319)にきび(acne)とがんとIGF-1

図:グリセミック負荷(ブドウ糖負荷)の高い高糖質食や牛乳・乳製品(特に牛乳タンパク質)や肉類は、PI3K/Aktシグナル系を活性化し、mTORC1(mammalian target of rapamycin complex-1:哺乳類ラパマイシン標的蛋白質複合体-1)の活性化と、転写因子FOXO(Forkhead Box O)の抑制を引き起こす。mTORCの活性亢進は皮脂腺からの皮脂の分泌を促進してにきびの原因となる。mTORC1の活性化とFOXOの抑制はがんの発生・進展を促進するので、にきびのある人はがんのリスクが高い可能性がある。さらにインスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)シグナル伝達系の働きが低下している人に長寿の人が多いという報告もある。PI3K/Akt/mTORC1シグナル伝達系を抑制し、AMPKやFOXOを活性化すれば、長寿とがん予防が達成できる可能性が指摘されている。カロリー制限、メトホルミン、ケトン食、糖質制限、ポリフェノール(レスベラトロールや茶カテキンなど)はこのシグナル伝達系に作用して、寿命延長やがん抑制の効果を発揮する。この作用は、糖尿病や循環器疾患や神経変性疾患(アルツハイマー病など)やにきびの予防にも有効である。

319)にきび(acne)とがんとIGF-1

【にきびのある人はがんになりやすい?】
にきびとは主に思春期・青年期に顔・胸・背中などの毛穴にできる吹き出物です。漢字では面皰(めんぽう)、医学用語では尋常性痤瘡(じんじょうせいざそう)または単に痤瘡(ざそう)と言います。英語ではacneです。
にきびは皮脂の分泌が増えて毛穴に皮脂と角質の混じり合った塊ができて詰まり、炎症を起こしたものです。したがって、皮脂腺の活動が盛んになることが原因です。皮脂腺は男性ホルモンのアンドロゲンインスリン様成長因子-1(IGF-1)によって働きが亢進することが知られています。
糖質と肉や乳製品の摂取の多い西洋食(Western diet)がにきびの発生を促進することが知られています。このような食事はインスリンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)の分泌を高め、インスリン/IGF-1シグナル伝達系の活性化が皮脂腺の活動を盛んにするためと考えられています。インスリン/IGF-1はアンドロゲンの産生も高めます。インスリンは肝臓からの性ホルモン結合グロブリンの産生を抑制し、IGF-1はアンドロゲンの産生を刺激するからです。
糖質やタンパク質(特に乳製品)の多い食事がインスリン/インスリン様成長因子シグナル伝達系(PI3K/Akt/mTOR)を活性化し、がんの発生や進展を促進することは312話で解説しています。
mTORC1(mammalian target of rapamycin complex-1:哺乳類ラパマイシン標的蛋白質複合体-1)はPI3K/Aktシグナル伝達系を介して、成長因子(インスリン、インスリン様成長因子など)やブドウ糖やアミノ酸(特にロイシン)によって活性化されます。活性化されたmTORC1はシグナル伝達の下流に存在する様々なキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)などを介してタンパク質や脂肪酸の合成や細胞分裂を促進し、その結果がん細胞の増殖を促進します。この機序は同時に皮脂腺の活動を盛んにする作用もあるため、にきびの発生を促進することになります。
したがって、グリセミック負荷(ブドウ糖負荷)の高い高糖質食や牛乳・乳製品(特に牛乳タンパク質)や肉類の多い食事は、にきびとがんの両方の発生と進展を促進することになるため、にきびの多い人は発がんのリスクが高いということになります。
日本ではまだそれほど多くはありませんが、欧米の先進国ではにきび(尋常性痤瘡)は思春期・青年期で79~95%にみられ、25歳以上では40~54%、中年女性で12%、中年男性で3%に見られるということです。
しかし、旧石器時代と同様の食生活を続けているパプア・ニューギニアのキタヴァ(Kitava)島の1200人(15~25歳の300人が含まれる)やパラグアイの狩猟採集民族115 人(15~25歳が15人含まれる)の調査では、にきびは誰にも見つからなかったということです。(Arch Dermatol. 138(12):1584-90. 2002年)
エスキモーのイヌイットの人は昔ながらの食事をしている間はにきびが見られませんでしたが、乳製品や高糖質・高タンパク質の米国式の食事が入ってきてイヌイットの人々にもにきびが増えていると言われています(がんや糖尿病や循環器疾患も増えています)。
また、IGF-1の働きが欠損した遺伝疾患(Laron syndrome)の患者を思春期・青年期から長期間追跡調査した研究でも、にきびはほとんど認められなかったことから、にきびの発生にIGF-1の関与が強く示唆されています。(J Eur Acad Dermatol Venereol. 25(8):950-4. 2011年)
逆に、成長ホルモン/インスリン様成長因子-1シグナル伝達系が活性化している先端巨大症(Acromegaly)の患者には、脂漏症(seborrhea)やにきび、2型糖尿病、がんの発生率が高いことが知られています。先端巨大症は末端肥大症などとも言い、成長ホルモン産生下垂体腺腫によって成長ホルモンが過剰に分泌されることによって、四肢末端の肥大、糖尿病、高血圧、高脂血症などの症状を示し、がんの発生率も高いことが知られています。成長ホルモンは肝臓に働きかけてIGF-1の産生を亢進します。
IGF-1は脂肪酸の合成を促進するだけでなく、男性ホルモンのアンドロゲンとアンドロゲン受容体の産生を高める効果があります。男性ホルモンは皮脂腺の活動を促進してにきびの発生を促進します。
治療抵抗性のにきびに罹ったことのある人は、前立腺がんの発生率が高くなることも報告されています。(Int J Cancer. 121(12):2688-92. 2007年)
にきびと前立腺がんの間には、IGF-1と男性ホルモンという両者に共通の促進因子があるので、この結果は納得しやすいと思います。
にきびとがんとIGF-1の関連を示すエビデンスは以上の他にもかなり多数報告されています。にきびが青年期以降も長く続くような人はがんの発生や進展が促進される可能性が高いので、インスリンやインスリン様成長因子を減らすような食生活を実践することががん予防に有効です。このような食事の基本は糖質と乳製品の摂取を少なくすることです。タンパク質は体重1kg当たり0.8~1.0グラム程度を基準にして、過剰な摂取はIGF-1の産生を高めるので注意が必要です。
あるいは、PI3K/Akt/mTORシグナル伝達系の阻害や転写因子FOXOの活性化に効果があるカロリー制限メトホルミン(AMPKを活性化する)などが有効です。
糖質制限でにきびが改善することは臨床試験でも証明されています。(Acta Derm Venereol. 2012 May;92(3):241-6)
さらに、ケトン食(ケトン体の産生を高める糖質制限+高脂肪食)がにきびの改善に効果があることが示唆されています。(Nutrition and acne: therapeutic potential of ketogenic diets. Skin Pharmacol Physiol. 25(3):111-7. 2012年)
ケトン食がにきびの改善に効果があることは、ケトン食ががんにも効果があることを支持することにもなります。

【成長ホルモン/インスリン/インスリン様成長因子-1のシグナル伝達系が低下すると寿命が延びる】
寿命延長と発がんに深く関わってる因子として、アディポネクチン、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)、サーチュイン遺伝子(SIRT1)、PI3K/Akt/mTORシグナル伝達系、転写因子FOXO、インスリン/インスリン様成長因子シグナル伝達系などが知られており、相互に複雑に関連しあって働いています。(316, 317, 318話参照)
さて、寿命を短くし、がんの発生や進行を促進する体内因子として、慢性炎症や酸化ストレス、成長ホルモン、インスリン、インスリン様成長因子-1、性ホルモンなどが知られています。慢性炎症は活性酸素やフリーラジカルの産生を増やして酸化ストレスを増大し、遺伝子変異や免疫力低下や諸臓器機能の低下を招いて、老化やがんを促進します。
転写因子のFOXOはカタラーゼやスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)のような抗酸化酵素の発現を高めることによって、酸化ストレスに対する抵抗力を高めるため、FOXOの活性化は寿命延長と抗がん作用の効果があります。
FOXOの活性化する方法として、カロリー制限、インスリン/インスリン様成長因子シグナル伝達系(PI3K → Akt)の抑制、AMPKの活性化、脂肪酸β酸化の亢進などがあります。(318話参照)
成長ホルモン、インスリン、インスリン様成長因子-1、性ホルモンというのは体の成長や成熟に必要な因子で、中年以降に体の老化が進むのはこれらの成長因子やホルモンが低下するためだと考えられています。したがって、アンチエイジング(抗老化、抗加齢)の領域では、このようなホルモンや成長因子を補充して、体を若返らせようとする治療が行われています。そのため、これらの因子が寿命を短くするということに荷担するとは考えにくいと思われるかもしれません。しかし、このような成長を促進し、若々しさを保つような因子が、寿命を短くすることが明らかになっているのです。
線虫やショウジョウバエを使って寿命に関わる遺伝子の研究が行われています。すなわち、線虫やショウジョウバエの突然変異系統(ミュータント:変異体)の中から寿命が延びた変異体を見つけ、どの遺伝子に突然変異が起きているかを解析すれば、寿命に関連する遺伝子を見つけることができます。
そのような研究によって寿命に関わる遺伝子が多数見つかっていますが、見つかった線虫やショウジョウバエの遺伝子の哺乳類の相同体を解析すると、それがインスリやインスリン様成長因子-1(IGF-1)の受容体やそのシグナル伝達系に関与する遺伝子だということが明らかになったのです。
例えば、線虫の遺伝子でins-7とdaf-2と名付けられた遺伝子に突然変異がある変異系統の線虫は寿命が延びていました。そして、これらの遺伝子は哺乳類では、それぞれインスリンとインスリン受容体に相当するものでした。そして、インスリン受容体の下流に存在するシグナル伝達系に関与する遺伝子の突然変異も寿命を延長することが明らかになったのです。先ほどの転写因子FOXOに相当する遺伝子が線虫やショウジョウバエで活性化すると寿命が延びることも報告されています。
このような線虫やハエの研究結果をもとに、遺伝子改変マウスを使った研究が行われています。例えば、成長ホルモンが過剰に発現しているマウスはIGF-1の濃度が上昇し、寿命が短くなり、がんの発生率が高まることが報告されています。成長ホルモンは肝臓に働きかけてインスリン様成長因子-1(IGF-1)を分泌させ、このIGF-1が標的組織の細胞分裂を刺激することによって体の成長を促進します。
逆に、成長ホルモンが産生できない成長ホルモン欠損マウスや成長ホルモン受容体が欠損したマウスを作成すると、これらの成長ホルモンの働かないマウスではがんの発生率が減少し寿命が延びることが示されました。ネズミに30~40%のカロリー制限を行うとIGF-1濃度が30~40%減少し、がんの発生率が低下し、寿命が延びました。
つまり、体の成長に必要な成長因子やインスリンやIGF-1は、がんの発生や進展を促進し、さらに寿命を短くすることに荷担することが明らかになっています。
インスリンは肝臓におけるIGF-1結合蛋白の産生を抑制し、フリーのIGF-1を増やします。IGF-1はインスリンと構造が似ており、それらの受容体も似ているため、インスリンとIGF-1は相互に交叉反応することが知られています。したがって、インスリンの分泌を促進するグリセミック負荷の高い食事(糖質の多い食事)や、IGF-1を活性化する高蛋白食や乳製品の多い食事は、インスリン/IGF-1シグナル伝達系のPI3K/Akt/mTOR系シグナル伝達経路を活性化し、寿命を短くし、がんの発生を促進することになります。(295話, 312話,317話参照)
人間でも、100歳以上の超長寿者では、成長ホルモンやインスリン/IGF-1シグナル伝達系の働きが低下するような遺伝子変異を持った人が多いという報告があります。
100歳以上まで生存した人(百寿者)の子孫と、比較的若く亡くなった人の子孫を比較すると、百寿者の子孫の方がIGF-1の血中濃度が低かったという報告もあります。
つまり、100歳まで生きるような人は、長生きする遺伝的素質をもっているということです。このような遺伝的素因はがんにもなりにくい素因であるため、超高齢者はがんにならないと考えられるのです。つまり、「超高齢者はがんにならない(315話)」の理由の一つとして、インスリン/IGF-1シグナル伝達系の活性が低下するような遺伝形質が重要なようです。

【美味しい食事には注意】
昨日(1月18日金曜日)の夜8時のフジテレビの「アイアンシェフ」の食材はチーズでした。2人の料理の鉄人がチーズを素材にして料理対決を行い、審査員が評価するという番組です。その評価の対象は美味しさ(つまり、味や食感や食欲をそそる見た目)になります。いかに美味しいかで勝敗が決まります。
チーズに精製された(つまりグリセミック指数の高い)糖質や肉を使えば、審査員が美味しいと絶賛する料理になるのは判ります。しかし、このような美味しい料理は健康にはあまり良くないかもしれません。チーズとグリセミック指数の高い糖質と肉の組合せは、PI3K/Akt/mTORシグナル系を活性化し、2型糖尿病や心臓病やがんやアルツハイマー病の発症を促進し、寿命を短くする可能性があることは、ほぼ確実です。
PI3K/Akt/mTOR系の活性化は、更年期までであれば若返り効果はあるかもしれません。
タンパク質や脂肪の合成や細胞分裂を促進し、性ホルモンの活性を高めるからです。しかし、成長や生殖に必要な成長因子やホルモンや免疫系は、生殖年齢終了後(更年期以降)は老化を促進する方向で作用します。一般的に生物は生殖年齢を超えて生存する意味は低くなるため、成長や生殖に必要な因子は、更年期以降は一斉に体を攻撃するようになります。免疫系は異常を起こして自己免疫疾患を引き起こし、がん細胞が発生すれば成長因子やホルモンは増殖を促進する方向で作用します。つまり、更年期以降はインスリン/インスリン様成長因子-1シグナル伝達系(PI3K/Akt/mTOR)を抑制する方が、多くの病気(がん、2型糖尿病、循環器疾患、アルツハイマー病など)の予防と長寿には良いようです。
長寿の遺伝子変異を持っていない人(先祖に長生きした人が少ない)の場合は、カロリー制限が現時点では最も効果の高い長寿法ですが、空腹が嫌であれば、糖質制限とタンパク質は過剰に摂らない(タンパク質はある程度は必要なので、制限するのではなく、過剰摂取を控える)ことがIGF-1の産生を低下させることができます。
糖質を減らし、タンパク質はあまり増やさないとなると、脂肪を増やすしかありません。脂肪は、動物性脂肪やω6系不飽和脂肪酸を増やさず、ω3系不飽和脂肪酸(魚油、亜麻仁湯、紫蘇油、クルミ)や一価不飽和脂肪酸のオレイン酸(オリーブオイルやアボカド)やケトン体を産生しやすい中鎖脂肪酸(ココナッツオイル、マクトンオイル、MCTオイル)を多く摂取すると、インスリン/IGF-1シグナル伝達系の活性を抑え、転写因子のFOXOの活性を高めることができます。
「50歳以降は糖質をやめなさい」とか「ケトン食の抗老化作用」を指摘する書籍が出版されていますが、おそらくこれは正しいと思います。動物がエネルギーの貯蔵に脂肪を選んだこと、飢餓や絶食すると脂肪が主なエネルギー源となることは、脂肪こそがエネルギー源として正統であり、糖質の方が代替であると考えるのが正しいように思います。

 

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