71)当帰補血湯における「黄耆:当帰=5:1」の秘密

図:李東垣がまとめた内外傷弁惑論(1247年)に記載された「当帰補血湯」は黄耆と当帰が5:1で組み合わされている。その分量の比率の妥当性が科学的に実証されている。

71)当帰補血湯における「黄耆:当帰=5:1」の秘密

当帰補血湯(Danggui Buxue Tang)は、黄耆(おうぎ:Radix Astragali)当帰(とうき:Angelicae Sinensis)の2つの生薬から構成される極めてシンプルな煎じ薬で、西暦1247年(南宋時代)に李東垣によって著された漢方書「内外傷弁惑論」に記載されている処方です。
出血(外傷、手術、性器出血、月経過多、出産、大きな膿瘍の潰破後など)によって貧血や栄養不良(血虚)が生じ、体力が低下した状態(気虚)に使用します。難治性の皮膚潰瘍の治りを促進する効果もあります。

黄耆はマメ科のキバナオウギおよびナイモウオウギの根で、病気全般に対する抵抗力を高める効果があり、高麗人参と並んで補気薬の代表です。
皮膚の毛細血管拡張作用があり、体表の新陳代謝や血液循環を促進し、皮膚の栄養状態を改善し、皮膚の創傷や潰瘍の治癒を促進する効果もあります。
多糖類成分にインターフェロン誘起作用など免疫機能増強作用が報告されており、抗がん剤治療と併用して、副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高めることが多くの臨床試験で確かめられています(第18話参照)。

一方、
当帰(トウキ)はセリ科のトウキ又はその他近縁植物の根です。
血管拡張・血行促進により身体を温め、補血作用により造血を促進する効果があり、多糖体成分に免疫賦活作用・抗腫瘍効果が認められています。
補血を通じて肉芽形成促進作用も有するので、難治性の皮膚潰瘍などに黄耆とともに使用されています。

当帰補血湯では、黄耆と当帰の比率が5:1になっています。通常、1日量は黄耆30gと当帰6gが基本になります。
この比率は、李東垣が経験的導きだしたものかもしれませんが、以下に示すような最近の研究で、
黄耆と当帰の比率が5:1の時が、薬効成分の抽出効率や薬効が最も高いという研究報告が発表されています

A Chinese herbal decoction, Danggui Buxue Tang, prepared from Radix Astragali and Radix Angelicae Sinensis stimulates the immune responses.(中国の煎じ薬の黄耆と当帰から成る当帰補血湯は免疫反応を刺激する) Plata Med. 72(13): 1227-1231, 2006
(要旨)当帰補血湯(Danggui Buxue Tang )は1247年に記載された中国煎じ薬の処方で、黄耆(オウギ)と当帰(トウキ)を5:1の比率で組み合わせて作成される。
この経験的な処方の妥当性を検証するために、黄耆(オウギ)と当帰(トウキ)を種々の比率で組み合わせた煎じ薬を作成し、培養したTリンパ球とマクロファージの刺激作用を指標にして、組み合わせ比率による効果の違いを検討した。
当帰補血湯の煎じ液を培養液に添加すると、Tリンパ球のシグナル伝達系を活性化し、細胞増殖とインターロイキン-2の産生を著明に促進した。さらに、マクロファージの貪食能も増強された。
この
免疫増強作用は、黄耆(オウギ)と当帰(トウキ)を5:1の比率で組み合わせた場合に最も強かった
この実験結果から、経験的な煎じ薬である当帰補血湯の処方内容が、免疫力の増強効果の処方として妥当であることが明らかになった。

 

Verification of the formulation and efficacy of Danggui Buxue Tang (a decoction of Radix Astragali and Radix Angelicae Sinensis)
(
黄耆と当帰を組み合わせた当帰補血湯の組成と効能の検討) Chin Med. 2007; 2: 12
(要旨)伝統的な煎じ薬の処方が何千もある。多くの処方は多数の生薬を組み合わせているが、当帰補血湯(Danggui Buxue Tang)は最もシンプルな処方の一つである。
当帰補血湯は黄耆と当帰の2つの生薬から構成され、1247年に記載されており、黄耆と当帰を5:1で組み合わせることが特徴である。
化学的な分析で、
黄耆と当帰に含まれる薬効成分(astragaloside IV, calycosin, formononetin, ferulic acidなど)は黄耆と当帰を5:1で組み合わせて煎じた時に最も多く抽出できた。これ以外の比率で煎じた場合は、薬効成分の抽出効率は低くなった。
生物学的な薬効の検討では、
免疫増強作用、骨形成作用、エストロゲン様作用は、黄耆と当帰を5:1で組み合わせたときが最も効果が高かった


当帰補血湯の記載されている中国の漢方書「
内外傷弁惑論」は補中益気湯の出典として有名です。
著者の
李東垣は、脾胃(消化器)の衰えを改善することが治療の根本であると考え、補中益気湯など多くの補剤(体の虚弱を補う漢方薬)を創方しました。
黄耆と当帰の補中益気湯にも含まれていますが、十全大補湯など多くの補剤に含まれています。
黄耆は体力や免疫力を高める補気薬の代表で、欧米ではサプリメントとしても人気があります。
当帰は、婦人科系の病気に対する重要な生薬で、さまざまな生理痛・生理不順などの症状に有効で、ほとんど全ての婦人科の中医薬や漢方薬に配合されています。

したがって、黄耆と当帰を含む漢方薬は極めて多いのですが、その比率は様々です。
血虚の治療では当帰を10g以上使用します。当帰補血湯の処方では、当帰は6gだけで黄耆30gの補助に用いられています。つまり、「当帰補血湯」と補血という名がついていますが、黄耆の補気作用が当帰の補血作用を高めることを目指した処方にように思います。

紹介した2つの論文は香港の同じ研究グループからの報告です。
漢方薬は多数の生薬の組み合わせからなり、構成生薬の数が多いとその組み合わせの根拠を検討することは非常に困難です。
そこで、黄耆と当帰の2つの生薬から構成される煎じ薬の当帰補血湯を使って、その構成比率の根拠を科学的に検証することがこの研究グループの目標のようです。
李東垣は、多くの古典医書の研究と豊富を実践上の経験の中から、当帰補血湯における黄耆と当帰の比率を5:1にしたと推測されますが、その比率の妥当性が、科学的な検討でも実証されたと言えます

2つの生薬からなる漢方薬として
芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)も有名で、芍薬と甘草の組み合わせの相乗効果が研究されています。
多くの漢方薬は経験的にその構成生薬の種類や量が決められてきましたが、それなりの妥当性や根拠はあるようです。
料理でも、調味料の組み合わせや分量が経験的に見いだされ、よいレシピが伝えられているのと同じかもしれません。
実際に、英語の
recipe(レシピ)には、「料理やケーキの材料の分量と作り方」という意味と、「処方箋(しょほうせん)」という意味があります。
漢方薬の処方も料理のレシピも、多くの人の経験や書物のなかから、長い年月をかけて次第に良いものが作り出されてきたという点に価値があると思います。(文責:福田一典)

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