風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

トランプ狂走曲

2018-07-27 23:54:34 | 時事放談
 昨日から今日にかけて、トランプ大統領を巡って、ロイターは大忙しだった。
 先ずは、John Lloyd氏が「自由主義世界の敵に回ったトランプ大統領」と題するコラムで、お決まりのトランプ大統領批判である。「米ホワイトハウスのオーバルオフィス(大統領執務室)の主たちは、第2次世界大戦以来、自由主義世界のリーダーとしての責任を担ってきた。だが、トランプ氏にはその役割は無理だし、恐らく彼は、そうなりたいと願ったことも決してないだろう」と説き始める。「ヘルシンキで16日に行われた米ロ首脳会談の後、勝ち誇るプーチン大統領の傍らに立ったトランプ大統領のパフォーマンスは、すべての民主主義者にとって恥知らずなものだった」し、「これに先立って行われた欧州訪問では、西側諸国の指導者たちを侮辱し始め、彼らを『敵』と決めつけた」し、もっと遡って「先月カナダで行われた先進7カ国(G7)首脳会議では共同声明への署名を拒み、カナダのトルドー首相に恥をかかせた」し、「英国訪問時にはメイ首相に対して、欧州連合(EU)離脱に向けた自分のアドバイスを聞かなかったと非難」した、といった辺りはまさにその通りで、トランプ大統領らしいヤンチャ振りだ。
 実際、クリミア併合によってロシアが追い出されてG7となって久しいが、今回、トランプ大統領はロシア復帰によるG8復活を主張して猛反発を食らい、保護主義的な傾向を強める通商政策でも非難の応酬となって、G7は「6対1」の構図などと言われる始末で、憮然と腕組みするトランプ大統領に詰め寄るメルケル首相と、二人の前で困った表情で立ちすくむ安倍首相という、三者三様の写真が話題になった(後に、トランプ大統領は、メルケル首相の手に自らの手を重ね、周囲も笑顔に包まれる写真を投稿して、フェイク・ニュースの間違いだと主張したが、まあ人たらしのトランプ大統領だから、そういう瞬間もあったであろうことは否定しない)。そんなこんなで、相対的に地盤沈下するG7では決められない、しかしG20では纏まらない、その間の何等かの枠組みが必要だと主張する識者の声もあったが、とりあえず価値観を同じくするG7の枠組みの重要性は変わらないように思う。
 閑話休題。ロイター記事に戻ると、「現在、最も重要な問題は、西側諸国がリベラルで民主主義的な価値観をどこまで擁護して、それを提示し続けられるかという点だ」という主張はまさにその通り。しかし「戦後の時期を通じて、何よりもまずリベラルな価値観を守るために選ばれてきた米国大統領その人によって、その価値観の体系が続けさまに攻撃を受けるのを、われわれは目の当たりにしている」と言われると、別にトランプ大統領の肩を持つつもりはないが、歴代アメリカ大統領はそんなに偉かったのか!?と疑義を呈したくなる。私の記憶にある範囲でも、1980年代後半の日米貿易摩擦や、プラザ合意による円切上げや、金融自由化要求などは、日本側の貿易・商慣習に問題なしとしないが、じゃあアメリカはリベラルだったのかというと、それも疑問に思う(今の米中貿易戦争はデジャヴで、所詮は今も昔もアメリカ・ファーストなのだ)。
 別のロイター記事は、BRICS首脳会議で習近平国家主席が「国連やWTOといった国際機関やG7が結束して一国主義や保護主義と戦うべきとの考えを表明した」と、名指しこそしないもののトランプ大統領非難を伝えているのは、言わんとするところは分かるものの、そもそも国連では何も決められないほどの意見の対立を招く元凶となり、またWTOの枠組みに取り込まれながら却ってWTOを機能しなくなるに至らしめた張本人の中国に言われる筋合いのものではない。
 もう一つ別のロイター記事は、EUのユンケル欧州委員長がトランプ大統領との会談で「中国の貿易慣行を巡る対処で米国を後押ししていく意志を明示した」と伝えることには、全く異論はない。
 さらに別のロイター記事では、WTO会合で、米国のWTO大使が「貿易破壊的な中国の経済モデル」と題する文書を提出し、「中国は自由貿易や世界貿易システムの忠実な擁護者と繰り返し表現しているが、実際は保護主義や重商主義が世界で最も強力だ」と指摘し、「通商・投資面で国家が主導する中国の手法に伴う害悪は『もはや受忍できない』と訴え、WTOルールの順守を主張するだけでは不十分との認識」を示し、「法律が国家の道具となり、裁判所は共産党の方針に反応する構造」と批判し、「中国では、経済改革は政府や共産党の経済運営完成や、とりわけ国有企業など政府部門の強化を意味する」と主張したのはもっともなところで、それに対して、中国のWTO大使は「中国政府の企業『制御』主張を補強する証拠を示していない」と居直り、ロイターに寄せた声明では「米国が中国を悪者扱いしようとしている」とし、「自国の手を縛ることを狙ったルールを中国が受け入れるという見方は幻想だ」と指摘し、「中国の産業政策は『ガイダンス』との位置付けで、国有企業はそれぞれ損益に責任を負う自立した市場主体」と説明し、「一部産業の生産能力過剰要因は国家でなく、金融危機後の世界需要縮小に伴うものとの認識」を示したというのは、厚かましいし、言い訳がましい。
 以上4本のトランプ大統領がらみの記事が僅か12時間の間に出ているのは偶然にしても、なんとも賑々しい。ツイッターでこまめに情報発信し、しかもその言葉遣いは私のような純粋日本人にも分かり易い基礎英語で、時折り口汚く罵るのは、およそ世界の権力の頂点に立つアメリカ大統領らしくないのは事実だ。こうしたトランプ大統領の立ち居振る舞いは問題あるにしても、また、貿易赤字を悪と決めつける理解不足もあるにしても、案外、その主張の多くは必ずしも間違っているとは言えないし、2016年の大統領選挙でトランプ旋風が吹き荒れて戸惑っていた私たちに、いやトランプ氏が大統領となって諸悪の「根源」になるのではなく、トランプ氏の登場は飽くまで「結果」に過ぎないと冷静に分析した人がいたことを思い出すべきだろう。私たちは、アメリカのメディアを引用する日本のメディアの影響を受けて、また、私も会話するアメリカ人と言えば弁護士だったり企業エリートだったりするから、知的な上層部に属する人の見方に影響を受けて、トランプ大統領の支持率が下がらないばかりか上がりつつあることには驚いてしまうが、トランプ大統領は、アメリカ人の総意とまではとても言えないまでも、一定の割合を代弁していることは理解しなければならないのだろう。お騒がせだけれども。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

米朝ディールの行方

2018-07-21 13:39:52 | 時事放談
 金正恩朝鮮労働党委員長は、最近訪朝したポンペオ米国務長官にも趙明均・韓国統一相にも会わずに、国内視察を精力的にこなし、思うように動かない現場責任者に怒りをぶちまける姿が報じられている。経済再建に真剣であることを(トランプ大統領をはじめ諸外国に)見せつつ、国内向けには、現場に責任を転嫁し、最高指導者に不満の矛先が向かうのをかわす狙いがあると解説される。洋上では別の船から石油精製品などを移し替えて密輸する「瀬取り」が相変わらず横行している。こうして、ちまちまと技術窃取を繰り返しながらミサイルを飛ばすという、それだけでも身の丈に合わない投資だったが、国際社会に恐喝の餌をばら撒くことによって、桁違いの投資を要する経済再建支援という果実を釣りあげようと、茶番を演じ続ける。
 トランプ大統領は、金正恩委員長からの親書を公開した。しかもツイッター上で、というから、いかにもトランプ大統領らしいハチャメチャ振りだが、鳴り物入りの米朝首脳会談が、フタを開けたら「成果なし」の落胆が広がり、一ヶ月が経過してやっぱり成果なしと見られている米朝交渉への一連の懐疑論を一掃するのが狙いと解説される。
 先日、ある専門家が、トランプ大統領はポジションの取り方が上手い、といったようなコメントをされていて、考えさせられた。いろいろ布石を打って、どう転んでも自らに不利にならないような仕掛けを作っているというのだ。そう言われてみれば、先ずは、アメリカ大統領という世界の権力の頂点に恋焦がれ、振り向いて貰いたくて、核とロケットの開発という危険なイタズラに身をやつす極東の極貧国・北朝鮮王朝の御曹司に対して、あっさりと会談に応じて見せた。トップ同士の対等の会談が成った雄姿を王朝の人民に誇示できた御曹司は有頂天である。しかも会うなり、御曹司を褒めちぎり、(既知のことながら)望みを殆ど丸呑みする形で、共同声明を発表した。さらに「脅し」として機能してきた米韓合同軍事演習を中止するという気前の良い決断をして、もう一段の譲歩も見せた。トランプ大統領は、プーチンといい、習近平といい、権威主義の奇人変人が好みの酔狂者なのかと疑いたくなるほど、実に寛大だ。反トランプのメディアをはじめ、不満が渦巻くのは火を見るより明らかだが、今、ボールを握るのは、御曹司だ。さほど北朝鮮情勢に興味がないトランプ大統領は、余裕で御曹司の次の一手を待っていることだろう。そもそも前大統領のレガシーを全否定するトランプ大統領のことだから、前大統領と同様にやっぱり成果なしという事態に至ることは絶対に避けようとするだろう。今もなおテーブルの上には全ての選択肢が載っている。トランプ流ディールの罠に、金委員長は嵌ってしまったのかも知れない。
 それに引き換え、中国との貿易戦争は、ディールかと思っていたら、本気かも知れない。もとよりその背後には技術開発競争さらには軍事での競争、つまり覇権争いが隠されているからだ。ビジネスの世界においてNO.1企業に戦略はない、あるとすればNO.2企業を潰すことだけだ。政治の世界における対北、対中の今後の動向が注目される。トランプ劇場はなかなか人を飽きさせない。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

西日本豪雨

2018-07-14 21:03:18 | 日々の生活
 夕方の産経電子版によると、今般の西日本豪雨では14府県で死者が209人に達したらしい。共同通信によると、依然として1府4県で35人が安否不明という。
 気象庁が1982年1月以降の各月上/中/下旬の全国総降水量を比較したところ、今月上旬(1~10日)が19万5520ミリで最も多かったと発表した。これまでの最多は1985年6月下旬の18万5915ミリだったというから、実に33年振りとなる。
 今回、これほどの広域被害を惹き起こしたのは、今月5~8日、太平洋高気圧が本州の東にあって、空気の通り道が広がったところに、太平洋や東シナ海から多量の水蒸気を含む空気が次々と西日本に流れ込んで合流する一方、オホーツク海高気圧から冷たい空気が南下し、本州付近に停滞していた梅雨前線の南と北で温度差が開いて、大気の状態が不安定になり、大雨になるという、複合的な要因が重なったためと解説される。連続発生した積乱雲が風に吹かれて連なり、同じ場所に長時間、大雨を降らせる「線状降水帯」も、広島県など一部の地域で形成されたという(このあたり、日経や産経電子版による)。
 こうして見ると、日本列島では水害こそ災いをもたらすことをあらためて実感する。東日本大震災では地震の揺れそのものより津波の被害が甚大だったし、日本の河川はその地形から短くて急流が多いと言われるように川の氾濫もさることながら、山あいの地では川がなくても土石流が民家を押し流した例もあったようだ。IPCCは、地球温暖化が進めば極端な降水量の雨が増えると言い、今回の豪雨の分析にあたる気象庁の担当者は「(同規模水害は)当然あり得る」と認めているように、そして先日の大阪北部地震でも脆弱なインフラは悲鳴をあげたように、私たちはこれまでの想定を見直し、仮にハードなインフラ整備は財政事情ですぐには難しいにしても、ハザードマップの周知徹底や早期非難によって人的被害を最小限にするソフトな対策強化を進めるべきなのだろう。この災害列島にあっては、明日は我が身で、他人事ではあり得ない。
 そんな中、これまでにない取組みで際立った成果も見られた。
 一つは、不明者の氏名を公表した岡山県で、生存情報が続々と寄せられたという。2003年に個人情報保護法が成立して、自治体の条例は、本人の同意なしに個人情報を第三者に提供することを原則禁止しているが、災害時などを想定し、「生命、身体や財産の保護に必要で本人の同意が得るのが困難な場合」や「緊急かつ、やむを得ない必要がある場合」は同意なしでも提供できるとする例外規定がある。岡山県は「公益性の観点から不明者を特定して捜索に役立てるため」、11日から氏名公表に踏み切ったところ、家族や同僚から生存情報が寄せられたほか、報道を見た不明者本人からも申告があって、約30人の生存が確認され、不明者の特定作業が大幅に進んだという。非常時の個人情報保護のあり方が問われる。
 もう一つは、Googleマップの「マイマップ」機能を活用した道路通行止め情報を公開した東広島市で、ネット上で称賛の声が上がったらしい。当初、PDFファイルで情報を公開していたが、実際の通行止め地点が明確に分からず不評だったことから、Googleマップを活用したことで、「ユーザーの持つデバイスの画面解像度に自動で合わせて表示できる」「拡大縮小がしやすい」「現在地表示やナビ機能と連携できる」「管理者が情報を更新しやすい」と言ったメリットのほか、文字情報も付加された情報を共有することで「目が見えない人が(デバイス側の)読み上げ機能を使える」と評価されている。
 実は、一週間ほど前、岡山の美作大・同短期大学部(津山市北園町)で、「学生らが浴衣姿で登校し、講義を受ける『浴衣登校』が行われ、キャンパスは華やかな雰囲気に包まれた」(産経電子版6日付)という記事を見つけて、ブログで紹介しようと思っていた矢先、まさにその記事が出た夜に豪雨が酷くなり、ブログ掲載を控えたのだった。「浴衣登校」は1993年、「学生有志が七夕に合わせて浴衣姿で登校したのを発端に広がり、今では大半の学生が浴衣姿になって楽しむ恒例の行事となった」(同)のだそうで、なんとも風雅でよいではないか。当日は「あいにくの雨の中、学生らは足元を気にしながら色とりどりの浴衣や甚平姿で登校」(同)したというが、皆無事だったろうか。彼ら・彼女らを含め、今回の豪雨で被害に遭われた方々が(やや紋切型の言い回しになるが)一日も早く普段の生活に戻られることを心より祈念している。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サッカーW杯と中国の夢

2018-07-13 02:39:10 | 時事放談
 日本代表チームが勝ち進めなかったベスト8に勝ち残ったブラジルとウルグアイはベスト4には勝ち進むことが出来ず、W杯はこのあたりからほぼ欧州勢の独擅場となった。サッカーは世界のスポーツというのはその通りだが、その面子を見ていると、かつての帝国主義時代の植民地支配を彷彿とさせる…とは言い過ぎだろうか。
 その意味で、新・植民地主義で世界を席巻しつつある中国が、代表チームの出場は叶わなかったものの、スポンサーとして露出度を上げているのは、なかなか象徴的だ。FIFAパートナー7社、ロシアW杯スポンサー5社及び地域スポンサー3社の合計15社中7社が中国企業で、W杯期間中の広告費24億ドル中、中国企業は8億3500万ドルと35%を占める最大勢力で、アメリカ(4億ドル)の2倍、地元ロシア(6400万ドル)の実に13倍だそうである。FIFAにとって、中国市場の重要度はいやが上にも増しているのだ。3年前のFIFA汚職スキャンダルで、会長をはじめ数名の幹部が逮捕され、イメージダウンを恐れた国際ブランドのいくつかがスポンサーを降りたことも影響しているかも知れない。
 また、繰り返しになるが中国代表チームの出場は叶わなかったものの、最大規模のメディア記者を派遣しているのも中国らしい。国内で報道規制を敷く中国にあって、安心して報道できるスポーツは国民の関心も高い(純粋に勝敗を楽しむだけでなく、賭博による射幸心を満足させる意味合いもあるらしい)というのが、どうやら背景にあるらしい。
 さらにしつこく繰り返すが、中国代表チームの出場は叶わなかったものの、中国で売れたチケット4万枚は、ドイツの3分の2の規模に相当し、英国を上回ったらしい。中国の規模(物量)にはあらためて目を見張る。
 それもこれも、今や独裁者となった習近平国家主席が熱烈なサッカーファン(鉄桿足球迷)として知られるからに他ならない。かつて国家副主席だった2011年7月、韓国民主党党首・孫鶴圭氏から韓国サッカーの星・朴智星のサイン入りサッカーボールを贈られて、ひとしきりサッカー談義に花を咲かせた習近平氏は、中国がFIFAワールドカップに出場し、FIFAワールドカップを開催し、FIFAワールドカップで優勝するのが「私の(三つの)中国サッカーの夢(中国足球夢)」だと述べたらしい。実際に2012年11月に政権を握った習近平は、2015年2月の第18期 中央全面深化改革委員会 第10回会議で「中国サッカー改革発展全体計画」という単一のスポーツに限定した全体計画を採択するという、前代未聞の事態をやってのけたというのだ。そして2025年迄に中国国内に5万カ所のサッカースクール(足球院校)を開設して若手選手の育成に励み、2030年のW杯開催国に立候補し、2050年までに優勝することを目標に掲げているらしい(このあたりは北村豊氏による)。
 鳴り物入りの一帯一路も、マレーシアをはじめとして綻びが見え始めているが、どうも物量(カネ)に飽かせた計画は、中国の夢と言うより習近平氏個人の夢と言った方がよさそうなだけに、とても上手く行きそうにはないように思うが、果たしてどうだろうか。鶴の一声で国全体が本当に動くのだろうか。これまた中国における大いなる実験である・・・
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サッカーW杯での中・韓

2018-07-09 22:06:52 | 日々の生活
 「日本最大の中国情報サイト」と銘打つRecord Chinaでは、時々、中・韓の反応を見るのが面白い。W杯の関連記事を(ちょっと長くなるが)拾ってみた。
 先ずはグループリーグ最終戦となる日本対ポーランド戦で、日本が試合終盤にボール回しで時間稼ぎをしたことには、意外にも非難一方とならず、賛否両論が巻き起ったようだ。中国・国営新華社通信は「フェアプレーポイントで同組のセネガルを上回り決勝トーナメント進出を決めたのに、フェアプレーとは程遠く皮肉だ」「率直に言って恥ずかしい10分間になった」と酷評したが、人民日報は「アジアで唯一、決勝トーナメント進出」と(好意的に?あるいは淡々と?)伝えたらしい。中国のネット・ユーザーの間では意見が割れ、「試合の80分までは日本を応援していたが、残り10分はセネガルを応援した」「最後の10分で、それまでの260分の日本のイメージが崩壊した」「ひどい試合だ!サッカーに対する侮辱!ファンに対する侮辱!」という声があがった一方、「日本には時間稼ぎをする権利があるが、観客もブーイングする権利がある」「これはせいぜい観客に魅せるサッカーに背いたということで、スポーツマンシップとは全く関係ない」とする冷静な意見や、「仕方ない。これも勝ち上がるための戦術」「もし中国が日本の立場ならみんな喜ぶと思う」「日本にもリスクはあった。それぞれに利害がある」「ポーランドもボールを奪いに行かなかったし、下手に相手を刺激して2点目を奪われたらどうする? もし中国が同じ状況なら批判するか?」と、日本の作戦に理解を示す声もあがったらしい。他方、韓国のメディアはサッカーにおける優越意識が強く、感情的な反発が強かったようで、中央日報は「これがサムライ精神か」「日本、くすんだフェアプレーで決勝トーナメント進出」「ベスト16落ちでも拍手を受けた韓国、ベスト16行きでもヤジ飛ばされた日本」などの見出しを掲げたほか、ニューシスは「散歩した日本は16強に進出、死力を尽くした韓国は脱落」、デイリースポーツ韓国は「恥ずかしいサムライサッカー、名ばかりの16強進出」、SPOTVNEWSは「批判浴びる日本、他力本願で16強」など、軒並み手厳しい。ところが韓国のネット・ユーザーからは賛否両論の声が寄せられたのは意外だ。「アジアの恥」「醜いを越えて汚い」「決勝トーナメント進出が全く羨ましくない」「酷い内容だけど、同じ状況なら韓国も同じことをしていただろう」「日本を応援しよう。醜く嫉妬するのではなく…」「決勝トーナメントに進出したのは日本の実力」「結局は生き残った者が強者。日本の批判より韓国の心配をした方がいい」といった塩梅で、政治ではなく、スポーツ故の公正さ、と言えようか。
 なお、韓国は決勝トーナメント進出を逃したものの、FIFAランク1位の強豪ドイツに2-0で勝利する大金星を挙げた。しかし帰国した韓国代表選手に対し、空港で生卵が投げつけられた騒動が、中国でも注目を集めたらしい。「韓国はいつもこうだ」「これは確かにやりすぎ」「(ドイツに勝ったのは)十分スゴいと思うけど、それでも卵投げられるの? じゃあ、中国代表は一体どんなモノを投げられるだろう?」「選手がかわいそう。疲れて帰ってきて、卵を投げられるなんて」「韓国人は本当に満足するということを知らない」・・・中国と韓国の微妙な関係を思わせて微笑ましい。
 続いて、決勝トーナメントで日本代表が善戦したことは、グループリーグ勝ち残りの後味の悪さがあったが故に、驚きとともに好意的に受け止められたようだ。中国・中央テレビのスポーツチャンネル(CCTV5)は「おめでとうベルギー、そして日本にも拍手を!」「日本は負けはしたが栄誉を手にした。尊敬、そして反省させられる」と称賛し、スポーツメディア・新浪体育は微博で「試合後、歴史をつくることができなかった日本の選手たちは、みんな肩を落としてピッチに横たわっていた。この試合で、素晴らしいサッカーを見せた彼らは、ベルギー選手のリスペクトも勝ち取った」とし、デ・ブライネ、ルカク、コンパニ、アザールといったスター選手が日本選手の元に慰めに来たことを動画付きで紹介し、「日本は負けはしたが、栄誉を勝ち取った」と伝えたらしい。中国のネット・ユーザーからも、「試合を見る前は日本に敗退してほしかったけど、試合を見たら勝ち上がってほしいと思った」「これほどまでに日本人をリスペクトし、日本人のために心を痛めたのは初めて」「最後には力尽きたけど、今日の日本の戦いぶりは素晴らしかった!」「これぞスポーツマンシップ。偉大な試合だ」「試合には負けたが尊敬を勝ち取った。この試合に敗者はいないよ」「日本サッカーの発展の速さに感嘆する」「日本代表は確かに尊敬に値する。コンビネーションと技術は欧州のトップクラスに匹敵する。最終的にフィジカルで負けた。アジアの光と呼ぶにふさわしい」「日本にはアジアを代表して、より遠くまで行ってほしいと心から思う」「本当に震撼させられる。2点をリードして、さらにチャンスをうかがった。その上、プレーは非常にフェアだった」「日本には本当に尊敬させられるよ。ファウルは少ないし、コンビネーションも素晴らしいし、攻守の切り替えも早いし、フィジカルでは劣勢だけど、その他のあらゆる面を極限まで高めている」「日本はとてもとてもリスペクトに値するチーム。もし、各国がこんなプレーができたら、アジアはもっと世界から注目されるだろう」「日本はこの試合に負けたかもしれないが、この先の黄金の10年を勝ち取ったんだ。もっと多くの子どもたちがサッカーをし、世界の5大リーグのクラブはもっと多くの日本選手を獲得するだろう。日本サッカーは、他のアジアの国とさらに大きな差をつける」「この気持をどう表現すればいいか!熱い涙がこみ上げてくる!日本が今大会で見せてくれたパフォーマンスに感謝!諦めなかったベルギーにも感謝!今晩、これほどまでに素晴らしく感動的な試合を見せてくれた両チームに感謝!泣くな日本代表!君たちは優秀だ」「日本が大逆転された後、日本のネットユーザーは決して選手を責めず、(コメント欄は)賛美する言葉であふれた。そして、審判への賛辞も忘れなかった。期待されていない中でのグループリーグ(GL)突破、決勝トーナメントでの初ゴール、連続20試合退場なしのW杯記録、もう十分うらやましい(泣)」など、面映ゆいばかりだが、褒められたことよりも、言論統制が厳しい管理社会などとステレオタイプに捉えがちな中国の多様でしっかりした意見に正直なところ驚かされるのは、やはりスポーツの素晴らしさ故であろうか。
 また微博で日本情報を伝えるアカウントは、日本のネット・ユーザーのコメントを紹介したという。「いい夢見させて頂きました」「実力差を考えたらやり切ったと思う。素晴らしかった」「胸を張って帰ってきて欲しい」「素晴らしい試合を有難う」「これほど悔し涙が流れた試合があっただろうか。そして、公正なジャッジをしてくれたセネガル審判団に感謝」「ベスト16にも行けると思わなかったし、よく頑張ったと思う。お疲れさま」などといった声が並んだのに対し、中国のネット・ユーザーからは、「心が温まる(泣)」「『いい夢見させていただきました』って泣ける」「日本のコメント欄がうらやましい」「選手に生卵投げた韓国のサポーターに比べてずっと素晴らしい」「こういうサポーターがいたら、選手は頑張りがいがあるよね」といったコメントが寄せられたという。
 さらに、中国の大手サッカーメディアの●球帝(●はりっしんべんに董)が、ロシアW杯の大会運営に関わっているFIFAゼネラルコーディネーターのPriscilla Janssensさんがツイッターで、日本代表チームが立ち去った後のきれいなロッカールームの画像を投稿し、「これが、ベルギーに敗れた後の日本代表チームの更衣室だ。彼らはスタジアムでファンに感謝の挨拶をし、更衣室やベンチの全てをきれいにし、メディア対応をして、さらにロシア語で『スパシーバ(ありがとう)』と書かれたメモを残した。すべてのチームの手本となるものだ。一緒に仕事ができてとても光栄に思う」とコメントしたのを、報じた。この日本代表の試合後の対応について、中国のネット・ユーザーからは「日本は試合には敗れたが、世界中の尊敬を勝ち得た」「日本人のこうした細かな素養は世代から世代へと受け継がれてきたもの。本当に感服する」「日本が強大であるのには理由がある」「恐ろしさすら覚える」などの声があがったという。同じ件で、環球時報が掲載した評論記事もなかなか興味深い。「近年、日中両国市民の接触が多くなったことで、中国社会は広く日本公民のマナーや道徳意識を認識するようになり、多くの人がポジティブな見方をするようになるとともに、自らを反省するようにもなった。しかし一方で、単に称賛するだけでなく『日中間の対立により常に日本を批判する人に対するそしり』や『日本人による小さな善行で、その歴史問題をあいまいにすることはできない』などといった議論も巻き起こしている」とし、その上で、「中国社会内部ではここ数年、ある程度の価値観の分裂が生じており、外部世界で起こる本来はシンプルであるはずのさまざまな現象を複雑化して論争を巻き起こすケースがますます多くなっている」と指摘、「日本代表や日本サポーターによる試合後の素晴らしい行動は、何の論争を呼ぶものでもない。しかし中国のネット上ではすぐに論争が白熱化する。これは中国が発展する上での一つの段階なのかもしれない。われわれが前進することにより、こういった論争は少なくなるだろう。他人が良いことをした時には、そのことについて称賛すべきだ。たとえ何か思うところがあったとしても、とかく話をこじらせたり、敏感なものにすべきではないのである」と論じたという。
 最後に、安倍首相のサッカー日本代表への感謝ツイートに対する日本人のツッコミが中国で話題になったらしい。安倍首相が「最後まで全力を尽くし、たくさんの感動を与えてくれたサッカー日本代表の皆さんに、心から感謝します。毎日がわくわくで、夢のような2週間をありがとう!」とツイートしたのに対し、「絶対見てなかっただろ」とツッコミがあったことについて、微博では、「爆笑した」「これは神ツッコミ」「首相にこんなコメントして大丈夫?」「コメント主は大胆だな」などの反応が寄せられたという。同じく安倍首相が、日本代表がコロンビア代表に2-1で勝利した際に、「やったー!チームプレーの大勝利。感動をありがとう!」とツイートしたのに対し、中国のネットユーザーからは「安倍首相はかわいい人だな」「こういうツイートは好感が持てる」「一国の指導者はこうあるべき」「わが国の指導者は国内を『散歩』するだけ」などの声も挙がったらしい。
 いやはや、国家レベルのいがみ合いや物々しさ、メディアの色眼鏡を外すと、概してまあ褒められたからではあるにしても、とりわけ中国の庶民感覚の実に多様でしっかりとしていて生き生きとしているのが、今さらながらとても好ましく思えたのだった。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オウムの闇

2018-07-07 00:40:30 | 日々の生活
 地下鉄サリン事件など、国家を転覆せんとする、現代の平和な日本にあっては荒唐無稽とも思える史上最悪のテロを計画・実行したオウム真理教の教祖・麻原彰晃ら幹部7人の死刑が、今日、執行されたらしい。1995年5月の麻原逮捕から実に23年、2004年の一審での死刑判決(弁護側は即時に控訴したが、裁判を受ける能力がないなどとして控訴趣意書を提出せず、控訴審は一度も開かれないまま死刑判決が確定)から14年もの歳月が流れた。
 私は地下鉄サリン事件当時、アメリカに駐在していたので、日本がどれほどの衝撃に見舞われたかの肌感覚がない。その年の1月に阪神・淡路大震災があって、大阪の実家に電話連絡すると、私が残していた本棚の本が全て崩れ落ちたばかりでなく、古い家の壁にも亀裂が入ったと聞いて、むしろそれで済んだことに安堵したのだったが、その二ヶ月後、両親はたまたま首都圏の姉のところに遊びに行って、事件前日に地下鉄・日比谷線の該当区間に乗るというニアミスがあったと後から聞いて、驚愕したものだった。この事件は、その筋によるとむしろアメリカ政府の方が衝撃を受け、化学製剤によるテロ対策を真剣に検討し強化するきっかけになったと言われ、実際にTime誌は麻原彰晃の無表情だからこそふてぶてしい不気味な顔を表紙に掲載したのを覚えている(そのTime誌は、今も押入れの奥のどこかにある)。
 一体、オウム真理教とは何だったのだろう。
 Wikipediaは冒頭、「かつて存在した麻原彰晃を開祖とする新興宗教。日本で初めて化学兵器のサリンを使用し、無差別殺人を行ったテロ組織でもある」と書き、産経記事は「教団では『正大師』『正悟師』といった序列を作り、ホーリーネーム(教団内の宗教名)を与えるなどして、財産の寄進や信者の勧誘を競わせたほか、薬物などを使って信者をマインドコントロール。やがて武装化を進め、教団内に省庁制を導入、疑似国家的な組織を形成した」と短く紹介する。麻原の確定判決では一連の動機を「(麻原死刑囚が)救済の名の下に日本国を支配して自らその王になることを空想。その妨げになる者をポア(殺害)しようとした」と認定した。しかし麻原本人の口からはついぞ語られることはなかった。全く、闇の中である。
 もう一つの疑問は、なぜ今頃、死刑執行されたのかということだ。今なお死刑制度を維持し、一度に7人もの執行をした日本のことを、欧米社会は白い目で見ているかも知れない。
 産経新聞電子版は、来年は天皇陛下の譲位と皇太子さまの即位・改元に伴う行事があって「慶事が続く年の執行は回避すべき」(法務省関係者)であり、再来年には2020年東京オリ・パラと、京都で開催される「国連犯罪防止・刑事司法会議」(コングレス)が予定され、欧州を中心に死刑制度反対国も多く来日する国際イベントを控えた時期の執行も、外交上、適切ではないとされ、結果、「年内執行は法務省の命題」(政府関係者)だったと説明する。更に年内と言っても、9月には自民党の総裁選が予定され、今の上川陽子法相が交代して執行命令に難色を示す人になると厄介であり、更に今月下旬に中央省庁の大型人事を控え、11日からの安倍首相の外遊を踏まえ、日程が固まったと解説する。
 刑事訴訟法によれば、死刑執行は判決確定から6カ月以内に法相が命じなければならないと定めているらしい(但し共犯者の逃亡中や公判中には執行をしない運用)。その意味では、教団最古参の信者の一人だった高橋克也が、特別手配を受けてから17年に及ぶ逃亡の末に逮捕され、一連の事件の「最後の被告」として殺人罪に問われて、今年1月に最高裁が上告を棄却する決定をして、無期懲役とした1、2審判決が確定したので、一応、今月がその期限となる。それもあってか、法務省は今年3月には、死刑囚13人のうち7人をそれまで収容していた東京拘置所から執行施設のある5拘置所に移送していたらしい。因みに、死刑囚が再審請求中の場合も執行が回避される傾向にあり、実際に現在収容中の100人以上に及ぶ確定死刑囚の内、7割は再審請求中で「大半は執行引き延ばし目的」と指摘されながら執行を猶予されており、法務省によれば、ここ10年で死刑確定から執行までにかかった平均年数は約5年に及ぶという(オウム事件の13人の死刑囚の収容期間は既に平均を超えていた)。
 こうして十分に予想できた事態のようだが、公安調査庁は、オウムの後継団体であるアレフなどの動向で、何か過激化する兆候を掴んでいたのではないかと、つい勘繰りたくなる。
 かつて2000年には、麻原奪還を目的に日本国内で連続爆破テロを計画、自動小銃などを準備していたロシア人の動きが発覚したらしいし、現在でもアレフなどは麻原への帰依を深めているとされ、死刑執行命令を出した上川法相が報復される懸念もあるとされる。最近の公安の立ち入り検査では、アレフ内部に、麻原が殺人を示唆的に勧めた教義「タントラ・ヴァジラヤーナ」の説法教材が存在することも判明し、警察幹部は「危険な体質は消えていない」と見ているらしいし、麻原が神格化されると、遺骨や遺品などは後継団体の正統性を示すために重要になるので、(遺骨などを奪い合う)内部抗争に警戒が必要だと懸念する声もあるらしい。エリート大学出身者も多く関わったとされるオウム問題が終ったと見るのは早計ではないだろうか。
 日本では、狂信的な宗教団体に対する抗体が乏しく、お人好しで忘れっぽい日本人はなおのこと、このまま改元だのラグビーW杯やオリ・パラだの、慶事に浮かれるのであろうが、オウム問題は闇に葬られたまま、今後、長きにわたってその潜在的な脅威に苛まれるのかと思うと、空恐ろしいものがある。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サッカーW杯の夢

2018-07-05 01:23:23 | スポーツ・芸能好き
 日本代表チームは、開幕前の下馬評をものともせず、決勝トーナメントまで勝ち進み、優勝候補のベルギーを相手に大いに善戦した。誰かが書いていたように、「日本もベルギーも意味もなく倒れたり、ファウルを大袈裟にアピールしたりするような見苦しいプレーをしない、日本人好みのナイスゲーム」で、8強の夢は潰えたけれども、「何が足りないんでしょうね…」と茫然自失の様子で呟いた西野監督の言葉は重いけれども、夢にもう少しで手が届きそうな、前進していることを確実に実感させるような、悔しい敗北だったように思う。
 私は気がつくとONに魅せられた野球少年で(当時は関西でも巨人戦は放映されていた)、今も普段はプロ野球やMLBを追いかけて、サッカーについては日本代表チームの俄かファンに過ぎないから、個々の技術的な側面より、大雑把な印象論になってしまうが、それにしても、ドーハの悲劇をつい昨日のように思い出し、以後、定点観測して来て、あらためて日本サッカーも強くなったものだとつくづく思う。欧州リーグで活躍する選手を中心に、技術面でも俊敏性の点でもこの四半世紀の成長ぶりには目を見張るものがあり、実際に6大会連続となるW杯・本大会出場を果たしたし、決勝トーナメント進出は3度目を数えた。
 そもそもチームプレーは、夏季五輪・陸上男子4×100メートル・リレーや、冬季五輪・パシュート女子チームの活躍を見るまでもなく、日本のお家芸と言われる。ある韓国人は、日本人と韓国人とが1対1で対決すれば、体力に勝る韓国人が強いが、2対2では、チームとして協力し合う日本人が強いだろうと言っていて、確かにそういうものかも知れないと思う。しかし、ことサッカーに限ると、獲物をゴールポストに追い詰める狩猟民族のスポーツであって、ビジネスの世界で言えばさながら自営業者が集まるコンサルタント会社のようなもので、伝統的な日本的経営を支えるような日本の組織力が必ずしも発揮できるわけではなさそうだ。むしろ日本の企業組織や官僚組織は、全体最適を目指す志は尊いものながら、組織として見れば上下の忖度やらヨコの顔を立てるやら相互牽制するやら、さまざまな力学が働いてパワーが減殺され、個の秀でた力を活かせなくて(すなわち単純計算で1+1=2以上にならず2以下になって)、しまいには太平洋戦争末期のように、組織とともに日本国も沈んでしまう・・・といった事態になりかねない。難しい競技だと思う。
 その意味で、グループリーグ第三戦の対ポーランド戦は出色だった。ゲーム終盤、時間稼ぎのパス回しをして1点差負けを能動的に選ぶと言う、日本人以外であればリーグ戦で必ずしも珍しいわけではなさそうな光景が日本人チームで見られたことに、ある種の感慨を覚えた。日本人として正攻法や潔さを求める気持ちはやまやまで、私個人としてはこれらの価値に高いプライオリティを置くけれども、いざ組織になると、それでよいとは限らないことが往々にしてある。とりわけ勝つことを義務づけられた合目的的組織にあってはなおさらである。その善し悪しはいずれにも理があって、状況に応じてとしか言いようがないように思う。
 決勝トーナメント進出を目的とするようでは、目線が低過ぎると非難する声もあった。優勝は野心的過ぎるにしても、決勝トーナメントで勝つことを目的とすれば、心の持ちようも、従って戦いぶりも、変わっていたのではなかったか、と。確かに私も会社では部下に、一つ上の目線を持てとハッパをかける。主任なら課長、課長なら部長、部長なら事業部長の目線で考えるからこそ鍛えられるし、昇進のチャンスは将来そのポストをこなせることに期待して与えられるものではなく、明日からその働きが期待できるからこそ与えられるものだからだ。しかし、何年か手塩にかけて育てたチームであればともかく、ほんの二ヶ月余り前に代表監督を引き受けたばかりの西野監督の思いや如何ばかりだったろうと思う。他力本願(同時進行のセネガル×コンロビア戦で、セネガルが失点して日本と勝ち点で並び、今回から導入されたフェアプレイ・ポイントでは日本がセネガルを上回っていたため、双方の試合が動かなければ、日本に勝ちが転がり込む)というギャンブル性を賞賛する声すらあがったが、実際のところ、ギャンブルと言うよりも、また目線の高さすら慮る余裕もなく、ただ勝ち残りの可能性が高い方を選ぶ現実的な判断に徹したのではなかったかと思う。今となっては、決勝トーナメントの戦いぶりを見た私たちとすれば、グループリーグ第三戦でよくぞ我慢して決勝トーナメントに勝ち進んだものと、見直されることはあっても、もはや弱腰批判は当たらないのかも知れないが・・・。
 そんなこんなで、例年より早く梅雨明けして、早くもヒートアップした夏なのであった。良い夢を見させてもらった。今日より明日、今年より来年、今回より次回の活躍に期待したい。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする