まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる~い気持ちでお読み下さい。

イギリス王ジョージ5世王女 メアリー

2011-04-13 22:39:01 | イングランド王妃・王女
“ 王冠を賭けた恋 ” を応援した王女
ジョージ5世王女 メアリー
ヘアウッド伯ヘンリー夫人


1897~1965

大げさに書いちゃった…  でもね、応援はしなかったかもしれないが
少なくとも反対はしなかったんではないかと思います。

ジョージ5世と王妃メアリー・オブ・テックには6人のお子様がいましたが
女の子はメアリーひとりでした。
            
お勉強は兄弟たちに混じって家庭教師から受けていました。
男兄弟が多かったせいなのか乗馬が好きで、生涯の趣味になりました。

第一次世界大戦が始まった時はまだ十代前半でしたが、病院などを慰問して
ロイヤルファミリーの務めを果たしていました。
大戦末期の1918年には看護婦として病院勤務もしています。

24歳の時、39歳のヘアウッド伯子ヘンリー・ラッセルと結婚しました。
この時ブライド・メイドをつとめたのが『英国王のスピーチ』でお馴染み、
後のジョージ6世妃エリザベスです。

メアリーはこの結婚を渋ったらしいのですが、両親が押し切ったとも言われています。
ヘアウッド伯のどこに無理矢理結婚させたい要素があったのかしら?
そんなにいい家柄なのかしら?

兄のエドワード(8世)は「愛する人と結婚してほしい」とこの結婚に反対したそうです。
やはり後に世紀の恋をする人だけあって “ 愛至上主義 ” だったのね

そんなことがあったからか、メアリーはエドワードが大好きで
退位して王家と没交渉になってからもお付き合いを続けました。
エドワードが暮らしていたエンツェスフェルト城(ウィーン)にも夫と訪問しています。

1947年、姪にあたるエリザベス(2世)の結婚式がありましたが
メアリーは、エドワードが招待されていなかったことに抗議して参列を辞退しています。
公式には病気と発表されました。

その後のロイヤルウエディングでもシンプソン夫人が招待されていないからと
欠席したものがありました。
兄思いなのはわかりますけど、一応公式行事だからさ…

第二次世界大戦中は女性部隊ATSの統制官チーフになり
弟ケント公の死後はパップワース知事も務めました。
リーズ大学の総長にもなってます。
まさにロイヤルファミリーにうってつけのアクティブな女性ですね。

亡くなった年にスウェーデン王妃ルイーセの葬儀への参列ています。
これがメアリーの最後の公式行事参加になりました。
目の手術のためにロンドンに来ていたエドワードとシンプソン夫人も訪ねています。

息子のヘアウッド伯ジョージと散歩中、心臓発作をおこして亡くなりました。

エドワードはその7年後に亡くなるんですが
イギリス王室内の心強い理解者だった妹の死は悲しかったでしょうね。
退位後も皇室行事や式典に招待されることがありましたが
これもメアリーの力添えがあったからかもしれません。 

エドワード8世退位後後を継いだ弟のジョージ6世とエリザベス王妃の王女が
現在のエリザベス2世です。
エリザベス2世の妹マーガレット王女は2002年に亡くなっています。 

(参考文献 森護氏『英国王室史話』 Wikipedia英語版) 

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7 コメント

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今日 (エリア55)
2011-04-15 22:20:51
TVでエドワード8世のことやってましたね^^
途中まで見て、あとは録画で見ます
でもやっぱり今回も恋愛を美化してる路線のよう・・・
そういう趣旨の番組なのかな?^^;
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こんばんわ (まりっぺ)
2011-04-16 22:42:02
エリア55さま、こんばんわ

エドワード8世のことをやっていたなんて…飲んだくれてて知りませんでした

やっぱり美談になっていましたか…
私は世間知らずなエドワード8世より、シンプソン夫人がけっこうやり手なんじゃないかな…と思っている今日この頃です。
返信する
王冠をかけた恋 (ルージュ)
2011-04-17 02:47:31
まりっぺさま みなさま こんにちは

ロイヤルウエディングがちかいせいか英国王室がとりあげられること、多いですね。
そもそもエドワード8世が退位しなければエリザベス女王の存在もないわけで・・・

以前、シンプソン夫人の伝記を読んだことがあるのですが、たしかにやり手の女性みたい・・
両親ともアメリカ南部の旧家の出身なので貧しい階級の出とはいえないけど彼女が生まれたときは正式に籍をいれてなかったらしく、彼女は両親の結婚後に生まれたことにするため、誕生日を常に偽ってたようです。
 いまならポリシーがあって籍を入れない人けっこういますからたいしたことじゃないけど、19世紀の道徳観が支配的だったころには問題
だったと思います。どうも彼女の両親は生活力のない「一家のお荷物」的な人たちのようです。それで、彼女は上昇志向の強い人生をふみだす・・・離婚暦も2度あるひとなんですね。
 彼女の生国アメリカもグレース・ケリーと違って手放しでたたえてないのが印象的です。
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再放送 (エリア55)
2011-04-17 10:45:16
NHKなので再放送するのかなと思って調べてみましたが
来週は前回のヴィクトリア女王の再放送でした
ということは、来来週再放送するのかもしれませんね~^^

ウォリスはしたたかとか言われてましたよ^m^
私はしたたかなのも好きかなぁ~^^
返信する
こんばんわ (まりっぺ)
2011-04-17 20:34:27
ルージュさま、こんばんわ

え~! 年をごまかしていたのですか?
だんだん描いていたシンプソン夫人像に近づいてまいりました。
友人の恋人をとったってあたりから、どうもやり手さんじゃないかな…って思っていたんです。

ウォリスの実父も母の再婚相手も旧家というだけで生活は苦しかったそうですよね?
旧家出の放蕩息子…っていうイメージでしょうか?

アメリカはイギリスの貴族社会を悪く言う割に憧れが隠しきれないで、名家400選なんかを形成してましたがシンプソン夫人は確かに名家・名士に名が上がりませんね。
モナコ公国よりイギリス王室の方が断然格上だと思いますけど…


エリア55さま、こんばんわ

ヴィクトリア女王も最後しか見てないので来週見るようにします!
でも最後の討論会みたいのはいらないですよね?
みんなヴィクトリア女王の結婚を、現代のお伽噺みたいに、すごくロマンティックにとらえていましたね。

今日はマリー・アントワネットの画家ヴィジェ・ルブランの番組を録ったので後で見るつもりです
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Unknown (ぷりん)
2015-08-19 13:31:33
どうもありがとうございました
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こんばんわ (まりっぺ)
2015-08-21 21:36:01
ぷりんさま、こんばんわ
コメントありがとうございます

…ですが、私なにかしましたっけ?
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