”dulcimerharvest” Ruth Barrett & Cynthia Smith
え~晩秋でありまして。やっているのかいないのか分からない”秋らしい音楽”シリーズの、その何回目か、ということで。
こいつはずいぶん古くからの愛聴盤ですな。そんなに頻繁に引っ張り出すわけでもないんで、愛聴盤と言うのはふさわしくはないかもしれない。ひんやりとした秋も終わりのある夜に、ふと盤の存在を思い出し、引っ張り出して聴いてみる、なんて付き合いで。
そもそもこの盤の主役であるマウンテン・ダルシマーなんて楽器がポピュラーではない。
添付した写真をご覧になって概要をお分かりいただけるかどうか。バイオリンを引き伸ばしたような、ヘチマのような形をしたボディに3~5本ほどの弦が張られた楽器であります。これを多くの場合、膝の上に寝かせて左手で弦を押さえ右手で弾き、日本の大正琴みたいな感じで演奏をする訳ですな。
もともとはこのボディに小型のハープのようなものが付随していて、そいつでピアノで言えば左手のパートを奏でながら、こちらの部分でメロディを奏でる構造になっていて、その状態のものをチターと呼び、あの映画”第三の男”のテーマの演奏でおなじみだったりする。
あの楽器がヨーロッパから開拓期の新大陸アメリカに持ち込まれ、その際、演奏の煩雑なハープ部分が切り離され、単純化された形でメロディ演奏部分が独立して成立したのがマウンテンダルシマーという次第で。この楽器が継承されてきたアメリカ民謡の宝庫、アパラチア山系の名をとってアパラチアンダルシマーと呼ばれる事もある。
もっとも注目すべき特徴はフレットの刻みがダイアトニックになっている点で、つまりピアノで言えば黒鍵のない状態。単にドレミファソ・・・と音が並んでいるだけで半音の演奏が出来ず、基本、一種類の音階しか演奏できない。まあ、本当を言えばいろいろ演奏上で工夫のしようもあるんだけど、基本的には。そのくらいプリミティヴな楽器であります。
その、ダイアトニックゆえの微妙な弦の響きが非常に魅力的なのだけれど、これはまあ、文章では表現不能で、現物を聴いてもらうしかない。と言うか、その不思議な音の揺らめきというもの、私にも正体が掴めていないんで説明のしようがない。原始的な楽器ゆえの妖しい響きがともかく一度聴いたら忘れられないものがある。
これはそのマウンテンダルシマー演奏では名高い女性二人組の名演集。ダルシマーのデュオにシンプルな伴奏が加わった形で、アパラチア山系で継承されてきた古い民謡を演奏しています。アイルランド民謡として名高い”Planxty Irwin”なんてのも演奏されていますが、まあ、あの曲の地味な処理では一二を争う、くらいの出来上がり(?)
干草かなんかの上にダルシマーが置かれたジャケ写真がそのまま収められた音楽の匂いを伝えていています。
秋の収穫、大自然の豊饒の中に埋もれて見えなくなりそうな、アパラチア山系の素朴な暮らしの中で人々の手に馴染んだ、使い込んですっかり角が取れ、丸くなったメロディが聴こえてくる。どこかに宗教的な、いわゆる”敬虔な”と呼びたくなる素朴な祈りの感触も伝わって来たりもして。
ともかくこんな静かな秋の夜は、ふとこの盤を持っていた事を思い出して引っ張り出し、アパラチアの山々と人々の素朴な暮らしを思いながら聴いてみる、そんな次第となっているのであります。
でも、売らないほうが良いっス(笑)