茨城県は、筑波山によく登る。自宅からすぐそばに見える山、地元の山だからだ。しかし、その県庁所在地、水戸は実は行ったことがない。サラリーマン時代も支店は水戸ではなく、日立だった。百名城巡りは全国の都道府県を訪れるため、水戸城と偕楽園を訪問したのだが。おそらく最初で最後の訪問だろう。
駅に降り立つと、ビルの間から城郭がチラ見できる。歩いて、大手門へ。再建した門のようで、まだ新しい。
大手門から弘道館へ。この弘道館は、藩校だったそうだが、学問好きの水戸にあって、弘道館はその中心だったんだろう。大日本史の原本が展示されていた。
尊王攘夷の略がある。幕末、水戸は尊王攘夷の中心で、天狗党もここから出た。しかし、水戸藩は、仲間割れして、殺し合い、明治維新の時は、もう人材がいなくなっていた、と聞いたことがある。
水戸藩は九代藩主徳川斉昭(烈公)が各種改革や教育で有名だ。その子は慶喜、昭武。慶喜は15代将軍、昭武はパリ万博に渋沢栄一と行った方である。空堀も徳川ご三家だけあって大きい。
一旦駅に戻って偕楽園へ、行った時は、梅が見頃だったが、人出は平日のせいか(平日を狙ってきたんだが)少ない。主な梅には樹木に名称がついている。
好文亭という建物に入る。徳川斉昭が好んだ建物だそうだ。庭園や千波湖がよく見える。この建物、日本三名園の切手になっていたものかな。
お土産は、梅酒に水戸納豆、かりんとう饅頭、そして印籠の小物入れ。水戸納豆は、藁にマメが付いて食べにくかった。そしてお高い。やっぱりスーパーの納豆がいいな。たぶんもう二度は行かないだろう水戸でした。