自身の作家生活を飾らず語る林真理子さん
平成30年度市民教養講座の第3回は1日、今年のNHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」原作者の作家・林真理子さんを講師に、御坊市民文化会館で開催。人気作家の話を聞きたいと詰めかけた843人が会場を埋め尽くすなか、林さんは「私の仕事から」と題し、大河「西郷どん」の制作エピソードを交えながら自身の作家生活を飾らず語った。
冒頭、林さんは「有吉佐和子さんが好きで、紀ノ川とか有田川とかに思い入れがあって」と、今回の和歌山への来訪を自身の愛する和歌山県出身の小説家を挙げて喜び、「『西郷どん』見てくれてますか?」と会場に質問。それに応えるように会場からは拍手がわいたが「西高東低で、5%違うんです。関西では『イッテQ』よりも高いが、関東じゃこの前はみやぞんのマラソンに負けて」と、伸び悩む視聴率の現況を吐露。しかし今年の年賀状に「今年は林さんの年ですね」とたくさんの人から書かれたことを「前年に日経新聞朝刊で連載してて、そこで盛り上がって『西郷どん』。『あの女、持ってるよな』とか『落ち目になると思うところにやるよな、オバサン』とか、そんな思いがこもっているのかな」と分析したり、「今、大河作家で生きている人は4人しかいない」とその名前を挙げたりして、「本当にありがたいこと」と大河作家になれたことに感謝した。
大河ドラマの大役を引き受けることになった経緯を語る場面では、徳川慶喜の妻を描いた「正妻」を書いた後「今から4年で維新150年。絶対に大河は幕末。この前は長州をやったから、次は薩摩。西郷をやってみろ」と人から勧められたが「無理だなと思った。慶喜のような変わり者なら書いていて楽しかったが、こんな偉人中の偉人は」と尻込みしたこと、しかし「背伸び無くして進歩なし」と奮い立ったこと、鹿児島に取材に行ったら、20数年前に田辺聖子も自分と同様に、西郷を支えた3人の妻を書きたいと言ったと聞いて驚いたことなど、逸話をいくつも紹介した。
「歴史小説は、ものすごくお金と時間がかかる」と、書くまでの史実研究や、書く段階での方言や史実の確認、編集者とのときに言い争いにもなるやりとりなどに触れ「歴史哲学を日頃から鍛えておかないと、上っ面のものになる」と、歴史小説に臨む真摯な姿勢。自身が「西郷どん」を書いたことで今、若い作家らも福沢諭吉や勝海舟などを題材に小説を書き始めたことに「私に触発されて若い作家が『よし、やったる』と活気づいたのがうれしい。私も勝海舟を書いてみたいな」と続けた。
「歴史小説を書く上で、書き出しはできるだけ華やかに楽しく」との思いから、「西郷どん」の最初に、西郷の息子・菊次郎を登場させた思いも解説。取材するなか、西郷どんの弟・従道の玄孫にあたるという大学生に出会い、大河ドラマに少し出演してもらったエピソードにも触れた。
北方謙三に「まるで男が書いているみたい。なぜ男の心情がそう分かるのか」、渡辺淳一に「一番おもしろくて難しいのは男女の情緒を書くことだよ。男と女の情緒を書きなさい」と言われたことなど、他の作家とのやりとりも紹介。副理事長を務める日本文藝家協会では、富士霊園に文学者の墓をつくっていて、自身も購入したら「なんと向田邦子さんの隣で。向田さんのお墓参りに来た人が、お線香の余ったのを一本くれるに違いない」と笑いを誘った。
「60代が一番書けると、田辺聖子さんが言った。その言葉を信じて書き続ける」と林さん。母親は101歳、父親は92歳と、長寿だった両親から「わたしもそのくらいまでいける。そして私たち作家には、寂聴先生という希望の星がいる。わたしは寂聴に似ていると言われるから、それまで書ける」と今後の執筆活動にも強い意欲をみせた。
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