サンチャゴから三十分ほどで、古代からの町パドロンが見えてくる。古代の名前はIRIA FRAVIA。この名前、紀元後一世紀ローマ皇帝のフラヴィウス朝に由来する。同じ名前の小さな村落もまだ残っている↓こういう教会を覗いてみたくはなるけれど、全部はとてもむり…
古代からこの名前だったSAR川は、今は小さな流れ。かつては港だったそうだが、そんな痕跡はどこにも見られない↓
旧市街の中心部が「聖週間」で通行止めだったので、少し大回りしてバスを止める。歩き出した道はずいぶん古そうな部分が見える↓
やがて、丘の上に教会と「アルベルゲ(巡礼宿)」が見え、その下には伝説の「カルメンの泉」が今も水を流し続けている↓
この噴水の上部の像は、ヤコブがはじめて布教にやってきたとき、最初にこの地の女王ルパを洗礼してキリスト教ととなった伝説をあらわしている。彼女が改宗することでやっと信徒が集まりだしたのだった↓下に刻まれた浅浮彫の話も大事
この地をはじめ、イベリア半島で布教活動をしたヤコブは、やがてパレスチナに帰国。そこで殉教してしまう。
二人の弟子は師匠ヤコブの遺体を船に乗せ追放された。※遺体への崇拝をさせないため やがて小舟は、かつてヤコブが布教をしていたこの場所へ自然と川を遡ってきた。嵐になった時、石の柱に石を結わいつけて師匠の遺骸と共に上陸した。
シル川を渡ってすぐのところが葬られた場所で、教会になっている。ここがあるから、巡礼たちはやってくるのだ。内部、主祭壇の下に、ヤコブの遺体を載せた小舟を結わいつけたとされる石の柱がある↓
刻まれた文字の意味は判読できていない↑ 祭壇の上にはヤコブの像。指で何か持っている↓
「ここに、ヤコブの遺体があった」と書かれ、そこを指さしているのだ↑
壁には天使が船を結わえる様子↓
ヤコブが女王ルパを洗礼する様子↓
説教壇は古い手の込んだ石彫。フォンセカ家の五つの星の紋章が刻まれている↓
教会を出て町を少し歩く。広場に、さっきの石のレプリカが置かれていた↓
***川沿いの公園で、おじさんたちが石投げの遊びをしているのに出会った↓
投げて、十字架に当たればよいのか。当てた人に拍手をすると、「やってみなさい」とさそわれた男性が挑戦↓
これがけっこう難しいのです(^.^)
再び川を渡り、さっきの噴水の前を通り、バスへ戻る↓
途中でこんなプレートを見つけた↓
19世紀のスペインからは、中南米で活躍する多くの人材が出ている。あたりまえのことに、ガリシアの小さな村で気付かされた。