ツーリングも4日目、そろそろ体調も回復してきました。
出発の4日ほど前に激しいのどの痛みで目が覚めて、これはまずいことになったと消沈状態でお店のシャッターを開けようとしたときにぎっくり腰をやらかしてしまっていて
出発までの激務の中、できるだけの治療を試みてスタートしたのですが、出発してからというもの日に日に具合は良くなってきているし
慢性的な腱鞘炎さえも腕力を使う作業をしていないのでほぼ気にならない状態にまで回復しています。
一方通行の多い(ように思えた)八戸市街地を早朝のうちに脱出完了。
出発前は喉と腰の痛みと、一週間ずっと雨ばかりを覚悟していたのですが
一昨日と昨日にに続いて今日も雨雲を避けることができそう。
「まさかり」のような形の下北半島に入るとその取っ手の部分はあまり曲がることはなく道は真っ直ぐ
時間も時間だしかなりのハイペースが可能でどんどん北へと進んでいる感覚。
ココは三沢航空科学館、もちろん時刻が早すぎて中には入れませんがこの先さらに奥には三沢基地
戦闘機が飛び立つ場所としてニュースでよく耳にしますね。
下北半島の太平洋側、原子力発電所があるからなのか、民家はあまり見当たらず
かと言って海際が見えるでもなく、ただひたすらに一本道を突き進みます。
なんでこんなところにゲートがあるのかと思ったら、尻屋崎周辺の牧草地に放牧されている
寒立馬(かんだちめ)の移動を制限し遠くへ行かないように設置されているそうです。
自動開閉のゲートが開くのは朝から夕方まで、そして冬期間は閉鎖… なんだかこの先、特別なゾーンに入っていく感じがしてワクワクします。
あーもうすぐです、下北半島の右上の突端
見えてきました灯台が!
突端の一発目「尻屋崎灯台」
平日の午前中ということもあってか人気も無くて寂しいところ、我々が到着した時は薄曇りで風も無くて穏やかでしたが
これが冬で吹雪いてたりしたら、僕なんて言うのはもう生きていける場所ではないのだろうな…
と思うのであります。
尻屋崎は、昔から難破岬と呼ばれ遭難船の多い所として船乗り達から恐れられていそうで、明治時代に入り、日本も世界各国と貿易を行うようになったため、
航行船舶の安全を守るためにイギリス人が設計し尻屋崎で焼いたレンガで建てられた灯台です。
そしてレンガ造りの灯台としては日本一の高さを誇ります。
もう二度と来ないような気もしたので、参観料を払ってまで長い長いらせん階段を登りました。
画像には写っていませんが遠くに北海道
初めて見ました、実物 (^_^;)
これより北に人が住んでいるなんて…
これは去年の(南)東北ツーリングの時
秋田の鳥海山から男鹿半島が見えた時にも思いましたがそんなことは当たり前
行けば大きな街に人はたくさん。
大阪からではありますが、走って走ってここまで来ましたから体が距離を感じているわけで、そんな気がするのも無理はないでしょう (*^^*)
我々がこの場を発つのと入れ替わりで米国人(たぶんそう)ライダーのグループが到着(その中の一人は磐梯山付近でも見かけた)
4~5台のグループでしたがアメリカンなバイクは見当たらず、皆さんDUCATIやKTMでウエアもそちら向き
バイクの動きと音(音量ではなくて)に注目
どんなふうに走るんでしょう?
違う人種のライダーさん、ツーリングレベルで一度一緒に走ってみたい。
どっちがどうの…と言うことではなく
同じ理屈で走るバイクの操作の柱というものが万国共通であることを垣間見たいと思うのであります ( ´ ▽ ` )
今日はこのまま1日を下北半島にあてているのですがそれほど時間に余裕も無くて次の目的地に向かいます。
尻屋崎までの東岸のルートから一転、陸奥市に入ると尻屋崎線にはまなすラインに恐山公園大畑線と
気持ちよく走れるワインディングの連続。
林間のワインディングを抜け、少し景色が開けてきたかと思ったところで
突然に漂う硫黄臭。
恐山に到着です。
恐山と言えばテレビの心霊特番か大晦日の「ゆく年くる年」でおなじみ程度のものでしたけど
下関からだと最も遠い日本三大霊山のひとつにとうとう来てしまいました。
恐山菩提寺の境内には、恐山温泉があり、無料で自由に入ることができるようです。
これは是非入っておくべきだったのかなと後で思いましたが、なんだかこの世ならざる雰囲気の中
呑気に温泉に浸かる気持ちにはなれなかった。
お寺の本堂から先に進むと硫黄と岩…地獄のような光景です。
僕は霊感なんて持ち合わせていないので
「わたし、もうこの先へは進んでいけません…」などということはなく
立ちこめる硫黄臭と静かで荒涼とした風景の岩場を言葉少なく参観しました。
しかし岩場地帯を抜けると風景は一変し、活火山のカルデラ湖である宇曽利湖畔は
極楽浜 と呼ばれそのエメラルドグリーンの鮮烈な美しさがかえって不気味さを感じさせる
11月から4月いっぱいの冬季は閉山
こんな厳しい場所なのに、今は静かで穏やかで荒涼とした風景…
普段生活している場所とは違う感じがするのでありました。
恐山の滞在が当初の予定より長引いた(そもそも1時間以内でというのは無理でした)ので
ここからは気持ちを引き締めて進まなければいけない。
恐山で知らず知らずに罰当たりなことをやらかしていて、この後不思議なトラブルに見舞われでもしないか
ちょっとした不安を抱きつつのハイペース。
そして突端の2か所目、下北半島でも最北端の「大間崎」に到着です。
対岸に北海道、さらにくっきり近くに見えています。
この近くからフェリーに乗れば1時間半ほどで北海道の函館にも行けるのですね。
和歌山の近代マグロ、那智勝浦漁港でもマグロを食べ、そして気仙沼ではマグロの心臓まで食べてきているので
ここ大間でマグロを食べないわけにはいかないと
「時間的に厳しい」と訴えるアドベンチャーに逆らってマグロ丼を一気にかきこんで、本州最北端をタッチアンドゴー的滞在でした。
これから下北半島ののカタチを例えて「まさかりの刃」の一番下のところ
脇野沢から「むつ湾フェリー」に乗船し、津軽半島へ渡ることになっていたのですが、普通に走っていたのでは到底間に合わないのは明らか
我々、これまで何度もムリだと思われながらもフェリーの車両甲板に滑り込んできたので
今回も望みを捨てずに走り続けるのですが、
この下北半島の西岸…ココも美しい豪快なワインディングの連続でしたので当然ペースは上がり、
これならもしかして…と希望的観測でもって走りに没頭していると
突然アドベンチャーのインカムに電話着信。
乗船予約していたフェリーの会社からで、どうやら車両乗船の順番が先ずバイクから始まって車は後かららしく
あと数分以内に到着できないようなら乗船はできないとのこと。
どう考えてもあと数分で到着するなんて絶対に無理
フェリーの尻尾はつかめても頭を取ることはできそうもありません。
フェリーが遅れた客を待つなんてないでしょうからここは潔くあきらめて丁重に乗船をキャンセルしたようです。
海沿いから離れた内陸の田舎道、ライディングの緊張を解いてこの後のことを考えます。
フェリーに乗り遅れた(15:30発だけどこれが最終)ということは
今日の最終目的地の青森市内へはむつ湾沿いに大きく右回りで迂回しなければいけない。
ずいぶんと長い道のりにはなりますがこれは致し方ないこと、マグロを食べたがった僕が悪かっただけで
恐山の祟りではありません (^_^;)
ただそれよりも大きな問題がありまして… このままだと990アドベンチャーの燃料が切れてしまうということ。
予定通りフェリーに乗れて対岸に渡ればガソリンスタンドはあったのですが、このまま下北半島を一周する道すがらには到達可能圏内にガソリンスタンドがマップ上に見当たらない。
それでもひょっとしたら情報にもれたGSがあるかもしれないし
行けるところまで行こうということで、さっきまでのガバガバ開ける高燃費走法をエコ運転に切り替えて走るものの
GSどころか集落も見当たらないまま990アドベンチャーはエンジンストール。
安全な場所にバイクを置き、20Km弱をK1300GTでタンデム
GSで携行缶でも借りられればと思いましたがやっとたどり着いたGSには携行缶もハイオクガソリンもありませんでした。
仕方なく、GSで販売していた灯油ポンプを購入し、ポンプで汲み上げられるだけの油面になるようK1300GTにレギュラーガソリンを補給して
990アドベンチャーのもとへトンボ返り。
ガソリンのオクタン価とかエンジンの負荷とかの話をしながら久しぶりのタンデム
そう言えば子供の時を除いて大人になってから一度だけ後ろに乗せたことがあって
積極的に曲がろうとするときにエンジンはどうなっているのかが伝わればと、本人のバイクで感じさせたあの時以来
「ほらほら、こんなに曲がっているでしょ」と後ろのライダーに感じてもらうことはできていない(そんなことできるのかな?)と思うけど
シフトの回数とタイミング…自分はこうしていますよ程度のこと。
もうずいぶん前のことですがライディングの共通語が使えるようになった遠い昔の笑い話。
そして無事にハイオク補給可能なGSへ到着
ますます時間ロスしてしまいましたね (^_^;)
この後すぐに東日本の早い日没を迎え
むつ湾を大きく迂回して
青森市内のホテルに到着したのが20時前
思ったよりはスムーズな移動でしたがかなりの距離を走ることになりました。
もう、下北半島のツーリング…ご案内できるほど。
ひと月前に開催されていた「ねぶた祭」モチーフの重厚な雰囲気の居酒屋さん
むつ湾の海の幸で本日の反省会
タフな一日でした。
お店のスタッフさんかなりの方言 (^_^;)
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