風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

W杯惜敗

2010-06-30 23:44:56 | スポーツ・芸能好き
 パラグアイとの決勝トーナメント一回戦は、延長を含む120分の死闘の末、0-0のままPK戦にもつれ込み、日本は惜しくも敗れ去りました。生中継したTBS系の番組平均視聴率は57・3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、TBSとしては実に38年振りにホームドラマ「ありがとう」(1972年12月21日放送の56・3%)を抜いて過去最高を記録したそうです(逆に「ありがとう」が化け物だったとも言えます)。
 ポゼッションこそ日本は42%と、パラグアイの58%をかなり下回りましたが、体力で負ける日本としては作戦の内と言うべきでしょう。前回デンマーク戦あたりから顕著な攻撃の流れは健在で、シュート数では日本の16本に対してパラグアイは18本と、それほど引けを取っていません。何よりW杯4戦で失点僅かに2という守備の安定感はこの試合でも遺憾なく発揮され、世界に十分に通用し得る日本サッカーの潜在力を示し得たと思います。
 そうは言っても、勝敗を分けたPKのボール一個分の差は、その言葉以上に世界の壁の厚さを感じさせもしました。PKを外した駒野一人を責めるつもりは毛頭ありませんが、ある意味でそこに日本のサッカーの実力が象徴されていて、本田のPKと比べれば明らかなように、GKとの駆け引きの点で、もう一歩及ばなかったのだと思います。それは例えて言うならば、技術的に優れた商品(PK)だからと言って売れる(点が入る)とは限らないマーケティングの基本を思い起こさせます。言わばマーケット(GK)との関係性(駆け引き)の差だと形容できるのではないでしょうか。
 いずれにしても、W杯前の強化4試合で9失点と、余り期待されていなかったことを思うと、大健闘だったと言えます。日本チームの団結力を称える声が相次いでいますが、それも日本らしいと思います。夢を与えてくれた日本チームに、今は感謝の気持ちで一杯です。
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あれから一年(下)

2010-06-29 23:43:34 | 日々の生活
 一昨日は、変わらない日本のことを書きました。今日は、ブランクがあった4年間を挟んで、5年以上前と比べて変わりつつあるのではないかと、この一年で私が感じている日本のことを書いてみたいと思います。
 先ず明示的なのが、飲みに行く機会がめっきり減ったことでしょうか(笑)。飲みに行ったところで、二次会や三次会とハシゴすることは先ずありません。こうした傾向は、短期的には、昨今の景気のせいもあるでしょうが、長期的なサラリーマンの行動様式の変化が背景にあるような気がします。
 次に感覚的なものですが、ちょっと違和感を感じるのが、仕事の進め方のスタイルについてで、どうも自らリスクを引き受ける人が少なくなったような気がします。すなわち、責任範囲を明確にし、自分の責任範囲については常に言い訳を用意していて、幹部から質問や糾弾があっても逃げ口上のための証拠を残しておく。あるいは原則論やルール通りに運用し、関係性には頓着しない。極端な言い方ですが、それで良しとするようなところが目に付きます。どうせ仕事しなければならないのであれば、周囲の人たちと楽しくやりたい、仕事を面白くしたい、などという甘い希望は見事に打ち砕かれます。こうした状況は余り一般的とは言えず、私の会社の中の、しかも私の周囲だけに個別特有な現象なのでしょう。そう思いたい。
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山口百恵

2010-06-28 23:18:29 | 日々の生活
 フジの番組で、山口百恵さんの引退30周年特集として、「夜のヒットスタジオ」に出演していた当時の映像が流れていました。引退当時はまだ21歳の若さであったことに、あらためて驚かされるとともに、その年齢に似合わないしっとりと落ち着きのある風情に、二重に驚かされました。当時、アイドルが出始めていた中で、百恵さんは古風な佇まいで異彩を放っていました。そうは言っても、いまどきの21歳、大学三年生は、まだまだ子供の印象です。他人のことは言っていられなくて、私たちだって、30年前の40歳代のおじさん・おばさんたちと比べると、随分若作りしていると見られるであろうことは間違いありません。そうすると、世の中全体が若作りしているということでしょうか。高齢化社会の影響でしょうか。
 それにしても、歌謡界全盛の時代とは言え、百恵さんは良い曲に恵まれたものだと思います。前半は千家和也・都倉俊一のコンビが中心で、後半は阿木燿子・宇崎竜童のコンビに代わり、ちょっと翳のある背伸びした少女(アイドル)から、翳のあるオトナの女性にイメージ・チェンジしたのと重なります。それらは私自身もまだ若い頃に聴いた曲だからこそ、なおのこと懐かしさに満ち溢れています。私たちは、若い頃に聴いた音や映像に、一生、引き摺られるものだと思います。
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あれから一年(上)

2010-06-27 08:15:09 | 日々の生活
 マイケル・ジャクソン一周忌の話題をニュースで見ていると、あれからもう一年になるのかと感慨深い。かれこれ一年前、シドニー滞在最後の夜は、アパートを引き払って、近所のホテルに宿泊し、出発の日の朝、ホテルのレストランのテレビで、マイケル・ジャクソンの訃報に接したのでした。
 この一年で、すっかり日本の生活に馴染み、海外で生活したことは夢のようで、その痕跡がそこかしこに残るのが不思議なほどです。囚人服のようなスーツに身を包み、ネクタイを締める生活が始まり(クールビズの習慣に気が付き、間もなくネクタイを外しましたが)、湿度が高い気候に当惑しましたが、すぐに馴れました(諦めたと言うべきか)。続いて車社会で衰えた身体に情け容赦なく腰痛が襲い、通勤電車で立ちっ放しでも耐えられる体力を取り戻すリハビリを始めなければなりませんでした。駅までの往復で、靴や靴下が磨り減るスピードも格段に速い。狭い家や、窮屈な街のつくりにも、すぐに慣れました(慣らされたと言うべきか)。家にしても街にしても、整理整頓しているかどうかは別にして、狭いところ小さいところにコンパクトに緻密に詰め込む技術は芸術的です。さらに毎日の電車の運行時刻の病的なほどの正確さは奇跡的ですらあります。
 無論、皮肉ではなく本当に良い面も一杯あって、水道の蛇口から安心して水を飲めるし清潔なのが、なんとなくホッとします。駅の立ち食いうどん(蕎麦と言わないところが関西人)ですら美味い。そして日本の社会は、基本的には競争社会ではない、同族意識が根底にあって、油断ならないと警戒心を抱くことも極めて少ない、優しい社会、今なお十分安心して暮らせる社会だと思います。ある意味で、国際社会にあっては大いなる田舎だと言えるのかも知れません。
 最近、読んだ本(「競争と公平感」大竹文雄著)に興味深い統計が出ていました。
 ピュー・グローバルという調査機関が2007年に実施した意識調査で、一つは「貧富の差が生まれたとしても、多くの人は自由な市場でより良くなる」という考え方に賛同するかどうか。インド76%、中国75%は意外でしたが、イタリア73%、韓国・イギリス72%、カナダや福祉で鳴らしたスウェーデンですら71%、アメリカ70%、スペイン67%、ドイツ65%、といったあたりまでは順当で、そこからガクンと落ちてフランス56%、ロシア53%、そして我が日本はロシアよりも低い49%と最低レベルなのです。
 もう一つ、同じ機関による意識調査で、「自立できない非常に貧しい人たちの面倒を見るのは国の責任である」という考え方に賛同するかどうか。スペイン96%、インド・ドイツ92%、イギリス91%、中国90%、韓国87%、ロシア・スウェーデン・イタリア86%、フランス83%、カナダ81%と順当ですが、そこからカクンと落ちてアメリカ70%、そして我が日本は59%と、こちらでも最低レベルだというのです。税と社会保障費負担が世界で最も少ない国二つがしっかりドン尻に並んでいるところは、如何にも納得します。
 勿論、こうした意識調査は、その時々のムードにある程度左右される面もあるでしょう。日本において、格差社会が社会問題化し、小泉改革で進められた規制緩和が悪者にされるキャンペーンがあった時代と符合して(意識が先か、キャンペーンが先か、よく分かりませんが)興味深く思いました。それに対して欧米諸国は、自由競争によって効率性を高めることと、競争の結果生まれる格差や貧困問題は、自由競争を制限することによってではなく、セーフティーネットによる所得再分配によって補正するという、経済学の基本は理解しており信任もあるようです。
 著者の大竹さんは、市場競争も嫌いだが、大きな政府による再分配政策も嫌いだという日本の特徴はどうして生じたのかと疑問を投げかけます。それは、血縁や地縁による助け合いや職場内での協力という日本社会の慣習が、市場経済も国も頼りにしないという考え方を作ってきたのかも知れないという仮説を立てておられます。狭い社会でお互いよく知った者同士、お互いを監視できるような社会でのみ助け合いをして来たのが日本人社会の特徴で、その狭い社会の「外」の人に対する助け合いは行いたくないという感情を持っているのかも知れない、と。
 ここで言う社会は要は伝統的な「ムラ」であり、国は「お上」であり、まさに何百年も続く日本の歴史そのものです。時代のムードの中で、時折、こうした深層心理、あるいはDNAが露わに顔を出すことがあることを、私たちは覚えておかなければならないのかも知れません。
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W杯決勝T進出

2010-06-25 23:59:03 | スポーツ・芸能好き
 普段はJリーグに見向きもしない私ですが、今朝は3時半にいそいそと起き出し、テレビにかじりついていました。そして国を背負って立つサムライ・ブルーの勇姿を見たいだけの野次馬の期待にも、120%応えてくれました。
 これまで、誰か個人の手柄にするのを憚られるほど、固い守りのチームプレーで生き残ってきた日本チームですが、今日は本田の存在感が光り、彼を活かせたことがW杯で初の高得点に繋がったのではないかと思わせます。3得点の全てに彼がからみ、BBC放送をしてロナルドのようだと絶賛せしめたほどでした。最初のFKは、ゴールまで37mと、彼が得意とする頃合いの距離から、頃合いのパワーで放った無回転ボールは、GKを逆方向に誘ったかのように、右に揺れ、更に左にストンと落ちてゴールに突き刺さり、魔球のようでした。続く遠藤のFKでも、本田の影が付きまとい、本田が打つことを想定したような日本チームと相手チームの壁に助けられながら、絶妙なコース・コントロールで見事に追加点をもぎ取りました。後半、2-1の追い上げムードを突き放す3点目は、相手チームのGKとDFを引き寄せながら、冷静に岡崎にパスを繋いで、無人になったゴールに転がすだけのダメ押しを演出した、本田の技ありと言えます。
 今大会は、前回優勝・準優勝のイタリアとフランスが一勝も出来ないまま敗れ去るというハプニングに見舞われ、ヨーロッパ人はブブゼラの騒音に弱いのではないか!?と指摘する向きもありますが、図星かも知れません。なにしろ日本の電車の社内アナウンスや商店街の音楽を苦手とする彼らのことです。それに引き換え、日本人や韓国人をはじめとするアジア人には、腹に響くあの低音は、最初こそ耳障りですが、慣れてしまえばどうってことないどころか、ある種の懐かしさすら感じるのではないでしょうか。
 次は火曜日夜11時とか。熱い夜が続きます。
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ボーナスの季節

2010-06-24 00:00:20 | 時事放談
 先週あたりがボーナス支給日だった企業が多かったのではないでしょうか。嬉しいボーナスのはずですが、我が社は20%カットで、朝からオフィスには同僚のタメ息が漏れていました(苦笑)。80%でも出るだけ幸せだと、発想を変えなければならないのかも知れません。
 私たちの親の世代は、高度成長の真っ只中で、ベースアップや定昇が当たり前の時代でした。しかし私たちの世代は、少なくとも直近の10年を見ると、昇進の機会は格段に減り、手取り所得は殆ど増えていないのではないでしょうか。ひどい時にはボーナス40%カット、この3月までは給与5%カット、そしてそれが元に戻ったと思ったのも束の間、ボーナス20%カットといった具合いです。先日、実家の父に、お前の会社の景気はどうかと聞かれ、聞くだけ野暮だ、いつ潰れても、いつ買収されてもおかしくないと、ぶっきらぼうに答えると、お前は就職するときに、会社は20年もてばいいと言っていたではないかと、たしなめられました。年寄りにしては記憶力が良い。
 私が就職した当時、社員の平均年齢は32歳と若々しく、国際性と先端テクノロジーに特徴付けられて前途洋洋に見え、就職人気では上位にランクされました。それが今では構造不況業種に区分けされ、過去10年間の売上は事業売却などにより横這いで、新入社員は減る一方、在籍する社員は確実に年を取り続ける結果、平均年齢は40歳を越えてしまいました。日本の失われた20年は、日本の企業の生産性が落ちたせいだという有力な学説がありますが、まさにそれを絵に描いたような体たらくです。就職当時、20年もてばいいと思ったのは事実で、必ずしも民間企業に就職するのが本意ではなかった私の覚悟を示したものでしたが、20数年後、まさか日本経済全体が低迷していようとは思ってもみませんでした。
 何はともあれ、これまでのところ、所得が減るのに合せて、消費を絞ってきたのは事実で、それは例えばスーツが随分安く手に入るようになったり、私服もユニクロで安く買い、車は中古の小型車にし、パソコンの買い替えはガマンし、飲み会もめっきる減るといったことで幸いにもバランスして来ただけのことです。個人レベルでは、普通に外食もすれば、たまにはゴルフもして、別に金がないわけでも、必ずしも不自由を感じるわけでもなく、それが今の日本の消費不況の実態ではないかと思います。しかし、それも企業がヤセガマンして、カツカツでも生き延びてやって来たから、辛うじて保たれてきた均衡でしょう。そういう意味で、日本の企業業績の回復が切に望まれます。
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ぺブル・ビーチ

2010-06-22 00:16:17 | スポーツ・芸能好き
 全米オープンが久しぶりにぺブル・ビーチ・ゴルフ・リンクスで開催されました。ニュースは、石川選手の不振ぶりを伝えていましたが、私は美しい海沿いのコースに目を奪われていました。
 かれこれ10年ほど前、5年間のアメリカ滞在で、家族に遠慮しつつ100回ほどコースを回りましたが、その最後を飾ったのが、ぺブル・ビーチでした。パブリック・コースなので、誰でも宿泊すればプレイ出来るのですが、人気があるため、前もって(例えば1年くらい前から)予約しなければならないと言われたものです。当時は、バブルの余韻か、まだ住友銀行か住友不動産がいくらか株式を保有していたので、現地の住友銀行の幹部のツテで、直前でも予約を取ることが出来たのでした。
 18ホールの内の半分(4~10番と、最後の2ホール)は海沿いのコースで、初めての経験でもあり、美しさに息を飲みながら、緊張してつい力が入ります。中でも、唯一砂浜にぶち込んだ10番ホールと、二打目が海越えとなる8番ホールの3番ウッドのナイスショットの感触は、今なお鮮やかに蘇ります。自分では調子は悪くないはずでしたが、気まぐれな海風やグリーンのアンジュレーションに手こずり、スコアはいつもより5打以上悪かったように思います。
 一度はやってみたい。またやってみたい。下手は下手なりに、夢の舞台に立ってみたいと思います。
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W杯大健闘

2010-06-20 11:59:07 | スポーツ・芸能好き
 昨晩のオランダ戦で、日本は善戦しましたが、0-1で惜敗しました。多くの日本人がテレビの前で釘付けになったことでしょう。14日のカメルーン戦の視聴率は、45%前後(関東地区のみ、ビデオリサーチ)だったそうですから、カメルーンに勝って俄然盛り上がった状況で、土曜の夜、しかもゴールデンタイムだった昨晩は、前回大会のオーストラリア戦(49%)を軽く越えたことでしょう。
 前半はオランダにほとんどボールをキープされ、見様によっては、引いて構えていたのが物足りなかった(オランダのファンに言わせれば見るに堪えないほど)とも言えますが、優勝候補を相手によく守り切ったと思います。後半、司令塔スナイダーに1点入れられたのは、豪快なシュートの凄まじさもさることながら、パネルが8枚になった公式球の不規則な動きも加わって、GK川島が言うようにボールをはじくポイントが30センチ手前でずれて、不本意だったでしょうし、不運でした。実際に、終盤にあと2点ほど得点されてもおかしくない際どいシーンがありましたが、守護神と呼ぶに相応しい働きぶりでした。
 攻撃面では、松井のドリブルが素晴らしく、攻撃の起点になり得ましたが、結局、この日はなかなか本田にまで繋がらず、本田の存在感を示せないほど、食い込めなかったのが、今の日本の実力なのでしょう。辛うじて大久保が遠巻きにシュートを繰り返しましたが、もう少しパスを回したら、と言うよりも、高いレベルの相手に対して、シュート出来る時にシュートした、ということだったのかも知れません。ロス・タイムで、闘莉王がゴール前に流し込んだパスを受けた岡崎がシュートを放ったところが最高の見せ場でしたが、惜しくもバーを越えてしまいました。力が入る場面だったとは思いますが、あの場面で右に転がしていたらと、残念。
 点差以上に実力差を見せつけられた試合でしたが、何はともあれ最小失点で戦い抜くことが出来たというのは素晴らしい。これで得失点差により、デンマーク戦を引き分けても決勝リーグ進出が決まります。来週木曜日深夜(金曜日早朝)も、体調を整えて、つい見入ってしまうのでしょうか。
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アズ・ア・タックス・ペイヤー

2010-06-19 16:43:17 | 時事放談
 若かりし頃の(なんて言うと失礼!ですが)高市早苗女史が書いた同名の書籍がありました。アメリカの議員秘書として働いた経験談を纏めたもので、中でも表題にあるように、アメリカ人は「納税者として」政治家に質問したり意見したり厳しく追及するなど、税の使途に対して関心が高い様子が描かれ、いかにも日本とは異なるカルチャーが印象的でした。開高健さんも、かつて従軍記者としてベトナムに滞在された時、ヘリコプターで戦場に乗り込んでくる「納税者」を軍関係者がもてなすのを目撃されています。納税は義務ですが、同時にその使途をチェックするのは権利でもあるわけです。そもそも民主主義では、政治権力は腐敗するという性悪説が根底にあり、監視するのが当たり前だと見なす考え方と、アメリカでは確定申告が基本であり、税に関心を払わざるを得ない事情もあるのでしょう。因みにパソコンが世界に先駆けてアメリカで普及したのも、タイプライターに代わるワープロ機能と家計簿ソフト(確定申告書作成に活用)によると言われたほどです。
 そういう意味で、事業仕分けは、結果こそ当初見込みに達しませんでしたが、非効率が日の目を見た効果は計り知れません。
 さて、そこでなにかと槍玉に挙がる「天下り」ですが、かつて高度成長期の大企業グループに所属していた企業人には、やや懐かしい気持ちで思い出す人もいるかも知れません。
 当時、大企業は、事業拡大とともに人手不足を解消するため、こぞって工場を地方に建設したり、効率化の名のもとにスタッフ部門を分社化するなど、企業グループを成長させました。その中で、若手社員には、現場で腕を振るうため、子会社に出向するときには1ランク上の職位が用意されましたし、定年間近の幹部社員には、その経験とノウハウを生かす第二の職場が用意されるといった、人事政策上の副次効果がありました。それを天下りと同列に論じるのは酷ですが、結果として、民間においても天下りの構造に似た定年間近の企業人の処遇ルートが出来あがっていました。
 そんな企業環境は、ここ20年で、すっかり様相を変えました。事業全体の伸び悩みにより、子会社は却って非効率で事業全体の足を引っ張る存在になり、子会社同士を集約したり場合によっては売却する動きが進展した結果、かつての処遇ルートは影を潜め、子会社役員への道が閉ざされた上、本社に居残っても56才を過ぎると給与が下がるといった事態が当たり前になりました。企業社会には、株主という監視の目が存在すると言われる所以です。一方の公務員の世界では、監視のメカニズムが働きにくく、結果として十年一日の如く、組織行動や体質が変らず、今頃になって事業仕分けという形でメスが入るのは遅きに失しており、かつての自民党政権の不作為の罪は問われるべきです。勿論、企業社会と同じで、公務員の天下りを廃止して第二の職場を用意できないのであれば、給与レベルを多少下げてでも一定期間は本省で雇用し続けるなどの処遇を考える必要がありますが、独立行政法人や公益法人を乱造して無駄な仕事をつくるよりも、よほどまともな、否、本来のカネの使い方だと言うべきです。重要なことは、国民の税金の使い方にあります。
 今朝のニュース解説番組で、竹中平蔵さんが、消費税率10%を言う前に、行政のムダを削る必要がある、優先順位を間違えると必ず失敗すると、警告されていました。消費税率引き上げとともに、投資環境整備の一環で法人税率を先進諸国並みに引き下げることも主張され、それ自体に異論は全くありませんが、背番号制など税の捕捉の問題や、国税と地方税との関係など、そもそも税体系全体を見直す必要があります。政権交代は、政策の比較(ちょっとユニークな政策も出て来ましたが)という形で、政治が身近になった効果がありますが、政治ショーで終わるのではなく、株主が企業を監視するように、「納税者」として行政をもっと監視して行く必要があります。
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菅さんマニフェスト

2010-06-18 23:26:54 | 時事放談
 今朝の日経一面に踊ったのは、「首相、消費税10%に言及」の文字でした。国の信用危機に発展したギリシャとユーロの動揺など外部環境の変化があったものの、同じ民主党の鳩山政権の時には、次の衆院選までの4年間は消費税率5%を据え置くと言い続けて来た頑迷さと比べると、財政再建に舵を切った菅政権は、民主党を大きく転向させたことになります。
 ことは消費税だけではありません。ガソリンなどの暫定税率の廃止断念、後期高齢者医療制度の存続、こども手当ての満額支給断念、高速道路無料化の実施時期を明示しないなど、非現実的と見られて来た政策目標がことごとく修正されたと言う点で、国民としてはやれやれと思うのですが、自民党や第三極と呼ばれる保守系の弱小政党にとって、対立軸が消滅しかねないという意味で、たまったものではありません。政策的にここまで自民党に近づいてしまうと、クリーンさの点、少なくとも反自民の国民感情が払拭出来ていない現状では、参院選における民主党の優位は明らかであり、朝刊一面は、そんな自民党への衝撃の大きさを言外に匂わせます。
 菅さんは、したたかだったと言うべきでしょう。労組などの特定集団の支持を脱して、広く無党派層に軸足を移すかのような政策を打ち出したこと、とりわけ国民に不人気と久しく考えられてきた消費税率引き上げについて、自民党が10%を言い出した途端、堂々と「自民党を参考にして10%」と便乗したタイミングの絶妙さは、憎いばかりです。問題は、どこまで菅さんが本気なのか、相変わらず選挙対策の便法ではないのか、というところでしょう。
 例えば「第三の道」は、元来、イギリスにおいて規制緩和と民営化を柱とする新自由主義政策を進めたサッチャー政権以来の保守党に対抗するため、左派のブレア労働党政権が掲げた政策ビジョンで、菅さんの場合、公共事業中心の「第一の道」(イギリスの場合は「揺りかごから墓場まで」と言われたかつての福祉国家路線)でもなければ、小泉政権のように行き過ぎた市場原理万能の新自由主義に基づく供給サイド寄りの「第二の道」でもない、そのどちらにも与しないという意味で「第三の道」と呼んでいるようですが、環境・介護・福祉サービスなどの分野で新たな需要を生み出し、経済成長の原動力にしようとするアイデアは、そもそも日本で競争力がない分野に、お世辞にも万能とはとても言えない(菅ならぬ)官がからんで来る限り、第二の公共事業に堕しかねない危険を孕みます。三つ子の魂百までと言いますが、菅さんの政界との係わりは、今から36年前、市川房枝さんを参議院選挙に担ぎ出し、選挙事務長を務め、当選させたところにあります。
 来年度の国債発行額は、今年度の44.3兆円が既成事実化し、これを上回らないこととしていますが、小泉政権の時には30兆円が歯止めだったはずです。更に今回のマニフェストには、財源の明示も工程表もありません。あるのは理念だけ。菅さんの正体はもう少し慎重に見極める必要があるように思います。
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