中国政府の対外発表は興味深い。
自由な言論空間が確保されない権威主義の中国では、政府発表や国営メディアの提灯記事が全てである。それを受け止める人民は、身の回りの現実との間で齟齬を感じれば、政府への信任に揺らぎが生じ、ひいてはそれが社会不安に繋がりかねないから、政府は慎重に対応せざるを得ない。なにしろ中国を統治する中国共産党の核心的利益の第一は共産党統治を維持することにあるのだから、政府の対外発表は内向けの人民を意識したものにならざるを得ない。中国共産党が最も恐れるのはアメリカではなく、中国人民だと言われる所以である。
4月に日本の外務省がウェブサイトに「中国を渡航先とする修学旅行等を検討される学校関係者の皆様へ」と題するページを掲載した。中国各地で一般市民が襲撃されるなどの重大事件が発生しており、邦人も犠牲になっていることから、中国を渡航先とする修学旅行を検討している学校関係者に対し、外務省海外安全ホームページなどを十分参照の上、「渡航の是非」を判断するよう求めた。そうは言っても、渡航の自粛を求めるものではなく、安全確保や警備強化における外務省の支援、修学旅行出発15日前までの旅行届の提出、「たびレジ」への登録など、一般的な注意喚起を含むものだそうだが、これに中国外務省の報道官が噛みついた。そこまでならともかく、「中国は開放的で寛容で安全な国だ。我々は日本を含む全ての国の人々が中国を旅行し、中国で学び、ビジネスを行い、中国に住むことを歓迎する。中国国民と中国に滞在する外国人の安全を分け隔てなく守るために、引き続き効果的な措置を講じる」と言い募った上、「中国は日本に対し、直ちに誤った慣行を是正し、日中間の人的交流に前向きな雰囲気を作り出すよう強く求める」と、日本に注文まで付けたそうだ(4/25付ニューズウィーク日本版)。とりわけ反スパイ法の施行以来、中国以外のどの国の誰が、この報道官の発言を信じるだろうか。中国外務省の報道官が気にするのは、日本人ではさらさらなく、中国人民の目であろう。
中国が2008年に北京五輪を成功させ、4兆元の経済対策を実施してリーマンショックから世界を救ったと言われ、2010年にGDPで日本を超えて世界第二の経済大国に躍り出て以来、大国たらんと欲し、そのように遇されることを望むのは、「未富先老」(豊かになる前に老いる)社会が現実のものになりつつある中、人民の自尊心をくすぐり、中国共産党の統治を正当化せんがためだ。こうして中国は、益々、自縄自縛に陥り、世界から奇異の目で見られるばかりで、ソフトパワー大国の夢は遠のき、中国の覇権は夢のまた夢となるだけのように見える。
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