼子は母マリア共におられました。彼らはひれ伏して幼子を拝みました。光を象徴とする純粋な火や炎を神として拝んでいた彼らは、「光あれ」と太陽や月の光を創造された天地の造り主なる神の御子、世の救い主に出会うことができたのです。

  学者たちはメシアを拝んだだけではなく、宝の箱を開けて、彼らの最も大切な宝、最も高価な、黄金、乳香を献げました。乳香はや北東アフリカや東南アラビアで産するの力ンラン科のニュウコウジュから採れる芳香のある白色の樹脂であり、神に供え物とともに香炉で焚いてにささげる香です。没薬も、北東アフリカや南東アラビアなどに産するカンラン科のミルラ低木から採った樹脂で、香料や薬用、防腐剤として用いました。古代エジプトではミイラ製造の際に用いました。(私がカイロで買い求めた乳香は、アフリカのスーダン産、没薬はソマリア産です。)

  学者たちは、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行きました。

  旧約聖書に記されたメシア待望は、ユダヤ人が期待したものとは全く異なって、ひそかに実現したのです。「神の国はあなたたちから取り上げられ、それにふさわしい実を結ぶ民族に与えられる」(マタイ21:43)とイエスが言われているように、マタイによる福音書では、外国の人々に救い主の誕生が示されたのです。イエスを最初に拝んだのは、エルサレムの人々ではなく、イエスを拝むために、はるばる遠い東の方からやってきた人達でした。東方の学者たちが来たことは、異邦人の学問と知恵もイエスがメシアであることを認めて、イエスを拝むようになることを示しています。

  イエスは、ユダヤ人だけの王ではなく、ユダヤ人だけの救い主でもなかったのです。主イエスは、異邦人にとっても王、「全ての民の救い主」なのです。主の誕生は全世界の民にとっての喜びなのです。この物語は、ユダヤ教の枠を超えて福音が遠くにいる異邦人にまで伝えられることが語られています。日本のわたしたちにもこの福音が伝えられ、わたしたちも御子イエス・キリストの救いにあずかることができるようになったことを喜び、心から感謝し、礼拝いたしましょう。この福音をわたしたちも伝えましょう。

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