goo blog サービス終了のお知らせ 

塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

サッカー・ピンズはギフトに最適?

2012-01-17 23:31:08 | 日記
 僕のスーパーは近隣のスーパーと比較した際、ヴァレンタイン・コーナーが随分充実
している方です。

 老舗ホテル監修のチョコ、本場ベルギーからの輸入品など、その品揃えは多岐に渡って
いて、もちろんラッピングと手作り用の備品も豊富に揃えています。

 世の女性は2月14日、恋人や父親にチョコレート以外にどんな贈り物をするのでしょう
か?

 もし恋人がサッカー好きなら

 「ピンズ」

 を贈るというのはどうでしょう?

 ピンズは基本1000円以下で手に入りますし、ジャケットに簡単に付けられますから
贈られた方も気持ちが楽だと思います。

 と言いますのも、ハンカチや財布では新鮮味がありませんし、ネクタイはブランドの品
を贈れば良いわけではありません。

 男のネクタイは無地、水玉、小紋といった伝統の柄で無いと、「公」の場に締めて行く
事が出来ない為です。

 もし

 「私の贈ったネクタイをどうして締めないの?」

 と疑問に思ったなら、選んだデザインとネクタイの幅が公の場に相応しいものでは無かった
可能性があります。

 ただピンズの購入にも問題点がありまして、

 1・店頭ではなかなか売っていないため、実物を確認できない
 2・通販の場合、送料が本体とほぼ変わらない

 というのがそれです。

 僕もインテルのピンズを通販で幾つか買いましたが、やはり画面で見た印象と異なる物
もありました。

 ですのでもしピンズを贈るならば

 「私はあなたにこれを贈りたい」

 と恋人や父親に最初に告げて、デザインを見てもらってから注文しても遅くはないと思い
ます。

 ピンズは簡単に売り切れる品ではありませんから。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

異端に寛容か、そうでないか

2012-01-17 01:07:15 | 日記
 塩野七生さんが「ローマ人の物語」の中で語っていますが、宗教というものは異教より
も「異端」に対して排斥の意識が強いそうです。

 ローマ帝国はローマ固有の宗教から、やがてキリスト教、言い換えればカトリックの教え
を基準に国家が成立してゆきますが、その中でも

 「アリウス派」
 「ドゥナートゥス派」

 と呼ばれる異端の宗教は、厳しく断じられ隅に追いやられます。

 しかし不思議な事に少数派の彼らは、カトリックに対してそれほどの批判を浴びせては
いません。

 サッカーもこの「異端的」な感覚が抜け切らないでしょうね。

 例えばスコットランドでセルティックとレインジャーズの憎悪に背景には

 「宗教的価値感」

 が挙げられますし、ミランとインテル、ローマとラツィオがそれぞれ

 「ジュゼッペ・メアッツア」
 「ローマ・オリンピコ」

 という同じ本拠地を使用しながらも、全く相成れない存在であるのは、互いが互いを確実
に異端として認識しているからだと思います。

 つまり

 「彼らは間違った教え(間違ったクラブ)を信じている。」

 と捉えているのでしょう。

 日本は多神教の国で一神教に見られる宗教紛争から距離を置いていますが、やがてサッ
カーが暴動を手助けするような形で広まる可能性が、捨てきれないように感じます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

違和感を感じることの大切さ

2012-01-17 00:57:26 | 日記
 昨日僕が銀行に出かけたのは、預金先を変更しようと考えた為です。

 昨日までは普通預金を、山雅と縁のある銀行に預けていたのですが、それをパルセイロ
寄りの銀行に変えたんですね。

 その銀行は昨年

 「長野パルセイロ預金」

 という企画を打ち出し、実際札止めになるほどの支持を得ました。

 パルセイロがJFL2位という好結果を残した為、この定期預金の利率が更に上昇する
旨が窓口に掲示されていました。

 僕もこの時預金を移しなおそうと考えたのですが、実行に移せませんでした。

 何故かと言いますと、自分の周囲から山雅に関する物や緑色の物をどんどん排除してゆ
くと、どこか自分が

 「狂信的」

 なパルセイロファンになってしまうという思いがあったんです。

 「山雅が嫌い」
 「山雅の全てが嫌い」

 この感覚は似ているようで、実は全く異なるものです。

 山雅の全てが嫌いという心情は、クラブだけでなくそこに住む人々や松本市までをも
否定する形になりますし、極論暴力に頼った応援に発展しかねません。

 欧州では特にダービーの際に暴力沙汰が発生しますが、この

 「相成れない存在」

 同士が同じ空間を共有するわけですから、正直無理もないという気がします。

 ですので僕は宿敵の全てを無視するのではなく、多少の違和感を意図的に内包してお
いた方が、

 「予防接種」

 同様、健全な意識を保てると思うのです。

 ちなみに僕は青林檎色のレインコート、リボンベルトを所有していて、一度は売るこ
とも考えましたが、手許に残しておこうと考えます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする