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塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

異端に寛容か、そうでないか

2012-01-17 01:07:15 | 日記
 塩野七生さんが「ローマ人の物語」の中で語っていますが、宗教というものは異教より
も「異端」に対して排斥の意識が強いそうです。

 ローマ帝国はローマ固有の宗教から、やがてキリスト教、言い換えればカトリックの教え
を基準に国家が成立してゆきますが、その中でも

 「アリウス派」
 「ドゥナートゥス派」

 と呼ばれる異端の宗教は、厳しく断じられ隅に追いやられます。

 しかし不思議な事に少数派の彼らは、カトリックに対してそれほどの批判を浴びせては
いません。

 サッカーもこの「異端的」な感覚が抜け切らないでしょうね。

 例えばスコットランドでセルティックとレインジャーズの憎悪に背景には

 「宗教的価値感」

 が挙げられますし、ミランとインテル、ローマとラツィオがそれぞれ

 「ジュゼッペ・メアッツア」
 「ローマ・オリンピコ」

 という同じ本拠地を使用しながらも、全く相成れない存在であるのは、互いが互いを確実
に異端として認識しているからだと思います。

 つまり

 「彼らは間違った教え(間違ったクラブ)を信じている。」

 と捉えているのでしょう。

 日本は多神教の国で一神教に見られる宗教紛争から距離を置いていますが、やがてサッ
カーが暴動を手助けするような形で広まる可能性が、捨てきれないように感じます。
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