じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

中島敦「文字禍」

2022-08-30 16:21:48 | Weblog

★ 昨夜は、ドラマ「浪漫ドクター キム・サブ」第1シーズン最終話(第21話)まで観たため、今日は寝不足。まずはハピーエンドで良かった。「サブ」って日本語では師匠という意味らしい。「師父」の韓国語読みか。

★ 「師傅(しふ)」という語は中島敦の「文字禍」にも出てくる。今日は「日本近代短篇小説選」(岩波文庫)から、井伏鱒二「鯉」と中島敦「文字禍」を読んだ。

★ 井伏の「鯉」は、主人公が友人からもらった鯉を飼う話。最初下宿の瓢箪池で飼っていたが、転居するのにともない、鯉も友人の愛人の池に引っ越す。そうこうしているうちに友人が亡くなり、事情を話して鯉を引き取り、大学のプールに放ち、その姿を眺めながら季節を過ごすという話。

★ 「鯉」は今となっては亡き友の残影なのか。

★ 「文字禍」はメソポタミア、アッシリアが舞台。学究に富むアッシリアの王が図書館を設け、各地の知見を集めていた。その図書館で夜な夜な不審な囁きが聞こえるという。文字の精霊によるものとのうわさも流れ、王は博識にして「師傅(学問の師匠)」であるナブ・アヘ・エリバ博士に文字の精霊に関する研究を命じる。

★ 博士は研究に没頭し、まずは文字を覚える前と後で人々にどのような変化が起こったのかを聞き取り調査する。それによると文字は目をはじめ体の至る所を犯し、とりわけ頭脳を犯し、精神をマヒさせると結論づける。

★ 彼は同時に文字そのものを分析し、それが線と線の組み合わせに過ぎないこと、そうした組み合わせが音と意味を持つ不思議さにたどり着く。

★ 彼は「武の国アッシリアは、今や、見えざる文字の精霊のために、全く蝕まれてしまった。文字への盲目的崇拝を改めずんば、後に臍をかむとも及ばぬであろう」と王に報告し、王の怒りを買う。謹慎を命じられた博士は自宅で大地震に見舞われ、書籍の下敷きとなり圧死する。(当時の書籍は紙ではなく、粘土板に彫られた瓦のようなものであった。)

★ 博士は文字の悪霊の復讐にあったのだろうか、というもの。

 

☆ 文字は便利で、私たちは無意識に使っているが、音を平均律でしか表現できない不自由さと同じじれったさを感じることがある。哲学者が次々と難解なワードを生み出すのにはこうした背景があるのかも知れない。私たちは言葉を文字で表現し、その文字に縛り付けられる。

☆ 作品の中に出てくる「歴史」問答。文字で残されたものが歴史だという視点。人の記憶も思考も文字を通して行われる。文字は客観性をもつ一面で、必ずしも主観とは一致しない。

☆ 私はもはや文字の悪霊に圧死させらつつあるような気がしてきた。

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