台湾に特別の思い入れがあることは以前にもブログに書いた。その台湾で昨日、統一地方選があり、与党・民進党が惨敗し、蔡英文総統は責任をとって党代表を辞任した。実際には現状をやや下回る程度だったが、前回(2018年)大敗して以来の退潮に歯止めをかけることが出来なかったことになる。
こうなると、つい、中国の所謂“Silent Invasion”を疑ってしまうが、そうでもないらしい。毎日新聞の署名記事(*)によると、民進党は、「地域振興策を訴えると同時に『抗中保台』(中国に抵抗し台湾を守る)を掲げた」が、不発だったようだ。地方選では通常、(総統選と違って)対中政策は争点にならず、「地域の政策や候補者の資質、知名度などが争点となる」など、投票行動が異なるのだそうだ。一か月前の政党支持率調査でも、民進党33.5%、国民党18.6%で、民進党が優勢だったようだ。
台湾と言えば、檳榔(ビンロウ)を噛みタバコのように噛んで吐き出して赤く薄汚れた歩道や、街の屋台が醸し出す独特の油臭さとともに、懐かしく思い出すことどもがある。
今から30年以上も前、戒厳令が解除された当時の台湾にある子会社に何度か出張したことがある。日本に留学したことがあるという現地人従業員と(日本語が通じることもあって)親しくなり、よく飲み歩いた。ある時、会社で輸入通関が止まって往生していると、彼が動いて、問題がささっと解決したことがあった。聞くと、税関に「袖の下」を払ったのだと、ケロリとして言う。またある時、(営業でもない彼が)商談を見つけて来て、会社の売上に貢献したものだから、大いに喜び合ったのだが、裏で「口利き料」を会社に要求していたと噂された。彼は、台中にある銀行の頭取の息子を自称し、後に政治家を志したことからも、恐らく地方の名士の子として育って、当たり前のことをしたまでのことだったのだろう。華西街のレストランで友人を紹介すると言われ、そのままその友人宅に招かれて、その余りの(やや怪しげなまでの)立派さに、どういう人かと後で尋ねたら、ヤクザの親分だと、自らの人脈を誇示するようにしゃあしゃあと言ってのけたこともあった。
彼だけの問題ではない。資材調達部門の永年勤続の従業員は、キックバックを貯め込んで家を建てたとまで噂された。当時は台湾社会の全体にそういう油断ならないイカガワシサ、日本では絶えて久しい「活気」が溢れていた(いや、日本にそういう「活気」がどこまであったか知らないし、中国人社会に独特のものなのかも知れない)。口利き料やキックバックは、消費税のための統一発票という政府公認で政府しか発行できないはずの(ナンバリングされた)請求書が裏で流通し、偽造が横行していたからこそ可能だった。また、当時は日本製のクォーツ時計が全盛で、街の時計屋の奥の部屋では、Citizenのムーブメントを使っていると自慢するブランド時計の海賊版がこっそり、しかし、そこかしこで販売されていた(店先にロゴを外した商品を並べているので、“それ”と分かる)。宮沢りえちゃん写真集の海賊版が、時を置かずして販売されたことには驚かされた。空港の免税店のような、明るい近代的な場所でも、高額紙幣で支払ったところ、本人は気付いていないだろうと、少額紙幣であったかのような釣銭を渡されて、抗議したことがある。夜、タクシーを拾うと、どうせ日本人だから分からないだろうと遠回りされることはザラにあった。こうしたことは、しかし、日本人が憎いからではなく、当時の台湾がまだ貧しかったからであり(さらに言うと、金持ちであろうはずの日本人を騙す、たかるという意味では、アジアに広く見られる対面相場と言えなくもない)、個人が悪いのではなくそういう習慣の社会だったからだ。こうしたイカガワシサを補って余りある魅力が、台湾にはあった。日本もかつてはそうだった血が騒ぐのか、あるいは対照的な発展を遂げたからこそ、発展途上の地にありがちの、明るさの半面に残る怪し気な陰がなんとも憎めなくも、懐かしくもある。
だから、地方選では、一般には経済問題、そして毎日新聞の記事が「国民党は長年にわたり与党の座にあったため地域の有力者との結びつきなどは依然として強く、今回の選挙でもこうした地力を生かして支持を拡大した」と解説するように、人脈に繋がるような好き・嫌いや独特の人格・能力が作用するのだろうと、今なお東京五輪開催に絡む汚職に揺れる日本を見ていても、なんとなく納得するのである(苦笑)。
問題は、2024年1月に予定される総統選であろう。前回の2020年は、中国による香港民主派弾圧への反発から、蔡英文総統が地滑り的勝利を得て再選された。さすがに中国は歴史に学ぶだろう。統一をも睨み、“Silent Invasion”は激しさを増すと思って間違いない。この統一地方選で、中国政府は、「平和と安定を求め、良い暮らしを送りたいという主流の民意を反映している」と歓迎する談話を発表した。確かに大陸中国とは経済的繋がりが強く、安定を求めるのはよく分かるが、次の総統選では自由・民主主義への台湾人の思いも試される。私たち日本人は、アメリカやその他の西側諸国とともに、常に台湾の側に身を置いて、その行方を見守りたい。
(*) 「台湾地方選 与党・民進党、惨敗 蔡英文総統が党主席を引責辞任」(11月26日付)
(似たような題名の27日付記事は有料:https://mainichi.jp/articles/20221127/ddm/012/030/070000c)