196)扶正培本法と去邪法とは

図:病気の治療においては、病気を引き起こす原因(病邪)を取り除く「去邪法」だけでなく、正気(体力や治癒力や抵抗力)を強化する「扶正培本法」を併用することが大切。がん治療の場合、病邪はがん細胞だけでなく、体の治癒力を妨げている要因(精神的ストレス、栄養不良、循環障害など)やがんを悪化させる要因(炎症、フリーラジカルなど)も含まれている。(「去」は「示の横に去」。図参照)

196)扶正培本法と去邪法とは

正気(せいき)」とは、人間の正常な生理機能を維持し、外部からの病邪(病気を引き起こす原因)に抵抗する自然治癒力(抵抗力や回復力など)や生命力のようなものです。
現代医学的には、生体防御機構・恒常性維持機構・免疫監視機構・修復システムなどを包括する生体の自然治癒力そのものを意味します。免疫のシステムや、活性酸素の害を防ぐ抗酸化力や、DNA変異を修復するDNA修復システムなども、漢方医学でいうところの「正気」の作用と基本的に一致しています。
正気が不足して虚弱になると、抵抗力が低下して、病気が発生しやすくなります。

扶正(ふせい)」というのは、東洋医学の用語で「正気(せいき)を扶(たす)ける」という意味です。培本とは正気を生み出す元を強化することです。
すなわち、
扶正培本法とは、体内の正気を助けてこれを強め、正気を生み出す元を強化することであり、全ての病気に対する漢方治療の基本です。がん治療においては、扶正培本法の治療は、がんに対する抵抗力を高め、がんの発生と進行を防ぐことができ、西洋医学の攻撃的な治療の副作用を軽減することができます。がん治療において扶正培本法は以下のような効果があります。

1)扶正培本法はがんの治療効果を高め、がん患者の延命に大きく寄与して生存期間を延長します。抗がん剤治療中に漢方治療(中医薬治療)を併用すると、再発率の低下、生存期間の延長が認められています。
2)抗がん剤治療や放射線治療の副作用軽減効果が認められています。
骨髄抑制、消化管や肝臓や腎臓や心臓などの臓器障害、免疫機能の抑制などが、扶正培本剤による漢方治療で改善する効果が認められています。副作用が強いと予定の治療が終了できなくなりますが、漢方治療によって副作用を軽減し、回復を促進することによって、予定の治療を完了できるようになります。
3)免疫力を増強します。
免疫力は腫瘍に対する抑制という面では重要な作用を持っています。がん患者の免疫機能、特に細胞性免疫機能は一般的に低くなっています。扶正培本法はがん患者の免疫力を高める効果があります。

このように、扶正培本法による治療法は、抗がん剤や放射線療法との併用の中で、それらの副作用の発現を防ぎ(あるいは軽減し)、抗腫瘍効果を高め、患者の抗がん力を高めてがんの進行を抑え、延命効果をあげています。

東洋医学では、体に備わった自然治癒力(=正気)を高める治療法(=扶正培本法)を、長い臨床経験の中から発展させ、病気の治療に利用してきました。しかし西洋医学には、東洋医学における扶正培本法に相当する概念も方法論もありません。これが、現在のがん治療において欠けている点です。
がん治療においては、がん細胞そのものを攻撃するだけでは片手落ちであり、生体機能を高めて正気を充実させる「扶正培本法」を同時に行うと、副作用を軽減し、抗がん作用を強めることもできます。これが、がん治療における漢方治療の最も大きな目的となります。
漢方においる扶正培本法というのは単純に高麗人参や霊芝や冬虫夏草のような滋養強壮薬を組み合わせれば良いということではありません。体の治癒力を活性化するためには、体力・栄養状態・免疫力・抗酸化力・解毒機能・新陳代謝・血液循環・諸臓器の働きなどを高めることが大切です。不安や抑うつを緩和して、体全体の機能を良くすることも大切です。そのためには、気血水の量的不足を補うだけでなく、巡りを良くすることも大切です。
具体的には、消化吸収機能を高めて栄養状態を改善する生薬、血液やリンパの流れを良くして組織の新陳代謝を促進し治癒力を増強する生薬、肝臓や腎臓や心臓などの諸臓器の働きを良くする生薬、免疫賦活作用をもつ生薬などを組み合わせて漢方薬を作ります。不安や抑うつがあるときは気の巡りを良く生薬が役立ちます。

人間の正常な生理機能を損なうものは「
」といいます。がんにおいては、病気の元であるがん細胞が邪になるのですが、組織の炎症やフリーラジカルなどがんを悪化させる要因の全てが邪になります。また精神的ストレスや栄養不良や循環異常など、生体の抵抗力や免疫力を低下させる要因も邪になります。漢方的概念では、正気を妨げる生体内の諸機能の異常や機能失調(お血・気滞・水滞など)なども邪になります。
体に害になるもの(邪)を取り除くことを去邪といいます。西洋医学のがん治療はほとんどが去邪法と言えます。つまり、がん細胞を攻撃する治療法が主体になっています。(「去」は「示の横に去」。図参照)
漢方治療でも、抗がん作用のある生薬を多く使う場合は_邪法と言えます。
体力や抵抗力が低下した状態では、抗がん剤などの攻撃的な治療を十分行なうことができません。手術や放射線照射、抗がん剤治療を受けた生体は、生理機能が衰退して「虚」の状態になっていると考えられます。がん細胞への攻撃を十分に行なうためには生体側の「虚」の状態を改善しておかなければなりません。したがって、西洋医学による攻撃的な治療を行なっている時には不足した体力や抵抗力を補い、高める扶正培本法が必要となるのです。
がん治療においては、がん細胞の強さと体の抵抗力との駆け引きが大切です。体の抵抗力や体力が十分あれば、がん細胞を攻撃する治療も十分行なうことができます。しかし、体力が低下している場合には、がんを攻撃する方法は十分行なえませんので、体力を回復させる方法を優先します。がんにおける漢方治療の目的は、まさにがん細胞の強さと体の抵抗力の程度を見極めて、がんに対する体の抵抗力を高めることにあります。
このように
病気の原因(病邪)を除去する「去邪法」と、病邪に対する生体の抵抗力(正気)を強化する「扶生培本法」という二つの戦術的方法をバランスよく応用することががんの漢方治療の基本となります



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