子どもの虐待死、防げないのか

先日は千葉県で小4の女子が父による虐待で死亡した。昨年は目黒区で5歳の女の子が悲痛な叫びを残して死に追いやられた。これも父親が加害者だった。

「子どもの虐待防止オレンジリボン運動」サイト(http://www.orangeribbon.jp/)によるとここ10年間で毎年平均50件にのぼる虐待死があるとのこと。父親が「しつけによる」といういいわけをしているケースが多いらしい。

くわしい事情は分からない。テレビ報道のレベルだが、児童相談所や学校、あるいは地域のどれかは、ひとつかそれ以上かは別として虐待が行われていることの認識があるのだ。
それが相互の連携がうまく行われなかったり、「解決した」と錯覚したり、いろいろないいわけがある。

これらの事柄を詳細につかむことはできないが、今いろいろな所で「個人情報保護」という枠が妙に強いことが気になる。子どもが虐待を受けていることが、「個人情報保護」といった理由で情報が共有されなかったり、伝えられていかなかったり、といった事情があるのではないか。

私はこのこと(個人情報保護法)は、今の世でむしろ悪い方向に作用しているのではないか、と思えて仕方がない。一方において「絆」とか助け合いとかが言われながら、表札を出すことも「個人情報をさらすこと」とかいって拒否する人が少なくない。

向こう三軒両隣といった付き合いはもう消えていったのか、そういう人とのつながりがあれば仮に虐待があったとしても助けられる要因は生まれるのではないだろうか。

問題は別だと思えなくもないが、いろいろ時代の流れの中で気になるマイナス面が少なくない。
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