花の佐渡登山の翌日は、佐渡金山、もう三度目の訪問になる、ただし前二回はほとんど覚えていない。ここは昨年、世界遺産に登録された。
世界遺産検定は、私、3級⇒2級と進み、1級が二回ほど不合格、準1級が新設されたが、そのうち受験しようとそのままだ。
世界遺産は、世界遺産条約やその定義、評価基準が10個、世界遺産の概念(真正性など8個)、登録の流れなどが共通事項として知ってく必要がある。もちろんそれ以外は、個々の世界遺産が出題される。1級はもう1千個もあるかな。
佐渡の金山は、江戸時代の宗太夫坑(そうだゆうこう)と明治時代の道遊坑(どうゆうこう)があり、両方廻るようになってるが、どっちも世界遺産のユネスコのロゴなどは何もない、まだ準備できてないんだろうか、だとしたら、ノンビリしてるな。
江戸時代の坑内の様子、排水中だ。
小さな試験穴、狸穴。
新たな鉱脈が見つかり、お祝い、お祈りをしているところ。
資料館に入り、金鉱石。レンズで観ると、鉱石の中にきらきら光ってるのが金の粒。
金の精錬は複雑な工程だ。中にねこ流しという面白い名の工程がある。布を使い、比重差で金とほかのものとを区分する。
佐渡金山の断面図。
そして、道遊の割戸(どうゆうのわりと)金鉱脈があり、山ごと掘ったものだ、くぼみは約70m。
最後は、北沢浮遊選鉱場跡、以前訪問した時は、ただ通過しただけだったが、今回はガイドさんが詳しく説明してくれた。さすが世界遺産。
最後は、トキの森公園へ、トキ、見れるかな。 続く・・
国立公園検定1級のグループ2受験を申し込んだ。この検定は前回が第1回、グループ1の試験だった。グループ1は、北海道、東北、関東の一部の国立公園が対象だった。
学習は、環境省の国立公園HPを、ノートに取って、丁寧に学習した。結果は、合格ラインの80%以上を獲得、見事合格した。
そして今回は、グループ2,関東、東海北陸、近畿地方の12の国立公園が対象だ。
環境省のHPより
第2グループは、すでに5つの国立公園の学習を終えている、富士箱根伊豆、秩父多摩甲斐、南アスプス、小笠原そして中部山岳だ。山岳系はどちらかというと得意分野、一方、小笠原などの海洋系は苦手だ。
そして今回の特徴は、前回のナショナルパーク検定(3回実施でなぜか終了したしまった検定だ)で出題対象となった、伊勢志摩、山陰海岸が含まれている。これはラッキー。特に山陰海岸はなじみがないので、わざわざ鳥取砂丘に山陰海岸、城崎、玄武洞、天橋立を旅行したのだ。
さて試験は、6月11日~19日オンラインだ。結果の発表は6月27日、愉しみな試験になりそう・・
先達という資格がある。巡礼の案内人資格だ。四国八十八か所でもあるが、今回は秩父札札所巡り。
先月巡礼を終わって、宝登山の自然散策の際、秩父鉄道御花畑駅そばの十三番のお寺で申請書を貰った。
その際は、巡礼を終わったことの証明が必要で、納経帳を見せると、丁寧に1頁ごとに確認してから、申請書をくれた。
あとは、これに必要事項を記入し、新規先達の料金1万円を振り込む。これで発行を待つ。
私の場合、ほとんどが、先に学習して、資格を取って、それから実際にやってみるというパターンが多いんだが、今回は逆。先に巡礼をしてから資格申請となった。まあ、申請できるのは一巡してる人だけだから、しょうがないが。さて、これで予定してなかった思わぬ資格が取れそうだ。
御周印帳を手に入れた。先日高尾山に登った時にちょっと紹介したが、もう一度詳しく紹介する。日本遺産の御周印帳だ。全国104か所の日本遺産のスタンプを集められる。
東京都なら霊気満山高尾山だ。埼玉県なら和装文化の足元を支え続ける足袋蔵のまち行田。神奈川県なら、①鎮守府横須賀・呉・佐世保・舞鶴、②江戸庶民の信仰と行楽の地大山詣り、③いざ鎌倉、④旅人たちが足跡残る悠久の石畳道箱根、と何と4つもある。
104の中では、正直よく知らない遺産もある、その一方、世界遺産と比べて、訪問しやすいという特徴もある。私は以前、日本遺産3級を取得し、2級は残念だが不合格になった、またやろうかな。
そして、御印帳の中身、一発目は、霊気満山高尾山だ。結構、いいスタンプになってる。これならどっか出かけたとき、ついでに押せるね。
スタンプは、今まで、百名城巡り、続・百名城巡り、秩父札所巡りと終了し、いまはローカル鉄道40社、それに今回の日本遺産104ヶ所となった。こっちは生きてるうちに達成出来るかな。
gooブログ終了に伴い、5月1日からアメーバブログに移行しました、こちらです。相変わらず毎日書き綴っていますのでお読み下さい。
秩父札所三十四箇所巡りが終わった。4ヶ月かかったが、ここでまとめとおこうと思う。まず、発願(ほつがん)、札所巡りを開始する一番目のお寺で行う。四万部寺で、巡礼用品を購入。ここでお参りのやり方などを教えていただく。そして、結願(けちがん)、最後の三十四番水潜寺だったが、特別な儀式はなかった。
残ったのは、納経帳とガイドブック、納経帳はスタンプラリーのスタンプ帳のようなものだ。ただし、こちらは、全部筆で書いて頂いた。どっかの神社のように印刷物で日付けだけ記入とは違う。
ご詠歌集と残りのお札。ご詠歌集は、般若心経などが書かれていて、巡礼の時はその一部を読み上げる。そしてお札。こちらは自分の住所、氏名、年齢、日付を書いて、ポストの様な所に入れる。
そして、これ何というのだろう、お寺ごとに頂くシールを貼ったもの。昔は、白衣(袖のないものは笈摺「おいずる」という)の背中に大きな印を押していたようだが、現在は、お寺のシールだ。これを集めて、大きな台紙に貼る。貼ったものの、スペースを取るから、どう保管するか。そのうち捨ててしまうような気もするが。
あと残ったものは、笈摺、金色の文字の入った輪袈裟、持鈴、これはクマよけと同じ鈴だから使える。捨てるのはもったいないから、ご希望の方に差し上げますよ。コメント欄に入れてください。
さて行程は、結局5泊8日。私の場合、登山と並行したから、結構日数はかかった。ビジホに4泊、温泉旅館に1泊、日帰りが2回だ。登った山は、宝登山、日向山、武甲山、観音山、それに破風山だ。武甲山以外は1千mにも満たない低山だ。
終わって思い出した。一巡して、希望があれば「先達」という札所巡りの案内人資格が取れる。申請書と1万円が必要。研修もあるそうだが、これが無理ならそれまでだ。ここのところ、植樹祭などで秩父に行く機会があるから、手続きしてみよう。
gooによるブログ更新は、本日で終了です。15年もお世話になったgooブログ、長い間、ありがとうございました。これからはアメーバにお世話になります。
仕事が終わり、まだ時間があるため、朝の石山寺に続き、三井寺に寄る。三井寺に向かって歩いていると、琵琶湖疎水だ、そうかここか。
三井寺もまた広いな。
重要文化財の仁王門。
金堂に登る、こちらは国宝だ。
それより有名なのは、鐘楼、三井寺の晩鐘で有名だ。
この鐘が誰でも突けるが、有料、一突き八百円。お金を出して、思い切って突いてみた。一回目は空振り、二回目でかなり大きな鐘が鳴った。
お次は、三井の霊泉、部屋の中からゴボゴボ音がしている。
もう一つ、弁慶の引き摺り鐘。
だいぶ疲れてきた、三重塔。
もう二、三、建物があったが、難しい字でよく読めない。皆重要文化財だが。
朝夕と、石山寺&三井寺を参詣、少し疲れたな。明日に続く・・
滋賀出張の朝は、時間があるので、早朝に石山寺詣。京阪電車で終点、石山寺へ。早朝の寺は清々しい雰囲気だ。いいねえ・・
まず東大門、淀殿の寄進で新築に近い大規模な修理を行った。
天然記念物のケイ灰石、花崗岩の熱作用によって石灰石が変成したもの。たぶん、石山寺の名は、ここからきてんだろうな。
国宝の本堂は、通った時は気にもしなかったが、懸け造り。
そして、紫式部が執筆した部屋。ここで、須磨の巻を書いたそうだ。須磨と言えば、須磨源氏。源氏物語は長いので、須磨のあたりでギブアップする人が多かったそうで、須磨源氏という言葉がある。
メインは、国宝多宝塔。石山寺は、紫式部以外では、これで有名だった。
多宝塔から琵琶湖を眺める。紫式部もこの景色を見たんだろう。瀬田の唐橋は、もう一つ向こうの橋。
最後は、鐘楼だ。
早朝の1時間ほどの散策でした。京阪電車に乗り、仕事場の坂本比叡山口へ向かう。続く・・
さて、日本城郭検定の学習を再開する。先日の加藤先生の講座で、今回のテーマは、普請と作事、つまり土木と建築、この割合が約半分を占めると聞いた。それはそれは、キチンと学習すすればチャンスだ。でも百名城めぐりでは、ボンヤリ見たしな、ということで、今からでも行けるところは実物で学習しようと思い立つ。
まずは、名古屋城。見どころは、重文の櫓3つ、門が2つ、それに再建だが、天守。食い違い虎口、この食い違い、大きいな。
春休みとあって、朝から結構賑わってる。最初は、重文東南隅櫓。見立ては二層だが、実際は三層、下層は千鳥破風に蕪懸魚、石落としがついてる。上層は唐破風。
(東南隅櫓)
お隣の西南隅櫓は、タッパが高いね。構造はほぼ同じ。
(西南隅櫓)
本丸表二之門、接して一之門があったそうだが、太平洋戦争で焼失。
そして、人が一番多い天守、この天守は、鉄筋コンクリート製だから、正しくは、お城風のビルだ。もう何度も見ているがもう一度じっくり観る。五層七階、破風は、下から、唐、比翼千鳥、千鳥、横は、入母屋破風。懸魚は、三花懸魚と一番豪華だ。
お隣は小天守、連結式だ。二層で、千鳥破風、梅鉢懸魚だ。
奥の方、御深井丸に行き、西北隅櫓、この櫓は三階建で、日本で二番目の大きさだったような。下層は千鳥破風、最上階は良く見えないが、入母屋破風かな。櫓からお濠が見えるが、広い広い。
最後は、旧二之丸東二之門、そばに一乃門があったそうだ。門のタイプは、薬医門の発展形の高麗門、見事な出来だ。高麗門は、門が濡れるのを防ぐため、四本の柱と、門の扉の上に小さな屋根が別についてる。よく残ったもんだ。
さて、名古屋城はこのくらいにして、お次は、地下鉄で、国宝犬山城へ。続く・・
さて、白久温泉に泊った後は、札所巡り。ただし、かなり強い雨だ、もう冬も終わりで三寒四温の春に季節が変わったようだ。しかし、頑張って巡礼の旅をする。
浦山口駅で、登山用のレインウエアを着込んで出発。徒歩20分の二十九番長泉院へ。雨に煙っているが、浦山ダムが見える。
そして二十九番長泉院へ。
このお寺は、巡礼で納められた石札が残り、別名石札堂とも呼ばれる。
石札じゃないけど、達磨の絵を描いた石が幾つもある。
庭も見事な枯山水だ。
御朱印を頂いて、少し休憩、昨日の登山で、脚がまだ回復してない。さて、もう一軒、行くぞ。
30分ほど歩いて、二十五番久昌寺。門前の説明板、ここには、江戸巡礼古道、という二十番から二十五番まで、山の中の道が残っている。
立派な山門。このお寺は、別名、御手判寺(おてはんじ)といって、石の手判(印鑑)が残っているそうだ。山門には、御手判寺の額が。
ここかと思って参拝したが、ここじゃなかった。
このお隣りの建物だ。その前に、大きな池があるが、修理中。
お寺はこちら。
御手判石の写真があった。紙に刷ったものも売られている。
秩父の雨中を歩ききって、浦山口駅に戻る。これで一番から三十番まで、巡礼が終わった。残りは四寺、これからは全部山の中のお寺になる。ちまちま通っていたら、交通費などもかかるから、来月、一気に廻ってしまおうと考えている。
武甲山から降りて、札所二十八番橋立堂へ。ここは、橋立鍾乳洞の隣にある。奥の院が橋立鍾乳洞にあるそうだ。お堂は、巨大な岩山の下にある。
橋立堂の説明板、納経所は、橋立鍾乳洞の切符売り場のお隣り。
絵が奉納されている。この絵は、地元の提灯屋さんの方が書いて、34ヶ所全部に奉納しているそうだ。
次は、白久駅から、舗装道路を15分、百㍍ほど登って、三十番法雲寺。
マンサクの花が咲いてる、私は、初めて観た。
お堂のそばには大きな「ヒヨクヒバ」、市指定の天然記念物。
お堂にお参り。
庭が美しい、住職さんの話によれば、藤が咲くころはもっと綺麗だそうだ。
終わって、今日の宿、白久温泉(谷津川館)へ。続く・・
国立公園検定1級に合格した。この検定は、以前からあったナショナルパーク検定の後釜のような形で発足した。ナショナルパーク検定は、一回の試験で日本の国立公園2か所が出題対象だった。私は山陰海岸国立公園は訪問したことがないため、これを機会にと訪問した。ところが、第4回あたりで、開催されなくなっていた。
どうしたもんかと思っていたら、リニューアルした形で「国立公園検定」がスタートした。今度の対象は、北海道と東北、関東の国立公園が出題対象だ。おそらく第2回は、中部、関西、第3回は、中四国・九州・沖縄が出題されるだろう。
また、この検定は2級からあるが、以前のナショナルパーク合格者は、1級から受験可能といわれたが、最後はうやむやのようだ。
とにかく1級を受験、合格ラインは80%、とかなり高い。でも無事合格できた。次はいつかわからんが、次も受験するつもり。学習は、環境省のHPだ。カラー写真や動画があって、なかなか楽しかった。
第1回国立公園検定の学習を続けている。今回の試験は、第1グループ(北海道、東北、関東の一部)が出題の対象だ。前回は、北海道の7つの国立公園の学習したことを書いた。今日は、東北、関東の一部になる。
十和田八幡平国立公園
新しい知識:岩手山は南部片冨士と呼ばれる。十和田神社は「おより紙」を湖に沈めると願いが叶う。後生掛温泉は「馬で来て下駄で帰る」、泥風呂。
写真は、岩手山の山頂から。9月の秋晴れ、快晴だった。
三陸復興国立公園
写真はなし。(訪問したのはずうっと前、写真はない)旧名称は陸中海岸国立公園、平成25年区域拡張。
新しい知識:種差・階上海岸、鵜の巣断崖・侍浜。行事風習では、「山オコゼ」(新造船に魂を入れる儀式)、「山アテ」(海上で山の景観から現在地を知る)、「スネカ」(秋田なまはげに似たもの)
磐梯朝日国立公園
新しい知識:偽高山帯(亜高山帯の針葉樹林を欠く)、温身平(森林セラピーのプログラム)
写真は、4月の裏磐梯の五色沼、山には雪が残る。
日光国立公園
新しい知識:修験道の白湯山信仰、三斗小屋温泉に関連史跡あり。中禅寺湖畔に大使館別荘。
八方が原 20万株のレンゲツツジ、那須平成の森は、那須御用邸の一部の敷地
写真は、男体山山頂付近から中禅寺湖を望む。
尾瀬国立公園
新しい知識:蛇紋岩は塩基性、重金属の毒作用で植物の生育悪い。鬼怒沼山・田代山に湿生草原(雪田植生)。笠ヶ岳は、至仏山の南、標高2057m。オゼソウ(至仏山の蛇紋岩帯)、ハッチョウトンボ(尾瀬ヶ原、日本最小のトンボ)、ホョンドオコジョ(オコジョカードを発行)
写真は、早朝の尾瀬ヶ原と、燧ヶ岳山頂から尾瀬ヶ原を望む。
これで、ひと通りの学習を終了、復習してオンライン試験に臨む。
月曜日に、相撲ガイドツアーに参加した。正確には、「すみだまち歩きガイドツアー『相撲コースガイドツアー』」である。正月に七福神巡りに行ったとき貰ったチラシからだ。
前夜日曜日にネットで見ると、月曜はまだ空いている。ネットで予約、料金二人で1千円、クレジットで支払って参加決定。
時間は、13:30~15:00、場所中だけのツアー。参加者は10人ほど、ガイドさんは二人、ガイドレシーバーを貸してもらってスタート。まずは国技館。あのノボリ、一回限りしか使わない、部屋名は黒で書かない(黒星を避ける)そうだ。
太鼓は、始まる前と終った時、二度叩く。この建物、現在はエレベータ―がついてる。その隣りの木製の看板、昔、勧進相撲をやっていたころ、寺社の許可をもらっているという許可証。今も慣習として立てているそうだ。
最初の部屋は、中村部屋、国技館と目と鼻の先だ。見学者が通行の邪魔になりそうで、目隠しが貼られている。
両国で一番古いちゃんこや。
回向院にある、旧国技館の跡、今の国技館は三代目、初代は、進駐軍に接収された時期もあった、その後、日大講堂とも言った、何か記憶あるな。
春日野部屋、師匠は栃乃和歌。力士の最高位は、十両の栃大海。
次は、吉良邸裏門跡、赤穂浪士の討ち入りの場所だ。現在はマンション。
近くに吉良上野介の公園がある。
出羽ノ海部屋、師匠は小城乃花。力士の最高位は、幕内御嶽海。力士は車の運転はしないため、自転車が沢山置いてある。
時津風部屋、師匠は土佐豊。力士の最高位は、幕内正代。どの部屋も場所中は見学不可。
相撲写真資料館、小さな資料館だ。
国技館の帰り、芥川龍之介の生育の地。
道路上に銅像が何体もある。横綱の土俵入り、雲竜型と不知火型、見分けは後ろの綱の輪っかが1つか、2つか。どっちがどっちかは忘れた。両国駅まで戻り、解散。一人5百円と、お安く、中身のあるツアーでした。街歩きもいいですね。
国立公園検定1級の学習を続けている。カーボンニュートラル検定のような失敗をしないようにと、ノートに重要事項をメモっている。今回の出題範囲12公園のうち7公園の学習を終えた。7公園はいずれも北海道にある。
私が所有している写真と、私との関わり、そして新しく学習したことをメモる。
阿寒摩周国立公園 雌阿寒岳に登った。写真は雌阿寒岳と阿寒富士。途中の道路で初めて小熊に出会う、近くには母熊がいるから、極めて危険。
新しい知識:屈斜路湖の御神渡り、摩周カルデラのボッケ(泥火山)、ポンポン山(空洞現象)、アイヌコタン戸数30戸で最大
雌阿寒岳山頂から阿寒湖方面
大雪山国立公園 大雪山は、十勝岳、写真の旭岳、旭岳~黒岳縦走、トムラウシ山、黒岳に登った。結構登っている。残雪が残っている時期が、高山植物も映えていいね。
新しい知識:ニぺソツ山(東大雪にある)、糠平湖(キノコ氷)、アサヒョウモン(遺存種のチョウ)
大雪山黒岳から旭岳縦走でお花畑
支笏洞爺国立公園 羊蹄山、樽前山に登った。苔の回廊は不思議な場所。写真は支笏湖の対岸から、左の山は樽前山。
新しい知識:山線鉄橋(支笏湖にかかる廃線の鉄橋)、明治新山(明治43年に噴火、温泉が湧出)
羊蹄山山頂付近で
知床国立公園 羅臼岳に登った。きつかったな。岬に作る予定の携帯の基地、建設が中止になったようだ。
新しい知知識:シレトコスミレ(知床にしかない花)、フレぺの滝(地下水が海に流れる滝)、ケイマフリ(海鳥)
羅臼岳山頂からの展望
利尻礼文国立公園 利尻富士に登った。その後、利尻島を一周、姫沼、オタドマリ沼に、湿原、白い恋人の撮影地、昆布の加工工場まで見せてくれた。
新しい知識:サロベツ原野(6千年前、泥炭)、チュウヒ(タカの一種)浜湧知園地(利尻富士を眺める原生花園、コウホネ)
利尻山山頂からの展望
釧路湿原国立公園 展望台の散策とカヌーによる川下りを体験した。
新しい知識:低層湿原(ヨシ、スゲ、ハンノキが繁る)、高層湿原(釧路湿原で少し高い場所、ワタスゲ、ガンコウラン、ヒシなど)、釧路湿原は西高東低の地形、ヤチボウズ(スゲ類が同じ場所で古株の上に生い茂る)
釧路湿原展望台から
日高山脈襟裳十勝国立公園 アポイ岳に登った。日高の海岸線をドライブ。昆布ソフトが美味しかった。
新しい知識:カール(圏谷)、ホルン(氷食尖峰)、アレート(鋸歯状山稜)、ぺテガリ岳(アプローチが長いはるかなる山)、十勝幌尻岳(カチホロ)
アポイ山腹、アポイのビーナス