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風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

トランプ2.0の100日(後篇)

2025-05-11 13:45:04 | 時事放談

 アメリカと言えば、自由・民主主義を奉じる「理念の国」と呼ばれ、それが昂じて、大学時代の恩師は「お節介」な国とも呼んでおられた。確かに、第二次世界大戦後、自ら良かれと思って望まれもしない武力行使をたびたび行い、戦闘には勝ちながら戦争に負けるという失敗を繰り返した。こうして戦争犯罪に手を染めるアメリカをロシアと変わらないではないかと揶揄する人がいるが、ロシア(や中国)の身勝手で見苦しい屁理屈と違って、アメリカにはそれなりに高邁な「理念」なり「大義」があった(イラク戦争では結果としては幻の大義となったが)。ひと皮めくれば、あからさまな「国益」が潜んでいたりもするが、「理念」や「大義」というオブラートに包んで、もっともらしく美しく見せた。ところが、トランプ氏には「理念」や「大義」のカケラもない。国家財政が逼迫して余裕がないせいだろうが、だからと言って弱みは見せず、自分のことは自分でやれと、体よく子供を諭すように、ある意味でまっとうなことを言う。かつての大国・アメリアの鷹揚さや慎みはなく、あからさまな自国優先を押し付ける。まさか、アメリカの大統領の発言をファクト・チェックしなければならないような事態を、誰が想像しただろうか。
 そんなトランプ氏の統治手法のことを「家産制(パトリモニアリズム)」と呼ぶ人がいる。Wikipediaによると「支配階級の長が土地や社会的地位を自らの家産のように扱い、家父長制支配をもって統治する支配形態のこと」だそうだ。COURRiERというウェブ雑誌の記事「『トランプ政治』を恐ろしいほど的確に表す、100年前の社会学者のある言葉」から該当部分を引用する。

(引用はじめ)
 マックス・ヴェーバーは「国家の指導者が自身の正当性をどこから引き出しているのか」、つまり「国家の正当な統治権をいかにして得ているのか」について疑問を抱いた。そして、そうした主張は突き詰めれば二つの選択肢に集約されると考えた。
 一つ目は、合理的な「依法官僚制」である。これは一定の規則と規範にのっとった公的機関によって統治の正当性が与えられるシステムで、大統領、連邦政府職員、応召兵は個人ではなく、合衆国憲法に対して宣誓する。2025年1月20日まで我々が皆、当然だと思っていた米国の統治システムだ。(中略)
 二つ目の根拠の源泉はさらに古い。それはもっと広汎で直感的な「前近代世界における規定の統治形態」であり、「国家は統治者の“家”の拡大版にすぎず、独立した存在ではない」とするものだ。ヴェーバーはこの統治システムを「家産官僚制(家産制)」と呼んだ。統治者は国民の象徴的父親、つまり国家の擬人化にして、国民の保護者であると主張する。トランプ自身、まさにこの古い理念を公言して慄然とさせた。彼は自身をナポレオンにたとえ、Xにこう投稿している。「国を救う者はいかなる法律も犯さない」
 ヴェーバーは当時、家産制は歴史のスクラップ場送りとなり、消滅するだろうと考えた。そのワンマン型統治は、近代国家の特徴である複雑な経済および軍事機構を管理するには、あまりにも未熟で気まぐれだったからだ。
(引用おわり)

 トランプ氏から閣僚に指名されても、常識ある人なら「個人」ではなく「国家」に忠誠を尽くすだろうと、私は高を括っていたのだが、見事に裏切られてしまった(ように見える)。皆、トランプ氏「個人」に忠誠を尽くしている(ように見える)のだ。こうしてトランプ氏の統治手法は(あくまでも統治手法に限っての話だが)19世紀に舞い戻ってしまったかのようだ。そう言えばプーチンの戦争も19世紀に舞い戻ってしまった。人類の歴史は、特に欲の突っ張る政治は、さほど進歩することはないということだろう(東洋史の碩学・内藤湖南は、そもそも歴史は「進歩」などしない、「変容」するだけだと言った)。
 もう一人、世界を牛耳ろうとする中国の習近平氏も大差ない。トランプ氏が保護主義的な関税政策で世界を混乱させるのをよいことに、中国が自由貿易の旗手たらんと振る舞っているが、国家資本主義の中国こそ世界経済を攪乱しているのが実態なのに、実に皮肉な話で、とんだ茶番だ。さらに中・長期的には世界秩序を自らに都合が良いように変えようと目論んでいる。ある中国人留学生は、華夷秩序の正当性を研究する卒論を真面目にモノしたと、ある大学教授が呆れて話しておられた。確かに、お世辞にも戦争には強そうにない中国にとって、圧倒的な国力(がありそうなこと)を背景にした権威による支配は、願ってもないことなのだろう。
 これら三人は、それぞれにノスタルジーとルサンチマンという二つの感情を共通にする。かつて覇を唱えたロシア帝国や中華帝国、あるいは古き良き白人のアメリカを懐かしみ、ロシアや中国は先進諸国に、アメリカは同盟国に、さんざん食い物にされたと、被害妄想に囚われる。そして時計の針を150年から200年も巻き戻そうとする、大国の頂点に君臨するこれら三人の猛獣を、世界は果たして手懐けられるのだろうか。

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トランプ2.0の100日(前篇)

2025-05-04 12:07:16 | 時事放談

 企業や国のリーダーにとって、就任後の最初の100日はハネムーン(蜜月)期間と言われ、お手並み拝見とばかりに厳しくも温かい目で見守られるのはよく知られるところだ。事業や人を知り、目標を定め、行動計画を作成する、その後の1000日の成功を導くための言わば準備期間であり、企業で言えば転職が当たり前の欧米では当たり前の習慣だが、日本にもないわけではない。ある中堅企業に幹部社員として転職した知人によれば、100日レポートと称して、前職企業との違い、現職企業の強みと弱み、課題の抽出と今後の抱負を、会長・社長の前でプレゼンさせられたそうだ。社員の半分を中途採用し、社外取締役も積極的に活用する、オーナー企業だからであろうか、外の声にも積極的に耳を傾けようとする柔軟さが面白い。

 トランプ氏も4月29日に大統領就任100日を迎えた。しかし彼の場合は二度目なので手慣れたもので、周囲を忠誠心ある太鼓持ちで固めたこともあって、さしたる混乱もなく、問題含みの大統領令を矢継ぎ早に発出し、世間の耳目を集めるだけではなく、相互関税をぶち上げるなど、世界中を混乱の渦に巻き込んだ。敵を敵対視するのはともかく、同盟国にも手加減しないマイペースの自国第一主義と、専門家の声に耳を貸さない「常識革命」で、早くも世間の厳しい目に晒されている。関税は大統領ではなく議会の権限なので訴訟が提起されており、予断を許さないのだが、そんなことは歯牙にもかけない猪突猛進ぶり(間違いと判断したらあっさり軌道修正する率直さも含めて)が彼らしさと言えるのだろう(本当は、前回ブログに書いたように、市場の動きや世論を気にしているはずだが)。トランプ劇場第二幕に世界中が翻弄されている。

 第一期(1.0)では閣僚の更迭が相次いで政権のドタバタ振りを晒したが、第二期(2.0)では比較的スムーズで、唯一、マイク・ウォルツ国家安全保障担当大統領補佐官が、100日を過ぎて国連大使に転出することになった。表向きは、3月中旬に起きた民間の通信アプリ「シグナル」に絡む杜撰な情報管理、かつてニクソン大統領が辞任に追い込まれた「ウォーターゲート事件」に因んで「シグナルゲート」と呼ばれる情報漏洩問題だが、ウォルツ氏は「グローバルホーク派」として中国やロシアやイランに対して厳しい姿勢で知られ、和平交渉に後ろ向きの姿勢を崩さないロシアに対して制裁強化の必要性をトランプ氏に訴えられる数少ない人物だったようで、惜しい。斯くしてトランプ氏の「常識革命」は「トランプ流の常識」革命であって、甚だ危うい。

 まあ、こうなることはほぼ分かっていたのに、何故、アメリカ国民は二度にわたってトランプ氏を選んだのか? と、今なお理解に苦しむのは、私たち日本人がアメリカ人のことを実はよく分かっていないせいだろう。少なくとも私は、マサチューセッツ州ボストンとカリフォルニア州サクラメントに5年暮らし、その後も付き合いがあるアメリカ人と言えば、西海岸シリコンバレーの企業人か、ニューヨークあたりの弁護士や会計士で、いずれもブルー・ステイト(民主党系)だったり、所謂(トランプ氏が嫌う)意識高い系(woke)の有識者だったりする。アメリカ中西部で、アメリカを(下手すれば州あるいはカウンティをも)一歩も出たことがなく、世界地図で日本がどこにあるか指差しできず、日本の首相が誰かも知らないようなアメリカ人とは、とんと付き合いがない。バイデン前政権は同盟重視でアメリカ的な理念(たとえば人権や民主主義)を重視し(見ようによっては重視し過ぎ)、安心して(やや退屈に)眺めていられた一方、口先ばかり恰好つけて行動力に劣るところが飽きられていたとは言え、極端に走り過ぎだろうと、ついぼやきたくなるが、後の祭りだ。

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トランプ対市場の反乱

2025-04-22 00:51:47 | 時事放談

 今月2日にトランプ政権が発表した相互関税を受け、日経平均株価は歴代2位のブラックマンデー(1987年10月20日)に次ぐ歴代3位の下げ幅となった。日本だけでなく世界中で株価が下落したが、トランプ氏は、「(株式相場の)下落は望んでいないが、問題を解決するには時に薬を飲む必要がある」と嘯いた。しかし債券市場も急落して、さすがの彼も考え直した(国債利回りの急上昇を見てビビった)ようだ。相互関税を発動する9日の朝、トランプ氏は「落ち着け! すべてはうまく行く」とSNSで米国民に告げたが、その日の午後には、発動したばかりの相互関税の上乗せ部分について、75ヶ国以上が関税や貿易障壁、通貨操作などに関して交渉を持ちかけているとして、(中国を除いて)90日間の一時停止を許可すると発表した。その後、スマホやノートパソコンなどの電子機器の価格高騰が懸念され、相互関税の適用から除外すると発表したかと思えば、1~2か月以内に導入される半導体分野への関税の対象になると前言を翻すなど、混乱の極みである。この関税がアメリカの景気悪化とインフレ再燃を招くとしてドル売りが進むとともに、保護主義的な政策転換が米国への投資の前提を問い直すよう促すとして、ドル離れが進んでいる。同盟すらも敵に回すアメリカは、明らかに国益(ソフトパワー)を毀損している。

 この一連の出来事に見られるのはトランプ氏の典型的な行動パターンだとWSJが揶揄した。まず大胆な行動を取り、その反応を注視し、関係者や同盟国に戸惑いを生じさせた後、方針を転換する・・・。世界経済を破壊することも厭わない、実に大胆かつ強引で、場当たり的である。そういう意味ではアメリカ人のキャラのある極端を行っていると言えるかもしれない。先ずは試してみて、問題があれば修正すればいい、と。そもそもアメリカ人自身が、一度はトランプ氏に懲りたはずなのに、その後のバイデン政権のせいとは言え、懲りずに二度目を選んだのだった。

 それにしても、一人の人間がどこまで市場を、ひいては世界を混乱させられるものか、神様は試しておられるかのようだ(苦笑)。もとより彼の取引における強さの源泉は、あるいは取引カードを持たないとゼレンスキー大統領を批判したように、それでは彼自身が持つ取引カードは何かと言うと、アメリカの経済力や基軸通貨ドルなどの世界一の国力であって、彼自身の能力についてはせいぜい混乱を歯牙にもかけない鈍感さだったり大胆さ(胆力)だったりするに過ぎない。理念や価値観に乏しく、専門家の意見も聞かないようなので、アメリカ大統領という世界一の権力者の立場の言動に、世界中が右往左往させられる。そんな彼でも、市場の反乱には慌てたように、市場の声や、恐らく支持者の声には敏感である。

 日本は幸か不幸か関税交渉のトップランナーとなった。貿易赤字や経済規模の点からも、交渉相手としての与しやすさの点からも、トランプ氏はモデルケースになり得ると踏んでいるのだろう。日本にとって「国難」であるとの認識では、石破首相も最大野党の立憲民主党も珍しく一致している。参議院選までの政局の中で小手先の技術を弄するのではなく、日本国として主張すべきは主張し、かつて1980年代後半の貿易戦争のときのように、外圧を使った改革に繋げるなど、是々非々でしっかり取り組んでもらいたいものだと思う。

 今般の市場の反乱の果てにあるのは不確実性ばかりで、想像もつかない。

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DeepSeekの衝撃

2025-03-08 20:53:47 | 時事放談

 中国のAI開発ベンチャーDeepSeek(深度求索)が米国製に匹敵する性能を持つ生成AIモデルを圧倒的に少ない開発コストで実現したと主張し、アメリカのテクノロジー業界や株式市場に衝撃を与えて久しい。ベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセン氏は、1957年10月4日のスプートニク・ショックになぞらえて、「DeepSeekのR1はAIにとってスプートニク・モーメントだ」と表現したものだ。しかし、アメリカを超えたわけではなさそうだから、むしろ「第二の新幹線」と呼ぶべきではないかと私は思っている。いったん技術が中国に渡ってしまえば、自家薬籠中のものとして、中国内はおろか、中国製「赤いAI」が一帯一路に乗せて世界中に拡散するということだ。

 その衝撃の余り、開発費用の内訳に疑問が呈され、いや性能はそこまで行かないとか、技術の盗用疑惑まで論じられた。ディスティレーション(蒸留)と言って、オープンAIのように、より洗練された強力な従来のAIモデルに、新しいAIモデルからの質問を精査させて、実質的に従来モデルの学習内容を移行させる仕組みで、これを使えば、大規模な投資と膨大な電力を費やして従来のAIモデルが生み出した果実を、それほどの対価なしに新たなモデルが獲得できるらしい。ある業界関係者によれば、AIの分野でこの手法はごく普通の技術だが、オープンAIを含めて近年、アメリカ企業が投入した先端的モデルで定められたサービス利用規約には違反するそうだ。

 そして何より中国共産党のバイアスがかかっており、どうやら個人データが中国共産党に流れることも判明した。R1に中国共産党の性格は?といった政治的な質問を投げかけても答えてくれないそうだ。そもそも同社のR1がトランプ氏の大統領就任日にぶつけて発表されたことが全てを物語る。春節明けの2月17日には、中国の習近平国家主席が主催する民間企業シンポジウムに、アリババのジャック・マー氏、テンセントのポニー・マー氏、BYDの王伝福氏ら大手IT企業の大物社長に混じって、ベンチャー企業DeepSeek社長・梁文锋氏も参加したということは、もはや一点の曇りもない。DeepSeekはアメリカ製AIの技術を安価に真似て、オープンAIが「APIサービス」と「サブスクリプションサービス」を提供するのに対し、DeepSeekは全てのモデルをオープンソース方式で「APIサービス」のほかに「カスタマイズサービス」「コンサルティングサービス」を通して、データの整理や分析などのサービスや、AI技術のトレーニングや認定プログラムを開催して企業や個人に教育サービスを提供し、中国共産党が推進する「AI+産業」政策と連動した教育ビジネスを展開するという、中国企業がAI武装するための、中国共産党お抱えのAIプラットフォーマーということだ。アメリカをはじめとするAIプラットフォーマーだけではなく、全世界の全産業の全企業がこの現実を覚悟しなければならないだろう。これを利用する人は個人情報が抜き取られ、世界中で認知戦が繰り広げられることを覚悟しなければならないだろう。

 創業者の梁文鋒CEOは過去のインタビューで中国企業の課題を赤裸々に語りつつ、AIモデルを「金儲けに使うつもりはない」と言い切っている。さもありなん。

 不動産不況で中国経済はピークアウトし、人口減少で先行きは明るくないと溜飲を下げていてもよいのだろうか。余ったEV在庫でヨーロッパや東南アジアをはじめ世界中の自動車産業を混乱に陥れたように、あくまで愚直に成長を求める中国共産党は、習近平の「新質生産力」の号令一下、EV以外にも全ての産業で世界を混乱に陥れようとしているかもしれない。

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ウクライナの行方

2025-03-01 10:13:04 | 時事放談

 トランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領との会談は不調に終わったようだ。トランプ氏は米国の軍事支援について「もっと感謝すべきだ」と不満を示し、ウクライナは和平交渉の「カード」を持っていないと述べたと伝えられる(読売新聞による)。ディール・メーカーの面目である(が、純粋なディールを外交に持ち込むなんざあ、誰が予想しただろうか 笑)。アメリカと欧州・ウクライナの間の不協和音を聞いていた人は、ある程度予想されたことと冷静に受け止めているだろう。最近のトランプ大統領はすっかりロシア寄りになったかのように報道されているせいだ。だが、ある人は、ロシア寄りなのではない、アメリカ寄りなだけだと言った。ちょっと衒学ぶった迷い言だが、至言だと思う。そこは1ミリたりともブレていないと思う。

 トランプ大統領がロシアの侵略を否定するような不規則発言をし、ゼレンスキー氏がトランプ氏はロシアが支配する「偽の情報空間」に生きていると返すと、トランプ氏はゼレンスキー氏のことを「選挙のない独裁者」呼ばわりして非難した。すっかり独裁者のように振る舞うトランプ氏からそのように呼ばれる筋合いはないと思うが(笑)、憂慮した欧州首脳のマクロン仏大統領やスターマー英首相が相次いでトランプ氏説得のために訪問した後、ゼレンスキー氏のことをまだ「独裁者」だと思っているのか尋ねられたトランプ氏は、「自分がそんなことを言った? 自分がそんなことを言ったとは信じられない」と応じたそうだ(BBCによる)。それで、冒頭の決裂に至るわけだが、相変わらずトランプ氏らしさが炸裂し、メディアを筆頭に私たちは振り回されている(笑)。

 学生時代に、ローマ法の講義を、ローマ法とはなんとマニアックなと思われるかもしれないが、半分以上は比較法にまつわる話だったので、面白がって聴講していた。数十年経ってなお記憶にあるのは、欧米人は100対100から交渉を始めて50対50で妥結するのに対して、日本人は0対0から交渉を始めて50対50で妥結するという比喩だった。本当はもっと緻密な議論だったかもしれないし、経年劣化して単純化されているかもしれないが、伝統的な日本人の奥床しさとして、概ね納得できるのではないかと思う。もっとも今の日本人は変わってしまったかもしれないが、少なくとも欧米人に関しては、その後のサラリーマン人生で欧米人と付き合うときには、忘れずに心の片隅に留めていたものだ。

 トランプ氏の交渉でも、同じことが言えるだろう。本当は50を望みながら、100どころか150とか200をぶちかましているのではないだろうか。そして150とか200がさも望んでいることだと言わんばかりに報道され拡散されている。実際には、本格的な交渉が始まったわけではなく、むしろプーチンを交渉の席に引っ張り出すために甘言を弄しているだけと見るのが妥当だろう。これは、ウクライナのゼレンスキー側に立つバイデン前政権には出来なかったことだ。君子は豹変する。君子とは到底言えないトランプ氏は見境いなく不規則に豹変する。

 そんなトランプ氏の発言の中に真実があるとすれば、これまで同盟国たる西欧諸国や日本がそれぞれ十分な役割(責任の分担)を果たすことなくアメリカが提供する安全保障にすっかり甘えて来たという事実だろう。そしてトランプ政権はウクライナを見捨てるのではなく欧州に応分の負担を求め、自らは中国にフォーカスするのだろう。以前、ブログ「あるリアリストのグランド・ストラテジー」で示されたように、そのために「反覇権連合(anti-hegemonic coalition)」なる同盟関係が必要になる、これは必ずしも「反中連合」である必要はなく、飽くまで「中国の覇権に反対する」意味であって、同盟に参加するのは、自由主義の日本であれ、共産主義のベトナムであれ、東南アジアの中のイスラム教政権であれ、政権の性質に関係がなく、とにかく中国の支配下で生きたくないのであれば、中国が意志を押し付けるのを阻止するべく、協力する、ということだろう。かつてキッシンジャー博士がリアリズムの観点から旧ソ連を包囲するため共産主義の中国と手を結んだように、今、中国を包囲するために権威主義のロシアと手を結ぼう、少なくとも中国とロシアの結託を、それが心から気を許しあったものではないにしても、防ごうとしているのではないかと思う。それは必ずしも1938年のミュンヘン会議でヒットラーに宥和的だったためにその後の増長を招いたというようなものではないだろう。そうだとしても、戦後秩序の基盤として培われて来たリベラリズム、すなわち法の支配や自由を揺るがしかねない危機的な状況であることに変わりはない。

 トランプ1.0の米朝交渉は肩透かしに終わったが、今回の米露交渉は大統領選で一種の公約であるかのように豪語していたものであり、トランプ氏の意欲は十分だ。歴史に残るであろう今後の交渉を興味深く見守りたい。

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トランプ2.0の一ヶ月

2025-02-22 09:42:28 | 時事放談

 トランプ氏がアメリカ大統領に就任してから一ヶ月が過ぎた。想定以上に嵐のように騒々しい日々が続いて、一日としてメディアを賑わせない日はない。あの方は、世間の注目を浴びないと気が済まないようだ。就任前に大統領の公式写真とやらが公表されたとき、「厳しい表情でカメラをにらみつけるような視線を送って」おり、「『屈しない』との印象を打ち出したいものとみられる」と産経新聞は伝えた。まさに何かに憑かれたように、私たちが当たり前と思ってきた常識、既存メディア、既得権益に挑戦し続けている。それは世上に言われる通り、トランプ1.0ではプロフェッショナルな政治家や軍人が要所に配置され、暴走の歯止めになっていたが、トランプ2.0では忠誠心を基準に選ばれた提灯持ちばかりだから、やりたい放題なのだろう。人は立場が変われば、トランプ氏ではなく国家に忠誠を尽くすものだと私は微かに期待していたが、ものの見事に裏切られた(苦笑)。

 昨日の日経によると、大統領選で掲げた公約の5割超に着手し、署名した大統領令(覚書や布告を含む)は100本を超え、第二次大戦後で最多とみられる、という。当初、就任後100日で100本と言われていたように記憶するが、いくら中間選挙までの時間との勝負とは言え、怒涛の勢いだ。もっとも、ほぼ無条件でアメリカ国籍を与えるという、憲法でも保障された出生地主義を大幅に制限しようとするなど、大統領の権限を超えるとして訴えられているものもかなりの数に上るらしいので、どうなるかは見通せない。アメリカの民主制度に期待するしかない。

 さらに公約に掲げていなかったが、これまでの政権の方針を覆すような刺激的なことまでやってのける。パナマ運河を奪還するとか、グリーンランドを買収するとか、パレスチナ自治区ガザを所有して開発するとか、口だけ番長にしても、まるで不動産ビジネスを手掛けるマフィアさながらだ(爆)。とてもアメリカ大統領の威厳も上品もあったものではない。その19世紀的な発想は、ロシアのプーチンのことを批判できなくて、これも世上に言われる通り、マッドマン・セオリーを地で行っているのだろう。どこまで本気なのかと訝るが、本気だと見せることがミソで、周囲が大騒ぎすることで却って現実味を増し効果を発揮するというパラドックスの世界である。そんなバカな・・・と一笑に付すのがトランプ対策としては正解なのだろうが、今のところトランプ氏が望む通りの展開である。

 ウクライナ戦争の仲介に至っては、ゼレンスキー大統領を「選挙なき独裁者」と糾弾し、「迅速に行動しなければ、国は残らないだろう」などと脅して見せた。戦争で苦境に陥るウクライナの足元を見て、軍事支援の見返りに同国のレアアース供給を求め、渋るゼレンスキー氏を脅す構図である。あろうことか国際犯罪者プーチンの主張を代弁するかのような言い草は、正統な近代西洋の価値観を体現したバイデン前政権を思い出すまでもなく、狂気の沙汰である。これも、彼一流のディールで、世間はトランプ氏がプーチンとディールするものと思い込んで、本人もその気でいるのは彼の勇み足で、目立ちたがり屋の悪い癖だが、「仲介」なるものの任に当たる以上、世間(西洋世界)が味方と見做すウクライナともディールする冷厳なる立場にとどまる必要がある。それが出来なかったから、バイデン前政権は仲介の任に当たることが出来なかったし、理念やら価値観(たとえば力による現状変更は許さないとか、ヨーロッパの安全保障のことなど)を理解しそうにない現実的なトランプ氏だからこそ出来るのではないかと思わせる。本来は、トランプ氏本人も誤認しているような「ロシア対アメリカ」のディールではなく、もとより西洋世界が望む「ロシア対ウクライナ+米・欧」でもなく、あくまで「ロシア対ウクライナ」の仲介である。第三者的な立場を守り、当事者双方ともに失うものがあり、痛みを感じて満足しないが、今の状態を続けるよりはマシだと思わせて受け入れさせることが出来るかどうかにかかっているが、プーチンは兵の損耗を気にしない独裁者で、欧米による制裁下で経済が痛もうが中国・イラン・北朝鮮の枢軸から支援を得て、時間は必ずしも味方しないわけではない状況を作り出して、妥協する気配がなく、実際には妥結に至るのは難しそうだ。

 こうして見ると、私たち日本人を含めて、余りに近代西洋的でナイーブであったことに気づかされる。ロシアをG7に復帰させてG8にするなんざあ、正気の沙汰かあ!? と思うが、振り返れば、ナポレオン戦争で混乱したヨーロッパを安定させるため、イギリス・ロシア・オーストリア・プロイセンの四大国が同盟してフランスを包囲する一方、ウィーン会議終了後には、フランスを含む五大国で定期的な外交会議が開催されたという史実がある。所謂バランス(勢力均衡)によるコンサート(協調)で、まがりなりにも一世紀に及ぶ安定した秩序がヨーロッパに形成された。いくら引越し出来ない隣人とは言え戦争犯罪人のロシアを引き入れるのは感情的に認め難いが、それは私たちがリベラルな風潮に慣れ親しみ過ぎたからであろう。トランプ氏の登場は、とかくWOKEとかLGBTQとか移民などの人権や環境の問題で行き過ぎたリベラルな風潮を、多少なりとも現実に揺り戻す動きと言えなくはない。200年の昔、フランスのように宗教的・文化的・歴史的に価値観を共有するヨーロッパ社会の一員だからこそ出来たことが、ロシアという(さらには中国もそうである)やや異質な国を含めた国際秩序を形成することができるのか(現実的ではありつつも理念を捨てることなく、というのは我が儘だろうか・・・)、それとも権威主義対自由民主主義対グローバルサウスと言われる三極の対立しつつ共存する構造が続くのか、私たち自身の真価が問われている。

 救いがあるのは、トランプ氏も人の子、世間(とりわけアメリカ人)の人気や株価を気にするところだ(笑)。調査会社ギャラップによると、支持率47%はトランプ1.0のときの45%を上回るものの、不支持率48%は史上最高だそうだ。願わくは、誰かがこっそりトランプ氏の耳元で、リアル・ポリティークに傾き過ぎるようじゃあ(近代西洋的価値観を体現する)ノーベル平和賞が遠のくぞ・・・な~んて囁かないかなあ(嘆息)。

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日米首脳会談

2025-02-11 12:46:12 | 時事放談

 人たらしの安倍元総理と違って、人付き合いが余り得意そうには見えない石破総理がトランプ大統領と上手く付き合って行けるのか、今風の言い方をすればケミストリーが合うのか、多くの日本国民が固唾を飲んで見守った(と思う)日米首脳会談だったが、トランプ大統領が気持ち悪いくらいに好意的に迎えてくれて、徹底的に予行演習した甲斐もあったのか、「まずまずの滑り出し」(朝日新聞)となったようだ。

 ケミストリーということで言えば、石破さんの最大の武器は、日本人には珍しいプロテスタントで、トランプ氏と同じ長老派に属することだろう(舛添要一さんからの請け売り)。知人の自衛隊の元幹部が石破さんと懇意なので、訪米の際には是非、宗教的行事を演出してはどうかと提案したことがある。アメリカは当然、石破さんの周辺は調べ尽くしてトランプさんにインプットしているだろうから、トランプさんが気持ち悪いくらいに好意を見せたのはそのあたりの事情によるのかもしれない。

 また、米国が仮に日本からの輸入品に対して関税を引き上げた場合に報復措置をとるかどうか尋ねられた石破さんは、「『仮定のご質問にはお答えをいたしかねます』というのが日本の定番の国会答弁でございます」と回答を避け、日本の記者の反応は冷淡だったが、米国の記者はジョークと受け止めて大きな笑いが起たそうだ。トランプ氏も「名答だ。ワオ!彼はよく分かっているね」と石破氏の回答を気に入っていた(毎日新聞)という。用意周到の賜物だろう。

 他方で、椅子のひじ掛けに左ひじを置いたままトランプ大統領の握手に応じて、お行儀がよろしくないと、またしてもケチがついた。確かに、威風堂々の政治家然とした、というのが染みついているのだろう、海外慣れしておらず、洗練されているとは言えない、不器用なほどに勿体を付けた石破さんの立ち居振る舞いは、日本ではともかくとして、海外では(海外の、と言うより中国人民の目を気にする)習近平くらいしか見当たらず、世間の常識から外れているように見える。

 贈り物に、このあたりの性格が表れているように思う。石破さんは地元・鳥取市に本社がある「人形のはなふさ」の兜飾り「亜麻色縅満天金星兜」(16万8千円也)を選んだ。安倍さんが金色のゴルフクラブを贈呈したのとは対照的だ。石破さんには伝統的な政治家らしい格式ばったものを感じるのに対して、安倍さんにはフランクでプラクティカルで、トランプさんのような奇人変人の懐にも飛び込む、ある種の奔放さを感じる。しかし、それは飽くまでスタイルの違いに過ぎない。

 また、かつての宿敵・安倍さんのレガシーに頼ってばかりと揶揄する声や、共同記者会見の後にトランプ大統領が握手もせずに立ち去ったのを不安視する声もあがった。実際に、安倍昭恵さんの電撃訪問には絶大なる効果があっただろうし、天皇陛下の祝電は、国賓として来日した方への当然のご挨拶だったのかもしれないが、やはり共和国にとって皇紀2685年になんなんとする皇室の威光はハンパではないだろう。この際、使えるものは立っている親だろうがなんだろうが使って、日本の力を総動員し、この難局・・・ヨーロッパで軍事大国が仕掛けた戦争が続き、中東で権力の空白が懸念され、東アジアでパワーバランスが崩れつつある・・・を乗り切り、何かと日本の政治家やメディアが異常に気にする日米関係のみならず、地域の、ひいては世界の秩序を守るために、石破総理のご活躍に期待したいと思う。

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トランプ発言の重み

2025-01-11 10:16:19 | 時事放談

 トランプ氏は就任前からトランプ節を炸裂し、現職のバイデン大統領の影をすっかり薄くしてしまった。

 先月21日に(1999年末に全面返還していた)パナマ運河を再び支配下に収めることをあらためて要求し、翌22日には「安全保障と世界の自由のため、米国はグリーンランドの領有と管理が絶対必要だと考えている」とSNSに投稿した。今月7日の記者会見では、パナマ運河とグリーランドを巡り、軍事力や経済的威圧を用いないと確約できるかと問われると、「いずれも保証できない」と返答した。ついでながら別の機会に、カナダは「51番目の州」になるべきと発言し、メキシコ湾の名称を「アメリカ湾」に変更するとの考えも示した。

 ジョン・ボルトン氏は、パナマ運河の通航料の高さやグリーンランドの戦略的重要性について議論するのは真っ当なことだとしつつ、トランプ氏の「放言」のせいでそうした議論の機会が危うくなっていると懸念を示した。確かに、グリーンランド西北部にはピッフィク米宇宙軍基地があるし、気候変動より北極の航行ルートが利用可能になるにつれ、貿易および軍事上、戦略的な重要性が増していると言われる。また、未だ開発がされていないレアアース(希土類)、石油、天然ガス等が豊富にあるとも見られている。しかしトランプ氏の狙いは逆ではないだろうか。

 トランプ氏の「放言」の特徴が、真実の一端を衝きながら(その限りにおいては本気である)相手の譲歩を引き出すところにあるのは衆目の一致するところだ。例えばカナダに圧力をかけるのは関税を巡る交渉の一環だと解説されるのがそれだ。今回、ロシアや中国と同じ穴のムジナとも言うべき領土の拡張主義を露骨に打ち出して周囲を慌てさせ、西側・自由民主主義陣営の盟主にあるまじき「放言」として一斉批判を浴びたが、バイデン大統領の影を薄くするばかりのトランプ氏の念頭には中国の影がチラついていることだろう。これらの要衝を世界に向かって争点化し、予測不可能なトランプ氏が明確に関心を持ち、アメリカが関与する可能性があることを示すことによって、中国と、中国に誘われて呼応しかねない当時国の動きを牽制する効果があるのは間違いない。パナマ運河について言えば、カリブ海側・太平洋側の二つの港の管理に、香港に拠点を置くCKハチソン・ホールディングスの子会社が長年にわたり携わっている点が懸念材料になっていたのは事実なのだ。孫正義氏がトランプ氏を訪ね、アメリカに1000億ドルを投資すると擦り寄ったら、2000億ドル出せないかと反射的に答えるほどにディールが染みついた根っからの商売人である。ボルトン氏の言うようなプロフェッショナルな外交でもなければ、アメリカ大統領にあるまじき品格のなさでもあるのだが、これがトランプ流であろう。

 もしそうだとすれば、トランプ政権一期目に国家安全保障問題担当の高官だったビクトリア・コーツ氏が「米国にとって良いことは世界にとっても良いことだという考え方だ。トランプ氏はある状況で何が米国にとって利益であるかを冷静に見極める」と指摘し、米メディアからは「冗談めかした雰囲気は全くない」「100%真剣だ」との指摘が出て、当事国のパナマやデンマークだけでなくドイツ首相までもが声高に反発するのは、トランプ氏の思うツボだろう。

 他方で、ウクライナ戦争について、「就任後24時間以内」の停戦実現に意欲を示してきたが、7日の記者会見では「6カ月あれば良い。それよりずっと前に解決できることを望む」と説明し、目標をあっさり後退させてしまった。

 芥川龍之介は、「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのはばかばかしい。重大に扱わねば危険である」との名言を残した。トランプ氏の発言も、重大に扱うのはバカバカしいが、重大に扱わねば危険である。そんなトランプ劇場が間もなく幕を開ける。

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韓国擾乱

2024-12-21 10:39:57 | 時事放談

 韓国国会は14日、非常戒厳を宣布した尹錫悦大統領の弾劾訴追案を可決した。尹氏は職務停止され、憲法裁判所が尹氏を罷免するか復職させるか審理することになるようだ。

 忙しない師走に入って、驚かされることが相次いだ。韓国では3日の夜に非常戒厳が宣布され、その僅か6時間後には解除された。まさか戦争か大災害でも起こったのかと訝ったら、さにあらず、尹氏が血迷って、国政を安定的に運用する能力を失ったことを自ら白状するかのような(元検事総長にしては)軽挙妄動で、背後の政治闘争にもっと目を向けてあげた方がよさそうだ。韓国の民主主義が機能したと安堵する声が多いが、そもそも「法」の支配よりも「感情」が支配する国であり、反対デモは(報道によればKポップのコンサートのように)若者たちも多く参加して平和的に行われているようだが、国連貿易開発会議(UNCTAD)が韓国の地位を発展途上国から先進国のグループに変更することを可決してから既に3年が過ぎてなお、検事総長出身の尹氏を錯乱!?させてしまうほどの与野党の確執の異常さには、今更ながら驚かされるとともに、相変わらずやなあ・・・とつい溜息が漏れる。そしてシリアでは8日にアサド政権があっさり崩壊した。権威主義体制とは、こういうものかも知れない。習近平氏の中国や金正恩氏の北朝鮮も、ある日、ぷっつり息絶えるかもしれない。習氏も金氏もさぞビビったことだろう。そして、反体制派を徹底弾圧する強権政治と、不満の芽を徹底除去する監視社会に、益々傾くのだろう。

 韓国の話に戻る。

 非常戒厳を宣布した際、尹大統領は野党「共に民主党」が22件もの弾劾訴追案を発議し、行政府を麻痺させていると非難した。確かに弾劾訴追案は報道されているだけでも、省庁トップ、裁判官、検事、放送通信委員長など多岐にわたるそうだ。とりわけ「共に民主党」は党代表の李在明氏など同党の政治家に対する不正捜査や裁判を妨害し続け、自分たちの意に沿わない司法判断をするからといって裁判官や検事を弾劾までするに至るのは、三権分立を脅かすものだ。また、あらゆる議案に反対する一方、スパイ法(国家保安法)の廃止を含め、従北親中の「共に民主党」に有利な法律を多数通過させようともしているらしい。国家機能を麻痺させているのはむしろ「共に民主党」のように見える。

 おまけに李代表には、飲酒運転や検事詐称事件に始まり、対北朝鮮送金、市長時代の大長洞開発不正など複数の疑惑があり、現在5件の裁判を抱えているそうだ。先月には、公職選挙法違反事件の一審で懲役1年、執行猶予2年の有罪判決を受けており、最高裁判決が来年前半にも出るとみられ、憲法裁判所が尹大統領の罷免を決める前に李代表の有罪が確定すれば、10年間、被選挙権が剥奪され、次の大統領選挙に出馬できなくなるという。そのため李代表は、控訴審の弁護士を選任せず、訴訟に関する通知を受け取ろうともせず、訴訟を遅延させることを狙った行為ではないかと与党議員から批判されている。尹大統領の弾劾が決まって、李代表が「次は一日も早く罷免を」と訴えたのは、早く大統領選挙に持ち込みたい自己都合でもあるようだ。

 他方、大統領夫人(金建希)の株価操作や賄賂授受の疑惑を巡って野党の追及が加速し、国会での多数の力で特別検察官の任命を可決すると、尹大統領が拒否権を行使して止めるというサイクルが三度も繰り返されているそうだ。頑なに夫人を庇う尹大統領の姿勢には与党内からも苦言が呈されているようだが、もとより夫人のスキャンダルは国家を左右するほど大層なものではなく、「叩けば叩くほど政権支持率が下がる」類いの、政争カードの一つに過ぎない。その意味では、尹大統領が与党から辞職するよう働きかけられたのを拒み、弾劾訴追を受けて立つと表明したのも、その方が時間がかかり、その前に李代表の有罪が確定する公算が高まると判断した自己都合と見られる。与党・尹大統領と言い、野党「共に民主党」と言い、同じ穴の狢である。

 韓国内のこうしたドロドロの政争は、国内に閉じてやってもらう分には全く構わないが、外交に、とりわけわが国に影響があるとすれば問題である。実際に一回目の弾劾案の結論には次のような内容が含まれていた。「価値外交という美名のもとで地政学的バランスを度外視し、朝中露を敵対視し、日本中心の奇異な外交政策に固執し、東北アジアにおいて孤立を招き、戦争の危機を触発した」。今回の弾劾騒動は、韓国の民主主義が機能したからではなく、いつもの左右のイデオロギー闘争であった証拠でもある。

 こうして、尹大統領が進めて来た親日・親米路線は、当初懸念されていたように、挫折する。尹大統領自身も、歴代大統領と同様に収監か自殺かというような不幸な末路を辿るのだろうか。

 韓国社会の分断は米国のそれ以上であって、三韓時代に遡り、現代の北(朝鮮)、左、右に繋がる歴史的なものだとすれば、根深い。いや逆に、儒教における「正義」の考え方をバックボーンに、地政学的要衝ゆえの「恨」の文化をもつ国だからこそ、党派性から脱却できず、歴史的・構造的なものとなっているのではないだろうか。この「恨」について、呉善花さんがうまい説明をされていた。「韓国の『恨』は、韓国伝統の独特な情緒です。恨は単なるうらみの情ではなく、達成したいけれども達成できない、自分の内部に生まれるある種の『くやしさ』に発しています。それが具体的な対象をもたないときは、自分に対する『嘆き』として表われ、具体的な対象を持つとそれが『うらみ』として表われ、相手に激しく恨をぶつけることになっていきます」(文春新書『朴槿恵の真実』から)。

 そして、尹大統領が懸念するように、北は南の党派対立を陰で煽っていることだろう。ロシア、中国、イラン、北朝鮮の枢軸が形成されつつあるややこしい時代に、朝鮮半島の南ではコップの中の争いが西側の足並みを乱す、困った国だ。これは韓国人の民度を示すというよりは、他国の影響を受けやすい半島という土地柄のもたらす不幸と言えるのかもしれない。尹大統領が無理をして来ただけに、その反動は如何ほどのものになるのか、私たちには想像もつかないが覚悟しなければならないのだろう。

 朝鮮半島は、日清・日露戦争当時も、朝鮮戦争当時(と言っても現在まで続いているが)も、今も、日本にとって頭痛のタネであり続ける。

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あるリアリストのグランド・ストラテジー

2024-11-19 00:41:30 | 時事放談

 トランプ氏の政権人事が話題だ。2017年に始まる一期目では政界に不慣れだったため、プロフェッショナルで信頼できる人物が閣僚に選ばれて、多少なりともトランプ氏が暴走する歯止めになったし、その分、気に入らないからと首のすげ替えも頻繁に行われたのだが、2025年に始まる二期目ともなるとそうは行きそうにない。誰がどんな人物か、どこにどんな人物がいるか、トランプ氏にも見当がつくので、どうやらトランプ氏のお眼鏡にかなう「忠誠心ファースト」を軸に選考が進んでいるように見受けられる。そのため、早くも人選を危ぶむ声が漏れ伝わる。

 女性初の大統領首席補佐官に起用されるスーザン・ワイルズ氏は、フロリダ州の政治コンサルタントで、ワシントンの政界に必ずしも明るいわけではない。しかし、トランプ氏に対して批判的な言葉遣いをせず、感情を表に出さず、トランプ氏の怒りをそのままに受け入れることができる寛容な人物だと言われており、そのあたりがトランプ氏にとっては居心地良い存在なのかもしれない。

 型破りとされるのは、国防長官に指名されたピート・ヘグセス氏、司法長官に指名されたマット・ゲーツ氏、保健福祉長官に指名されたロバート・ケネディ・ジュニア氏の三人であろう。新・国防長官候補は、元軍人でイラクやアフガニスタンへの従軍経験こそあるが、その後はテレビ司会者やコメンテーターとして活動し、軍や国防の上級職の経験がないため、関係者からは「そもそも誰だ?」との声まであがっているらしい。新・司法長官候補は、共和党選出の下院議員で、未成年との性的関係、薬物使用、収賄疑惑で下院倫理委員会の調査を受けるという、トランプ氏同様の「お尋ね者」である。新・保健福祉長官候補は環境弁護士で、医学や公衆衛生の専門家ではない上に、反ワクチン論者として積極的に発言してきた陰謀論者である。

 と、前置きはさておき、トランプ政権一期目の国防次官補代理で、「国防戦略」を纏める過程で主導的役割を果たしたとされるエルブリッジ・コルビー氏の著作『拒否戦略』(日経新聞出版)を(インタビュアーであり訳者の奥山真司氏によれば)一般読者向けに分かりやすく説明したという『アジア・ファースト』(文春新書)を読んだ。奥山氏は、コルビー氏が戦略論の世界においてバーナード・ブローディやジョージ・ケナンやアンドリュー・クレピネヴィッチやアンドリュー・マーシャルやロバート・ワークと並び歴史に名を残すことになる人物などと最大級の賛辞を寄せ、共和党政権で政権入りし、「拒否戦略」が実行されたり大きな影響を与えることはほぼ確実と予想されている。今のところまだ名前が挙がっていないが、既にトランプ氏の思想に大きく影響を与えているようなので、概要を見てみよう。

 「拒否戦略(Strategy of Denial)」とは、「中国の地域覇権」を拒否することにあり、具体的には、中国政府の覇権拡大の野望を完全に封じ込めるために、アメリカとそのアジアの同盟国は積極的に軍備を拡大し、それによって地域のパワー・バランスを安定させ、結果として中国側の意図を挫くことに集中すべき、というものだ。ちょっと長くなるが、以下に抜粋する。

 

 基本的な理解として、代表的なパワーとはマクロ的に見た経済的な生産性を指し、それは軍事力に転換可能である。そして、人間の意志を強制的に変えさせることが出来る手段は顔に銃を突きつけたときだけであるという意味で、最も効果的な影響力は軍事力である。

 世界をパワーという観点で見たときに経済的生産性が強い場所は、かつては圧倒的にヨーロッパを中心とする北大西洋地域だったが、今は東アジアの沿岸部から東南アジアにかけて下ってインドの周辺部であり、しかも益々その集中度を高めている。

 そこで台頭する大国・中国は当然のように覇権を求める。アジアで地域覇権を確立することは、彼らの安全と繁栄に大きくプラスをもたらすものだからである。端的な例は「マラッカ・ジレンマ」で、中国が経済発展するほどに石油などの原料を輸入する海路としてのマラッカ海峡や南シナ海の重要性が増し、自らのコントロール下に置きたくなる。

 こうして、世界には「主要な戦域」が存在することが分かる。元・外交官であり学者でもあったジョージ・ケナンや、国際政治学者ニコラス・スパイクマンが唱えたように、アメリカの戦略の基盤は、第二次世界大戦のみならず戦後の冷戦期から今日に至るまで「主要な戦域」をベースにしている。そして、冷戦期の「主要な戦域」はヨーロッパであり、そこでソ連や共産主義国による統一を「拒否」することや「コントロールすること」に主眼を置いた。現在はこれと全く同じロジックを中国に対して適用する必要がある。

 ところが、アメリカ政府は既に複数の戦域で軍事的な戦闘を維持することは不可能であることを認めており、潜在的に中国に後れを取り始めている。

 そこで我々には「反覇権連合(anti-hegemonic coalition)」なる同盟関係が必要になる。これは必ずしも「反中連合」である必要はなく、飽くまで「中国の覇権に反対する」意味である。同盟に参加するのは、自由主義の日本であれ、共産主義のベトナムであれ、東南アジアの中のイスラム教政権であれ、政権の性質に関係がなく、とにかく中国の支配下で生きたくないのであれば、中国が意志を押し付けるのを阻止するべく、協力する。アメリカはこのような同盟があれば、自分たちだけでその重荷を背負う必要はない。「反覇権連合」を運営していくということだ。

 ここで重要なのは、「反覇権連合」の目標は中国打倒、すなわち「中国を弱体化させる」、あるいは「中国の体制(レジーム)を転換させる」「中国を国際社会から追い落とす」ことではないということだ。他国を侵略しなければ、中国は「中華民族の偉大な復興」を達成しても構わない。

 アメリカの国益は、中国共産党と生きるか死ぬかのデスマッチをやることではない。共産主義は嫌いだが、アメリカはわざわざ中国と生存競争する必要はない。これは日本にも台湾にも当てはまる。我々は中国から「我々の境界線」や「勢力均衡(balance of power)」を尊重してもらえさえすればいい。

 アメリカという国家の根本的な目的は、他者の利益に配慮しながら、自国の利益を守り、前進させることにある。言い換えると、国家の物理的な面での安全と、自由な政治体制を守り、アメリカの経済面での安全と繁栄を促進すること、それがアメリカの「国益」である。こうした利益追求を行うには、アメリカに有利なバランス・オブ・パワーの状態を維持することが必要であり、その根本には他国が彼らの意志をメリカに押し付けることが出来るほど強大になることは望まない、という考えがある。

 こうして中国を相手にしたゲームのゴールは、彼らの侵略を不可能にするパワー・バランスの構築であり、最終的には「デタント(緊張緩和)」である。但し、「デタント」は軍事的な強さを通じてしか実現できない。「力によるデタント」こそが私が提唱するモデルである。レーガン元・大統領は、経済力や軍事力を強くすることによって、冷戦終結についてゴルバチョフと対話することを可能にした。我々は、中国がソ連のように崩壊することを期待できないし、期待するべきでもなく、また期待する必要もない。しかし「デタント」は可能だ。中国と向き合うときに重要なのは、「中国への優越」ではなく「中国とのバランス」なのだ。

 

 どうだろうか。トランプ氏が、ウクライナ戦争を24時間で終わらせると豪語するのは、ひとえに「アジア・ファースト」(究極は「アメリカ・ファースト」なのだが)、すなわち中国にフォーカスするために他ならないのではないだろうか。

 バイデン大統領の民主主義サミットのように、「理念」を振りかざし、権威主義国とまでは言えない国々をわざわざ分断し置き去りにする必要はない。国家の体制如何に関わらず、ただ中国の覇権に反対し、中国が意志を押し付けてくるのを阻止したい国と地域とで纏まればよいというのは、リアリストの本領であろう。「理念」を掲げて権威主義国のレジーム・チェンジを目指すのは僭越であって、飽くまでパワー・バランスを求めるというのもまたリアリストたる所以である。

 だからと言って、パワーの源をひとえに軍事力ひいては経済力という、いずれにしてもハード・パワーと見なすのは、行き過ぎであろう。パワーが重要であるのは論を俟たないし、日本が、相対的にパワーが低下するアメリカをアジアに引き留め、「反覇権連合」を組むためには、パワーを強化する覚悟が必要だが(余計なお世話だがコルビー氏はGDP比3%必要だと主張)、同時に、理想主義的な「理念」もまた重要、すなわち「ハード・パワー」と「ソフト・パワー」あるいは「理念」のバランスが重要なのであって、ピュアなリアリストを補ってやる必要があるように思う。

 ここに見えるのは、一つのグランド・ストラテジーであって、日本はどのように覚悟し対応するべきか、一つの思考実験として書いてみた。

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