まりっぺのお気楽読書

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トスカーナ大公フェルディナンド3世妃 マリーア・フェルディナンダ

2010-07-06 23:04:56 | イタリア王・公妃
付き添って行ったら…良くあるパターンか?
フェルディナンド3世妃 マリーア・フェルディナンダ・ディ・サッソニア


1796~1865/在位 1821~1824

前妃マリーア・ルイーザの死から20年もたって
フェルディナンド3世が再婚しようとした相手は
なんと、 息子の嫁の姉ちゃんだっていうじゃない!

マリーア・フェルディナンダはザクセン公子マクシミリアンの公女でした。
妹のマリーア・アンナとはたいそう仲が良かったそうです。

        

1817年、トスカーナ大公子レオポルドと結婚することになったマリーア・アンナは
「お姉様もついて来て~ 」とせがみました。
で、ついてったお姉様に目をとめたのが花婿さんの父フェルディナンド3世です。

しかしっす、マリーアは21歳、フェルディナンド48歳ですよ。
「好きだ!」と言われても困りますよね。
断って妹の舅を怒らせたくもないし…弱りますね。

フェルディナンドの言い訳としては、息子レオポルドが病弱なので
他にも後継ぎを生んでおかねば…ということらしい。

求婚は難航したのか、4年後にマリーアはフェルディナンドと結婚しました。
どうですよ? 妹が義理の娘ですよ…ややこしいですね。
でも結局子どもは生まれず、3年後にフェルディナンドが亡くなりました。

未亡人になった時には28歳だからまだまだチャンスはあったと思うが
41年間再婚せずにウィーンやドレスデンに兄弟姉妹を訪ねたりして過ごしました。
1865年に亡くなりました。

もともと結婚願望があまり無かった人なのかしらね?
再び旦那に苦労させられるよりは気楽な独り身を選ぶ気持ち…分らなくもない



             
根っからの箱入り娘
レオポルド2世妃 マリーア・アンナ・カロリーナ・ディ・サッソニア


1799~1832/在位 1824~1832

そんなわけで妹のマリーア・アンナです。

ものすごく神経質な少女で、見たこともない夫に会うのが恐ろしいと
「マリーア・フェルディナンダが一緒じゃなきゃ私も行かない!」とゴネまして
お姉様について来てもらうことになりました。

結婚後は趣味の人となって、古典絵画や詩を好み自らも書いています。
内向的なのかと思いきや、ものすごく高価な馬を購入したらしい…
もちろん乗るためでしょうね?

政治的なことは何もしなかったかというとそうでもなく、レオポルドとともに
フィレンツェ初の女子寄宿学校を設立しました。

1832年、療養先のピサで結核のため亡くなりました。

(参考文献 Wikipedia英語版)

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