塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

サッカーでも早期発見は有効と言える

2014-08-17 23:35:59 | 日記
 最近後悔している事があります。

 我が家では雌猫を2匹飼っているのですが、一匹の方が全く食事を摂らなくなり、病院で診察してもらうと幾つもの病気が併発しているとの事でした。

 少し前までは病気の素振りが無く、食事も睡眠も問題ないと思っていたので、両親も含めて体の変調に気づいてやれなかったことが、胸のしこりになっているんです。

 サッカーでも、病気が早期に発見できたことで、選手生命ではなく、文字通り

 「命そのもの」

 が助かった例があります。

 インテルが1997年、アヤックスからナイジェリア代表のヌワンコ・カヌを獲得すると決まった際、既に獲得が内定していたチリ代表のサモラーノ、フランス代表のジョルカエフと共に、

 「インテルは前線の補強の成功した」

 と評価されたものです。

 カヌはFWとしてアトランタ五輪で金メダルに輝き、前年には欧州王者として来日し、トヨタカップも制覇しています。

 そのアヤックス時代のメディカル・チェックでは何の問題も指摘されずにいたのに、イタリア上陸後の検査で心臓に疾病があるとわかったのです。

 つまり、この事例により

 「各国によってメディカル・チェックの内容が異なる」

 事も判別したのです。

 カヌは米国で病気療養し、インテルに復帰しますが、インテル時代よりもむしろ移籍したアーセナルでの姿を覚えている方の方が多いでしょう。

 インテルは98年にロナウドを獲得し、その年のUEFAカップで優勝しますが、そのロナウドも度重なる膝の故障で幾度となく戦列を離れます。

 少なくとも、両者が命を落とさずにすんだのは幸いかと思いますが、ふたりを最後まで見捨てなかったモラッティに光があたるのは、マンチーニ体制となる2000年代中期まで、待つ事になるのですが。
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仮にリベロが復活するならば

2014-08-17 00:57:26 | 日記
 ワールドカップ94で準優勝したイタリア。

 右からタソッティ、コスタクルタ、バレージ、マルディーニという4バックの面子は、そのままミランのユニットをサッキが重用し、GKのパリュウカも含めれば、ミラノの2大クラブがイタリアの要として君臨していたのです。

 バレージはリベロと言う形で

 1・ラインの統率によるオフサイド・トラップ
 2・柔軟な攻撃参加

 をしていましたが、4バックにリベロを置くという概念はさほど発展しませんでした。

 やはり4バックの中央は屈強なセンターバックが務めるべきという意見は強かったですし、事実2010年の日本もそうでしたね。

 ジーコ政権における4バックの中央は宮本と中澤が起用されましたが、宮本本来の試合をよむ洞察力とライン・コントロールは活かされないと指摘されました。

 僕は今

 「4バックにおけるリベロ」

 は案外需要があるように感じます。

 それはサイドバックにサイドバックの資質を持つ選手よりも、センターバック経験者、つまりより守備に卓越した選手を配置する事例が増えた点です。

 つまり、中央の守備が強化されるならば、リベロの攻撃参加がより攻撃の厚みをもたらせるため、という見方ができます。

 中央に厚みが増せば、プレスのかかりがより前線kらになり、ディフェンシブ・サードにまで相手が攻め込む前に、攻撃の芽を刈り取る事もできると感じます。

 リベロは多分

 「古臭い」

 概念なのでしょうが、だからこそ新鮮なのではないでしょうか。
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廃れたリベロと言う概念

2014-08-17 00:50:18 | 日記
 リベロが衰退した理由は3バックの現象にあります。

 ユヴェントスからドルトムントに移籍したパウロ・ソウザはその後インテルと契約し、イタリアに舞い戻ります。

 インテル復帰後のインタビューで、

 「ドイツはどこにいっても3-5-2だ」

 という、率直な意見を述べていましたが、リベロというイタリア語を完全な形で具現化したのが、ドイツ代表のベッケンバウアーにザマー、マテウスという面子だったことも影響しているでしょうね。

 1998年ワールドカップ前、ドイツは紛糾していました。

 指揮官ベルティ・フォックツは、最後の最後まで怪我と戦い続けたザマーの招集を念頭にいれていましたが、実現せず、シャルケのオラフ・トーンを指名しますが、逆に

 「トーンの代役」

 を探す羽目になりました。

 そして本大会では結局マテウスに頼るのですが、ブンデスリーガすべてのクラブが、

 「リベロを配置した3-5-2」

 である以上、他の戦術を消化する術が無かったのです。

 今のドイツが4-1-4-1、4-2-3-1という最新鋭の布陣で流動的なポジションチェンジを繰り返しているのを見ると、わずか15年でこれだけの変身を遂げたドイツの凄さがわかります。

 今はイタリアを軸に3バックを配置するクラブが多くなり、スワンジーに敗れましたがユナイテッドも前半を3-4-1-2で戦い、後半を4-2-3-1で戦ったと、専門サイト「ゲキサカ」が報じています。

 過去の戦術を焼き直す形で戦術が発展するのであれば

 「リベロの復権」

 もあるのでしょうか?
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