がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
167)代替医療と「がん難民」の接点:(その2)がん対策基本法
図:がん対策基本法の制定によって、がん医療の地域格差や病院間格差が少なくなり、最新の標準治療を求めて彷徨う「がん難民」は減少している。しかし、別の理由によるがん難民も存在する。
167)代替医療と「がん難民」の接点:(その2)がん対策基本法
前回(166話)はがん難民がどのように発生するかについて考察しました。その続きです。
がん難民とは、適切ながん治療を求めて医療機関を転々とするがん患者のことです。「適切ながん治療」というのは患者の病状や生活や価値観の違いによって個々に異なり、「最新の標準治療」を求める場合もあり、標準治療以外で「自分の納得できる」治療を求める場合もあります。
がん難民という言葉は、一昔前までは、がん治療の地域間格差や病院間格差によって最新の標準治療を受けられない人達や、日本で未承認の医薬品を海外から探し求めている人達を意味していました。
そこで、このようながん難民問題を解決するため、厚生労働省は2004年に「がん医療水準均てん化推進に関する検討会」を設置して、がん医療水準の均てん化(全国どこでもがんの標準的な専門医療を受けられるよう、医療技術の格差の是正を図ること)を達成するために、がん専門医の育成や地域がん診療拠点病院の整備などについての提言をまとめました。さらに、2006年6月には、がん医療水準均てん化推進のための施策を盛り込んだ「がん対策基本法」が成立し、2007年4月から施行されました。がん対策基本法に基づいて2007年6月に「がん対策推進基本計画」が策定され、具体的にがん治療のレベルを高める政策が実行されています。
未承認医薬品の問題に関しては、「未承認薬使用問題検討会議」が2005年1月から3ヶ月毎に定期的に開催されており、必要性の高い抗がん剤については迅速な審査が行われ、いわゆるドラッグ・ラグ(drug lag:欧米と日本の新薬承認の時間差)が短縮されるようになりました。
このように2004年以降のがん対策の推進に伴い、現在では、治療ガイドラインの作成や、がん拠点病院の設立などによって、多少の地域格差は存在するとはいえ、最新の標準治療は日本全国にほぼ均等に広がり、新薬の認可も比較的早く承認されるような努力がなされています。そういう意味では、今の日本では、標準治療が受けられないために「がん難民」になっている患者はほとんどいなくなりました。
私ががんの漢方治療と代替医療を専門にしたクリニックを開設した2002年ころは、最新の標準治療を受けられない地方から、東京の病院で治療を受けるための相談に来院する患者さんが多くいました。しかし、最近はそのような目的で私のクリニックに来られる患者さんは少なくなりました。その点では、がん対策基本法やがん対策推進基本政策の成果は着実に上がっています。
しかし、がん難民が減ったかというとそのような印象はあまりありません。
最近の「がん難民」の発生は、がんの標準治療が受けられないためではなく、標準治療が効かなくなって「もう治療法がない」と言われた場合や、標準治療の副作用で苦しんでがん患者が心身ともに疲れ果てたときです。
例えば、がんが進行し、標準治療での治療法が無くなったとき、主治医は「もう治療法がないから」といってホスピスでの緩和医療を勧めます。しかし、患者さんやその家族は何もしないで死を迎えるだけの緩和医療に不満や不安をもつことが多く、漢方治療や免疫療法などの代替医療を行いたいと主治医の相談します。主治医は「そんなことをやっても無駄だ」と代替医療の可能性を完全否定したり、「そのような治療を受けるのであれば、そこで最後まで見てもらって下さい。症状が悪化してから来られても私の所ではもう診ません」と、治療を拒否するような言葉で患者を切り捨てようとする場合もあります。そのような理由でがん治療を迷っている患者さんが多くいます。
代替医療とは、先進国の大学の医学部で教育され、世界的に広く認められている通常医療(標準治療)に含まれない医療を言い、漢方薬のような伝統医学や、民間療法、食事療法、健康食品やサプリメントなどを使った治療法、細胞免疫療法、その他様々な治療法があります。日本では、健康保険を使える治療が通常医療で、保険が使えない治療法が代替医療と言った方が現実的です。
代替医療の中には、健康保険で認可されていないだけで、有効性が証明されたものもありますが、科学的根拠が全く無いものや詐欺まがいのものもあって玉石混淆です。
匙を投げている医者が、患者が自己責任で受けたいと代替医療を希望したときに、その希望を否定しその後の診療を拒否する権利があるのか疑問です。保険診療と保険外診療を同時に行う混合診療が禁止されているため、代替医療と保険診療を同じ医療機関で実施するのは難しいのです。がんの標準治療と緩和医療と代替医療を行う医療機関を作ることは理想ではあっても、法的にも無理があります。
そこで、保険診療の範囲でのがん治療や緩和治療を受けながら、症状を良くしたり延命効果が期待できる代替治療を別の医療機関で受けて、希望を捨てずにがんと戦いたいと思っているがん患者さんは極めて多いのですが、「標準治療が効かなくなったら、緩和医療しかもう方法が無い」とがん専門医のほとんどが信じている点が、がん難民を生む最大の原因になっているように思います。
別の例として、標準治療で体も心も疲れ果てて、標準治療以外の体に優しいがん治療を探し求めるがん患者さんも多くいます。
再発がんや進行がんでは、抗がん剤を中心とした治療が行われますが、一部のがんを除いて抗がん剤治療でがんが消滅することは少ないのが現実です。少しでも効いている間は延々と抗がん剤治療が行われますが、いずれ次第に心身ともに疲れはて、「もう抗がん剤治療は受けたく無い」「体がもたない」と患者さんが思う状況になります。主治医は、「無理して抗がん剤を続ける」か「治療を中断して緩和医療に移行するか」という二者択一の選択しか提示しません。代替医療という選択肢はありません。心身ともに限界に達したがん患者さんは西洋医学の標準治療を止めて、代替医療などに可能性を求めてがん難民となっていく場合もあります。
がん対策基本法の制定などによって、地域間格差や病院間格差や情報格差はかなり解消されています。しかし、標準治療やがん対策基本法から取り残されたがん患者ががん難民となっているという現実に気づく必要があります。
がん対策基本法は、その基本理念として、1)がんに関する研究の推進、2)がん医療水準の均てん化の促進、3)がん患者の意向を十分に尊重した医療を提供できる体制の整備、を掲げています。
また、がん対策推進基本計画における10年以内の全体目標は、がんによる死亡者の減少(75歳未満の年齢調整死亡率の20%減少)、全てのがん患者およびその家族の苦痛軽減と療養生活の質の維持向上の2つです。
その達成のための具体的な課題として、放射線療法や外来化学療法の推進、がん専門の医師や医療従事者の育成、治療初期段階からの緩和ケアの実施などが挙げられています。
がん研究の推進によってがんが治るようになれば、全ては解決しますが、治らないがん患者がいる限りがん難民の問題は無くなりません。がん専門医やがん専門病院を増やすだけでは、がん難民の解消には限界があると言わざるをえません。
昔は「不治の病」と言われたがんも、「最近はがん患者の半分くらいは治癒するようになった」とがん専門の医者や研究者は強調しています。しかし、「がんと診断された人の半分くらいは数年以内に亡くなっている」という事実の方が、がん患者さんにとっては深刻です。がん患者さんの半分にとっては、いまだにがんは不治の病です。
全てのがん患者を対象にした5年生存率は、1960年代が30%程度であったのに対して、最近は約50%に向上しています。国内最高のがん専門機関である国立がんセンターでは60%前後と言われています。数字から判断すると、がん治療成績はかなり向上しているように見えますが、がん患者の5年生存率の向上には、診断法の進歩によって早期に見つかるがんが増えたことが最も寄与しています。再発がんや転移がんの治療成績は、それほどの進歩はないのが実情です。
進行がんと診断されても、ほとんどが治癒する、あるいは治癒しなくてもがんと共存しながら天命を全うできるような治療法が確立すれば、誰もがんという病気を恐れることは無くなり、最新の治療法や納得できる治療法を求めて彷徨う必要もなく、「がん難民」という言葉自体が消滅するはずです。
しかし、がんと診断された人の半分くらいが数年以内で亡くなる状況はまだ当分続きそうであり、高齢化社会の進展によって、がん患者さんの数は今後も増加の一途をたどるのは明らかであるため、「がん難民」の問題は今後もますますクローズアップされるはずです。
前述のように、がん対策基本法の基本理念の中に、「がん患者の意向を十分に尊重した医療の提供できる体制の整備」が揚げられています。「がん対策推進基本計画」の目標の一つには、「すべてのがん患者およびその家族の苦痛軽減と療養生活の質の維持向上」が揚げられおり、その具体的課題として、がん専門の医療従事者の育成、治療初期段階からの緩和ケアの実施などが述べられています。
このように、がん対策基本法やがん対策推進基本計画には、患者さんと家族の視点を重視したがん治療を重視すると記述されていますが、何か足りないものがあるように感じます。
それは、標準治療で効果が無くなったら、心身の苦痛を取る緩和医療を充実させれば解決すると思っている点です。患者やその家族は、標準治療で見放された後でも、がんと戦いたいと思っているし、苦痛をとるだけの消極的な緩和療法だけでなく、生きる希望が持て延命の可能性がある積極的な治療を求めています。健康保険で認められている治療法しか効かないというのは明らかに間違いであり、代替医療の中にも生活の質の改善や延命に効果がある方法は幾つもあります。そのような補完・代替医療に関して突っ込んだ検討がほとんどなされていない点が、現在のがん対策の足りない点だと思います。
がん拠点病院の役割の一つに相談支援センターでの情報提供・支援相談の実施があります。これは、がん患者やその家族に対して、個別の状況なニーズに応じた相談や情報提供を行うことです。しかし、現時点では患者や家族が代替医療について相談しても、代替医療の効果を否定し、利用を拒否することの方が多いようです。しかし、これは十分な情報や根拠に基づいた対応ではなく、標準治療以外は使わないという前提があり、代替医療に対する誤解や偏見も多いようです。がん専門医の多くは漢方薬や代替医療について全く知らないで、ただ拒否をすることが多いと思います。何も知らないで否定するのはフェアではありません。
実はこの姿勢が、がん患者さんが主治医に隠れて漢方薬や健康食品を勝手に利用したり、新たながん難民を作り出す原因になっているのです。「漢方薬や健康食品の相談をしても、拒否されるだけだから主治医には内緒で服用する」というがん患者は極めて多いのです。がん治療に携わる医師は、代替医療を否定するだけでなく、その有用性と問題点を正しく理解する必要があります。がん患者さんも、代替医療に過大な期待をもつのではなく、その限界やデメリットも知っておく必要があります。
がん対策基本法には、「がん患者の置かれている状況に応じ、本人の意向を十分尊重してがんの治療方法等が選択されるようがん医療を提供する体制の整備がなされること(第二条の三)」「がん患者の療養生活の質の維持向上のために必要な施策を講ずる(第十六条)」と述べられています。がん患者さんの生活の質を高める方法として漢方治療は極めて有効なのですが、ほとんど無視されているのが残念です。
(文責:福田一典)
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