ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

我が心、高原に

2008-06-06 04:29:30 | アジア


 ”高原之心 ”by 譚維維

 昔、平岡正明の文章の中に見つけて、以来、気に入ってときどき使っているフレーズなんですが、この一枚の作り出す酔いは深い。中国の新進実力派女性歌手、譚維維が2005年に世に問うた、中国民俗派ポップスの傑作です。

 民歌調とでも言うんでしょうか、中国本土でここ数年、中国各地の地方文化に焦点を当てた、かなりレベルの高い民族調ポップスのアルバムが続々とリリースされているようです。
 まあ、私も分かっているような事を言っていますが、最近、その動きに興味を持って追い始めたばかり、全体像はまだ把握できていない。が、とりあえずここの所取り上げているチベットものなどもその中から見つけたものであったりするんですが。

 そのどれもが収められた音楽の高度なレベルにふさわしいというべきか、豪華なジャケに収められていかにも芸術性が高そうな意匠が施されている。音楽のテーマになっている地方の多くが、中国国内ではあまり豊かとはいえない経済状態にある事を思えば、なんだか落ち着かない気分になって来たりもします。

 この”民歌ポップス・シリーズ”って、今日の中国大陸において富裕層をなす大都市圏の人々が、余裕が出来た日々のうちに”再発見”した、”ファンタスティックな異郷としての我が中国辺境”への興味に答える形で市場に出されているものじゃないかな、なんて考えているんですが。

 そのような作品群の中でも、ことのほか志の高い作品と感じられたのが、このアルバム、”高原之心”です。
 モンゴル、新疆ウイグル、そしてチベット等の”高原の民”の生活と音楽に思い入れを込めて作られた”異郷への音楽の捧げもの”的作品集。

 歌い手の譚維維(タン・ウェイウェイ)は音楽大学で”民族声楽学”を専攻した後、プロのポップス歌手としてデビューした人なんで、このような企画の主人公にはもってこいの人なんでしょう。現地では”彼女が歌えば大地がいななき、小鳥がさえずる”とか言われているようなんですが、まったく新人歌手とも思えないディープな歌声を聞かせてくれます。これが身長170センチ、スッと背筋の伸びた良い女でね。余計な話ですけど。

 作品内容は、先に挙げたような地方の民俗音楽を素材にした交響詩という表現が一番あっているのかも知れません。現地の音楽の諸要素を分解再構築して作り上げた質の高い幻想。
 深く長い夜の中をゆっくりと廻りながら走馬燈が描く、遠い幻想の風景。そんな手触りで、”辺境”たるチベットやモンゴルの人々と風土に寄せる想いが歌い上げられて行く。大編成の交響楽団と民族楽器の響きが良い具合にブレンドされて織り成されるサウンド作りもなかなか奥行き深く、質の高いファンタジーを提供しています。

 アルバムの終わり近く、突然飛び出して来るジャジーにしてレイジーな”ウランバートルの夜”のリアルな手触りが、ここで繰り広げられた音楽劇のすべてが、異境の音楽に憧れて思念の旅をする都会の幻視者の夢想の産物であった事を暗示しつつ、砂漠の空高くを舞う鷹やチベット高原の陽光のもとで見つけた真実などに関わる物語は終幕を迎えます。

 夜はまだ続く。アルバムを再度聴き直し、朝が来る前にもう一度、この幻想に酔いしれてみようか。
 作品集のもたらす酔いは、ともかく深いのだから。