kotoba日記                     小久保圭介

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12キロ

2016年07月06日 | 生活
昼すぎ
いや
夕方

荷をおろす
ドサッと
12キロの
荷をおろす

体が軽くなり
そのまま
横になる

やっと終わった
これで終わった

何十年の苦役を
おろす
ドサッと
おろす

空っぽになったことには
気がつかず
耐えられなくなって
12キロ
おろす

この感覚
はじめての

誰にも告げず
何にも記せず
言葉をひとり
出すこともなく
「終わった」
と思うのだ

結局
何も得ることができなかった
みんなのように
家庭も
子供も
財産も
恋人も
名誉も
志も失い
夢の本当の終わりを実感し


夜に一階で眠る
薄暗がりの中で
何十年の重ねを
回想する

あの時
図書館で
たくさんの本を借りた
詩と小説と評論と哲学
借りてはみても
たいてい
批評と哲学は読めずに
返した
その道すがら
夢が前にあり

まだ若く
昼夜の労働の隙間を見つけ
夜回りの車の小さな灯りで
真っ暗な土の道
電灯の真下で
谷崎純一郎の
『陰影礼賛』を
読んでいた

畑が見える窓に
机を置いて
ストーブを炊き
正座して
原稿用紙に
詩を書いていた
万年筆で
ブルーブラックの

桃の木に雪積もり

アクリルで
絵も描いて


ふらふらになって
ドアを開け
朦朧として
床に腰をおろし

「」と『』であるとか
一行下げることとか
?マークのあとに一マスあけるルール
最後に
(了)を付け
そんなイロハさえも知らずに

公園でひとり
山に毎日
散歩に出かけ
もう一つの公園のブランコに腰かけ
夜の空を見たり
草の先の花を見たり

東京リーガルマインドとマジックで書かれた
捨てられたワードプロセッサー
文豪ミニと名乗ったその機械
「もってゆく?」
廃品される文豪ミニを地下鉄に乗って
持ち帰り
説明書がないので
NECにゆくと
丁寧に編集フロッピーと
分厚い取扱説明書を
コピーしてくれたおねえさん
「無料で結構です」
そのありがたさに応えるように
文豪ミニで
日々書いた

以前からローマ字入力の
ブラインドタッチは
地下鉄の席に座っては
見えぬキーボードを膝に置き
ひまさえあればやっていた

ローソンへの
横断歩道を渡ったり
偉そうなことを言ったり
現代詩のような小説に
希望を見出したりしては
季節はまわる

冬には棟方志功
夏にはキャラバン

いろんなことがたくさんあって
いろんな人にたくさん会って
いろんな場所に出かけては
ひとり 静かに
夜を見ていた

アロエの歌を歌ったり
自転車でセザンヌ先生に会いにゆき
内田樹の話をしたり
金子光晴のマレーシア紀行の文庫を
書庫から出してもらったり
「凄い集中力ですね」
と言われたり
「何でも小説にしてしまう小久保さん」
と言われたり


階段をのぼり
おり

そんなことが
何十年
ドサッとおろした体を横たえ
泣きはしなかったけれど
挫折感と
失望感に
やわらかく包まれていた

翌日に糸口を見出すことも知らず
数日後
新しい
道を歩くことも知らずに
今までなかったような
ドサッとした
荷のおろし方に
静かな安らぎを感じて
眠った

翌日
とても暑い日になることも
知らず

種はすでに撒かれていたことさえ知らず
芽を出すその緑の小さな形
土を盛り上げ
土と土の間から
ぐっと外に突き出る
小さな緑のやわらかい芽
空へ
光へ
伸びようとする
芽の
生命の力を知ることもなく

今日を眠る

希望は
必ずやってくる
自身の意味とは関係なく
自身のおごりに関係なく
胸の奥にしまわれたもの
言葉の宿のありかを知らず

夜 荷をおろした覚悟のみ
刻印された胸をさすって
その奥の
こころといわれるところには
本当には触っていなかった
この手


終わることで
RESETされることは知らされず
緩やかな日々が続く


言葉の
生命力は
自身をはるかに超え

のち
土を盛り上げ
土と土を撥ね退け
空へ
光のあるところへの
根の命令に従って
芽は地中から
光合成を目的に
伸びて
出て
来るのだ

水が降る
光が注ぐ
土の微生物が
動く

根は芽になり
葉になり
茎になり
大葉になり
フラクタルに採光に萌え
新しい茎を作り
花を咲かせ
実をつける
鳥が実を食い
糞とともに
土に落とされ
土の中で
発芽して
また
薄い
やわらかい
緑の芽
上に伸び

その循環を
絶ったつもりの

12キロの
荷をおろした
体は
知るよしもなく

ソファーの下の
暗がりを見て
「終わった」
と思うのだ

あからさまな
軽薄の思考で




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