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持続可能的計画経済論・総目次

2018-09-12 | 〆持続可能的計画経済論

本連載は終了致しました。下記目次各「ページ」(リンク)より全記事をご覧いただけます。


まえがき&序言
 ページ1

第1章 計画経済とは何か

(1)計画経済と市場経済 ページ2
(2)計画経済と交換経済 ページ3
(3)マルクスの計画経済論 ページ4

第2章 ソ連式計画経済批判

(1)曖昧な始まり ページ5
(2)国家経済計画 ページ6
(3)本質的欠陥 ページ7
(4)政策的欠陥 ページ8

第3章 持続可能的計画経済の概要

(1)環境規準と計画経済 ページ9
(2)非官僚制的計画 ページ10
(3)持続可能的経済計画の実際〈1〉 ページ11
(4)持続可能的経済計画の実際〈2〉 ページ12
(5)持続可能的経済計画の実際〈3〉 ページ13
(6)持続可能的経済計画の実際〈4〉 ページ14

第4章 計画経済と企業形態

(1)社会的所有企業 ページ15
(2)公企業と私企業 ページ16
(3)企業の内部構造〈1〉 ページ17
(4)企業の内部構造〈2〉 ページ18
(5)企業の内部構造〈3〉 ページ19

第5章 計画経済と企業経営

(1)公益的経営判断 ページ20
(2)民主的企業統治 ページ21
(3)自治的労務管理 ページ22
(4)二種の企業会計 ページ23
(5)三種の監査系統 ページ24

第6章 計画経済と労働生活

(1)労働配分 ページ25
(2)労働基準 ページ26
(3)経営参加 ページ27
(4)労働紛争 ページ28

第7章 計画経済と消費生活

(1)生産様式と消費様式 ページ29
(2)消費計画 ページ30
(3)消費事業組合 ページ31
(4)計画流通と自由流通 ページ32

第8章 計画経済とエネルギー供給 

(1)エネルギー源の民際管理 ページ33
(2)エネルギー供給計画 ページ34
(3)エネルギー事業体 ページ35
(4)エネルギー消費の計画管理 ページ36

第9章 計画経済の世界化

(1)グローバル経済計画 ページ37
(2)貿易から経済協調へ ページ38
(3)世界経済計画機関 ページ39
(4)汎域経済協調機関 ページ40

第10章 計画経済と政治制度

(1)経済体制と政治制度 ページ41
(2)政経二院制 ページ42
(3)世界共同体の役割 ページ43
(4)世界共同体の構成単位 ページ44

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持続可能的計画経済論(連載最終回)

2018-09-11 | 〆持続可能的計画経済論

第10章 計画経済と政治制度

(4)世界共同体の構成単位
 本章の最後に、世界共同体全体における計画経済体制の概要をまとめておく。すでに述べたように、世界共同体は世界政府のような中央集権的な単一の主権団体ではなく、分権化された構造を持っている。
 そうした世界共同体の基礎構成単位となるのであるが、領域圏は在来の国に相当する政治単位であるとともに、世界経済計画の枠内での計画経済主体でもある。例えば、日本領域圏は日本の政治単位であるとともに、日本領域の計画経済主体である。
 この領域圏のレベルにはそれぞれ単一の経済計画機関として経済計画会議が置かれ、世界経済計画機関が設定した経済計画に沿って、各領域圏内の経済計画を策定することになる。世界経済計画機関と領域圏経済計画会議とは完全な上下の指揮命令関係にはないが、後者は前者の受託機関のような関係に立つ。
 グローバル計画経済は、こうした縦関係の計画だけでなく、横のつながりとしての経済協調関係を内包しているが、そうした経済協調は地理的・文化的に共通項を共有する近隣領域圏がまとまる連関地域を単位に行なうことが合理的である。
 そのような領域圏の連関地域的な協力体となるのが、汎域圏である。汎域圏自体は、計画経済主体ではなく、計画経済を補充する相互経済協調主体であるので、固有の経済計画機関を持たない。
 汎域圏の分け方には種々あり得るが、筆者はかねてより、世界をアフリカ‐南大西洋、ヨーロッパ‐シベリア、アメリカ‐カリブ、東方アジア‐オセアニア、西方アジア‐インド洋の五つに区分することを提案している(拙稿参照)。
 このような連関地域の経済協力体は現在でも存在しているが、それはしばしば連関地域ごとの経済競争関係に転じ、最悪の場合、排他的な経済ブロックと化し、国際戦争の要因ともなる。他方で、国境を越えてグローバルに跋扈する多国籍資本はこうした連関地域経済協調とは調和しない。
 グローバル計画経済における汎域圏は競争的単位でもなければ、旧ソ連が主導した旧コメコンのような国際分業圏でもなく、相互補充的な経済協調に特化した、グローバル計画経済に特有の単位と言えるだろう。

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持続可能的計画経済論(連載第43回)

2018-09-10 | 〆持続可能的計画経済論

第10章 計画経済と政治制度

(3)世界共同体の役割
 前回、世界共同体には政経二院制は適用されず、世界経済計画機関は世共総会の下部機関の位置づけとなると論じたが、とすると、そうした政経一元的な世界共同体というものは計画経済体制においていかなる役割を担うことになるであろうか。
 その点、旧ソ連の行政指令型計画経済は、複数の構成共和国の連邦体ではあったが、ソ連邦という単一の主権国家一国限りでの計画経済として運用されていたから、その目標はソ連邦一国の経済開発に置かれていた。そのため、一国を越えたグローバルな計画経済の構想は、ついに現れることがなかった。
 これに対して、新たな計画経済は、地球環境の保全を何よりも優先する持続可能的計画経済という性格上、地球規模で実施される。そのために、その究極的な計画も全世界を包摂するようなレベルで協調的に行われる必要がある。そのような協調主体が、世界共同体である。
 ここで、そうしたグローバルな計画経済をより実効的に行なうには、「世界連邦」のような本格的な世界政府機構を設立したほうが効果的ではないかとの疑問が向けられるかもしれない。「世界連邦」はまさに世界を統一する政治機構であり、かねてより主として世界平和の観点から提唱する運動も存在している。
 実際、世界共同体は英語でWorld Commonwealthと表されるが、このcommonwealthには「連邦」という政治的な意味もあり、現存する制度としては、英国とその旧植民地諸国で結成する国家連合体の英連邦がCommonwealth of Nationsと呼ばれている。これと同様にWorld Commonwealth を「世界連邦」と訳しても誤りとは言えない側面もある。
 しかし、行政指令型でなく、企業体による自主的な共同計画を軸とする新たな計画経済にあっては、国家という枠組みが無用であるのと同じように、「世界連邦」のような連邦国家的な枠組みも無用であり、「世界連邦」のような制度はグローバルな計画経済を上部構造的に保証する政治制度としてふさわしいものとは思われない。
 その点、commonwealthとは語源的にcommon=共通+wealth=富という二語の合成語であり、そこには「世界共通の富」という経済的な含意も認められる。このようなグローバルな人類共通の富の計画的な生産・分配に関わる統合体としての世界共同体というものが、想定されてくるのである。

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持続可能的計画経済論(連載第42回)

2018-09-04 | 〆持続可能的計画経済論

第10章 計画経済と政治制度

(2)政経二院制
 計画経済と政治制度の関係では、代表制のあり方が問題になる。この点、旧ソ連のような行政指令型の計画経済では、経済計画は行政機関の任務であったから、旧ソ連の国家計画委員会のような計画行政機関が用意されれば足り、代表制の問題はさほど重要性を持たない。
 もっとも、そのような強大な権限を持つ行政機関を代表機関がどのように監督し得るかという民主的な監督の問題は発生するが、これは代表制そのものというより、行政監督の問題である。
 しかし、企業体の自主的な共同計画を軸とする新たな計画経済にあっては、そうした共同計画を策定する代表機関の制度や構成いかんが重要な問題となる。
 最もラディカルな制度としては、企業体の代表機関に一本化することが考えられる。例えば、業界ごとの代表者で構成する代表機関である。これは職能代表制に近い構成となる。
 特に、「合理的な共同計画に従って意識的に行動する、自由かつ平等な生産者たちの諸協同組合からなる一社会」という定義に基づくマルクスの共産主義社会論からは、生産協同組合(企業体)自身が代表機関を持つという構制が導かれるであろう。
 マルクスによれば、共産主義社会では、(一)統治機能は存在せず、(二)一般的機能の分担は何らの支配をも生じない実務上の問題となり、(三)選挙は今日のような政治的性格を完全に失う。そして共産主義的集団所有の下ではいわゆる人民の意志は消え失せ、協同組合の現実的な意志に席を譲るという。イメージとしては、協同組合が合同して直接に執政するような体制である。
 しかし、経済計画はそれだけでも多くの審議と調整を要する作業であるので、他の一般政策の審議は別途代表機関を設けて機能分担するほうが合理的であろう。その意味で、経済計画機関は一般代表機関とは別立ての企業代表機関として設置運営し、一般代表機関は経済計画機関の策定した経済計画に承認を与えるのみにとどめるのがよい。
 こうした計画(経済)/一般(政治)の二本立て代表機関―政経二院制―は、世界共同体を構成する領域圏のレベルにセットで設置されることになる。ただし、政経二院制といっても、両者の関係は完全な対等ではなく、政治院である民衆会議が言わば上院的な位置づけとして計画の最終的な承認権を保持する構造になるだろう。
 また世界共同体レベルにおける経済計画機関(世界経済計画機関)には、二院制構成は適用されず、総会(世界民衆会議)直轄機関としての位置づけが強くなる。世共の場合、政治的統合性が重視されるからである。ただし、この場合も世界経済計画機関は官僚制機関ではなく、世界の生産事業機構体で構成する合議機関である。
 なお、世界共同体内部の広域的なまとまりである汎域圏は経済計画そのものよりも、世界経済計画の枠内での地域間経済協調を主任務とするから、固有の経済計画機関が設置されることはない。

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持続可能的計画経済論(連載第41回)

2018-09-03 | 〆持続可能的計画経済論

第10章 計画経済と政治制度

(1)経済体制と政治制度
 前章まで新たな計画経済―持続可能的計画経済―のあり方を検討してきたが、最終章となる本章では、そうした新たな計画経済体制を上部構造において保証する政治制度のあり方について見ておきたい。
 一般的に、経済体制と政治制度の間に論理必然的な関係があるかと言えば、はっきりとイエスとはならない。しかし、緩やかながら論理的な対応関係を見出すことはできる。
 例えば、資本主義は自由経済を志向するから、経済規制を最小限にとどめる自由主義的な政治体制、特に議会制と結ばれた時に最も効果を発揮する。これは、議会制が多額の金銭をつぎ込む公職選挙を土俵とする金権政治の代表的制度であるからしても、資本が自らの保証人となる政党・政治家を通じて経済界の総利益を保持するという持ちつ持たれつのパトロニッジ関係を構築しやすいからである。
 他方、旧ソ連のような行政指令経済に基づく社会主義経済体制は、当然にも経済司令塔となる政府と計画行政機関を必要とするので、相当に集権的な国家体制と結びつく。その点、諸政党の寄合となる議会制はこの体制には適合しにくい。
 これに対して、新たな計画経済は行政指令型ではなく、計画経済の対象企業自身による自主的な共同計画を軸とするから、計画行政機関は無用である。そこからさらに、国家という制度そのものも不要とするかは、一つの問題である。
 ここでは、貨幣制度の廃止が鍵となる。公式貨幣を発行する通貨高権を失った国家はもはや国家ではないとすれば、貨幣経済によらない共産主義的計画経済は国家制度とは両立しないことになる。
 もっとも、国家廃止は必ずしも計画経済特有のものではなく、貨幣経済は残すが、国家の通貨高権は廃し、私的通貨制度に純化するという最もラディカルな自由市場経済論に立つなら、少なくとも理論上は「国家なき資本主義」も成り立つことになる。
 しかし、実際のところ、国家の権威づけを一切持たない私的通貨が取引の安全を担保されて安定的に流通するとは想定し難く、「国家なき資本主義」はまさに机上論にどとまるだろう。
 結局のところ、計画行政機関を持たない自主的な計画経済体制は、国家制度によらない新たな政治制度を上部構造に持つことになると考えられるが、そのグローバルな大枠となるのが世界共同体である。

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持続可能的計画経済論(連載第40回)

2018-08-28 | 〆持続可能的計画経済論

第9章 計画経済の世界化

(4)汎域経済協調機関
 世界共同体とは一つの国家のような統合体ではないため、世界経済計画といっても、それは領域圏の地域的なまとまりである五つの汎域圏間での経済協調関係を内包する。そうした汎域的な経済協調関係は、資本主義的な商業貿易に代わるものとして、持続可能的計画経済において極めて重要である。
 煎じ詰めれば、持続可能的計画経済とは、世界経済計画を基本に、個別的な領域圏計画経済と横断的な環域間経済協調が有機的に連関しながら運営されていくグローバルな経済システムと言える。
 その意味でも、経済協調圏としての汎域圏は重要な単位であり、そうした汎域間経済協調を担う機関として、世界経済計画機関とは別途、汎域圏経済協調会議のような実務機関を設置し、常時経済協調関係を維持する必要がある。 
 具体例を挙げれば、自動車なら世界経済計画に示された指針に従い、各々汎域圏内での中心的な領域圏が生産し、汎域圏内で融通し合う。その結果、自動車メーカーが世界的なシェアーを巡り競争し合うという関係はなくなり、生産活動はそれぞれの汎域圏内で完結することになる。
 ただし、それは硬直的なルールではなく、アフリカのように独自の自動車メーカーが存在しないところでは―もちろん独自に育成される可能性は資本主義経済下よりも開かれるが―、隣接するヨーロッパから調達するというように、汎域圏を越えた協力関係の存在も否定されるわけではない。
 さらに汎域圏のもう一つの重要な役割として、食糧農業分野での経済協調がある。共産主義的な食糧生産は貿易によらず、各領域圏で自給的にまかなうことが基本であり、現実にも共産主義はそれを可能とするが、農業の発達状況と生産量は地理的条件及び天候にも左右され、不均衡を完全には免れないことから、食文化に共通性のある汎域圏間で不足産品を融通し合う協力関係は不可欠である。
 そうした協力関係をグローバルに調整する専門機関として世界食糧農業機関が置かれる。これは現存国連機関である国連食糧農業機関(FAO)の業務を引き継ぐものであるが、この機関は調整機関にとどまり、現実の協力実務は汎域圏ごとに設置される食糧農業会議が行なう。

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持続可能的計画経済論(連載第39回)

2018-08-27 | 〆持続可能的計画経済論

第9章 計画経済の世界化

(3)世界経済計画機関
 グローバルな計画経済の実務機関となるのは、世界経済計画機関である。これは各領域圏の計画機関である経済計画会議の総本部に相当する機関でもあり、グローバルな計画経済が最終的に確立された暁には、同機関が策定した世界経済計画の総枠内で各領域圏の経済計画が策定されるシステマティックなものとなる。
 この世界経済計画機関は全世界の領域圏で構成する世界共同体の専門機関の位置づけを持つが、現存国連諸機関のような官僚制的行政機関ではなく、各領域圏の経済計画会議と同様に、生産企業自身の共同計画を策定する合議制機関である。
 その構造は各領域圏の経済計画会議の相似形となる。すなわち、世界経済計画機関の意思決定を担う執行部(上級評議会)は計画経済の対象となる環境負荷産業分野の生産事業機構の世界組織である生産事業機構体の代表者で構成される。
 生産事業機構体とは、例えば鉄鋼なり自動車なり計画経済の対象となる生産事業機構で作る世界組織である。資本主義経済にはこれに該当する組織は存在しないが、強いて現存する類似例を挙げるとすれば、世界鉄鋼協会(World Steel Association)とか国際自動車工業連合会(Organisation Internationale des Constructeurs d'Automobiles)といった国際的な業界団体をイメージすればよいと思われる。
 資本主義体制の下では、こうした国際業界団体はあくまでも業界ごとの国際的な利益代表組織であり、生産活動そのものの調整を行なうことは国際カルテルに当たり、むしろ禁止される。しかしグローバルな計画経済下の生産事業機構体は単なる業界団体ではなく、まさに世界計画経済の主体的組織となるのである。
 こうして生産事業機構体が世界経済計画機関を通じた審議のうえで策定した世界経済計画は、世界共同体の民衆代表・意思決定機関である総会(世界民衆会議)で審議を受けなければならない。その結果、可決された世界経済計画は、条約に準じた規範性をもって各領域圏を拘束し、各領域圏レベルでの経済計画の準拠指針となる。

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持続可能的計画経済論(連載第38回)

2018-08-21 | 〆持続可能的計画経済論

第9章 計画経済の世界化

(2)貿易から経済協調へ
 グローバルな持続可能的計画経済が実現された暁に世界経済上生じる最も大きな変化は、貿易という経済行為の消滅―「自由貿易」か「保護貿易」かを問わず―である。これはちょうど「一国」レベルでは商業が消滅するのとパラレルな関係にある。貿易とは海と陸の境界を越えた商業活動の謂いであることからすれば、当然の事理である。
 ただ、貿易が消滅するといっても、完全に「一国」レベルでの自給自足体制に移行するわけではない。食糧を含めた自給困難な物資の海外調達は継続される。しかし、それはもはや貿易という商業的な形態においては行われず、無償の経済協調という形態で行われる。
 ここで言う経済協調とは、資本主義経済下の経済協力のように「途上国」に対する「援助」として実施される恩恵的経済行為ではなく、原則的・日常的な互恵的経済行為として行われることに注意が必要である。
 そのような試みの不完全な先例として冷戦時代にソ連を中心とした社会主義経済圏の経済協調体制(コメコン)があったが、これは画一的な分担分業体制を採ったため、メンバー国の産業構造の偏りを生んだ。持続可能的計画経済における経済協調はそうした画一的な分業によらない柔軟な地域間協調である。
 実際、前節で述べた世界経済計画はそれ自体が経済協調の全般指針でもあるが、具体的な経済協調は地理的近接性を考慮して近隣経済協調圏のレベルで行われる。これも次章で改めて述べるが、世界を五つに区分した汎域圏がそのまま経済協調圏として機能する。例えば、日本の場合は汎東方アジア‐オセアニア圏が帰属経済協調圏となる。
 こうした経済協調の中でも、食糧に関しては人間の死活に直結し、自然条件に左右されるところが大きいため、通常の経済計画とは別途計画が立てられる必要があるが、具体的な経済協調はやはり汎域圏のレベルで行われる。
 また経済協調の一環として、エネルギー源となる天然資源の民際管理の問題がある。前章で論じたとおり、天然資源はナショナリズムに委ねず、何者にも属しない無主物として民際管理下に置かれるが、その管理機関として世界天然資源機関が置かれ、持続可能な共同採掘が行われる。世界経済計画はこうした資源の分配計画も包含するものとなる。

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持続可能的計画経済論(連載第37回)

2018-08-20 | 〆持続可能的計画経済論

第9章 計画経済の世界化

(1)グローバル計画経済
 前章まで、環境的持続可能性に重心を置く新しい計画経済―持続可能的計画経済―のあり方について論じてきたが、ここでの議論はさしあたり、「一国」のレベル―続く第10章で改めて論じるように、持続可能的計画経済はそもそも「国」という政治単位と両立しない―での計画経済を想定してきた。
 しかし、環境的持続可能性とは、正確に言えば地球環境の持続可能性―つまり、地球が少なくとも人為的な要因から死滅することのないように保持していくこと―を意味するから、持続可能的計画経済は特定の一国だけで実践され得るものではない。
 持続可能的計画経済は、その究極的な形態においては、まさに地球規模でグローバルに実践されなければならない。この点において、それは環境的持続可能性を一国の政策レベルの課題に矮小化する「環境政策論」とも、また気候変動や生物多様性等々特定の環境課題を個別の国際条約―しかも、批准/脱退は各国の個別判断任せ―を通じて協調しようとする近年の潮流とも異なり、よりいっそう徹底した世界化を目指している。
 そのためには、持続可能的計画経済の世界的な準則となる世界経済計画が必要とされる。それは前章までの議論で前提とされてきた「一国」レベルにおける経済計画の全体的な大枠(キャップ)となるものである。言い換えれば、「一国」レベルでの計画は世界レベルでの経済計画に基づく個別的な割当て(クォータ)の位置づけとなる。
 このような壮大な構想に対しては、果たして数十億人口を抱えるに至った現存地球上でそれほど大規模な経済計画を紛議なく実効的に策定することができるのかという「現実主義」からの疑問が示されるであろう。
 たしかに、これは人類がいまだ経験したことのない壮大な経済実験ではある。しかし、それも現存の主権国家体制を揚棄し、主権国家の連合体にすぎない現存国際連合に代わる「世界共同体」を創設することを通じて、実現の道が開かれると考える。その意味で、持続可能的計画経済と政治制度との関係は重要な論点となるが、これは次章の課題とする。

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持続可能的計画経済論(連載第36回)

2018-08-14 | 〆持続可能的計画経済論

第8章 計画経済とエネルギー供給

(4)エネルギー消費の計画管理
 持続可能的計画経済におけるエネルギー供給計画は、末端需要者のエネルギー消費のあり方にも影響を及ぼす。当然にも、資本主義経済下のように需要者が欲するだけ無制限に消費できるということにはならない。
 特に二次エネルギー源の中でも最も重要な電気の消費は厳正な計画供給制となるが、その場合、事前告知による計画停電のような全体統制的な方法とリミット制のような個別規制的な方法とがある。
 計画停電は大災害時等の非常措置としてやむを得ない場合もあるが、日常的にこうした全体統制的な供給体制を採ることは、電力供給システムが整備されている状況では不必要である。
 そこでリミット制が選択されるが、その適用方法は一般世帯と企業体のような大口需要者とでは異なる。大口需要者については、電力事業機構との個別協定により日量のリミットを設定するが、一般世帯では個別協定ではなく、予め通知された約款で定められた日量上限を超えた場合、事前警告のうえ自動的に停電するという方法によることになるだろう。
 実際、持続可能的計画経済が確立される将来には、こうした厳格なリミット制を支える技術革新が進み、末端需要者が電力使用量をリアルタイムで正確に把握でき、リミットに接近すれば警告されるような測定装置が一般世帯にも普及すると予測され、厳格なリミット制に現時点で想定されるような煩雑さはないものと思われる。
 同様のリミット制はガスにも導入されるが、持続可能的計画経済はオール電化とかオールガス化といった消費エネルギー構成の偏向は認めず、消費エネルギーバランスが考慮される。そのためにも、電力供給とガス供給は統合的な事業体(電力・ガス事業機構)を通じて包括的に行われることが考えられてよい。
 とはいえ、こうしたエネルギーの大量供給体制はいかに計画化を進めても環境的持続可能性にとって十分ではないから、エネルギー自給システムの普及も併せて考慮されなければならない。具体的には自家発電装置の常備や地方集落では薪火のような伝統的発火手段の復活・併用などである。

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持続可能的計画経済論(連載第35回)

2018-08-13 | 〆持続可能的計画経済論

第8章 計画経済とエネルギー供給

(3)エネルギー事業体
 一般世帯と企業体その他のエネルギー需要者に対するエネルギー生産・供給を任務とする事業体(エネルギー事業体)のあり方は、生産様式一般とも無関係ではないが、必ずしも必然的な関係にあるわけではない。
 すなわち資本主義生産様式にあっても、天然資源の共有化政策によりエネルギー事業体に関しては国有などの公企業体の形態を採ることはままあるし(特に石油などの資源事業体)、日本の電力事業体のように株式企業ではあるが、地域独占企業体としての特権を国から保障された公認独占企業体の形態を採ることもある。
 しかし、近時の新自由主義的なイデオロギーはエネルギー生産・供給の自由化にも及び、特に電力事業の民営競争化を志向する傾向が強まっている。
 これに対して、エネルギーの民際管理に基づく供給計画化が図られる持続可能的計画経済下のエネルギー事業体は、社会的所有型の公企業を基本とする。具体的には、第4章で見た生産事業機構の形態を採ることになる。
 例えば、電力であれば、電力事業機構である。このような企業体は地域ごとに分割するのではなく、全土統一的な事業体として設立されるが、いくつかの地方管区ごとに地方事業所が置かれ、ある程度の分権的な運営は図られる。
 また民際管理される石油をはじめとする一次エネルギー源は、商業的な輸入によるのでなく、各領域圏ごとの供給枠に従い計画供給されることになるため、その統一的な受け入れ窓口となる事業体が必要である。
 その点、前回指摘したように、経済計画会議の下部機関としてエネルギー事業体で構成するエネルギー計画協議会の直轄事業体として、供給資源の包括的な受け入れ窓口となる天然資源渉外機構を設置し、同機構が供給枠の交渉から海上輸送までを担当する。受給した資源の領域圏内での二次供給については、エネルギー計画協議会が担う。
 なお、原子力発電を用いない持続可能的計画経済は同時に原発廃止という歴史的な時間を要するエネルギー廃棄のプロセスをも含んでいる。こうした脱原発計画も世界規模で実施されるが、さしあたり領域圏内でも電力事業機構とは別途、原発廃止事業機構のような専門事業体が設置される。

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持続可能的計画経済論(連載第34回)

2018-08-07 | 〆持続可能的計画経済論

第8章 計画経済とエネルギー供給

(2)エネルギー供給計画
 前節で、共産主義的な計画経済下での経済計画の前提はエネルギー計画であると指摘した。持続可能的経済計画の実際については、すでに第3章で詳論しておいたので、本節はその補充的な位置づけとなる。
 そこで第3章で述べた持続可能的計画経済の要点を今一度振り返ると、そこには環境アセスメントが予め包含されており、従って、主として生産の量的な調節を目的とする「物財バランス」にとどまらず、環境的持続可能性に適合するエネルギー資源の選択、生産方法や生産品構造の規制にも及ぶ質的な「環境バランス」も組み合わされなければならないのであった。
 特にこの「環境バランス」の前提として、エネルギー計画が必要となる。その場合、エネルギー計画を経済計画本体と分離して独立に組むか、それとも経済計画の前提部分のような形で組み込むかという技術的な問題がある。
 エネルギー計画が経済計画の外部的規制ではなく、経済計画全体の内的前提となることを強調するためには、組み込み型が適切と思われるが、いずれにせよ、このようなエネルギー計画は、3か年の経済計画本体と同様に規範性をもって生産企業に適用される指針であって、単にエネルギー政策の基本方針を綱領的に掲げたものではない。
 またエネルギー供給は、エネルギー源の世界的な共同管理の制度とも密接に関連するため、世界レベルでのエネルギー源管理計画ともリンクしていなければならず、ここでは「一国エネルギー計画」は存立し得ない。
 内容的には、石油などの枯渇性エネルギーの節約と再生可能エネルギーの積極活用が基調となり、二次エネルギー源の中でも高度産業社会で最も比重の高い電力の環境持続的な総量規制はエネルギー計画の重要な柱である。
 ちなみに発電に関し、ひとたび事故が発生した際の環境破壊性において他に例を見ないことが実証済みの原子力は質的に見て持続可能的なエネルギー源とは評価できないため、持続可能的エネルギー計画からは除外される。
 こうしたエネルギー計画の策定主体も行政機関ではなく、生産企業体で構成する経済計画会議であるが、エネルギー計画の原案は、会議の下部機関として製油や電力等のエネルギー関連事業体で構成する「エネルギー計画協議会」で策定されることになる。

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持続可能的計画経済論(連載第33回)

2018-08-06 | 〆持続可能的計画経済論

第8章 計画経済とエネルギー供給

(1)エネルギー源の民際管理
 およそ高度産業社会がエネルギーを物理的な基盤としていることは、いかなる生産様式にあっても変わらない。しかし、エネルギー供給の理念と方法は、生産様式いかんと密接に関連している。
 その点、資本主義産業社会にあっては、エネルギーは物質的な生産活動の手段にすぎない。すなわち「初めに生産ありき」であって、想定された物質的生産活動に見合うエネルギーを供給しようと試みる。しかも、その生産活動は全体的な計画に基づいておらず、個別資本による利潤追求を目的とした競争的な経営計画の競合であるから、エネルギー供給に限界を設定することを忌避する。
 共産主義的な持続可能的計画経済の発想は、それとは逆である。すなわち「初めにエネルギーありき」であり、環境的持続可能性に配慮されたエネルギー供給計画の枠内で生産活動が展開される。言い換えれば、持続可能的計画経済下での経済計画の前提はエネルギー計画である。
 エネルギーはエネルギー源(ここでは、狭義のエネルギー源、すなわち一次エネルギー源を指す)から生み出されるから、持続可能なエネルギー計画の前提には、持続可能なエネルギー源管理、すなわち持続可能な天然資源管理がなければならない。
 資本主義社会には、そもそも「エネルギー源管理」という発想自体がなく、エネルギー源は枯渇の限界に達するまで恒久的に開発の対象であり、せいぜい天然資源の埋蔵国の政府や国営開発企業による間接的な開発コントロールがなされているにすぎない。
 近年はそうした間接コントロールすらも弛緩し、資源が投機の対象にすらされている。その結果は、石油を中心とするエネルギー源の価格変動による経済不安、そして資源の浪費・枯渇である。
 持続可能的計画経済は、こうした「エネルギー無政府状態」とは対極にあるエネルギー源の民際管理と結びついている。エネルギー源の民際管理とは、石油に代表されるエネルギー源はその埋蔵国に属するという「資源ナショナリズム」の国際常識と決別し、エネルギー源を無主物とみなし、人類全体の共同管理下に置くことを意味する。
 簡単に言えば、「天然資源は誰のものでもない」ということである。ただ、天然資源の民際管理を単なる理念でなく、実際に可能にするためには、地球規模での計画経済化を前提とした効果的な共同管理システムの構築を必要とするが、その詳細は次章の課題とする。

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持続可能的計画経済論(連載第32回)

2018-07-31 | 〆持続可能的計画経済論

第7章 計画経済と消費生活

(4)計画流通と自由流通
 マルクスは「流通そのものは、ある一定の交換の契機にすぎないか、あるいはまたその総体として考察された交換である」とし、流通の重要性を相対的に低く評価していた。だからというわけではないが、マルクス主義を公称した諸国での計画経済は流通に弱点があり、特に流通システムの欠陥や腐敗により生活物資の入手に困難が生じる傾向が見られた。
 しかし本来、流通は交換一般に回収できない独自の意義を持つプロセスとして、そのシステム構成が具体的に考案されなければならず、計画経済を成功させるためには、流通の問題は避けて通れない課題である。
 持続可能的計画経済で消費計画の主体となる消費事業組合は消費計画を策定するのみならず、物品供給所を直営する。物品供給所には、規模に応じてコンビニ的な軽便供給所、スーパー的な包括供給所の区別がある。
 軽便供給所は商業的なコンビニエンスストアのように過密状態とならないよう配慮されつつ、高密度に計画配置され、まさにコンビニ的な末端供給機能を果たす。それに対し、包括供給所はより低い密度で同様に計画配置される。これらの供給所には、高齢者や障碍者など供給所に出向くのが困難な条件を持つ消費者のための宅配サービスも用意されるだろう。
 一方、消費事業組合は生産企業から搬入された生産品を各供給所に確実に配送するための独自の輸送部門を配備する必要がある。計画経済は分業体制を否定するものではないが、分業をある程度相対化するため、輸送のようなサービスは内部化されることになるのである。
 こうした日常的な物品供給所とは別に、消費事業組合は災害等の非常時に対応する備蓄倉庫も管理し、災害時には災害救難機関とも連携して、非常用物品の円滑な供給に当たる。
 以上の消費計画に基づく計画流通は実は流通の一部にすぎず、日常的な生活物資以外の驕奢品の生産・流通は自由である。このように、持続可能的計画経済における流通は、基本的生活物資の計画流通とそれ以外の自由流通の混合体制で成り立つことになる。
 ただし、自由流通といっても、貨幣経済は廃止されているから、貨幣交換による流通はないが、無償または物々交換による流通システムが発達するだろう。従って、こうした分野では、個人商店型の私設供給所ないし交換所が電子上を含め、広く認められる。

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持続可能的計画経済論(連載第31回)

2018-07-30 | 〆持続可能的計画経済論

第7章 計画経済と消費生活

(3)消費事業組合
 消費計画の主体となるのは、地方圏ごとに設立される消費事業組合である。その内部構造については第4章でも簡単に見たが、ここで改めてその組織構造や活動内容について整理しておきたい。
 消費事業組合は、現存する制度で言えば生活協同組合(生協)に近いが、生協のように配達サービス中心ではなく、配達の他に固定型の物品供給所も運営する点で、機能的にはスーパーマーケットのような流通資本に近い。
 持続可能的計画経済下の消費事業組合は非営利的に運営されるが、生協との違いは、当該地方圏の住民が自動的に組合員に登録されることである。例えば近畿地方圏の住民は近畿消費事業組合の組合員に自動登録され、そのサービスを利用する権利を得る。
 ここで組合員であることの意味は、単にサービスを利用する受益主体であるにとどまらず、組合の運営主体であるということにある。従って、消費事業組合は組合員総会を最高機関として運営されるが、地方圏住民による全員総会の開催は物理的に難しいため、組合員総会は抽選で選ばれた代議員で構成されることになる。
 消費計画は、生産に関わる3か年経済計画を参照しつつ、運営責任機関である運営役会が策定した計画案を組合員総会で審議採択し、さらに地方圏の民衆代表機関である地方圏民衆会議で承認を受けて正式に発効する。
 消費事業組合はこの消費計画に従い、組合と提携する消費財生産企業に生産を委託する。提携企業の公募・選定は運営役会の重要な任務であるが、選定に当たっては、環境的持続性と人体安全性が主要な基準となる。
 組合はこうした基準が充足されているかどうかについて、常時検査する。その検査の基礎資料として、組合員総会代議員及び市町村単位で抽選されたモニター員が供給された物品の品質について毎月定期的に、必要があれば随時組合に報告する。検査の結果、問題が認められれば、組合は当該生産企業に対し、改善要請や提携停止・解除などの措置を講ずる。

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