風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

イチロー賛歌

2019-03-26 00:33:23 | スポーツ・芸能好き
 あの引退会見の翌日と言うべきか、会見が始まって間もなく日付が変わっていたので、その日の午後と言うべきか、イチローがシアトルに戻るフライト(NH178便)は、普段は搭乗口58B番ゲートを使うべきところ、(NH835便と入れ替えて)51番ゲートに変更したと報じられた。全日空関係者は「これまでの活躍に敬意を表し、オペレーションに問題のない範囲内で変更した」と説明したらしいが、「シアトル行き51番ゲート」のサインボードは、なかなか粋なハナムケになったと思う。当日、これらフライトに搭乗された乗客の方々も、微笑ましく受け容れたことだろう。
 この週末は、いろいろイチロー特集が組まれたり、足跡を辿る記事があったり、あるいはまた親交のある球界や芸能界の著名人による賛辞が続いたりで、いつまでも興奮冷めやらぬ状況にあった(苦笑)。
 私が最も注目していたのは、日曜朝のTBS「サンデーモーニング」スポーツコーナーで球界のご意見番とも言うべき張本勲さんのコメントだったが、いつもの辛口はすっかり影を潜め、らしからぬ(!?)ねぎらいの慈愛に充ち満ちていた(笑)。「もう言い尽くしているからねえ。ないですよ。とにかくご苦労さん、ありがとう。日本プロ野球界の出身者が一時はアメリカ野球界を引きずり回しましたからね。そういうことを言っても過言じゃないからね」で始まり、「もう至れり尽くせり。もう褒めることばっかり。何か欠点を言えといったらホームランが少ないというだけ。それも持ち味だから。どこを探しても欠点はない。走攻守」と締めて、いつもにはない感慨深げな「あっぱれ」を出されたのが印象的だった。
 ほかにも球界ゆかりの方々のコメントが多数とりあげられた。「どこに投げても打たれる打者。配球が通用しない。敵ながらあっぱれ」(現役時代も捕手として対戦した中日・伊東ヘッドコーチ)、「一つ言うと百わかるような感性の良さを感じさせる選手だった」(オリックス時代に指導したソフトバンク新井2軍打撃コーチ)、「野球界に、華やかさがなくなっちゃう」(2012年にヤンキースでチームメートだったヤクルト五十嵐)、「もう同じような選手は出てこないのは間違いない」(DeNAラミレス監督)といった、これ以上ない褒め言葉から、「私はたまたま93年に首位打者になったが、翌年からイチローが7年連続。タイトルを獲っておいて良かった、と思います」(西武・辻監督)といった受け狙いのぶっちゃけコメントや、「イチローになってみたい、イチローになって一日野球をしてみたいよな」(阪神・矢野監督)など思わず座布団を差し上げたくなるような笑点的破天荒コメントまで、楽しませてもらった。
 海を渡ったアメリカでは、全国紙USA Todayのスポーツ専門サイトFor the winが、事実上の引退試合となった開幕二戦目の名場面ベスト5を選出している。
(1位)「ユウセイ・キクチの涙」――8回の交代シーンで、同僚一人ひとりと抱擁を交わす際、同僚の菊池雄星が号泣した。
(2位)「そしてディー・ゴードンも」――直後、イチローを“師匠”のように慕う後輩内野手も涙した。
(3位)「ケン・グリフィーJr.と抱擁」――8回の交代シーン、マリナーズが生んだ英雄であり元同僚とベンチ内で熱くハグした。
(4位)「球場に轟き渡る喝采」――試合後、グラウンドを去った後に「イチロー」の大コールが球場を包んだ。
(5位)「ウイニングラン」――大コールに応えてグラウンドに姿を現し、場内を一周しファンとの別れを惜しんだ。
 何のことはない、前回ブログで触れた日本テレビ・佐藤義朗アナの“4分間の沈黙”のシーンの数々だ。実は、同じ試合を米国で中継したスポーツ専門局ESPNの実況も、サービス監督が交替を告げて、イチローがベンチに向かって歩き始めると、「これがメジャーのフィールドから去る最後の時になる」と言ったのを最後に言葉が途切れ、その後2分38秒の間、イチローがベンチで一人ひとりと抱擁を交わし終わるまで、沈黙していたらしい。言葉は要らない・・・というドラマチックな演出は、何事も大袈裟で褒め上手が文化のアメリカでは珍しいことではないような気がする。
 そのアメリカのメジャー関係者のコメントで揮っていたのは、マリナーズ入団時の監督だったルー・ピネラ氏で、徹底した準備や圧倒的な走・攻・守の能力を称賛しつつ、「イチローは野球という競技のアンバサダー(大使)だ。ずっとその役割を担ってきた」と語っていた。張本さんは、もっとあけすけに「興業的には大成功」と、やや皮肉を込めてコメントされていたように、コマーシャリズムの国アメリカにありがちなことではあるが、同時にアメリカは実力があれば国籍を問わず率直に敬意を表する国でもあって、今回の興業は、イチローへのリスペクト、日本の野球ファンへのサービスから、イチローをどういう形で見送るのがベストなのか考えた末のものでもあったように思う。なにしろ世界で最も野球好きなのはアメリカと日本だという連帯意識がある。投手では野茂が、野手ではイチローが、その後、続々と日本のトップ選手がアメリカに渡って腕試しする先鞭をつけたという意味で、商業的に嬉しいだけでなく、野球の本家・アメリカにとってこれほど名誉なことはなく、そんな野球で結ばれた特別な関係にある日・米の間のアンバサダー(大使)と呼ぶのは至言だろう。本来、野球ではなくクリケットの国イギリスでも、公共放送BBC電子版ニュースやガーディアン紙でイチロー引退が報道されたのは、本家アメリカを超えるイチローの実力に喝采を送るとともに、ある意味でちょっと羨ましい日米関係をやっかんでいるようにも見える。
 これほど様々なコメントや反応が拾われるのは、ツイッターやインスタグラムが普及した時代ゆえであろう。
 マリナーズの公式インスタグラムには、イチローが試合後のロッカールームで、チームメートに対し引退を報告するシーンと思しき画像が公開された。イチローの背後から、真剣な表情のチームメートを捉えた絶妙のショットで、どんな話をしているのか、晴れがましくも万感の思いが籠る、大写しの背番号51が、何よりも雄弁に物語っているようだった。
 さらに菊池雄星のインスタグラムには、ほろっとした。イチローの現役ラストゲームで奇しくもメジャー・デビューを果たし、4回2/3で降板して初勝利とはならなかったものの、二人にとって運命めいた試合は、彼にとって想い出深い試合になったことだろう。インスタグラムに掲載されたのは、東京ドームの通路を、何やら話しながら歩く背番号51と18の2ショットだった。試合後の会見でイチローへの思いを問われて、ぎゅっと唇を固く結び、涙をこらえるように上を向きながら、1分間の沈黙の末、「幸せな時間でした」「キャンプからこの日まで、イチローさんは『日本でプレーできることはギフト』とおっしゃいましたが、僕にとってはイチローさんとプレーできた時間というのが、最後のギフトでした」と、なかなかナイスな言葉を絞り出したものだったが、インスタグラムにも「イチローさんとプレーした時間は大切な宝物になりました。マウンドから見るライトの景色をずっと忘れません」と再びナイスなコメントを添えていた。
 菊池雄星というピッチャーは、これまで余り気にかけていなかったが、是非、イチローの思いを繋いで、マリナーズで頑張って欲しいと思わせるほどの、座布団二枚の名セリフだった。
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イチロー引退

2019-03-23 00:19:42 | スポーツ・芸能好き
 いよいよ「来るべき時」が来たか・・・という感じだった。もっとも頭では理解していても、いつも良い意味で期待を裏切ってくれたイチローなので、何かあるかも・・・などと、心の中ではショックを、そして覚悟を避けて来たのだった。
 昨晩、共同通信の第一報(19時19分発)に気が付いたのは何時頃だっただろうか。それからはパソコンの前を離れられず、漫然と記事検索しながら、時折り涙をぼろぼろ流し、時節柄の花粉症のせいではない洟をかみながら、日本酒をぐいぐい煽った(深夜に至るまで、50台半ばのジジイが、なんとおぞましい姿・・・)。
 前回ブログでは、たった一本、ギネスに載ったプロ通算安打4367分の1の安打を待望したが、叶わなかった。オープン戦では僅か2安打、凡退するたびに首をかしげ、表情の険しさが増し、最後の24打席はノーヒット、開幕早々の6打席もノーヒット、その現役最後の打席は、かつて母校・愛工大名電の監督に豪語した「センター前ヒットなら、いつでも打てる」はずが、センターに抜けることなく平凡なショート・ゴロに終わった。バット・コントロール巧みな天才イチローにして、本人も打ちたかった後一本を生み出すのに苦しむという、何と皮肉な寂しい結末だろう。否、これも野球の醍醐味じゃないかと、野球の神様は微笑んでおられるかも知れない。
 そもそもイチローがメジャーに渡った当時は、野球の神様がイチローに乗り移り、光臨したかのような印象だった。
 イチローがメジャーに渡る前、1990年代後半は、筋肉増強剤の使用が蔓延ったとされる時代で、本塁打が飛び交う(という意味ではアメリカらしい)大味の野球全盛だった。そこに颯爽と登場したのが、本場メジャーの選手と並べるといかにも華奢で、体力的に大いに不安視された、しかし俊足巧打のスピードと技術で、次々に安打記録を塗り替え、本場アメリカの野球ファンに野球本来の魅力を再認識させることになる、“外来”希少種のイチローだった。
 ところが最近は、データ分析や動作解析の進化により、投手の急速は年々アップし、直球の平均急速は、イチローがメジャーに渡った2001年当時は88.5マイル(約142キロ)だったのに対し、昨季は93.6マイル(約151キロ)に達し、全直球の22%は95マイル(約153キロ)以上を計測したそうだ(このあたり、今朝のスポニチによる)。これに対抗する打者はスウィング・スピードや打球角度を重視して転がすより打ち上げ、より安打の確率を高める「フライボール革命」なるトレンドが生まれ、再び長打力がある打者が評価され、高齢選手は敬遠されるようになったという(同)。イチローが存在価値を見出して来た野球とは、残念ながら真逆のスタイルである。時代を塗り替えたはずのイチローが、再び時代に取り残されたような・・・
 深夜に行われた引退会見は1時間23分に及んだ。
 印象的な場面を問われて、「去年の5月以降、ゲームに出られない状況になったが、それ以降もチームで練習してきた。それがなかったら、今日という日を迎えられなかったと思う。誰にもできないことかもしれない。それはささやかな自分の誇りになった。ほんの少しだけ誇りを持てたかもしれないです」とイチローらしい逆説的なウィットに富んだ答えだった。後悔がないかと問われると「今日のあの球場での出来事、あんなものを見せられたら、後悔などあろうはずがありません」と、日本のファンに素直に感謝した。イチローの、いかにも年齢を重ねた丸みを感じさせる。
 白眉は、現役生活を陰で支えた弓子夫人と愛犬・一弓への感謝の気持ちの表明だった。本拠地での試合前には弓子夫人が握った「お握り」を食べることを明かし、「それが(合計で)2800個くらいなんですね。(夫人は)3000個いきたかったみたいですね。そこは3000個握らせてあげたかった」と、自らの安打数にひっかけて3000という数字を挙げ、引退後は「僕はゆっくりしないと言いましたが、妻にはゆっくりしてもらいたい」と、イチローらしい、ひねったユーモアでくるみながら、奥様の支えに素直に感謝したのだった。そして愛犬・一弓の存在感である。今年で18歳になることを明かし、「さすがにおじいちゃんでフラフラなんですけど、懸命に生きている。その姿を見ていたら俺も頑張らなきゃなあと。まさか僕が現役を終える時まで一緒に過ごせるとは思っていなかった。これは大変感慨深い。妻と一弓には感謝の思いしかないですね」と、家族の支えに、愛情一杯の賛辞を送ったのだった。
 最後に・・・ 昨晩のゲームを実況した日本テレビ・佐藤義朗アナの“4分間の沈黙”に、ネットでは賞賛の声が上がっているらしい。8回、いったん守備に就いたイチローが大歓声の中でダグアウトに戻り始めた時から、佐藤アナは一切、言葉を発しなかったという。その時間にして約4分。イチローが選手やスタッフとハグを交わし、菊池雄星が号泣している間も、画面はその様子だけを伝え、スタンディング・オベーションがようやく終わるや、佐藤アナはおもむろに口を開き、「同じ国に生まれ、同じ時代を生き、この瞬間に立ち会えたことに感謝したいと思います」と、言葉を選んで実況を再開したという。なんとドラマチックなこの言葉、まさに私にしても日本中のファンにしても、思いを同じゅうしていることだろう。以て瞑すべし。
 物理的にはほんの数時間なのに、まさに走馬灯のようにさまざまな思いが行き交い、感覚的には長い、長~い数時間だった。
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イチロー凱旋

2019-03-20 22:38:00 | スポーツ・芸能好き
 マリナーズは今日、登録枠28名を発表し、マイナー契約でキャンプに招待していたイチローと正式に19年目のメジャー契約を結んだ。年俸は昨年と同額の75万ドルだそうだ(8千万円強)。
 そのイチローは今日の開幕戦に「9番・右翼」で先発出場し、昨年5月2日以来の公式戦復帰を果たした。MLB公式サイトによると、45歳149日での開幕スタメンはメジャー歴代7位、野手としては歴代2位、外野手としては最年長だという。3月1日を最後にオープン戦24打席連続無安打、打率・065(31打数2安打)と、不本意なまま臨んだレギュラー・シーズンだったが、第一打席は二飛、第二打席は四球と、今日も快音は響かなかった。
  * * *
 話を、17・18の両日に行われた「2019 MGM MLB 開幕戦プレシーズンゲーム」に戻す。巨人との練習二試合でともに「9番・右翼」で先発出場したイチローは、「大好きな日本でプレーすることで気持ちも変わるし、自分の持てる技術を見せたい」と胸の内を明かしたが、(上述の通り)二試合とも3打数無安打に終わった。
 しかし守備では二試合ともそれなりに見せ場があった。初戦の初回、一死後、坂本勇人のライトへの飛球を背走しながらランニング・キャッチし、最後は右翼フェンスに軽くぶつかりながらボールは離さず、何事もなかったかのようにクールな表情のイチローらしいプレイだった。第二戦では三回、無死二塁で、田中俊太の右飛をキャッチすると、三塁手のヒ―リーにノーバウンドで矢のような送球・・・イチローの代名詞とも言うべきレーザービームで、二塁走者ゲレーロを累上に釘付けにして、スタンドは大歓声に包まれ、敵軍の巨人・原監督も思わず拍手を送るほどの強肩ぶりは健在だった。
 その原監督は「久しぶりに会いましたけど、体形が変わらず、あの年齢の中でも守備力、走力ともに衰えていないところに彼のすごさを感じますね」と感服されていたようだが、ユニフォームで良く分からないが足腰の肉付きがよくないように私には見えた。さすがにちょっと痩せたのではないかと思う。初戦の日曜日はそのイチローをテレビ観戦し、一挙手一投足に思わず涙してしまった(苦笑)。私を含め、東京ドームの観衆も茶の間のファンも、イチローが日本でプレーする姿を見るのはこれが最後、見納めになるかも知れないという思いを多かれ少なかれ抱いていたことだろう。
 それだけに、観衆のイチローへの声援は「ハンパなかった」(と今風に 笑) それを察したのか、イチローも、「まぁでもいい雰囲気でしたよ、球場はね。東京のファンは品があるねぇ。東京のファンは凄い品がある。(10時の開場と同時に多くのファンが来場し)びっくりしましたよね」「まぁでも今日しか来られない人がたくさんいたと思うし、結果出したかったね。でもいい雰囲気。凄くいい感じです。感激しました」と語り、最後に「いい、すごくいい。東京のファン最高」と話を締めくくったという。イチロー・シンパのディー・ゴードンは、大観衆の反応に感銘を受けた様子で、「凄かった! 彼が成し遂げてきたことの全てがあれだけの応援に値するということ。ともにプレーをした選手の中で最も素晴らしい選手の一人」と称え、今季インディアンスから加入したエンカ―ナシオンも、「イチローは楽しんでたね。日本のファンの反応はものすごく印象的だった。信じ難いほど凄かった!」と驚きを隠せなかったようだ。
 インタビューでのイチロー節も健在だった。時差ぼけ対策を聞かれて、「時差は19年でも慣れない。記者からの質問にも慣れず、アメリカ人のいいかげんさにも慣れていない」・・・イチローらしいひねった反応だ(笑) しかし、自分でいつ引退するときだと分かるかと問われて、「いつかは僕にも分からない」と答えつつ、「2012年にトレードされて、その後は毎日その日を懸命に生きてきた。厳しい世界なのでいつチームからそういう通達がくるか分からない日々を過ごしてきた。そして今日ここにいる状態ということ」・・・いつもはビッグ・マウス気味のイチローでも勝負の世界で年齢と戦い続ける本音はそういうものだったのかと、思わずホロリとした。7年ぶりの日本でのプレーを「(自身への)大変大きなギフト。どの一瞬も大切にして、一瞬、一瞬を刻み込みたい」と抱負を語ったのも、覚悟して臨んでいるのを感じて、つい湿っぽくなる。
 昨日のアサ芸プラスにスポーツライター友成那智氏のコメントが出ていた。「昨季は試合前の打撃練習には参加はしていましたが、やはり試合勘は別物、実戦に出続けないと養えない。もちろん不調の原因には、肉体的な衰えもあるでしょう。スイングスピードが遅ければ、当然155キロのスピードボールには対応できません。反応速度や、動体視力も落ちてきている。残念ながら、現時点ではメジャーのレベルに達していないと言わざるを得ません」・・・そんなことは分かっている。日本での興業でスタメン出場もご褒美だと分かっている。それでも、イチローなら奇跡を起こしてくれるかも知れない・・・明日は一本が出ることを期待しつつ・・・。
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韓国は大丈夫か

2019-03-16 13:49:41 | 時事放談
 朝鮮半島は、休戦協定が締結されてから過去65年もの間、北朝鮮をぐるりと取り囲む形で、地続きの中国、ロシア(旧・ソ連)、韓国、海を挟んで米国、日本と、所謂六ヶ国協議を構成する、世界の名だたるxx大国!(xxは超だったり軍事だったり経済だったりする 笑)が、所謂Status Quo(現状維持)、あからさまに手出しすることなく、お互いに睨みあい牽制し合いながら、不思議な安定を保ってきた。ところがここ二~三年内にお坊ちゃんの火遊びによって揺らぎが始まり、この一年弱の間に権威主義のリーダー同士が白々しくも薄気味悪い歩み寄りを見せて、俄かに地殻変動に近い動きが始まったという意味で、その動静は甚だ興味深い反面、毎度のことながら繰り返される蛮行と言うより愚行と言うべきことには、やや辟易するところもある。中でも韓国というプレイヤーの動きが奇妙で、懸念される。
 産経電子版(久保田るり子さんコラム)によると、ハノイ会談から5日後の韓国・国会で康京和外相が、米国が北朝鮮に何を要求したかを「把握できていない」と答弁して、韓国世論を驚かせたそうだ。米国の信用を失いつつあると聞いているが、韓国政府は、この段階でも米国政府から会談の詳細を伝えられていなかったことになる。前回ブログでも触れたように、今月4日に開かれた韓国・国家安全保障会議で、文在寅大統領が関係部局に「南北協力事業を速やかに準備してほしい」と、ハノイ会談の結果を踏まえれば頓珍漢とも思える指令を出したのも、そのせいかと頷ける。今週になって、韓国の外務省と統一省が今年の業務計画報告を発表したらしいが、外務省報告では米朝首脳再会談を「合意には至らなかったが、非核化をめぐり生産的な議論がなされ理解が高まった」「今後の交渉と金正恩委員長のソウル訪問などで、完全な非核化と恒久的平和定着の画期的な進展が期待される」と甘い評価をした上、「米朝の文在寅大統領に対する揺るがぬ信頼を基に主導的役割を担う」と、米朝対話再開に腕まくりする文在寅大統領の見立てには危うさすら漂う。統一省報告に至っては、米朝首脳会談の決裂が反映されず、事前報告をほとんど修正しないまま正式報告としたらしい。
 そんな前のめりの文在寅政権を見かねた最大野党で保守派の「自由韓国党」羅卿●(=王へんに援の旧字体のつくり)(ナ・ギョンウォン)院内代表が、12日の国会演説で、文在寅大統領が金正恩氏の「首席スポークスマン」と呼ばれるような恥ずかしい話は聞きたくない、などと演説して、議場は騒然、周囲ではもみ合いも起きて、大統領府は「国家元首だけでなく朝鮮半島の平和を願う国民への冒涜だ」と強く反発して羅氏に謝罪を要求し、与党「共に民主党」も「国家元首冒涜罪に相当する。国会倫理委員会で審議する」と激怒したという。このあたりは、去年9月、文大統領が国連演説等で、金正恩委員長のことを「若く極めて率直で礼儀正しい」と持ち上げ、「経済発展のために核兵器を放棄すると私は信じている」と発言したことを受けて、米ブルームバーグ通信が皮肉交じりに文大統領を「金委員長を賛美する事実上のスポークスマン」と書いたのが元ネタで(FNNによる)、私もブログに書いたし、当時、多くの韓国メディアも取り上げたので韓国ではよく知られた話のようだ。与党議員に至っては、羅氏を「頭が空っぽ」「ナチスよりも深刻」「民主主義に対する挑戦」などと口を極めて罵倒したという。因みに天皇陛下の謝罪を口走った文喜相・国会議長の容貌を思い出し、羅氏とはどんなイカツイおっさんかと思いきや、野党の実力者ではあるが、元裁判官という経歴や美貌が話題になるほどの、一見かよわき女性である。韓国人は激しいねえ・・・。
 日本は、こうした韓国政界の左・右(進歩派・保守派)対立の煽りを食らっていることにも、前回ブログで触れたが、産経・論説委員の河村直哉氏が、韓国の経済史学者・李栄薫(イ・ヨンフン)氏の著作『大韓民国の物語』(前書きの日付は2007年)を紹介する話が、前回ブログとも符合する。韓国の政治指導者は大韓民国がまっとうに建てられた国ではないと思っているようだ、と李氏は書く、として、以下のように続ける。
 「彼らはいったい何を言おうとしているのでしょうか。その批判の前後をよく聞いてみると以下の通りです。…日本と結託して私腹を肥やした親日勢力がアメリカと結託し国をたてたせいで、民族の正気がかすんだのだ。民族の分断も親日勢力のせいだ。解放後、行き場のない親日勢力がアメリカにすり寄り、民族の分断を煽った、というのです」
 とんだ「とばっちり」だが、なんとなく韓国人らしいと言えばそう言えなくもないし、文在寅大統領が「親日の残滓清算」と連呼するのは、まさにこの文脈にあることが分かる。韓国で左派と言えば民族派なのだ。また、韓国人にとって、約束したことを守るより、正義を守ることが大事だと説く識者がいて、まさに徴用工問題や慰安婦問題はその通りだが、問題は、自分たちに都合のよい、上に引用したような文脈に沿った正義を主張する点だ。これじゃあ国際合意もへったくれもあったものではない(徴用工問題は日韓基本条約の問題そのものだし、慰安婦問題もオバマ大統領の仲介で国際社会も歓迎した国際合意のはずだった)。
 二ヶ月ほど前、日経ビジネス・オンラインの鈴置高史さんの長期連載コラムが終った。その最終回に、韓国の識者から年末に貰ったというメールの内容が引用されていて、今も印象に残る。

(引用)
・この国は激動の真っただ中です。朴槿恵女史は1年9カ月間牢屋に繋がれていますが、文在寅大統領も遠からずして、その後を追うかもしれません。
・ソウル都心は連日、文大統領退陣を叫ぶデモで交通はマヒ寸前です。保守団体は文在寅を金正恩の手先と糾弾し、朴槿恵の弾劾無効と復権を叫んでいます。
・文在寅支持だった民主労組など左派団体まで経済失政をとりあげ反政府の示威行動に走っています。
・金正恩のソウル訪問を歓迎する集会を開く親北団体があり、これに負けじと保守団体も親米パフォーマンスをくり広げる。ソウルはデモ満開です。
・というのに警察は違法なデモを規制せず傍観しています。デモ鎮圧の責任を追及されるのが怖いのです。
・今の状況は約60年前の1960年、李承晩政権が学生デモで倒れ、民主党政権が出現した時に酷似しています。
・デモで政権が転がり込んだ民主党政権は、失政の連続と南北和解を唱える左派の蠢動で混乱に陥りました。結局は朴正熙少将が軍事クーデターを起こし、韓国は開発独裁政権に移行しました。
・現在の状況は当時にそっくりに思えてなりません。しかしクーデターを起せるほどの主体はいまのところ見当たらないのです。
・保守は分裂、左派も利権争いで内輪揉め、軍は骨抜きにされ、マスコミも国民から信用されていません。
・いろいろ書きたいことがありますが、物言えば唇寒し――。これ以上はやめます。新年の韓国は韓流ドラマよりもっと劇的に展開するでしょう。
(引用おわり)

 日本ではまず報道されることがない、韓国の日常が綴られている。韓国は、先進国ヅラしてはいるものの、民主化してまだ30年にしかならない、政治的にはとても成熟したとは言えない国だ。これまで歴代・大統領が政権末期にスキャンダルが露呈して不幸な末路を辿ったのは、まさに左・右(進歩派・保守派)対立で「恨」の罠に陥るからだが、文在寅大統領は就任からわずか1年半余りでスキャンダルが噴出していると言われる(ここでは触れないが、元・在韓国特命全権大使 武藤正敏氏による)。ただ、今後の朝鮮半島情勢を占うに、韓国が米・中いずれに寄るかは、日本の安全保障に直結する話である。いろいろ腹立たしいことが多い隣人だが、だからと言って日本の政府のように突き放したままでは余りよくないのではないかと、朝鮮半島情勢をつらつら考えるにつけ、最近はちょっと考えを改め始めている。
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朝鮮半島の奇妙な安定

2019-03-10 22:06:15 | 時事放談
 米・朝二国のリーダーの性格の故であろうか、実務レベルの協議がよく詰まらないままトップ協議に持ち込み、あるいは今回はトランプ米大統領が会談後に語っていたように一定の「文書は準備が整っており、署名はできた」状況にあって(そこには朝鮮戦争の終戦宣言、制裁の一部緩和、連絡事務所設置などを示唆する文言が含まれていたのではないかと推測されている)、トランプ大統領のこれまでの妥協“的”な性格や米国内でのロシア疑惑を巡る窮状を見た金正恩委員長は突破を試みたのだろうか、土壇場で(会談6日前とも言われる)制裁の全面解除を持ち出したようだ。実際、米・国務省高官によると、トランプ大統領は金正恩委員長に対し「全てやってくれ(注:非核化の意)。そうすれば、私たちもまた全てをやる(注:制裁解除の意)用意がある」と呼びかけていたという。ところが非核化について金正恩委員長が提案したのは、シケたことに特定の“部分”でしかなかった(核開発の主力拠点とはいえ寧辺核施設の廃棄だけ)ことで、物別れに終わってしまった。
 こうして何も決まらなくても、ワシントンでは最近では珍しくコンセンサスに近い賛同を得たというし、日本でも中途半端な妥協に至らなくて胸をなでおろしたようだ。他方、南北交流事業を通して政権浮揚を目指すしか他に手がなさそうな韓国の文在寅大統領には大いに痛手だったことだろう。それは、ここ数ヶ月、さんざん反日を煽っておきながら、肝心の三・一独立運動100周年記念式典での演説で、直接的な日本批判を避けたことからも窺える。
 話は脱線するが、そこで語られたのは、「親日残滓の清算はあまりにも長い間、残されてきた課題」という左翼・進歩派に特有の韓国政界における被害者意識だった。ここで言う「親日」とは、「日本の植民地支配に協力した裏切り者」のことであり、言わば「植民地統治下のエリート層」を指すらしい。そしてそのエリート層は、大東亜戦争が終り朝鮮半島南部に進駐した米・軍政が既存の統治機構を使う間接統治を選択したことで、温存された。日本との国交を正常化し日本の資金を導入して「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を実現したのも、日本の陸軍士官学校を出た朴正煕(創氏改名による日本名:高木正雄)大統領だったし、財閥の多くも植民地時代に創業した企業である。左翼・進歩派の目には、独立を果たしながら親日派(今の保守派の中核)が依然としてうまい汁を吸っていると(僻み以外の何ものでもないが)映るようだ。
 文在寅大統領は政権発足当初からこうした「積弊清算」を最優先課題として掲げてきた。「親日残滓」などと言って清算の対象にしたように、「親日」は(実は日本ではなく)保守派を攻撃するキーワードなのだ。韓国内の政治闘争に日本が利用されるとは甚だ傍迷惑な話だが、これも朝鮮半島の「不幸な歴史」の一コマなのだろうか。
 閑話休題。文在寅大統領は三・一独立運動100周年演説ではそれなりに現実を認識しているように見えたが、今月4日に開催した国家安全保障会議では「米朝両首脳が近く会い、妥結が実現することを期待する」と述べ、「我々の役割も再び重要になった」と仲介役としての再登板に意欲を示したという(産経電子版)。さらに金正恩委員長が廃棄の意思を示した寧辺核施設を「北の核施設の根幹」だとし、「完全に廃棄されれば、非核化は逆戻りできない段階に入る」と高く評価したという(同)から、少なくとも寧辺は“部分”に過ぎないと見做すトランプ大統領とはかなりの温度差があるし、むしろ金正恩委員長に取り込まれてすらいるように見える。こうして、南北融和に前のめりの文在寅大統領は仲介役として米・朝双方をうまくとりなすことが出来ず、ハノイ会談で金正恩委員長を誤解させた可能性が囁かれている。
 こうしてまがりなりにも米・朝協議が続いている間、国連安保理・北朝鮮制裁委員会の専門家パネルによる年次報告の内容がメディアにリークされているところによれば、過去一年、北朝鮮は仮想通貨交換業者へのサイバー攻撃で5億ドル奪ったとか、瀬取りが規模・頻度ともに増加したというし、昨年6月のシンガポール会談以降も核・ミサイル開発を継続し、開発拠点やミサイルの貯蔵所、試験場を民間の非軍事施設に分散させ、軍事攻撃に備えている実態も浮き彫りになったという(昨日付の日経)。国連安保理決議による制裁は効果が出ているからこそ、北朝鮮はこうして非合法手段に訴えてでも生き残りをかけるのだし、並行して非核化協議にも応じたのであり、米国としては虎の子の制裁をそう易々と解除するわけには行かない。他方、北朝鮮の李容浩外相は、昨年8月にイランを訪問した際、「米国が我が国に対する敵意を捨てることはないと分かっており、我々は核技術を保持する」と語ったと報じられており、制裁解除しない米国に信を置くことが出来ない以上は体制保証に欠かせない核をそう易々と放棄するわけには行かない。堂々巡りの議論だ。
 非常事態宣言を発してまでメキシコとの国境の壁にこだわることには些か驚かされたが、それほど真摯に、いや愚直なまでに選挙公約を守ろうとするトランプ大統領である。在韓米軍の撤退をも実現する腹積もりかも知れないことを、私は秘かに恐れている。その場合、当然のことながら北朝鮮の完全な非核化が前提になる。ディールの達人・トランプ大統領は、堂々巡りの議論を解きほぐし、北朝鮮と言わず朝鮮半島の非核化と、制裁解除による北朝鮮の国際社会への復帰を、同時に達成しようとしているのかも知れない。そうなればまさにトランプ・マジックである。米・ソ冷戦時代はヨーロッパが正面だったが、米・中「新」冷戦では北東アジアが正面になり、更に米・朝の交渉次第では、南北朝鮮を分かつ38度線が日本海まで下りてくる。まがりなりにも(奇妙に?)安定を取り戻したかに見えた朝鮮半島情勢であるが、日本人には決してあって欲しくない戦略環境の激変に、果たして心の準備は出来ているのだろうか・・・
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敬愛する元帥様は今どこに

2019-03-04 00:51:47 | 時事放談
 米朝間で非核化に合意できなかったのは残念だったが、中途半端な妥協に至らなくてやれやれという気持ちもあって、前回のようなへそ曲がりなブログになったが(半分は本気 笑)、金正恩委員長の気持ちは(分かりっこないが)如何ばかりかと気遣ってみる。交渉決裂の後、ホテルに戻るときは仏頂面だったと報じられた。しかしその日の朝には次の様な発言が報じられていた。

(引用)昨日に続き、この瞬間もおそらくほとんど全世界が見守っていると思う。歓迎する人々も、我々の会談を懐疑的に見ていた人々も、おそらく我々が向き合って座り素晴らしい時間を送っていることに、まるでファンタジー映画の一場面のように見る人々もいるでしょう。この間我々は多くの努力をしてきたが、ついにそれを示す時が来た。ここハノイで二日間にわたり素晴らしい対話を続けている。予断は持たない。しかし、私の直感では良い結果が出るだろうと信じている。(引用おわり)

 初日のトランプ大統領との歓談を受けて、強がりではなく、俄かに高揚している様子がうかがわれる。実務レベルで合意に至らなかったようなので、トップ同士の交渉に対して必ずしも楽観的ではなかったと思うが、勝算がなかったわけではなく、突破できるとの甘い期待もあっただろう。
 実のところ、以前であればハノイに到着して初めて報じられるはずの金委員長の動静が、平壌を発った瞬間から報じられ、ハノイの宿泊先で開いた作戦会議の場面も報道を許したという(朝鮮日報による)。その間、北朝鮮の国営メディアは、学校で地球儀を見ながら「敬愛する元帥様は今どこにいらっしゃるのですか」と質問する子どもたちの写真を掲載したという(ロイターによる)。それだけに、手ブラで帰国せざるを得ない元帥様の気はさぞ重いことだろう。手土産は、言わずと知れた経済制裁解除(とバラ色の経済成長の青写真)のはずだった。
 ハノイに到着したときには、実に70時間弱もの列車の長旅の疲れもあって、神経質になっている様子が報じられていた。それは自国の古い飛行機では安全が担保されず、さりとてまた中国に恩を着せられるのも癪に障り、しかし結局、中国から与えられた“おさがり”の旧式の列車(ディーゼル機関車)を使わざるを得なかった、つまり自国の力だけでは二度の首脳会談の外遊さえままならない不甲斐なさから来る苛立ちだったのかも知れない。その中国は日本の技術を拝借したとはいえ高速鉄道(という名の新幹線)を誇るに至っている。元帥様が経済制裁解除にこだわった気持ちはよく分かる。
 その元帥様が1月初めに中国を訪問した際、「我々は非核化のために多くの努力をしてきた。しかし、米国はむしろ制裁を強化している」と、米国に対する不満を噴出し、「制裁解除が難しいのなら、米国が我々に何をしてくれるのか疑問だ。米国がもっと進展した姿勢を見せなければならない」とも述べて、「中国が率先して役割を果たしてほしい」と米国への働きかけを要請したのに対し、習近平国家主席は「非核化からしなければならない」と答えたと、北京特派員が朝中首脳会談録の抜粋を入手したという韓国日報(ウェブ版)が報じたらしい。一方で習近平国家主席は、「国際社会の対北朝鮮制裁が緩和される必要がある。中国は非核化措置に伴う役割をしながら、平和協定の議論の過程にも必ず参加する」とも述べたというから、朝鮮半島情勢への関与の並々ならぬ意欲を示しつつ、「非核化から」というのは、米中貿易戦争で押されっ放しの米国に一定の配慮を見せたのかも知れない。
 元帥様は、後ろ盾として利用しようとしていた中国から突き放され、内政で追い込まれて功名心にはやるはずのトランプ大統領からも譲歩を引き出すことが出来ず、苦り切っていることだろう。韓国は諸外国から評判を落としてしまったが、それでもメッセンジャーとして使うほかない。安倍首相は、次は自分の出番・・・などとサインを送ったようだが、以前のように困ったときに日本に近づいてくるのかどうか。核がなければ、国際社会で吹けば飛ぶようなちっぽけな存在でしかないことくらいは、スイス留学して西洋事情に通じた元帥様には痛いほど分かっている。時間が彼に味方するわけではない以上、後戻りも難しい。まさに北朝鮮の子供たちのように問う。「敬愛する元帥様は今どこに」
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米朝首脳会談の不調

2019-03-02 11:59:10 | 時事放談
 ベトナム・ハノイで行われていた鳴物入りの米朝首脳会談は不調に終わったようだ。
 金王朝では失敗は許されないので、国営メディアは、談笑する写真とともに両首脳が「難関を手を取り合って克服すれば、関係を画期的に発展させられるとの確信を表明した」などと、何のための会談だったのかよく分からない言い回しで成功を取り繕ったらしいが、トランプ大統領は率直で、会談自体は「とても良かった」としつつも、「双方とも(合意の)用意ができていなかった」と振り返ったという。
 もう少し詳しく見ると、金正恩委員長が、寧辺の核施設の一部閉鎖と引き換えに、(大量破壊兵器開発計画を直接の標的とする制裁を除き)基本的に国連安保理の経済制裁を“全面”解除するよう要求したのを、トランプ大統領は拒否したようだ。北朝鮮側の言い分では、寧辺の核施設廃棄と引き換えに国連制裁の“一部”を解除するよう“現実的”提案をしたということになるが、いずれにしても安倍首相がノーベル平和賞をエサに、それに値する成果を期待して“ピン止め”したことが、ちょっとは効いているかも知れない(笑)。
 詰まるところ、非核化の考え方の違いで、金王朝の安全保障をどう担保するかという点で、依然、双方の立場に溝があるような気がする。核・化学兵器やミサイルは貧者の兵器と言われ、北朝鮮のような最貧国でも超大国の大統領と交渉できるカードになり得るが、それを取り除いた後に残る北朝鮮の通常兵器システムは、兵士の数こそ多いが旧式で貧相でとても使い物にならないと想像される。なにしろ近代兵器システムはカネがかかるのだ。臆病者(と言っては失礼、慎重な)金王朝としては一気に核放棄に追い込まれないよう、これまで同様、“段階別・同時行動の原則”に従い、お互いに手持ちカードを1枚ずつきりながら歩み寄っていく交渉を望んだのだろうが、過去の失敗に学ぶアメリカ、とりわけ破天荒なトランプ大統領はそれを許さなかった。
 メディアからはトップダウン外交の限界と揶揄される。確かに金正恩委員長はそこに望みを託した可能性があるし(同時進行していたロシア疑惑を追及され、功を焦るかも知れないトランプ大統領の足元を見ていなかったわけはないだろう)、トランプ大統領は、今回こそ多少なりとも実務の積み上げによる常識的な外交交渉の努力をした形跡は見られるが、相変わらず対面で揺さぶりをかける不動産屋の交渉スタイルは崩していない。以下は私の妄想に過ぎないが・・・シリアにミサイルをぶち込み、アフガニスタンに爆弾を落とし、朝鮮半島に二つの空母打撃群を遊弋させて、予測不可能性を装うことで、深窓の令嬢ならぬ深窓の金王朝御曹司をビビらせて、交渉のテーブルに引き摺り出し、最初の交渉では、会合自体をいったんキャンセルして見せて、御曹司に未練があることを世間に晒させ、二度目の交渉では御曹司を「友人」と呼び、北朝鮮の「潜在力はすごい」と持ち上げ、気持ち悪いほどに友好ムードを演出しながら、いざ条件が合わなければ、さっさと交渉の席を蹴って、いずれの交渉でも、なんとなく御曹司に宿題を与えている・・・こうして見ると、「ディールの名手」を自負しながら、北朝鮮側の対応を読み切れなかった悔しさが感じられるとの報道があるが、全て織り込み済みの演技ではなかったかと思う。トランプ大統領を褒めるつもりはさらさらなく、超大国アメリカ大統領としては破格に品がなく、正直なところその一挙手一投足に対して格式ある大統領発言に対する分析と言うより下衆な野次馬根性でしか見ていないのだが(苦笑)、交渉のポジション取りは流石に手慣れたものと思わせ、これまでのところトランプ大統領のペースで進められる「トランプ劇場」は魅せてくれる。
 以前、ブログに書いたように、そして今回も露わになったように、国連安保理決議による北朝鮮制裁は現に効果が出ている。この点が実に重要で、北朝鮮を包囲したまま、じわりじわりと締め上げている限りにおいて、交渉に時間をかけることはトランプ大統領の側に味方する。まあ、そんな悠長なことを言っていると、北朝鮮による瀬取りやサイバー攻撃などの非合法活動が活発化するだけかも知れないが(笑)、米朝関係について、歴代の“普通の”大統領が手を拱いていたのは事実であり、“普通じゃない”トランプ大統領なら何かやってくれそうな仄かな予感があり、見守って行きたい。
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