ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

やっぱたこ焼きでナイト!

2010年02月26日 | 家族とわたし
じゃじゃじゃじゃぁ~ん!
さてみなさん、わたしはいったい、これからなにをしようとしているのでしょう~?



久しぶりのたこ焼き器くん登場です!成田空港でいじめられ、いたぶられても、くじけずにアメリカまで持ち運んだ愛しのたこ焼き器くん。



苦しゅうない苦しゅうない、ほれ、もっと近う、ほれ、もっと!



あ、興奮し過ぎてボケてもた!

一日中雪かきしてくれた旦那と、出勤二日目帰りのT、そしてわたしの三人で、オリンピックのダイジェスト見い見いいただきました。
Tがだんだん椅子からずり落ちていくので、「どないしたん?」と聞くと、「食い過ぎて座ってられへん」……どんだけ食べとんねん?!
食べた後、遅くに戻ってくるバイト初日のKと、Kの友人Dちゃんに、後から食べてもらえるよう、40個ほど追加で焼きました。

Dちゃんは、先日とても辛いことがあった子です。
まだ治療は続いているし、完全に体調が戻ったわけではないので、一日のうち半分ぐらいは眠っています。
でも、目にはだいぶしっかりした光が宿ってきているし、よく笑うようになったし、食欲もかなり戻ってきています。
今日は旦那の仕事がキャンセルになったので、空いた時間を使って、Dちゃんに鍼治療を受けてもらいました。
気持ちをリラックスできるよう、長い時間をかけて、旦那は丁寧に治療していたようです。わたしもその間はピアノを弾かないように気をつけました。
旦那は彼女に、「自分の家に居る時のように思ってくれていいからね。食べ物も洗濯も、自由にしてね」と何度も言っています。
でも、彼女にはそれがとても難しい。わたしにはそれがとてもよく分かります。

もともと、物心がついた頃から、自分の家族と同じ屋根の下で暮らしたことの無い彼女には、自分の家の中のようにリラックスするとはどういうことなのか、それ自体が実はよく分からないのですから。
わたしはもう少し大きくなった13才から、自分の家に居るように思えない所で暮らし、それが20年以上続きました。
その後の20年は、大人になって初めて、自分の家に居るというのはこういうことなんだ、と思える暮らしができるようになりました。
彼女もだから、これからの未来にきっと、自分の家という空間を作って、その時初めて、ああ、これが自分の家に居るということなんだと、しみじみと思える時が来ると思います。
その時に、今夜のたこ焼きのことを、うっすらとでも思い出してくれるといいな。
そんなことを思いながら、くるくるくるくる、竹串でたこ焼きひっくり返していました。

お湯みかん

2010年02月26日 | ひとりごと
正確にはみかんではなくタンジェリンさん。
気持ち良さげに(いや、多分我慢大会風に)、カップの中のお湯に浸かっていらっしゃいます。



冬の寒い時期に、体を冷やす柑橘類を食すとは何事か?!
と、大津に暮らしていた頃の友人、台湾人のジョイに、真剣に叱られたことがあります。
そしてわたしの伯母はよく、冬になると、みかんを直接ストーブの上に置いて焼きみかんを作り、湯気が勢い良く立つ皮を剥き、ふうふうしながら食していました。

そういう思い出が心によぎりながらも、冬になると現れるみかんの数々についつい手が伸びてしまうわたし……今年のお気に入りはタンジェリン。
いつもはこの、おっきな種がゴロゴロ入っている、そして皮もちょいと剥きにくいタンジェリンを敬遠していましたが、今年はなぜかこればっかり。
一日に何個となくパクパク食べているわたしを横目で見ながら、渋い顔の旦那。なんせ今や東洋医学の権化さん、ジョイの気持ちが痛いほどよく分かるそうな。
そこで、今日突然に登場したのが↑この、お湯浸け。

ふたりでお箸でつまみ取り、ふうふうしながらいただき、残りのお湯も半分こ。
おいしゅうございました

またかいな!

2010年02月26日 | ひとりごと
昨日、記念すべき足跡が撮れた現場もこれこの通り。



窓にまで積もってるがな……。昨日べちゃんこになった靴はレディエーターの上でほっこり。



落ちてきそうで落ちない、根性雪。



裏庭の写真を撮ろうとドアを開けると……ここはどこやねん?



いやあ、せっかく地面見えてきとったのにねえ……。



そして……こんな日でも外に出たがる犬的猫。



今年はほんまに雪、雪、雪の当たり年。

電車しか走ってないのに、Tはマンハッタンに出かけて行き、Kはバイト初日(ジャパニーズレストラン)だというので車に乗って出勤。
旦那とわたしは、患者さんと生徒さんからのキャンセルを受け、再び呑気なスノーデー(お休み)
金食い虫専門やった二人がせっせと出稼ぎに行き、我らはゆったり、お湯みかんなどを食す……う~む、感慨もひとしおな午後やね
けど……トイレットペーパーとティッシュペーパー、ほんでもって葱と生姜とお米が切れかけてるねん。どないしょ

銅メダルで狂気する馬鹿な国

2010年02月26日 | ひとりごと
それまで、その選手が銅メダルを取るまで、たまたまメダルを取れんままシーンとしてたから、待ち望んでた気持ちが爆発して「わぁ~っ!」と多くの人達が喜んだ。
それのどこが馬鹿なん?

わたしはスポーツが得意な方とちゃうから、極めていく過程の辛さも、勝ち進んでいくことがどんなけ心と体に過酷なことを強いるのかも、ちゃんとわからへん。
わからへんけど、その国の中で、片手の指に入るぐらいの技術なり強さなりを身につけた選手が、そしたらいったい自分は世界ではどうなんやろっていう好奇心と野望を胸に望むのがオリンピックちゃうのかな、とわたしは解釈してる。

オリンピックの各競技で、メダルを取れる人はたったの3人。
その他の人達は、頑張れるだけ頑張るけど、その瞬間に急に姿を現した不運とか、体調の変化とかにも左右されて、もちろん能力の歴然とした差もあって、両手の指の数にも入らへんかったりする。

けど、そういう人達がいてこそのメダルやん。
いろんなこと抱えて、それぞれに重たいもん背負って、それは必ずしも国とかじゃなくて、そんなんよりももっともっと重いもんがあるのが人生やん。
それでも本番の舞台に立ったらもう、そんなこともどうでもよくなって、もうそこには自分しかおらんようになって、自分と世界、天気、運との闘いになる。
そんな壮絶な闘いに挑んでる人達に、「メダル取れんのは心がけがなっとらんからや。国家というものを背負ってないからや」って……、
多分、その言葉の前後に、いろんなことも言うてはって、その中の続きなんかどうか分からんけど、流れで出た言葉なんやろけど、
わたしには「なに言うてんのこの人?」としか思えへん。公人のくせに。

わたしも、マスコミの書き方や取り上げ方は大嫌い。たまに読んでて気持ちのいい記事もあるけど、それはほんとに数が少ない。
日本の中で優秀な選手が、世界の中ではどこらへんに位置するのか、ただそのことの目安やん、メダルって。
もし仮に、一個もメダルが取れんかったら、それはただ、世界で3本の指に入るレベルに到達してなかったってことだけやん。
ほなら、次の、4年後のオリンピックに向けて、まずは銅を取れるぐらいのレベルにするにはどうしたらいいのかを、世の中に広く問うたらええやん。
ほんで、数多くの意見を参考にして、新しい機関を作るための寄付を募るなり、選手に負担がかからへんような強化ができる支援を募るなりして、実現につなげて、それがどういう結果につながるかを取材したらええやん。

あ、もしかして、野次馬だらけの、無責任なバカ騒ぎするマスコミに対して言うたんかしらん?
それやったらタイトル変えなあかん。
『銅メダルで狂気する馬鹿なマスコミが蔓延る国』


P.S.

昨日は初めて、家族4人でフィギアの観戦をした。
優勝したキムちゃんの演技は、確かに完璧で、他の者が立ち入る隙を与えないものやったけど、うちは満場一致で、心に残ったのは真央ちゃんの方。
あの、4分で演じるフィギアの構成としてはとても難しい、重厚なラフマニノフの前奏曲第一番を、曲想を変えずに舞った彼女。
手の指先のそのまた先まで、行き届いた美しい動き。あっという間に過ぎていく一瞬一瞬の表現に、彼女の思いが丁寧にこもっていた。
芸術やな……旦那がポツリとつぶやいた。