85)がん細胞のNF-κB活性を阻害する漢方薬

図:がん組織の中では、炎症細胞やがん細胞から炎症性サイトカインのTNF-αや活性酸素が産生されており、これらはがん細胞内で転写因子のNF-κBを活性化する。NF-κBの活性が高まると、がん細胞は死ににくくなり抗がん剤に抵抗性となる。NF-κBの活性化はがん細胞の増殖や転移、血管新生も促進する。したがって、抗酸化作用、抗炎症作用、TNF-α産生阻害、NF-κB活性阻害作用などを持つ生薬を使用した漢方治療は、がん細胞の抗がん剤感受性を高め、増殖・転移を抑制する効果が期待できる。

85)がん細胞のNF-κB活性を阻害する漢方薬

NF-κBの活性化とは】
細胞の機能はいろんな働きをもった蛋白質によって調節されています。蛋白質は遺伝子であるDNAからメッセンジャーRNA(mRNA)が作られ、このmRNAから蛋白質が合成されます。DNAからmRNAを作る過程を「
転写」といい、転写を調節している蛋白質を転写因子といいます。つまり、転写因子とは遺伝子から蛋白質を作り出すプロセルの最初のステップをコントロールする蛋白質です
NF-κBはnuclear factorκBの略です。転写因子の1つで、特に炎症や免疫に関連する蛋白質を作り出すときに働きます。多くのがん細胞でも、増殖刺激や酸化ストレスなどで活性化され、細胞が死ににくくする蛋白質の合成にも関与しています。
NF-κB(nuclear factorκB)は、IκB(inhibitor of κB)と呼ばれる制御蛋白質と複合体を形成し、不活性型で細胞質に局在しています。NFκBと結合したIκBは、細胞が薬物や酸化ストレスなどによる刺激を受けるとリン酸化されて分解されます。IκBが外れたNF-κBは核内へ移行し、DNAと結合することによって遺伝子の転写を刺激します。つまり、IκBがはずれて核内に移行できるようになることがNF-κBの活性化と言います。

【がん細胞のNF-κBが活性化するとがんは死ににくくなる】
多くの抗がん剤は細胞の
アポトーシスを引き起こすことによって効果を発揮します。細胞には自ら細胞死を実行するプログラムが内在しており、細胞が傷付くとこのプログラムによって死にます。この細胞死をアポトーシスといいます。がん細胞はいろんな機序によってアポトーシスに対する抵抗性を獲得していきます。細胞死が起きにくくなるというアポト-シス耐性の獲得は抗がん剤耐性の重要なメカニズムです。
活性酸素によって細胞が
酸化ストレスをうける状態では、がん細胞がアポトーシス抵抗性になって死ににくくなることが知られています。これは酸化ストレスによってNF-kBの活性が亢進し、細胞死(アポトーシス)が起こりににくくなるからです。
炎症細胞が出す
腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)や化学療法剤や放射線療法によっても、がん細胞のNF-κBが活性化されて細胞死に対して抵抗しようとする機序が働きます。
したがって、
NF-κB活性を阻害する方法はがん細胞の抗がん剤に対する感受性を高めることができるのです。
漢方薬の成分の中にはNF-κBの活性を阻害するものも報告されていますので、このようなものを上手に使用することによって化学療法の効き目を高めることもできます。

NF-κB活性を抑制する漢方治療】
生薬に多く含まれる
フラボノイド類などのポリフェノールは、フリーラジカルを消去して細胞の酸化ストレスを軽減する結果、NF-κBの活性化を抑制する効果が期待できます。
植物に含まれる
セスキテルペン(Sesquiterpene)類は、抗炎症作用や抗がん活性などの作用によって注目されています。
パルテノライド(Parthenolide)というセスキテルペンが、NF-κBを強力に阻害することが報告されています。このパルテノライドという物質は、欧米で関節炎や偏頭痛の治療に使われているフィーバーフュー(Tanacetum parthenium,ナツシロギク)というハーブの主成分です。
パルテノライドとよく似たセスキテルペンに
コスツノライド(costunolide)があります。コスツノライドは木香という生薬に含まれており、発がん予防効果などが幾つも報告されている物質です。パルテノライドやコスツノライドなどのエスキテルペン類には、がん細胞のNF-κBの活性を阻害することによって、抗がん剤の効き目を高める可能性が報告されています
また、ぶどうの皮などに含まれる
レスベラトロール(Resveratrol)という物質は、癌の予防効果が報告されていますが、NF-κB阻害作用も報告されています。ウコンに含まれるクルクミンは抗酸化作用や抗炎症作用によるがん予防効果が報告されていますが、クルクミンがNF-κB活性を阻害するという報告もあります。
漢方薬に使用される生薬の中には、セスキテルペンラクトンやレスベラトロールやクルクミンを含むものが知られています。そのような生薬を利用するとがん細胞のNF-κB活性を阻害して抗腫瘍効果が期待できます。

がん細胞を殺すために炎症細胞がTNF-αを産生しています。TNF-αは腫瘍壊死因子といって、がん細胞を殺す作用があります。しかし、TNF-αはがん細胞内で活性酸素を産生させて酸化ストレスを高め、その結果NF-κBを活性化して、がん細胞は死ににくくなります。
最近の論文では、
オウゴンにふくまれるオーゴニン(wogonin)が、TNF-αによる酸化ストレスを軽減して、NF-κBの活性化を阻害し、TNF-αによるアポトーシスを起こしやすくすることが報告されています。(Blood 108:3700-3706, 2006)

免疫増強作用のある生薬は、炎症細胞や免疫細胞からTNF-αの産生を促進する効果があります。このような免疫増強作用のある生薬を使うと同時に、がん細胞のNF-κB活性を阻害する成分を含むオウゴンやウコンなどを使用すると抗腫瘍効果が期待できるかもしれません。(文責:福田一典)


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