【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

時々、読書、旅、散策、映画・音楽等の鑑賞、料理とお酒で一息つきます。

ヴェルナー・ヘルツォーク監督「アラビアの女王 愛と宿命の日々(Queen of Desert)」(アメリカ/モロッコ、2015年)

2020-03-18 11:59:09 | 映画


イングランドに生まれ、20世紀初頭にアラビアの地で考古学者、冒険家、諜報員として活躍した女性ガートルード・ベル[1868-1926](ニコール・キッドマン)の半生を描いた作品。

鉄鋼王の家庭で育ち社交界にデビュー、オックスフォード大学を卒業した彼女は叔父をたよりにアラビア半島にわたり、やがてアラビア各地を旅しながら現地の部族と交流を続ける。ロレンスとも会う。イラク建国の立役者としても尽力した。

この作品はイラクとヨルダン両国の国境線を引く偉業を成し遂げ、アラビアの人々からは「イラク建国の母」「砂漠の女王」と称されるまでになったガートルード・ベルの偉業をたどる。







ラシド・ハミ監督「バイオリン・クラス(LA MÉLODIE)」(フランス、2017年)

2020-03-17 21:09:33 | 映画
ラシド・ハミ監督「バイオリン・クラス(LA MÉLODIE)」(フランス、2017年)

舞台はパリ郊外の小学校。ここでは楽器をもったことのない子どもたちに音楽の素晴らしさをつかんでもらうための教育プログラムが展開されている。演奏家としての仕事に進むか逡巡していたバイオリニスト、ダウトは、6年生のオーケストラ・クラスを指導することになる。しかし、子どもたちは先生のダウトをからかったり、言うことをきかなかったり、おたがいに汚い言葉でののしりあったり、まるでやる気がない。

その子どもたちがあることをきっかけにまとまりはじめ団結し、素晴らしいコンサートを開催するようになる。いろいろな逸話(喧嘩、対立、不信など)を挟んで、この過程が繰り広げられる。潜在的才能をもったアーノルド(アルフレッド・ルネリー)を中心とした子どもたちの成長ぶりが素晴らしい。

パリ19区に2015年に設立されたフィルハーモニー・ド・パリの全面協力のもとで作られた作品。









ジョゼフ・L・マンキーウィッツ監督「イヴの総て(All about Eve)」(アメリカ、1950年)

2020-03-07 23:56:02 | 映画


ブロードウェイの大女優マーゴ(ベティ・デイヴィス)のファンであった田舎娘のイヴ(アン・バクスター)が劇作家ロイド・リチャアズ(ヒュー・マーロウ)の妻カレン(セレステ・ホルム)の偶然のとりなしでマーゴの付け人となり、スター女優にのしあがっていく道のりを描いた作品。

単純な道のりではなかった。彼女の才能があったものの、当然そこには手練手管、チャンス、嫉妬、確執、詭計があった。この作品はそれらをあますところなく描いている。

ついに彼女はマーゴをも踏み台にしてスター女優にのし上がり、演劇界の最高の栄誉であるセイラ・シドンス賞を獲得する。

受賞の夜、自宅に戻ったイヴは、フィービー(バーバラ・ベイツ)という演劇志望の少女が部屋のなかで座りこみ、片づけをしているのをみる。イヴが寝室に入った後この少女は、イヴの衣裳をつけて鏡の前に立ち、自身の姿に見とれているのだった。その姿は8か月前のイヴその人であった。




無名だった頃のマリリン・モンローがチャンスを狙う新人女優の役で出演している。


登場するメイン・キャストは、ブランチ(ジョーン・クロフォード)とジェーン(ベティ・デイヴィス)の姉妹。姉妹の芸能界での位置の逆転が、恐ろしい確執を生みながら、ふたりを破滅の道にいざなう。

ジェーンは幼いころから名子役。姉のブランチはそれを羨んでいた。しかし、数年たって立場が逆転する。ジェーンの人気は凋落し、ブランチが脚光をあびるようになる。大スターになったブランチと酒浸りなったジェーン。嫉妬が絡んだ自動車事故がおきる。

事故はジェーンが嫉妬にかられ、車を屋敷の敷地にいれるため車をおりて門をあけようとしていたブランチを轢き殺そうとした、と報じられた。間一髪で難を逃れたブランチ、この事故で背骨に傷を受け車椅子での生活を余儀なくされる。ジェーンは、その責めを負うために姉の面倒を見ることになった。二人だけで暮らし始めた姉妹だったが、姉に対するジェーンの呪詛は消えず、むしろ姉の人生をさばく陰湿な女性に変身する。その苛めのさま、暴虐ぶりがすさまじい。

しかし、事故の経緯はまったく違っていた。事故はブランチがパーティでジェーンにバカにされたためジェーンを轢き殺そうとしたもので、ジェーンは咄嗟によけ無傷だったがブランチの運転していた車は柱に激突し、そのために下半身が不随となったのである。

いったい、ふたりの関係はどうなるのだろうか? どのようなエンディングになるのだろうか?






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新型コロナウイルス感染拡大の影響は甚大

2020-03-06 23:21:01 | 経済/経営
今日の東証一部では日経平均が579円下落、このところの続落傾向に歯止めがかからない状況です。

わたしが注目してみていた個別銘柄で一時堅調だった任天堂、カプコン、トヨタ、JR東海、モルファ、アカツキ、日東電工、ソフトバンクグループなどみな大幅下落です。

日本時間0時5分現在、NYダウ平均は832ドル下落、ナスダックは237ドル下落です。

下記のような記事がありましたので、掲載します。

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東京五輪中止なら損失7.8兆円=新型コロナ影響試算―SMBC日興

<2020/03/06 18:56時事通信>
 SMBC日興証券は6日、新型コロナウイルス感染が7月まで収束せず、東京五輪・パラリンピックが開催中止に追い込まれた場合、約7.8兆円の経済損失が発生するとの試算を公表した。国内総生産(GDP)を1.4%程度押し下げ、日本経済は大打撃を被るという。

 SMBC日興は、新型ウイルスの世界的な感染拡大が7月まで長期に及ぶ場合は五輪開催中止の可能性が高いとみている。五輪に絡む損失では、宣伝や輸送といった大会運営費に加え、訪日客を含む飲食・グッズ購入など観戦関連支出で計6700億円とはじいた。新型肺炎の感染拡大が収まらず、国内消費のほかサプライチェーン(部品供給網)の依存度が高い中国を取引先とする輸出入減少などの影響と合わせると、損失総額は7.8兆円程度に上ると見込んだ。

池谷薫監督「延安の娘」(2003年)

2020-03-05 20:27:26 | 映画




中国では毛沢東の指導のもとに文化大革命が1966-76年に展開され、下放政策が推進された。この政策は都市の学生を農村に送り込み、農業労働をとおして革命の魂をつかみとる、というものであった。都市の生徒、学生1600万人が、中国共産党の監視のもとに農村での活動に従事した。

この作品は、革命の聖地といわれた延安で、下放した青年とその地の女性の間に生まれ(当時、恋愛は反革命行為で罰せられた)、生後すぐに秘密裡に預けられ、育てられた女性(何海霞)が、27年後に養父母の反対をおしきって、北京・長辛店にいた父(王露成)と会う経緯を描いたもの。

歴史に翻弄された人々の生活と思い、かつての下放青年の苦悩がドキュメンタリータッチで描かれている。

広大な黄土高原の映像も見どころである。



ジョゼフ・L・マンキーウィッツ監督「イヴの総て(All about Eve)」(アメリカ、1950年)

2020-03-04 20:05:24 | 映画


ブロードウェイの大女優マーゴ(ベティ・デイヴィス)のファンであった田舎娘のイヴ(アン・バクスター)が劇作家ロイド・リチャアズ(ヒュー・マーロウ)の妻カレン(セレステ・ホルム)の偶然のとりなしでマーゴの付け人となり、スター女優にのしあがっていく道のりを描いた作品。

単純な道のりではなかった。彼女の才能があったものの、当然そこには手練手管、チャンス、嫉妬、確執、詭計があった。この作品はそれらをあますところなく描いている。

最後に彼女はマーゴをも踏み台にしてスター女優にのし上がり、演劇界の最高の栄誉であるセイラ・シドンス賞を獲得する。

受賞の夜、自宅に戻ったイヴは、フィービー(バーバラ・ベイツ)という演劇志望の少女が部屋のなかで座りこみ、片づけをしているのをみる。イヴが寝室に入った後この少女は、イヴの衣裳をつけて鏡の前に立ち、自身の姿に見とれているのだった。その姿は8か月前のイヴその人であった。




無名だった頃のマリリン・モンローがチャンスを狙う新人女優の役で出演している。



マイケル・シャルダン監督「ハートビート(HIGH STRUNG)」(アメリカ/ルーマニア、2015年)

2020-03-03 23:46:16 | 映画




原題は直訳すると「強い」といった感じの形容詞的意味合い。

夢を追う若者たちの姿を活写するダンスムービー。プロのバレエダンサーを目指しニューヨークにやってきたルビー(キーナン・カンパ)。イギリス人バイオリニストのジョニー(ニコラス・ガリツィン)と出会った彼女は、お互いの夢を叶えようと「弦楽器&ダンスコンクール」出場を決意する。

舞台はニューヨーク。高校卒業後、バレエの道へ進むために奨学金を得てマンハッタンのダンス学校に進学したルビーは、問題児視されていたルームメイト、ジャジー(ソノヤ・ミズノ)たちと日々厳しい練習に取り組んでいた。ある日、地下鉄に乗ろうと歩いていると、ひとりのバイオリン弾きに出会う。彼はイギリス人バイオリニストで、ジョニーだった。生活費を得るために路上で演奏をしていたのだ。

ときにぶつかりあいながら、心をかよわせ合う二人。しかし、自分の思い描くダンスをつくれないルビーは、奨学金の資格剥奪の危機に直面する。他方、ジョニーは大切なバイオリンを盗まれ、おまけにグリーンカード詐欺に遭う。

追い詰められた二人はお互いの夢を実現するため「弦楽器&ダンスコンクール」への出場を決意する。ジョニーの隣人であるストリートダンサー集団の力を借り、彼らは今までにない斬新なステージを作ろうと孤軍奮闘するが……。//



ロバート・アルドリッチ監督「何がジェーンに起こったか?」(アメリカ、1962年)

2020-03-02 16:35:03 | 映画


登場するメイン・キャストは、ブランチ(ジョーン・クロフォード)とジェーン(ベティ・デイヴィス)姉妹。姉妹の芸能界での位置の逆転が、恐ろしいほどの嫉妬と確執となって、ふたりのぞれぞれの人生を破滅の道にみちびく。

ジェーンは幼いころから名子役。ブランチはそれを羨んでいた。しかし、数年たって立場が逆転する。ジェーンの人気は凋落し、ブランチが脚光をあびるようになる。大スターになったブランチと酒浸りなったジェーン。嫉妬が絡んだ自動車事故がおきる。事故はジェーンが嫉妬にかられ、車を屋敷の敷地にいれるため車をおりて門をあけようとしていたブランチを轢き殺そうとした、と報じられた。間一髪で難を逃れたブランチ、この事故で背骨に傷を受け車椅子での生活を余儀なくされる。ジェーンは、その責めを負うために姉の面倒を見ることになった。二人だけで暮らし始めた姉妹だったが、姉に対するジェーンの呪詛は消えず、むしろ姉の人生をさばく陰湿な女性に変身する。その苛めのさま、暴虐ぶりがすさまじい。
 しかし、事故の経緯はまったく違っていた。事故はブランチがパーティでジェーンにバカにされたためジェーンを轢き殺そうとしたもので、ジェーンは咄嗟によけ無傷だったがブランチの運転していた車は柱に激突し、そのために下半身が不随となったのである。
いったい、ふたりの関係はどなるのだろうか? どのようなエンディングになるのだろうか?

ローラン・カンテ監督「パリ20区、僕たちのクラス(Entre les murs)」(仏、2008年)

2020-03-01 20:45:18 | 映画




舞台はパリ20区にある中学校のクラス。移民の子供たちがここで学んでいる。母国語も出身国も異なる生徒たちである。
このクラスの授業はなりたっているのか、いないのか。先生は国語の教師フランソワ(フランソワ・ベゴドー)で、フランス語を教えている。しかし、始業のベルが鳴ってもおしゃべりはとまらない。何ももたないで学校にきている生徒もいる。子どもたちは多くが反抗的で、先生のいうことなどきかない。教科書の朗読を課しても、拒否し、反抗的な口答えがかえってくる。フランソワの同僚の教師は、なげだしている。
日本にも授業が成り立たたず、「学級崩壊」という言葉が使われることがあったが、それとは比較にならない荒れようである。教師フランソワは、懸命に、真摯に生徒たちと向き合うが・・・。
全編ドキュメンタリータッチ。このクラスに救いはあるのだろうか。評価がわかれる作品である。原題の意味は「壁のなか」。
第61回カンヌ映画祭パルムドール賞受賞作。

クラレンス・ブラウン監督「子鹿物語(The Yearling)」(アメリカ,1947年)

2020-02-29 11:55:10 | 映画



愛情をこめて子鹿を飼うジョディ少年の心の成長を中心に,開拓農家の家族の厳しい生活を描いた作品。

南北戦争に従軍して以来,人間嫌いになったペニィ・バクスター(グレゴリー・ペック)は妻オリー(ジェーン・ワイマン)とともにフロリダの雑木林を切り開いて出来た土地に暮らしていた。時代設定は,1878年。自然と戦いながら農業をなりわいとするペニィ。妻オリーは台所仕事で生活を支えていた。二人の間には,息子ジョディ(クロード・ジャーマンJr.)がいたが,他にも既に死んでいた子が何人かいた。開拓の生活は,それだけ厳しかった。オリーの心は時に閉ざされ,その表情は頑なで,怒りっぽかった。

開拓生活での自然の厳しさとの闘いは,この映画でいろいろなシーンとして出てくる。野生の熊が家畜を襲うという場面もそうであるし,一週間ほど,降り続いた雨で収穫間際の農産物が大損害を受ける場面もそうである。そのような時,父親のペニィは言う「人は時に徹底的に打撃を受ける。再起不能かと思う。もう立ちあがる力もないと見えるが,しかし,立ち直る。広くはない私たちの世界だが,これに感謝しよう」と。自然との闘いを克服するには,不屈の楽天的資質が必要なのである。



ミケランジェロ・アントニオーニ監督「夜(La Notte)」(イタリア,1961年)

2020-02-28 16:53:27 | 映画









もつれる愛。殺伐たる愛。疎外された現代人の心象風景,愛の喪失感を追求した映画監督にミケランジェロ・アントニオーニがいる。

この作品は,夫婦の間にしのび込む愛の風化を描いた作品である。何が原因というわけではなく砂糖菓子がくずれるようにかわき,萎えていく疎外された愛,これがこの作品のテーマである。難解全編を包む男女のアンニュイ(倦怠)な感覚,女と男の疎外された心象風景など,独特の雰囲気が漂う。主人公は、結婚10年を迎えた作家のジョバンニ(マルチェロ・マストロヤンニ)と妻リディア(ジャンヌ・モロー)。


フリッツ・ラング監督「メトロポリス(Metropolis)」(ドイツ,1926年)

2020-02-27 16:36:32 | 映画






今から95年ほど前に作られたラング監督の最高傑作。もちろん無声映画である。
脚本を書いたティア・フォン・ハルボウはラング監督夫人。完成時の上映時間は3時間だったが,公開時に2時間半に再編集され,その後散逸したオリジナル・フィルムをG・モロダーが可能な限り収集し編集した。これが現存版の「メトロポリス」である。 

摩天楼が聳え立つ空想未来都市メトロポリスのセット,工場内部のメカニックなセット,人造人間製造の設備など怪奇幻想的でありながら,ファンタスティックでもある。登場する俳優の演技,形相は迫力があるうえ,労働者集団の動きと流れにも唸らされる。サイレント映画とは思えないほどの力感に溢れている。SF映画であるが,社会が支配階級(資本家階級)と被支配階級(労働者階級)から成るという階級的視点がズバリとまずあり,最後に頭脳(精神労働)と手(肉体労働)の間に心の仲立ちがなければお互いに理解し合うことはできないというメッセージが示される。

舞台は2026年を想定した未来都市。ラングは100年後の未来を映像化したのである。機械文明が高度に発展した,ビルが空高く聳え立つとある都市は,二つの社会から成り立っていた。地上は富を誇る支配階級が暮らす街,もうひとつは地下深くにある貧しい労働者階級が住む町,その上層に工場があった。彼らには自由はなく,過酷な労働に従事していた。地下に住むある労働者の娘マリア(ブリギッテ・ヘルム)は平和をとき,その考え方は労働者のあいだに浸透していた。

ラストで正義とは愛の力によるものであり,真実とは心の働きによって導かれることを,1920年代に力のある映像で示したことに驚嘆する。

バズ・ラーマン監督「ダンシング・ヒーロー(Strictly Ballroom)」(オーストラリア,1992年)

2020-02-26 16:35:08 | 映画


ストーリーは?

かつてプロのダンサーで,現在ダンス教室を経営するシャーリーとダグを両親に持つダンス界期待の若手スコット(ポール・マーキュリオ)は,社交ダンスのルールを無視した新しく,客受けするステップを自分勝手に取り入れる。そのためパートナーだったリズに愛想をつかされ,コンビを解消した

そこに不細工で不器用なダンスの初心者,フラン(タラ・モーリス)が現れ,スコットのパートナーになりたいと申し出た。初心者の彼女は大胆にも,自分がスコットのパートナーになって汎太平洋選手権大会に出場したいと願っていたのだった。

彼女には,ひとつだけ才能があった。それはフラメンコのステップを踏めるということだった。そのステップを目の当たりにしたスコットは,驚く。スコットとフランとの大会に向けた猛練習が始まった。レッスンを続けるフランは,徐々に上達,顔つきもよくなってくる。さて、このあと展開は???



三遊亭小遊三一門の講談会(於:よみうり大手町ホール)

2020-02-24 17:56:40 | 古典芸能


昨日は「よみうり大手町ホール」で、落語を聴いてきました。三遊亭小遊三一門の講談会です。三遊亭遊里さん、三遊亭遊馬さん、三遊亭遊雀さん、三遊亭小遊三さんが順に噺をし、途中で「ナイツ」の漫才、桂小すみさんの音曲が入るという趣向です。久しぶりの落語で楽しみました。漫才を生で聴いたのは初めてです。おかしすぎます。

余談ですが、丸ノ内線の地下鉄にのったさい、前の席に一列にすわっている老若男女が全員、大型マスクをして、スマホをみている光景は、異様でした。わたしはノーマスク、普段と同じいでたちでした。



アンジェイ・ワイダ監督「コルチャック先生(Korczak)」(ポーランド/西ドイツ,1990年)

2020-02-07 20:38:13 | 映画


第二次世界大戦下でのナチのユダヤ人迫害の実態を,実在したユダヤ人,ヤノシュ・コルチャックの人生観に焦点を絞って描いた作品。
コルチャク先生(ボイチェフ・プショニャック)は小児科医,教育者。ラジオのパーソナリティーをつとめ,ユダヤ人の子どもたちの孤児院院長でもあった。映画の最初で,コルチャックはラジオ放送で,次のように言う「わたしは子どもが好きです。これは献身とは違う。子どものためではなく,自分のためなのです。自分に必要だからです」。 
1937年9月,ドイツがポーランドに侵攻。ワルシャワに住むユダヤ人,あるいは外部から入って来たユダヤ人は,組織居住に関する命令によりゲットー(強制的に定められたユダヤ人特別居住地区)に閉じ込められ,悲惨な生活を余儀なくされた。孤児院にいた子どもたちもゲットーに移住させられた。コルチャック先生は200の子どもたち,数名の先生ともにゲットーに入った。
映画のラストシーンは,強制収容所に向かって走行する列車の一両がはずれ,野原のような場所で虐殺された子どもたちが列車から飛び降り,コルチャックとともに天国にむかって駆けてゆくという幻想でしめくくられている。何度も自らが助かるチャンスがあったにもかかわらず,コルチャックが子どもたちとともに生き,子どもたちとともに死んでいったのである。子どもたちは、彼にとってかけがえのない存在だったからである。
彼の本名はゴールドシュミット。「コルチャック」は筆名である。彼の著書『子どもの権利の尊重』は,1989年に国連総会で採択された「子どもの権利条約」の下敷きになった。