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塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

クラブと代表の成績が比例しないこと

2022-10-21 16:58:31 | 日記
 スティーブン・ジェラードを解任したアストン・ビラ。

 彼らは1982年のUEFAチャンピオンズ・カップ優勝クラブとしても知られています。

 イングランド代表が1974年と1978年のワールドカップを2大会連続で逃した一歩、クラブではアストン・ビラのほかにノッティンガム・フォレストとリバプールがチャンピオンズ・カップで優勝し続けた時代であり、実に不思議と思わせます。

 今も昔もイングランド代表選手は基本、国内リーグでしか戦っておらず、1980年代前半はハンブルク在籍のケヴィン・キーガンくらいで、ほとんどの選手がイングランドにとどまっていました。

 つまりクラブは大陸を制覇しても、代表はそうではない、しかし代表に選手を供給しているのは「国内」というわけですからね。

 不思議な物です。

 イングランド代表はギャリー・リネカーがFCバルセロナと契約すると

 グレン・ホドル ASモナコ
 クリス・ワドル マルセイユ
 デイビット・プラット ユヴェントス
 ポール・ガスコイン ラツイオ
 ポール・インス インテルミラノ

 という形で海外移籍の事例がありました。

 ただ現在もプレミアリーぐは選手の報酬とレベルが世界一であり、スペインやドイツに移籍する必要はない点も確かにありますが、強すぎるリーグを持つことも困りものかもしれません。

 サッカーではよく

 国によって審判が吹く笛の基準が異なる
 芝生の状態も異なる

 という点に直面します。

 日本代表とAFCチャンピオンズ・リーグ出場クラブが、プロであれば「手入れの行き届いた芝生と更衣室」が提供されることが当然と思う反面、東南アジアではその点が相当かけていることも多いですしね。

 だからこそ「知恵」が生まれたという逆説があること、僕たちは忘れてはいけない気がするのですよ。
 

 ただ現在の
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ロナウド騒動を僕なりに考えてみました

2022-10-21 12:50:05 | 日記
 シャルケ04,ディナモ・モスクワに在籍したドイツ代表のケビン・クラニー。

 いつだったかドイツ代表選手として帯同していた際に、試合が終わっていないにも関わらず彼は勝手に帰宅してしまい、以後指揮官のヨヒアム・レーブが招集しないことを決断したことがあったはずです。

 今回、ロナウドが試合終了前に帰宅し、クラブ首脳陣が激高したとされる事例が起きました。

 そこには「自負とプライド」があると思うのです。

 両選手ともに代表とクラブで常に主軸であり、ロナウドはUEFAチャンピオンズ・リーグ優勝、FIFAバロンドール、そして欧州選手権2016を勝ちとっています。

 クラニーも優勝はありませんがドイツ代表のレギュラーでした。

 つまり控えは途中出場は、彼らの持つ自尊人が痛む、指揮官から侮辱されている、実力者であり悪いときも良いときも懸命にプレイしてきた俺が、どうして先発ではないんだ、俺より経験値が浅く優勝経験すらもたない選手が先発なんだ、という気持ちがどうしても全面に押し出てしまったのではないかと感じます。

 つまりエリック・テンハグとヨヒアム・レーブが怒りを表すことは当然だと思いますよ。

 両選手だってマスメディアとファンだけでなく、同僚達から諫言されることを承知の上での行動だったと思いますが、我慢できなかった。

 ここで指揮官が試合前は日々の練習の中で、

 1・適切な理由と判断を伝える
 2・それを受け入れてほしいが、受け入れらないならば移籍するか招集対象から外すよ

 と伝える方法もあったと思います。

 実際ロナウドはユナイテッドからの移籍を考えていましたが、それはチャンピオンズ・リーグの出場権を持たないユナイテッドという声にかき消され、彼自身がユナイテッドに在籍する意味合いが無いtいう形では解決になりませんでした。

 ロナウドがクラブレベルでは岐路に立っている点、これは間違いないと感じますね。
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アストン・ビラ、指揮官ジェラードを解任する

2022-10-21 12:37:20 | 日記
 フランク・デブールはエール・ディビジにおいて、アヤックス・アムステルダムをリーグ4連覇に導き、指揮官としての名声を確立します。

 しかし、移籍先のインテル・ミラノでは彼の描く展開と、選手の資質、選手が経験してきた戦術と布陣がまるで合致せず、マスメディアから

 「どうしてインテルはデブールを指名したのかさっぱりわからない」
 
 と断罪されてものです。

 ここまでは明らかな「ミスマッチ」という観点でしたが、フランク・デブールはその後、オランダ代表でもクリスタル・パレスでも思うような戦績は得られず、もしかすれば自分の描く展開に、選手の個性を当てはめたことが、政権が短期で終了している理由なのかもしれません。(甲府の吉田達磨監督はそうだったと認めていますね)

 そしてアストン・ビラはスティーブン・ジェラードを解任しました。

 レンジャーズ・グラスゴーで無配優勝
 アイブロックスに歓喜をもたらす

 ことに成功したこのイングランド代表は、アストン・ビラのファンから最後、大きな罵声を浴びる形で去る形となりました。

 彼のレンジャーズでの方法論と、アストン・ビラでの方法論に何か違いがあったのか、僕には判断がつきません。

 ダンディやハーツ、マザーウエルなどの地方クラブとレンジャーズではクラブの名声で大きな違いがあることは確かですし、オールド・ファームでの緊張感が相当な点も同様です。

 ただプレミア・リーグが外資のオーナーが多く、中規模クラブでも財政的にゆとりが多く、スコットランド以上に大型補強が可能な点、つまり残留が優勝の意味合いを持つクラブでも、無視できない戦力を維持している点も確かです。

 代表で同僚だったフランク・ランパードもそうですが、ジェラードも解任された今でも再度指揮官になりたいとは考えているに違いありません。
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機能性と優美さの両立

2022-10-21 12:25:43 | 日記
 2006年に他界した服飾評論家の落合正勝。

 氏は著作を通じて、「優美さと機能性は両立しない」と指摘します。

 僕はブルックス・ブラザースのスーピマコットンを用いたポロボタンダウン・シャツを所有していますが、形態安定加工も同時に施されており、スーピマコットンの持つしなやかさが失われている気がします。

 例えば歴代のエアー・ジョーダンの中でジョーダン8の人気は芳しくありません。

 その背景には

 1・ハラチを採用した(インナーブーツですね)上から、クロスストラップも採用
 2・そのためデザインが過剰となり、重たい印象を与えてしまう

 という点があるようです。

 ミズノのベストセラー・スパイク「モレリア」が「モレリア・ネオ」「モナルシーダ」という派生形と発展形を生み出しながら常に品薄なのは、その機能と優美さが両立しているという、矛盾点を改良しているためではないでしょうか。

 プーマのフユーチャーに代表されるニットアッパーも、モレリアのように優美さと機能性を両立させる素材と言えます。

 僕が選手ならば天然皮革を好むと思いますが、これから欧州は積雪の時期を迎え、本革は水分を含むと重くなり、走りづらいと思います。

 ただニットアッパーはその不具合を解消していますし、やわらかい履き心地が革が味になじむ時間を削除していますし、だからこそ各ブランドはこぞってニットアッパーを採用しているはずです。

 ヨハン・クライフが2016年に他界し、今年はイビチャ・オシムも鬼籍に入りました。

 今、冷静にサッカーを俯瞰できる存在が限られつつありますが、軽装がデイパック通勤、ソロテックスなど機能面を全面に押し出した現在の風潮を、クラシックの泰斗だった先生ならば、どのように見たのだろうかと感じるときがあります。
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