これは、ツイッターで見つけた報告。やっぱりそうか。心の底に隠れていた真実って、つい口をついて出てしまうものなんだなあ
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@Yamakawakenichi 細野豪志原発相は北九州での瓦礫受入れ要請のビラ配り中に、受入れ反対の女性に「みんな被爆してるんですよ!」と言ったそうだ
先日書いたとおり、体調は悪いし、パソコンは不調だしで、なかなかこのブログを更新できないでいる。今だって、パソコンをなんとかしようと散々戦って、まあとりあえずネットまで来ることはできたのだが、そこまでで力を使い果たしてしまって、もう文章を書く気力がなかったりする。
結局は、そろそろボロ・パソコンを買い換える時期だ、ということなんだけどね、もう10年使っているんだから。それも酷使。でもまあ、いずこも同じ金がない、ということで。
もっとも、ブログの更新がはかどらないのは、そぞろ自分の書くものを別のパターンに切り替える道はないか、なんて気持ちになってきているせいもあるのかもしれない。同じようなことをいつまで書いているつもりだ、なんて苛立ちがオノレの心中にないわけではない。
亡くなった伊丹十三が言っていた。若いうちは自分というものを確立するべくもがくのだが、人生、後半に入ると、それまでに作り上げてきたその”自分”というものを突き崩すのが、人生のテーマになってくると。
なんつっていろいろ試行錯誤したあげく書いてみた新しいつもりの文章、他人が読むと、以前の文章と大した変化はなかったりする。そんなものだが。
ふと「そうか、”くり万太郎のオールナイトニッポンR”は、もう終わってしまったのだな」と気がついたのだが、「しまった、最終回を聞き逃した」とか悔やむほどいれこんで聞いていたわけでもない。
「AKB48のオールナイト」とかを聞き終えたあと、ラジヲをそのままにしていると始まってしまう番組だった。私がガキの頃は、これは「オールナイトニッポンの2部」と言ったものだったが、Rと呼ぶらしい。
Rの意味も不明だ。そもそも2部もかっては各曜日の担当者がいたものだが、この頃はクリ一人が月曜から金曜まで一人でしゃべっているのだ。これも経費の削減?
そういえばタモリとかたけしなんかがやっていたころにはあの番組の一部のほう、番組冒頭のスポンサー読み上げは20社とかに及んだものだが、昨今では2~3社の社名が読み上げられるだけで、一社提供になっていることも珍しくない。
最初は「なんだ、このオヤジは?」とか外角低めに見ていたのだが、番組でクリがかけるのが、当方が青春時代に記憶に残った曲、それも「あ、お前もそれを聞いていたのか」なんてマイナーものも少なくなく、気が付けばクリ万太郎の放送がなんだか気になってきているのだった。
彼の言葉で心に残っているのが、彼が学校を卒業しアナウンサー目指して就職浪人をやっていたとき、流行っていたエルトン・ジョンの”グッバイ・イエロー・ブリックロード”のLPを買い、そればかり聴いていた、と言ったこと。何か妙にリアルだった。その時街に吹いていた風の匂いも想像がつく、というか俺の記憶にある、と思った。
要するにクリは一人で”ラジオ深夜便”をやっていたのだろうなあ。それにしても、何日か前に大滝詠一がゲストで出て、放送時間めいっぱい使って言いたいこと言って帰った、あの会を録音しておくのを思いつかなかったのは、返す返すも無念である。
録音と言えば、そう、今日、カセットテープを買いに行って、そんなものはもう売っていないと知って、これも驚愕した。今の若い連中って、好きなアーティストとかアイドルとかがラジオに出たら、どうやってその番組を録音するのだ?いや、ラジオなんか聞かないのか。
昨日、夕食後にダレていたら、聞いたのだった。中学時代の同級生の息子が、自ら命を絶ったと。新卒で務めた仕事も辞めてしまい、何ごとか悩んでいたらしい、とのことだったが。
そうか。いろいろ悩んでいる息子、の気分で未だに生きている自分だったが、とうの昔に”死なれる側”の年齢に回っていて、それを決め技に使う訳にも行かなくなっていたのだった。