塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

長野県知事は阿部氏再選。その時思った事

2014-08-10 23:36:34 | 日記
 以前、「池袋ウエストゲートパーク」を題材に、カラーギャングのお話をしました。

 それはサッカーでも同様で、自分が支援するクラブ、イタリアならばミランの赤、インテルの青と言う具合に、纏う色で帰属意識の明確にするというものです。

 つまり、宿敵の色を纏う人間に対して暴力行為が波及するという側面が、サッカーには存在しますし、関係の無い場所でも事件に発展して警察が介入するという事態が起こります。

 今日、長野県は県知事選挙の投票日で、僕も午前中、公民館で投票を行いました。

 当選した現職の阿部知事に僕も一票を投げかけましたが、阿部知事は選挙期間中、オレンジの上着で県内を駆け巡ったんですね。

 僕が松本、塩尻、木曽という南の住人ならば、知事の服装を見て苦笑いしたでしょうし、県知事がパルセイロ・カラーを纏って演説に来ていると感じた方はいるかもしれません。

 先日、松代大本営に関する表記の問題で、加藤長野市長が会見で

 「パルセイロ・ジャージ」

 を纏って臨んだことが、パルセイロ・ファンの間でも話題になりました。

 これは信濃毎日新聞にも掲載されたのでご存知の方も多いでしょうが、市長が政治の場でありながら、スーツではなくレプリカ・ジャージを纏った事について、僕は好印象だったのですが、意見の多くは

 「政治の場なら、スーツ着用の方が良いと思う」

 という形でした。

 県知事にしても市長にしても、今後はより纏う衣装のデザイン、型、色に注意した方が良いと思いますし、サッカーに関して言えば他の競技よりも敏感だと思いますから。
 
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台風にもめげず、パルセイロ対金沢戦は開催される

2014-08-10 23:25:46 | 日記
 悪天候の中、東和田運動公園までパルセイロの応援に出かけた皆さん、本当にお疲れ様でした。

 そして金沢から駆け付けたツエーゲン・ファンの皆さん、そして選手の岐路は無事だったでしょうか?

 横浜の友人に訪ねたところ、横浜でも随分と強風と雨に悩まされたようですから、むしろ長野市、千曲市の風と雨は穏やかだったのかもしれません。

 僕は観戦を辞退し、インターネットで1-2で敗れた事、そして悪天候の中でも3000人の観衆が集まったことを知りました。

 パルセイロ・ファンの中にはここ数試合の終了間際での失点、そして監督采配に不満を持つ方が多いようで、僕も先発の固定化は、もっと柔軟になっても良いと感じます。

 ここで僕が資料を読んだ上での今季を考えてみますと、以下のようになります。

 長所

 1・GKに田中を抜擢し、山雅から移籍した川鍋が戦力になった点
 2・シーズン中の補強として、Ⅴ・ファーレン長崎から山田を獲得し、すぐに先発起用している点
 
 短所
 
 1・GKの諏訪と金、DFの吉田、都並など起用されていない選手が数多く存在する(諏訪は起用されましたが)
 2・FWの高橋、勝又の使い方が中途半端ではないか、いずても途中出場、途中交代が非常に多い
 
 という意見が僕にはあるのですが、どうでしょうか?

 美濃部体制になってから有永が中軸を担えるようになったこと、4バックを3バックの併用など、成長した点は幾つもありますし、サガンやセレッソのような急速な監督交代は無いでしょう。

 ただ、ファンの焦りは

 「J2昇格と南長野に出来る新スタジアムが連動しなければ、観客動員だけでなく、スタジアムの存在意義が問われる」

 という点にあるんですね。

 少なくとも2位を死守して、J2との入れ替え戦には挑みたいというのが、皆の意見でしょうか。
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バッジョとアンチェロッティ、そしてクレスポ

2014-08-10 01:54:07 | 日記
 ボローニャに移籍したのは当時ボローニャがバッジョと個人契約を結ぶディアドラがスポンサーだったこともあるのでしょうか。

 ただ、この都落ちと揶揄されたバッジョの移籍劇は、完全なるバッジョの勝利で終わり、22ゴールを記録したバッジョはチェーザレ・マルディーニ政権で再度アズーリに招集され

 「フランス行きの航空券」

 を手にします。

 もし、あの時カリスト・タンツィ(パルマのオーナー)に迎合し、本当は必要ないにもかかわらずバッジョをアンチェロッティが受け入れていたならば、バッジョの98年ワールドカップは無かったでしょう。

 「バッジョは不要です」

 アンチェロッティが魅せた毅然とした態度は、タンツィには不愉快だったかもしれませんが、彼とバッジョには吉とでました。

 バッジョはロシア代表コリバノフにシャリモフ、スウェーデン代表アンデションという、同僚に恵まれましたし、当時のパルマにかは若き日の

 「エルナン・クレスポ」

 が存在しました。

 パルマにはカンナバーロ、センシーニ、ブッフォンと守備の要が存在し、クレスポの相棒はイタリア代表のエンリコ・キエーザという、今とは異なる資本力に物を言わせた補強ができたのです。

 クレスポは自分を信頼し、起用するアンチェロッティに対し絶大な信頼を見せ、それは彼がチェルシーからミランにレンタル移籍した2004-05シーズンにも見られました。

 一方のバッジョは、指揮官のウリビエリとの相性はさほでも無かったのですが、結果、アンチェロッティが下した決断は、大きな実りをもたらしたという側面があったのです。
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僕が思う、アンチェロッティ最大の功績

2014-08-10 01:44:43 | 日記
 カルロ・アンチェロッティ。

 近い将来イタリア代表を率いるであろうこの指揮官は、ミラン、チェルシー、PSGでリーグ優勝を経験し、多くの有名選手を指揮してきました。

 特筆すべき出来事は、ミランで2回、レアル・マドリードで1回チャンピオンズ・リーグ制覇を成し遂げている事で、この出来事は師匠であるアリゴ・サッキ、そしてミランの先達でもあるファビオ・カペロも

 「脱帽する」

 のでは無いでしょうか?

 カペロはイングランド代表監督と2度のレアル・マドリー時代、サッキはレアルのテクニカル・ディレクターとアトレティコ・マドリー時代と、海外でも経験もありますが。

 ロベルト・マンチーニ、そしてチェサレ・プランデッリと、海外から注目を集める指揮官は他にも存在しますが、アンチェロッティの存在感はイタリアだけでなく欧州でも群を抜いた形と言えます。

 でも、ミランとレアルで欧州王者を勝ち取ったことが、彼のハイライトなのでしょうか?

 2007年、あのトルコでも悪夢を振り払うべく、ベニテス率いるリバプールに立ち向かい、見事勝利し、その年のバロンドールにカカが輝いた事が、アンチェロッティのMVPなのでしょうか?

 皮肉な見方でしょうが、僕が思うアンチェロッティのMVP、それは

 「パルマ時代に全力でロベルト・バッジョの移籍を阻止した」

 事だと思います。

 1997-98シーズン、所属先もミランを解雇されたロベルト・バッジョはパルマに移籍すると見られていました。

 しかし、師匠であるサッキを踏襲していたアンチェロッティは、4-4-2のゾーン・プレスに活路を見出しており、前年には既にジャンフランコ・ゾラを袂を分けていました。

 ゾラですら駄目なのですから、当然バッジョが受け入れられることも無く、バッジョは新天地にボローニャを選択します。
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