kotoba日記                     小久保圭介

言葉 音 歌 空 青 道 草 木 花 陽 地 息 天 歩 石 海 風 波 魚 緑 明 声 鳥 光 心 思

オジ、恋し

2008年01月18日 | 生活
労働後、急いで帰って、読書、
といきたいところですけれど、
現実は違います。
週末にかけて、天気が悪いらしいので、
今日のうちに洗濯。
明日は晴れるので、
今日しかチャンスがないのです。
洗濯を終えたら、
もう就寝時間。
うー、オジ、早く帰ってきてくれー、
もう疲労困憊じゃけん。
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川上未映子

2008年01月17日 | 生活
昨日、川上未映子のブログを見ていて、
ずっと今日は川上未映子のことを考えていました。
やっぱり、早く読みたいなあ、とそればっかり。
ブログの文も相当、ヘンテコだし、
かなり興味あり。
早稲田文学に作品を掲載しているのだと思っていたけど、
ユリイカとか、いろいろやっていて、
歌手でもあったなんて、知りませんでした。

帰宅。「指先からソーダ」読む。


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魅惑の図書館

2008年01月16日 | 生活
県立図書館へ、本を返却。
高橋源一郎著「ニッャ唐フ小説」未読のまま。
再度、借りるつもりが、閉館日。
昨晩チェックして在庫確認してある本のリストも、
持っていたのに、と。
あまりに悔しかったので、
市立図書館へ。まだ閉館時間に間に合いそうだし、
自分でも用意がいいな、と思うのは、
市立の方の在庫確認のリストも持っていたこと。
といのは、図書館というのは、あたたかい布団の中のように、
「ずっといたいな」と思う所で、
ずっといると、3時間ぐらいはすぐに過ぎてしまい、
学習した結果、「在庫確認」をしてからしか、
行かないようにしています。
これも読みたい、とやってる時間が今はないので、
というか、読まずして返却するのも常だし、
それじゃあ本末転唐ナ、
「これを借りる」と断固として決心して行かないと、
だらだら居着いてしまう場所、魅惑の図書館。
で、
市立で借りた本は、
「浮き世でランチ」は、すでに借りられていた、残念。
で、
山崎ナオコーラ著「指先からソーダ」、
荻世いをら著「公園」、
中山咲「ヘンリエッタ」、
佐藤友哉著「子供たち怒る怒る怒る」。
です。
で、早速、「指先からソーダ」を読み始めました。

今日、芥川賞の発表で、
山崎ナオコーラが獲ると僕はある理由で確信していたのですけど、
受賞は川上未映子。
なるほど、とこっちも納得。
川上未映子は県図書に一冊在庫があったのに、
これでしばらくこの作家、マジで読みたいと思っていたのに、
また読めないです。
でも、文藝春秋を買おう。
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死んだら死んだで生きてゆくのだ

2008年01月15日 | 文学
晴天の極み。

夜は草野心平を読んでいました。
この詩人は蛙の詩が多いのだろう、
と思っていたら、
どうやら「富士山」シリーズも多いようです。
それに、時代背景では、宮澤賢治や八木重吉を、
詩の同人誌に誘っていたり、
棟方志功のなんかのパーティに出席している写真もありました。
宮澤賢治、八木重吉、棟方志功なんていったら、
僕がかなり好きな人達ばかりで、
今更ながら、草野心平に出会っているのです。
思い出して、確か、棟方志功の版画にも、
草野心平の詩を彫っている作品があって、
「草野心平」という文字も彫られていました。

読んでいて、いわゆる、「来る」詩が本当に多くて、
かなり好きです、この詩人。
ユーモアがあるし、
蛙が蛇に飲み込まれて死んでゆく詩があるのですけど、
その中で、
「ふん、ただの生理じゃないか」
という「生理」という言葉と、
あまりにもいろんなひとが自分の言葉のように使っていて、
僕にはなじみがある言葉、
「死んだら死んだで生きてゆくのだ」
というフレーズが、
蛇に飲み込まれた蛙の詩の中に、
あります。
読んだ本は、赤い装丁の日本の詩全集のシリーズで、
集英社の日本の詩16の、
「草野心平・村野四郎」でした。
もっと、この詩人の詩をたくさん読みたいと思うのです。
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温野菜

2008年01月14日 | 健康
確か二年前の冬は、年末年始にかけて、
ずっと小雪が舞っていた。
多く降る時もあり、
残雪が町中の日陰にずっとあった。
今年の冬は暖かい。
それが実感できる理由は、
朝、自転車で走る時、
「やっぱり寒くない」
と思うからです。
手袋なしでも平気だし。

それでも、今日は風が強い日で、
体感気温がぐっと下がって、
すごく、というほど、寒い一日でした。
僕らはなるべく風の通り道を避けていたのですけれど、
それでもずいぶん寒かったです。

風邪をひいているわけじゃないけれど、
Sさんがずっと言い続けている風邪の時、及び風邪予防には、
「ネギだよ」という言葉がずっと残っていて、
最近はネギ、ニンニク、ショウガなどで、
体を温めています。
基本的に根菜中心の筑前煮を毎日食べているので、
体調は良いです。
あと、温野菜の種類をテレビでやっていて、
にんじんや、かぼちゃなど。
体を冷やす野菜は、大根とか、いろいろ。
え、じゃあ、冬は大根の季節だし、だめじゃん、
と思っていたら、「煮れば良し」なんて言ってやがる。
それって、ただ温めたからじゃねーのかよ、と思。
たぶん、温野菜って、水分が少ない固い野菜が主じゃないでしょうか。
興味がある方は、調べて教えてください。


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アラーキーの言葉

2008年01月13日 | 生活
荒木経惟著「幸福写真」読了。
といっても、写真集だから、観了。
といっても、文もあるから、観読了。

アラーキーの本はこれで4冊目ぐらいだけれど、
相変わらず、言葉も良いです。
たぶん、
録音した肉声を、出版社が文字にしているのだろうけれど、
この本に限らず、アラーキーの言葉って、
生活、生で活きている、っていう感じです。
軽やかで、あたたかい言葉たち。

すごくここに残しておきたい文があるので、
引用します。

「1パーセントの
   幸福を
  切り取る」

ハレの日もあればケの日もあり。
不幸ばかりだという人がいても、
アタシは写真で幸福をと思ってる。
100パーセントの不幸ってないと
信じてるからね。もし九九パーセント
不幸なものがあっても、残りの一パーセント
の幸福な瞬間に俺はシャッターを押す。
どちらの瞬間にシャッター押すかで写真は違う。
でも、今の気分としては、できるだけ生き生きした姿を
写したい。そうして一パーセントの幸せを永遠にする。
そう思ってシャッターを切る。
だれかの一瞬の笑顔が、暗い空気や落ち込んだ雰囲気を
消し去ることがあるでしょ。写真だって、そんな力が
あるかもしれない。写された人も、その写真を見た人も、
「あ、これが幸せなのかもしれないな」と気づく、それが
幸福写真なんだよね。


です。
アラーキーの写真に添えた短い文や、
上記のような長い文、
この「幸福写真」という本、
すごく素敵で、
現代は、「モノクロ」ということも
書いてあります。

さて、今から「のだめカンタービレ in ヨーロッパ」の後半を、
録画でもう一度見ます。
で、もしまだ眠くなかったら、
高橋源一郎著「ニッャ唐フ小説」をスタート。

      
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詩臭 

2008年01月13日 | 文学
日曜日なのに忙しいです。
でも、この日記を書く時が、
一番楽しいです。
一週間分の日記は、
時間が経っているので、
物語るにはふさわしく、
ならば、日記とは言えないのですけれど、
あー、僕の時間だ、という喜びと楽しみなのです。

今朝はよく晴れると天気予報が言っていましたので、
さっそく、布団を干して、
近くの神社に、古いお札を返しに行きました。
筑前煮を作り、手紙を書きました。

藤井貞和著「人間のシンャWウム」を再読。
もうこの詩人のこの詩集は、
なんといったらよいのかな、
わかんないな、
すんごいです。
言葉がこれだけすごい人って、
少ないんじゃないだろうか、
と思います。改めて。
何がこんなに凄いのか、
他の藤井の詩集も読んで思います。

一緒に借りた多和田葉子(小説家です、基本は)著「傘の死体とわたしの妻」も、
良いのだけど、
藤井貞和の方が、断然凄い。
スピリチュアルな感じで、
言葉が迫ってくるというか、
この世の言葉じゃないのじゃないか、
よその世界で歌われる歌詞のようでもあり、
言霊だらけの詩臭(この誤字は素敵なので、このまま)です。
ほらね、来た。
こういう奇蹟的な誤字が来るのです、
藤井貞和の言霊を呼んだ(読んだ)あとには。
もう、言葉って最高です。
こういうことがあるから、やめられないんです。

さて。
これからいろいろ。
外で、風、ぴゅうぴゅう、鳴って。
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山崎ナオコーラ

2008年01月12日 | 文学
朝はまだカッパが必要なほど、
雨が降っていました。
そのうち小糠雨になり、
グレイの空に、少しだけ青空が見えた時は、
やっぱり、うれしいものです。
午後になってから、強い風が吹き始めましたけれど、
ほどなく風もやんで、天気は静かになりました。

午後、ハッと気が付いたこと。
今週作った筑前煮が、結構おいしくできたのです。
その理由が、パッと判ったのです。
いつも少ししか入れていなかった鶏肉を、
今回はとても安かったので、一パック全部入れたのです。
だからダシもよく出たのだろうし、さらに油感も出て、
良かったのだろうと思いました。
そのことを、Mさんに言ったら、
Mさん流の筑前煮の作り方の報告がありました。
「はあ、なるほど」、
と僕は言いました。
Mさんは母方のおじいさんに風貌が似ていて、
体が大きい人です。

---

先日、ツバキノオジが、
「芥川賞の候補が書いてある」
と言うので、
「あ、そうか、もうそういう時期か」
と新聞を見てみると、
山崎ナオコーラ著「カツラ美容室別室」が候補になっていました。
それからぼんやり山崎ナオコーラのことを考えていました。
今日は特にそんな日です。
山崎ナオコーラ。
「人のセックスを笑うな」というタイトルでもそうですし、
まずタイトルがとても良いです。
「カツラ美容室別室」は未読ですけど、
「室」を二度使って、「別室」をくっつけるセンスには、
本当に嫉妬します。「カツラ」という言葉もかなりおもしろいですし、
「人のセックスを笑うな」は、3回は読みました。
すごく言葉が作る空気感が心地よくて、
内容よりも、筆! という才能ある小説家です。
たぶん芥川賞は、山崎ナオコーラが獲るでしょう。
「カツラ美容室別室」も、おもしろいに決まっているから。
HPの日記を読んでみると、
「わたしは自分のことを誰かに判ってもらいたい、ということがない」
といったことが書かれてあって、
あ、そうそう、と大納得しましたし、
それは小説を書く上でのことでしょうけれど、
とても大切なことだと思います。
「人のセックスを笑うな」の中で、

「大晦日の夜を、恋人と一緒の布団に入って過ごしていくことは、
とても幸福なことだと思う」
ということが書かれてあって、
なんでもない思いを、ちゃんと、見過ごさず、通り過ぎずに、
書く作家です。

どうして、年末、図書館でこの作家の本を借りなかったのだろう、
と僕は僕が不思議で、すっかり忘れていました。
「浮き世でランチ」もまだ未読だし、芥川賞の候補になったから、
というのじゃなく、候補になっていて、この作家を思い出したのです。
まあいいや、また今度借りよう。

---

山崎ナオコーラの事や、言葉を思い出している流れで、
映画「虹の女神」の中の言葉を思い出していました。
恋人達が、
「俺たち、さびしいな」
と市川隼人が言い、
「さびしいね」
と上野樹里が言います。
このセリフがもの凄く良いのです。
言葉が映像の中で活きている箇所です。
一読、なんでもない会話なのですけれど、
勿論、演技も良いのですけれど、
このセリフを活かすまでの物語のことを、
重要だと今日、思っていました。
突出した言葉は、
その言葉だけでは無理で、
そこまでの過程があってのこと、
を、ずっと考えていました。

久しぶりに早く帰り、洗濯をしていたら、
才能ある詩人からの電話が鳴りました。
それからいろいろ用事を済ませ、
録画した「のだめカンタービレ in ヨーロッパ」を、
もう一度見ていたら、もう眠くて、
明日を有効に使うため、
お風呂に入り、日付が変わるまえに眠りました。




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信号待ち

2008年01月11日 | 生活
昨夜、帰り道、すんごい遅い時間、
交差点で、信号待ち。
僕は自転車にまたがったまま、
信号が青になるのを待っていました。
隣、というか、そばで新品の上等そうな自転車を、
小さな円を描いて、漕いでいる人がいました。
たぶん、運動不足を解消するため、
今年から会社まで自転車通勤にした、
という感じのサラリーマン。
グッズも凄くて、手袋は革製だし、防寒具も、
黒の高そうなジャンパー。
靴はスメ[ティーな(といってもわかないですよね、すいません)感じ。
で、おとーさんは、くるくる自転車で円を描き、
信号待ちです。
ガソリンスタンドの前で、明るいのですけど、
夜が遅いので、静か。車もほとんど通りません。
の、時、
今年から自転車通勤にするんだおとーさんは、
くるくる小さな円を描き、ペダルを漕ぎ、
ぷう、
と、
屁をしました。
僕が聞こえないふりをしたのは、
言うまでもありません。
でもここには必ず書きとめておこう、
と作家の僕は思いました。
そして、信号が変わったので、
僕らは夜を進みました。

---

新潟出身のUさんから、
奥さんとのなれそめの詳細を聞き出し、
「春雄と、かつ子の恋物語」
と記しました。

昼間は晴れていたけれど、
夜になって雨。


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東京ボン太

2008年01月10日 | 生活
昨夜も夜遅くの道を、
自転車で走っていました。
先の信号が赤になり、
横断歩道の前で待っても良いのですけれど、
手前に、
とっても大きな、大好きな大木があるのです。
僕はその大木の脇に自転車を停め、
手袋をとって、両素手で幹に触りました。
ぺたぺた、と。
信号待ちじゃなかったら通り過ぎてしまうのが常です。
で、「おめでとうございます」
と木に挨拶をしました。
見上げると、夜の中で緑色だろう葉がいっぱいで、
激しい雨が降っても、ここなら濡れないだろうな、
と思いました。
そいで、信号が青になったので帰りました。

あたたかい冬です。
「もう春の感じがするなあ」、
と言葉にしていました。

夜は眠くて、オジが、
「馬は立って眠る」
とか、言っていました。
そして、
「小久保君、『東京ボン太』、って」
とオジが言った途端、疲れているのも手伝って、
「東京ボン太」の言葉だけで、大笑いしてしまいました。
オジは東京ボン太という昔の倹lについて、
何かを話そうとしたと思うのですけど、
「オジ、すんごいインパクトがある名前じゃもんでさあ」
と笑いの理由を言いました。
「確か、唐獅子模様の風呂敷を背負って・・・」
と僕。
それで東京ボン太の話は、
打ち切りになりました。

疲労困憊の僕らは、
中日ドラゴンズの話をして、
涙を流してしまいました。
というのは、
以前、中日新聞の「中日春秋」で、
時事問題と重ねて、書いてあったこと。
「確か巨人に行って、投手で、でも、ぜんぜん駄目で、中日に移籍して、
そのナントカ、ちゅー、投手が、巨人に入ったはいいけど、
駄目だったので、すんげえ凹んで、中日来て、そいでも、すんげえ凹んでて、
かなり凄い投手なんだけど、とにかく凹んでて、
で、そのナントカ、ちゅー、投手がさ、ロッカールームに行ったんじゃと。
すると、そこで、中日の選手数人が着替えながら、
『ナントカさんを、もう一度、男にしてやろう』と言ってたのを、投手は聞いて、
男泣きしたんだって」
という話を、オジにして、
もう僕はすでに涙目で、オジも暗がりの中で、涙目で、
「オジ、わいら、あほか? これじゃあガキじゃねえ」
オジは涙をぬぐって、
「で、その投手は中日で活躍したんかい?」
と言うので、
「どうだろう」
とわいは答えた。
それが一番笑えてきて、
「やっぱり、駄目だったかも」
というところで、わいらは手打ち。
「その美談で、わいは中日ドラゴンズが好きになったけど、
こうして話してるとオジ、美談ばっかりじゃねえよなあ」
とわいらは、予想もつなかいひどい話を中日ドラゴンズに想像して、
夜は更けてゆきまーした。



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布爺と、あんパン

2008年01月09日 | 生活
布爺という、仙人みたいな方が労働場にいます。
もう完全に仏、入ってるー、と僕は思っていて、
「布爺を大切にしないとバチが当たる」
と僕はツバキノオジに言います。
食べるひまがない時、布爺が歩いていると、
「あ、食べてないな」とオジと言います。
すぐ判ります。ふらーり、ふらーり、と歩くからです。
「霊が歩いてる」
とオジが、ぼぞと言うものだから、
もう腹が痛いぐらい、笑えてしかたがありません。
食べ物を買いに行くのが面唐ネ時、
「腹がへったということは、健康な証拠だ」
と布爺は僕に言います。
で、そういう時は大抵、僕らはコンビニにダッシュ。
布爺は、あんパンが大好きなので、買うのはあんパン。
歯がない布爺に、
「歯、入れたら?」
と言うと、
「歯、入れたら死んでしまう」
と布爺が言うのだから、本当にそうなのでしょう。
「だから、飲み込むんだ、あんパンをな」
とツバキノオジがまた親しみを込めて、ぼそと言うので、
笑えてしまうのです。
布爺。
もう70を越えているのに、
とてもユーモアがあり、覇気があり、
朝でも、僕が聡怩オていると、
「おはよう!」と声をかけてくれます。
それも凄く素敵な笑顔で。
あんな良い顔に僕もなりたいな、
と思うのですけど、無理でしょう。
高田渡さんというフォークシンガーがいます。
僕は布爺の風貌を、
たまに高田渡さんに重ねています。

今日、先行予約で、
奥田民生のコンサートのチケットをゲットしました。
名古屋はレインボーホール。
ここは一度も行ったことがないので、
その会場の大きさも楽しみの一つです。
数年前は、名古屋のチケットが取れず、
稲沢市民会館で奥田民生を見ました。
今回も指定席ですけど、オールスタンディングでしょう。
稲沢の時に後悔したのは、
Tシャツを買わなかったこと。
今度はぜったい、買うんだ。
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1分間

2008年01月08日 | 生活
昨年、熊野本宮に大麻(お札のことですよ)の郵送手続きをしました。
昨日届いて、
今日の夜、古いお札と届いた新しいお札を替えました。
「小久保君、それでいいんだ」
とツバキノオジは言います。
「熊野まで参拝できない人のために、お札があるんだ」
とオジ。
熊野本宮大社というお札は、神殿と考えても良いのでしょう。
本来は、近くの神社に参拝するのが常なのでしょうけれど、
そうもできないので、家の中で、参拝、ということらしいです。
僕の家には、三枚のお札があり、念は神主さんが入れているのでしょう、
伊勢と熊野のお札は特に、一見、かなりの強い言霊を感じます。
それでも、本当に一年、念をお札に宿らせるのは、僕の役割で、
いつもながら、ぱんぱん、と柏手。
古いお札は、近くの神社に持っていけば良いのですけど、
夜よりは、断然朝の方が良いと思うので、
今度の日曜日にでも、持って行こう。


先日、新聞で風邪予防の記事がありました。
手洗いとうがいで、記事は手洗いの記事が中心。
風邪の80%は手からの感染らしいです。
それで正しい手洗いの方法が書いてありました。
家に帰ったら、まず最初に手を洗うこと、
そして1分間は丁寧に洗うこと。
指の間や、手首まで。
らしいです。
いつも手洗いうがいをしていても、
なんでじゃあ! と風邪をひく僕は、
この「1分間」の記事で、かなりハイ。
10秒ぐらいじゃだめなのですね。
労働場で初めて使用した、「キレイキレイ」という泡がでる洗剤で、
今は一分間、必ず洗います。勿論、うがいも。
矢野顕子が誰だったか現代詩の人の歌詞を歌っていて、
「1分間」という曲名ですけど、
「ひじょうに静かな1分間」と歌っているのを、
今書いていて、思い出しました。

あたたかい冬の夜です。

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冬の景

2008年01月07日 | 生活
先日、ん? と思ってベランダを見たら、
鳥がとまっていた。
七階なのに、鳥なんてめずらしいな、と思い、
携帯を近づけて撮ろうと思ったら、
目が彼にはありますね、逃げました。
朝から気分の良い小さな出来事でした。
たぶん、あの大きさ、色からモズだと思います。

今日は、くもり。
ずいぶん夜遅くまで労働で、
串カツ屋さんの御主人に、
僕とオジは串カツをごちそうになりました。
熱い串カツは、口の中を油だらけにしました。
おいしかった。

今の時期、早朝に、
マンホールから湯気が立ちのぼっているのをよく見るのですけれど、
あたたかいのか、あまり見ないのです。
ところが、
今日の夜遅く、いつもの交差点で、
マンホールからモクモクと湯気が立っていました。
ドライバーの視界を妨げるほどに。
たぶん、お風呂のお湯が下水に流れ、
下水管の中はあたたかいお湯が流れ続けているのだろうと思う。
それで、下水のマンホールの穴から、湯気が出ているのです。
僕の家の近くのマンホールでは、それを見ることができるのです。
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興奮、未だ、醒めず

2008年01月06日 | 文学
午後から、S宅へ。
「のだめカンタービレ」の話をずっとする。
のだめファンの奥さんも途中から加わり、
さらに、のだめ話が加速する。

今日、S宅に行こうか、
録画したのだめを見ようか、迷ったけど、
今日はのだめ、やめておいた。
これ以上見たら、明日から僕は労働に行けなくなってしまうくらい、
切りがなくなるから。
で、S氏に会って、
まあ、お互い、話す事柄は、山盛りだし、だったし。
それでも、気が付くと、僕はのだめの話になっていた。
「のだめに戻ったね」
とご馳走を頂きながら、結局、文学の話をしていても、
文学に絡ませて、のだめのことばっか。
「のだめカンタービレ」のサービスの良さとか、
のだめをこれだけ集中して見ていると、
無駄なことなんて、一つもない、
ということを僕は語っていたのでした。

それと、昨夜の「in ヨーロッパ 後半」で、
教師にピアノを習うのだめがいました。
そこで、作曲者モーツァルトが、
どんな環境で、どんな状況で、時代背景はこんなふうで、
どんな気持ちで、
この曲を作ったのか、という勉強を、
のだめがやっていないことを、厳しく注意されていました。
結果、のだめはモーツァルトを猛勉強して、
無事、素晴らしいリサイタルをやるのですけど、
そのことが、今朝起きた時の一番の関心事でした。

大江健三郎が、ブレイクならブレイク、ダンテならダンテ、フラナリーオコナーなりを、
読む。
大江が、ずっと本でもテレビでも言っていたのは、
一人の作家を、伝記からでもいい、作品からでもいい、評論からでもいい、どこからでもいいから、集中すること、ということをしきりに言っていたことです。
つまり、一人の作家を徹底的に勉強することで、
他の作家の深みまで、判るという意味あいでした。
僕は高橋源一郎という作家をかなりやりましたけど、
大江が言っていた通り、高橋への理解が深まるにつれ、
現代詩が判ったような気に今でもなっています。
それを、昨日の、のだめがモーツァルトを勉強することで、
その楽曲への理解が深まり、それが演奏の音として出る、
そのような勉強方法が、音楽にはちゃんとした名前(忘れてしまったけど)で、
存在していて、
それが、いかに、クラシックを学ぶ時、大切であるかを、知りました。
地味なようですけど、
大江が言っていたことと重なりました。

そんなことを、S氏、それと、あとから、のだめファンの奥さんも交えて、
ずいぶん話してきました。
未だ、昨日までの、
のだめカンタービレの興奮が、
醒めやらぬままで。

地下鉄の行き帰りで、
多和田葉子著「傘の死体と私の妻」読了。
藤井貞和著「人間のシンャWウム」再読。
いずれも、現代詩ですけど、
かなり両方とも、凄いです。
こういうのを読むと、
本当に「ここまでやっていいんだ」
と、勇気が沸いてきます。

何度も書きますけど、
「のだめカンタービレ」の全部は、
本当に笑えるし、泣けるし、情熱があるし、純粋だし、美しいです。

しばらく時間をおいて、
昨日の、のだめは勿論、
シリーズ最初から、
録画してあるし、
見たいな。
本当に、
良いお正月でした。


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のだめフェスティバル、終演。

2008年01月05日 | 音楽
「のだめカンタービレ in ヨーロッパ 後半」、
見終わりました。

最後の、モーツァルトと、

ラヴェル。

ラヴェルはよく聴いたので、
うれしかった。つーか、聴いていたのを思い出した。
サティに似ていて、よく聴いた。

あー、のだめ、終わった。
ちょっと、思ったより湿っぽかったなあ。最後。。。

ま、でも、改めて、「のだめカンタービレ」を最初から、
元気のないときに、また観よう。

いやあ、楽しんだ。
今年の年末年始は、
のだめオンリーでした。

もう、続編はない。
ない方がいい。

新たな、
明星。

コメント (2)
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