マララさんの訴えは私たちの訴えでもある!!

パキスタンの少女、17歳のマララ・ユスフザイさんは今年度のノーベル平和賞を受賞した。私たちはかつて日本の「憲法第9条」がこの賞を受けるかも知れないと予想し期待もした。しかし今マララさんの受賞を心から喜びまた彼女の訴えの意義の大きさに驚きの気持ちも併せ持つ。

この10日、ノルウエーのオスロで、彼女が行ったノーベル平和賞受賞の演説の要旨を改めてかみしめたいと思う。

彼女は言う。「私は、全ての子ども質の高い教育を受けられこと、女性が平等な権利を持つことを望み、そして世界の隅々までが平和であることを願う、熱心で頑固な人間…です」と。

彼女のふるさとは、テロリズムの地に変わった。400以上の学校が破壊され、女性たちはムチで打たれ、そして多くの人が殺された。彼女は、その「悪夢」を訴える。

インドやパキスタンで、社会的タブーのために多くの子どもや教育を受ける権利を奪われ、さらに女子はときには12歳で結婚を強いられ14歳で子どもを産むという状態を強制されているという。まして学校で学ぶことなどできない。

彼女が訴えるいくつかを指摘しておきたい。私たちの重要なテーマでもあるのだから。
「どうして『強い』といわれる国々は戦争を生み出す力がとてもあるのに、平和をもたらすにはとても非力なの?」
「なぜ銃を造るのはとても簡単なのに、本を与えることはとても難しいの?」
「戦車を造るのはとても簡単で、学校を建てることはとても難しいのはなぜ?」

「空っぽの教室、失われた子ども時代、無駄にされた可能性を目にすることを『最後』にすることを決めた、最初の世代になりましょう」
「罪のない子どもたちが戦争で命を失うのは終わりにしよう」
「教室が空っぽのままなんて終わりにしよう」
「こうしたことは、私たちで終わりにしよう」
「そして今すぐにここから、ともに『終わり』を始めましょう」
と。

このマララさんの訴えは私たちの訴えでもあると思う。学ぶ機会をもっていない子どもたちへのサポートが私たち自身の長年のテーマでもあるのだから。
(訳文は12月11日の朝日新聞から)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« タンチョウの... 明日、投票! »